2018年スペシャルその2 第1話 まずは食べ物
00-03 プロローグ3 で礼子がちゃんと目覚めていたら? というIF篇です
「じゃあ最後の仕上げ、『起動』」
魔力炉を起動させるための魔力を注ぎ込む仁。
目の前に横たわる自動人形が、ゆっくりと目を開いた。
「……おとう、さ、ま?」
「お、動いたか」
仁はほっとした。
「どうだ? 身体に不具合はないか?」
自動人形に尋ねてみる仁。
「はい、お父さま。どこにも異常はありません。むしろ以前より調子がいいくらいです」
「そうか。それはよかった。……ところで、その『お父さま』っていうのはなんだ?」
「わたくしを作って下さった男性ですから、お父さまとお呼びするのが適切かと」
「ああ、やっぱりな」
仁もなんとなく理解していたが、はっきりと言われて完全に納得する。
「ということは先代が母親ってわけか」
「はい、アドリアナ・バルボラ・ツェツィ様がお母さま、です」
「喋り方も流暢になったな」
「はい。お母さまも気が付いてくださっていたのですが、もう直していただける身体状態ではなかったのです」
「ああ、そうだったのか」
ここで自動人形は仁に向かって深々とお辞儀をした。
「壊れ掛けたわたくしを直して……いえ、生まれ変わらせてくださいましてありがとうございました」
「いや、いいんだ。喜んでくれるなら、俺も嬉しい」
『コレデ・ワタシモ・ヤクメヲ・ハタス・コトガ・デキ……マシタ』と言って崩れ去った自動人形。
余計なことをしたのではないか、とちょっとだけ思っていた仁も、その言葉を聞いて気が楽になった。
その時、仁の腹の虫が鳴いた。
「……そうだ……腹減っていたんだ……」
そう呟くと、自動人形が俄然やる気を見せた。
「お食事ですね? ただいま準備致します」
そう言って食堂方面へ向かおうとしたので、
「いや待て。俺も探してみたけど、喰えるものはなかったぞ?」
なにせ1000年経っているんだから、と仁が告げた。
「……仰るとおりですね。では、研究所の周りから食べられる果実を採ってまいります」
「ああ、それならいいな。……だが、ドアが開かないんだが」
「……はい?」
自動人形は怪訝そうな顔をした。
「そんなはずは……ああ、もしかしたら植物が繁茂しているのかもしれません」
そう言って自動人形は、今度は玄関へ向かって歩き出した。仁も後を追う。
「……なるほど。お父さまの仰るとおり、開きませんね」
「だろう?」
「……お父さま、一旦扉を壊しても構いませんでしょうか? 外へ出るためには少々無茶をしなければなりませんので」
仁は頷いた。
「ああ、仕方ないな。修理はできるだろうから、やってくれ」
工学魔法を使える今なら、修理も楽だろうと考えたのだ。
「わかりました。では……」
自動人形は玄関の扉に手を掛け、その取っ手をぐいっと引いた。
「おお!?」
バキバキ、みちみちと音を立てながら、ゆっくりと扉が開いていく。
その様子を仁は呆れながら眺めていた。
(俺、こんなすごい自動人形を作っちまったのか?)
