スペシャル2017 リシアルート篇 04
仁はゴンに近付き、
「『リミッター70パーセント解除』。ゴン、その状態で思いっきり走っていいぞ」
仁はリミッターを7割方解除した。ゴンの構造上、順当な出力上限である。
「はい、マスター」
デーナンとベルナルドは、ゴンが流暢な言葉を話すことに内心驚いていたが、顔には出さなかった。
「……5分経過。双方、用意せよ」
ゴンとデーナン・コナルのゴーレムは開始線の前に立った。
「5、4、3、2、1……スタート!」
ベルナルドの合図で2体のゴーレムは走り出した。
「お、おお! は、速い!」
走り出したゴンを見た者は一様に同じことを思っただろう。
それほど、ゴンの走行速度は速かった。およそ時速40キロ。これは、100メートル走世界記録の平均速度を上回っている。(ただし瞬間最大速度は時速45キロくらい)
対してデーナン・コナルのゴーレムは鈍重で、時速8キロ程度しか出ていなかった。
練兵場の広さは500メートル四方ほど。45秒ほどでゴンは反対側に到着、そこにあった錘を肩に担いだ。
そして帰路に就く。
ゴンの体重プラス100キログラムという荷重により地面を凹ませながら、戻りの速度もほとんど変わらないゴンは、2分足らずで仁の元に戻ってきた。
「マスター、ただ今戻りました」
「よくやった、ゴン」
「勝者、ジン・ニドー!」
審判のベルナルドが高らかに宣言した。
見ていた兵士たちから拍手が贈られる。
デーナン・コナルのゴーレムはたっぷり10分掛けて戻って来た。100キロの錘を担いだことで速度がさらに鈍ったためである。
「ジン・ニドー、見事であった」
アロイス三世が一言、仁を褒め称える。仁は深くお辞儀をした。
「では次の競技を行う」
ベルナルドが仁とデーナンに向き直って言う。
「今度の競技は『的キャッチ』だ」
『的キャッチ』とは、係の者が投げた『的』を、どちらが先にキャッチすることができるか、というそのままの競技であった。
3回行い、優劣を競う。
「いいか、いくぞ」
『的』は直径8センチほどのボール。おや、と思った仁がよくよく見ると、己がラグラン商会に卸したゴムボールであった。
「3、2、1、それ!」
斜め上に投げ上げられたボールを追う2体のゴーレム。
明らかにゴンの方が素早い。
「おおっ!」
さらに、3メートルほどもジャンプし、ボールをその手に掴んだ。
「勝者、ゴン!」
* * *
「ううむ、見事」
アロイス三世は唸った。
「父上、ジンの技術は卓越しております。それに、性格も基本穏やかな様子。恩賞もしくは名誉職を与え、手元に置くのがよろしいかと」
隣に座るリースヒェン王女が進言した。
「リースの言うことはもっともであるな」
「あるいは城下に家を与え、好きにやらせるのもよろしいかと思いまする」
「ふむ、それもよいな」
「かの者と話をした感じでは、束縛されるのを嫌がる性格かと思いました」
「リースは『人を知る者』であるからな。忠告として受け取っておこう」
父王と王女がそんな会話を交わしているうちに、『的キャッチ』は3連勝で仁のゴーレム、ゴンの圧勝に終わった。
「ふむ、リースに言われて競技内容を少しだけ変更させたが、これでよかったのか?」
「はい、父上。先程も申し上げましたが、前庭に置いてあったジンのゴーレムを、魔法で襲った者がいたそうですので、競技にも何らかの仕込みをしているのではないかと考えたのです」
そこへグロリアがやって来て、
「陛下、殿下の洞察は当たっておりました。2回目の競技にと考えていた『槍投げ』用の槍10本のうち4本に、わずかな曲がりが見られました。また、ゴーレム用の大剣10振りのうち3振りが、非常に脆くなっておりました」
という報告を行う。
「ううむ、考えたくはないが、何者かが影で何やら不正工作をしているというのか?」
アロイス三世は難しい顔になった。
「はい。それも、状況を考えますとジン殿の足を引っ張るような」
「ふむう……」
考え込む国王。
(やはり城内に留め置くよりも、城下に家を与えた方が得策か……?)