……と思いながら。
「開きました」
自動人形の声に我に返ると、玄関の扉が1枚外され(壊され)ており、その外側に緑色の壁が見えている。
「とりあえず、必要な分だけ採ってまいりますので少々お待ちください」
「あ、ああ、頼む」
仁が頷くと自動人形は飛び出した。
まさに、ちぎっては投げちぎっては投げ。
絡まったつる草を、まるで抵抗を感じさせずに引きちぎり、自動人形はあっという間に見えなくなった。
「……すごいな」
仁はその場にしゃがみ込んで待つことにした。
そしておよそ5分後。
「お父さま、お待たせしました」
「お、おう」
自動人形が戻ってきた。
そのスカートは捲り上げられ、ドロワーズが見えている。
なぜ捲り上げられているかというと、そこに果実が確保されているのだ。
「では食堂へまいりましょう」
「……これは?」
「順にアプルル、ラモン、シトラン、ペルシカ、マルオン、オーナットです。ご試食なさってみてください」
どれがお好みかわかりませんので、と自動人形は言った。
仁が見たところ、アプルルはリンゴ、ラモンはレモン、シトランはオレンジ、ペルシカは桃、マルオンは栗、オーナットはクルミ……に見える。
試食して見るとほぼそのとおりだった。
とはいえ、ラモンはちょっと酸味が強すぎて食べられない。また、マルオンは生ではちょっと……といったところ。
それで仁は、
「アプルルを10個ぐらい、それにシトランを5個、ペルシカを3個、マルオンとオーナットは少し多くてもいいかな」
と希望を述べた。
「わかりました」
今度は採取用の袋を持って飛び出していく自動人形。
その間仁はアプルルを齧っていた。
「……美味い」
野生の樹とは思えない美味さであった。
10分もすると、仁の希望どおりに採集して戻ってきた。
「お待たせしました」
自動人形に皿と包丁の在処を聞き、仁はさっそくペルシカを、次いでアプルルを剥いていく。
「美味い」
ペルシカは間違いなく桃だった。
ペルシカ3個、アプルル2個を食べた仁はとりあえず人心地が付いた。
「マルオンはどうするか……茹でるかな」
仁は栗は焼くより茹でる派だった。
* * *
なんとか当面餓死の可能性はなくなったので、仁は研究所周りの整備をすることにした。
果樹園などもあるらしいが、雑草やらつる草やらがはびこって密林状態になっているようだからだ。
「自動人形だけじゃ大変だな」
ここで仁は、
「お前、名前はあるのか?」
と聞いてみた。すると、
「わたくしは『おちび』と呼ばれていました」
との答えが返ってきた。
「いや、それは名前じゃないだろう……」
仁はちょっと考えて、
「……よし、お前の名前は『礼子』だ」
と、自動人形に名前を付けたのである。
これは、仁がいた施設(孤児院)の院長先生が『仁義礼智信』の五常の徳から1文字ずつ取って子供たちを名付けていたことによる。
仁のすぐ下に『義行』という弟分がいたので、その次の文字『礼』を使って『礼子』としたのだ。
「ありがとうございます。これからわたくしは『礼子』です」
心なしか嬉しそうに名前を復唱する自動人形を見て、仁もほっこりしたのである。
で、その『礼子』は仁に、
「侍女ゴーレムでしたら倉庫に眠っているはずです。お母さまが存命中はメイドゴーレムが大勢いましたが、お亡くなりになってからは必要がないので停止させてしまいました」
と教えてくれた。
「お、そうか。ということは再起動させればいいのか?」
「そうです。確認されますか?」
仁は礼子の案内でその倉庫に向かう。
だが。
「……ひどいな」
そこには20体ほどの女性型ゴーレムが横たわっていた。が、その大半は手足のどこかが朽ちたり欠けたりしている。
「随分傷んでいるな」
1000年間使わずに保管されていたため、金属製のボディが腐食してしまったのであった。
「こりゃ新しく作った方が早いな」
「そうですね、管理が不行き届きで申し訳御座いません」
「まあいいよ。参考にするからそこのあまり傷んでない1体を運び出してくれるか?」
「はい、おまかせ下さい」
礼子は、比較的状態のいい1体を選び、工房へと運んでいった。
「材料は……もしかして真鍮か?」
「はい。作業用にはちょうど良いとお母さまもおっしゃってました」
錆びて黒くなり、ところどころに緑青が浮いているゴーレムを見て、分析せずに仁は判断した。
「うーん、真鍮か。俺はどっちかといったら白銅のほうがいいと思うんだがな」
「白銅? それはどんなものですか?」
「これは黄銅だが、白銅というのは銅とニッケルの合金さ」
素材庫にはニッケルが大量に積まれていた。
「砒素を抽出した後に残った未知の金属です」
礼子の説明に、仁はちょっと身震いした。
「砒素って……恐いな」
というわけで仁は白銅で5体のメイドゴーレムを作り上げた。
目に使う魔結晶の色を変え、名前に反映させる。
紫色はアメズ、赤はルビー、黄色がトパズ、緑色がペリド、水色がアクアだ。