「陛下?」
「おお、済まぬ。試合はどうなっておる?」
「はっ、これより格闘戦が始まります」
* * *
「始め!」
審判であるベルナルド第2騎士団団長の合図により、2体のゴーレムは組み合った。
「よし、行け、ゴン!」
「くう、今度こそ負けるな、ゴーレム!」
2体は組み合ったまま動かない……かに見えたが。
「な、何ぃ!?」
ゴンは一度身を沈めると、相手ゴーレムの腰を抱え、一気に持ち上げた。
そしてそのまま高く持ち上げる。
「ゴン、そこまでだ」
仁はストップを掛けた。これは壊し合いではないからだ。
そしてゴンは相手ゴーレムを地面に戻した。
だが。
相手ゴーレムはゴンをいきなり蹴り倒したのである。
「ゴン!」
「ふん、まだ審判は終了宣言を出していない。勝手に判断した貴様が悪い」
相手ゴーレムは倒れたゴンを蹴りまくっている。
「ゴン! 転がって避けろ!」
が、ゴンのデザイン上、それはなかなかに難しい、肩幅が広いからだ。
転がる速度は遅く、相手ゴーレムにも対応できるくらいの速度でしか転がれずにいた。
それを追撃するゴーレム。
ギャラリーである兵士たちからはブーイングが上がっていた。
「……!」
一番慌てたのは審判のベルナルドである。
完全に勝負はついていた。ゆえにデーナン・コナルの体面を考えて宣言を見送ったのに、まさかそれを逆手に取るとは思わなかったのだ。
「父上……!」
リースヒェン王女が父王を見た。
「……審判は宣言しておらん。油断した方が悪い、となるのだろうな」
「そんな!」
「言いたいことはわかる。だがこれは正式な試合なのだ」
「正式だからこそ、卑劣な手段を許してはならないのではないですか!」
「確かにそうだ」
アロイス三世は立ち上がり、声を掛けようとした。
その時。
「それまでです」
練兵場に凛とした声が響き渡った。同時に、ゴンを蹴っていたゴーレムがひっくり返る。
「……なんだ……?」
「女の子……?」
観戦する兵士たちが見たものは、侍女服を着た黒髪の少女であった。
「礼子、お帰り」
「お父さま、ただ今戻りました。荷物はお部屋の方に置いてあります」
「そうか、ご苦労」
「いえ」
礼子はゆっくり歩いて仁の隣に立った。
ゴンも立ち上がっている。が、その外装はところどころにヒビが入り、欠損している箇所もあった。
「これはいったいどういう状況ですか?」
「ああ、お前が転がしたゴーレムとゴンの性能比べ、と言えばいいかな」
それを聞いた礼子は顔を少し顰めた。
「ゴンはお父さまが手を掛けたとはいえ、元になったゴーレムを考えますと……」
要は100パーセント仁謹製ではない、と礼子は言いたいのである。
「まあ、な。でも今のところゴンしかいなかったからさ」
「それはわかりますが、なぜあのような事態に? 見たところ、ゴンの方が性能は上のようですが」
「お、お前は一体何者だ!!」
仁と礼子が話をしていると、横でデーナン・コナルが大声を出した。
「わたくしですか? わたくしは礼子。お父さまに作っていただいた自動人形です」
「お、自動人形だと!?」
* * *
「あの少女が自動人形?」
国王アロイス三世もまた、その事実を知って驚きを隠せない。
「どう見ても人間ではないか」
「はい、先日見ましたが、『ティア』よりもさらに人間そっくりでした」
「ううむ……」
古代遺物である『ティア』以上に人間そっくりな自動人形を作れる仁に、アロイス三世はさらなる脅威を感じた。
そして直後、まだ驚き足りなかったことを知ることになる。
* * *
「邪魔するな、小娘」
デーナン・コナルはゴーレムに命じ、礼子を排除させようとした。
ゴーレムの蹴りが礼子を襲う。誰もが、礼子が吹き飛ぶと思った。
「うるさいですね。今、お父さまとお話をしているのです」
礼子はその蹴りを片手で受け止めて見せた。
そしてあろうことかそのまま押し返す。ゴーレムは転倒した。
それを見た観衆は、先程ゴーレムがひっくり返ったのは、この少女が何かしたからだとようやく悟った。
「手加減してやっていればいい気になりおって! ぐしゃぐしゃに挽きつぶしてやる! 行け、ゴーレム!」
「デーナンさん、もうやめましょうよ」
穏やかな声で仁が話し掛けたが、デーナン・コナルは聞く耳を持たない。
国王の前で失態を見せたと言うことに今更ながら気が付いたからである。
この汚名をそそぐには、相手を完膚無きまでに叩き潰さねばならない。
「来い、ゴーレム2号!」
デーナン・コナルはもう1体、ゴーレムを呼んだ。
「そちらも2体、こちらも2体。勝負だ!」
頭に血が上っているのか、どこが正々堂々なのか聞きたい仁であったが、売られた喧嘩は買うしかない。
いや、ここは降りかかる火の粉を払う、が近いだろうか。
「デーナンさん、攻撃してくるということは、迎撃される覚悟があるんですね?」
仁としても鬱積したものがあった。
「ふん、戯れ事を」
だがデーナン・コナルはまったく聞く耳を持たなかった。
「仕方ない。ゴン、礼子、迎え撃て。ゴンは全力を許可する」
礼子が戻って来たということは、転移門の部材が揃ったということ。
それはすなわち蓬莱島から素材を取り寄せることができるということだ。
100パーセントのパワーを出したゴンの身体にガタが来ようと、すぐに直すことができる。