それぞれアメジスト、ルビー、トパーズ、ペリドット、アクアマリンから取った名前である。
侍女なので服も作った。黒いエプロンドレス。頭にはホワイトブリムも載せた。
「これでよし。アメズ、ルビー、トパズ、ペリド、アクア。よろしく頼むぞ」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
5体が揃ってお辞儀をした。
これにより、家事を任せることができるようになったため、研究所の整備は急ピッチで進んだ。
およそ1週間後には、見違えるような風景となったのである。
「これは凄いな……」
研究所の外観が明らかになった。
灰白色の緻密な石材からできた、ほぼ直方体の無骨な建物。地上3階、地下2階建て。
前庭はサッカーグラウンドほどもある広さ。
その外側には、アプルル、ペルシカ、シトラン、ラモン、オーナット、マルオンの果樹園が広がっている。野生の木ではなかったのだ。
麦や豆の畑もあったようだが、1000年の間に雑草に負けてしまったようだ。
「まあ、しばらくは果樹だけで食いつないでいくさ」
飢える心配がなくなっただけでもよしとしよう、と仁は呟いた。
* * *
「さて、それじゃあこれからどうするかだ」
仁は礼子と共に、今後の方針を立てることにした。
「まずは食糧の確保だな」
「そうなりますね」
「それにはどうすればいいか。それが問題となる」
「はい」
「『転移門』という移動手段があるはずだよな?」
先代から引き継いだ知識の中に、そういう魔導具があった、と仁は言った。
「はい、ございます。ですが、1000年の間使われていませんでしたので、受け入れ側がどうなっておりますか、検討もつきません」
「それは、そうだな」
礼子の説明に、少しがっかりする仁。
「だとすると、移動手段を作る必要があるのか?」
転移できない以上、何らかの移動手段が必要となる。仁はそう考えた。
「順当な線で……船かな」
ここは孤島だという。
受け継いだ知識によれば、遙か西に人類の住む大陸があるということだ。
大陸なのだから、西へ西へと進んでいれば、どこかに着くだろう、と仁は当て込んでいた。
仁の持論として、乗り物の基本は船だろうと思っている。
陸上移動は足があるが、水の上は泳ぐしかなく、基本荷物を運べない。
また、笹舟、木の葉船などという言葉もあるように、水に浮けばそれはもう『船』といっていい。
仁自身、カマボコ板を切って船を作った思い出がある。
基本であるがゆえに奥が深いのもまた事実だが。
* * *
仁が作ろうとしているのは10メートル級の船。
組み上げるのは研究所の前庭を予定している。どうやって海まで運ぶかはあとで考えることにしていた。
「問題は動力だな」
モーターもエンジンもない。かといって風任せの帆船はいやだと仁は思っていた。
「……やっぱり外輪船かな」
地球における最初期の動力船も外輪船であった。
理由はいろいろあるのだろうが……。
「スクリュー軸の水密が心配だからな」
というのが仁の判断だ。
「そうなると、重心が高くなりそうだな」
ならいっそのこと双胴船にするか、などと考えを巡らせる。
最終的に、全長10メートル、幅3メートルの単胴船に決めた。ただし、安定用のフロートを随時左右に展開できるようにしたのがポイントだ。
「材質はどうするか……」
この頃になると、仁は研究所の全貌をほぼ把握していた。
「軽くて錆びない軽銀を使うかな」
この世界における『軽銀』が、地球でいう『チタン』であることも仁は理解している。地球での軽銀はアルミニウムだったのだが、そこは世界の差だろう、と納得していた。
修理しやすいように骨組みに外板を貼っていく方法を採る。セミモノコックに近い構造だ。
礼子とゴーレムメイドたちに手伝ってもらい、3日で完成した。
全軽銀製の船である。
因みに、この世界(仁のいる島を除く)での軽銀の価格は、キロあたり200万〜300万トール。(日本円で2000万円〜3000万円)
重さは4トンくらいなので100億円ほどにもなるのだが、島には1000年間採掘を続けた資材が文字どおり山のようにあるので、今のところ仁は気づいていない。
「お父さま、動力はどうなさるのですか?」
「ゴーレムの腕もしくは脚の構造を使ってクランクを回させる」
後に『ゴーレムエンジン』と呼ばれることになる動力機関の原型がここに誕生したのであった。
大分展開が変わりますね……。
お読みいただきありがとうございます。
20180908修正
(誤)魔力炉マナドライバー
(正)魔力炉
20180909修正
(誤)「いよ、いいんだ。喜んでくれるなら、俺も嬉しい」
(正)「いや、いいんだ。喜んでくれるなら、俺も嬉しい」
20190104 修正
(誤)「はい。作業用にはちょうど良いとお母さまもおっしゃてました」
(正)「はい。作業用にはちょうど良いとお母さまもおっしゃってました」