「はい、マスター」
「はい、お父さま」
ゴンは当初からやり合っていたゴーレムに、礼子はあとから現れたゴーレム2号に、それぞれ立ち向かっていった。
「な、何!?」
さらに上がったゴンのパワーは、相手ゴーレムの拳打を楽々受け止め、その腕を捻りあげることでもぎ取ったのである。
「おお、見事!」
観戦していた兵士の誰かが叫んだ。
さらにゴンは相手ゴーレムを再度持ち上げ、頭上に高々と差し上げた。先程の再現である。
そして今度はそのまま真上へと放り投げた。その高さ、およそ10メートル。
「な……」
その高さから落下したゴーレムは、もの凄い音を立てて地面に激突した。
それをもう一度ゴンは抱え上げる。今度は両脚からだ。
両脚を脇に抱え、回転。『ジャイアントスイング』というプロレス技である。
そして回転が乗ったところで手を放せば、10メートルほど飛んで地面に激突、さらにごろごろと10メートル程転がっていく。
そのゴーレムは完全に停止した。
そして礼子。
「ゴンをいたぶり、お父さまを蔑ろにしましたね!」
彼女は怒っていた。
前蹴り一閃。
それだけで相手のゴーレム2号は50メートル以上吹き飛ぶ。
が、土の上を転がったので、ダメージはさほどないようだ。
のろのろと立ち上がる。
「今のを耐えますか。なら、少し本気を出します」
魔素変換器は50パーセントの出力を発揮する。
ただの1歩踏み込んだだけで礼子はゴーレム2号に肉薄した。
右手のアッパーカット一閃。
鈍い音がし、ゴーレム2号は20メートル……先程ゴンが放り投げたよりも高く吹き飛んだ。
そして礼子は左手を高く掲げる。
「——『雷撃』」
雷属性魔法、上級の中。秒速200キロ(ステップトリーダーレベル)の電撃を対象に向けて放つ魔法だ。
極太の雷撃が空へと駆け抜けた。
数秒後、軽い落下音が響く。
ゴーレムを構成していた素材の大半が蒸発し、地面に落ちたのは10分の1にも満たなかったのだ。
静まりかえった練兵場。
礼子はゆっくりと歩いて仁の隣に立った。
ゴンも仁の隣へと戻った。
「う、ううむ、勝者、ジン・ニドー!!」
一番最初に我に返ったのは審判のベルナルドだった。高らかに仁の勝利宣言をする。
それにつられ、呆気に取られていた観衆も正気に戻り、拍手を行った。
「ジン・ニドー、見事である」
国王アロイス三世も仁を讃えた。
仁は深く頭を下げた。
デーナン・コナルはこそこそと逃げるように姿を消していた。
* * *
「ジンさん、凄かったです!」
リシアが駆け寄ってくる。そして他にも2つの人影が。
「ジン殿、お見事でした」
グロリアと、
「ジン、見事であった!」
リースヒェン王女である。
「父王よりの言葉を伝える。『今回の、試合に全勝したという偉業を讃え、『魔法創造士』なる称号を贈るものである』」
この『魔法創造士』は士爵待遇で、加えて優勝の副賞として向こう3年間、納税の義務が免除されるそうだ。
「陛下は、望むなら城下に家もしくは工房を与える、と仰いました」
最後にグロリアが言葉を添える。
「あ、それはありがたいかも」
仁は、称号よりも、居場所が確保されることを喜んだ。
「ジンさん、おめでとうございます!」
リシアも、我がことのように喜んでくれたのである。
「ああそうそう、リシア、お前のこれからだが、向こう1年間はジン殿の饗応役を務めるように、とのことだ」
「えっ? は、はい!」
グロリアからの言葉に敬礼で答えたリシア。その顔は喜びに溢れていた。
* * *
それから3週間。
仁は王都の片隅に工房を構えていた。
片隅なのは、目立つことが嫌いだからだ。
収入はラグラン商会への納入で十分であるから、あくせくすることもない。
……というのも、王城でのあれこれにより、仁は自分の技術が世間と隔絶していることを知ってしまったからである。
「世間並みの常識を身に付けないと色々面倒を起こしそうだ」
と仁は気が付いたのである。
工房は国からもらったものなのでお金は掛からなかったし、コンロとゴムボール(材料は転移門で取り寄せられる)の収入だけで、まずまず慎ましく暮らしていける。
いざとなれば設置した転移門を使えばどうにでもなるという安心感もある。
そして。
「ジンさん、おはようございます!」
リシアが工房に顔を出した。リシアの実家がある貴族街は歩いて5分くらいなのだ。
同様に、
「ジン殿、この剣を調整してもらえないだろうか?」
グロリアの家も同じくらいの距離なので、彼女もちょくちょくやって来ている。
果ては、
「ジン、遊びに来たぞ!」
と、リースヒェン王女も『ティア』をお伴に、週1回はお忍びでやってくる始末。
「あ、それじゃあ私がお茶を淹れますね」
「ああ、悪いな」
「いえ」
リシアが4人分……仁とリースヒェン、グロリア、そして自分の分のお茶を用意していく。
「姫さま、どうぞ」
「うむ。ここのお茶は変わっておるが美味いのう」
実はカイナ村から取り寄せたお茶の木の葉で作ったお茶である。
あの後仁は1度カイナ村に帰り、無事な顔を皆に見せていたのだ。
転移門を取りに帰った礼子から口頭で無事を告げられていたとはいえ、実際に仁の顔を見たハンナは涙を流さんばかりに喜んだ。
いずれ仁はハンナとマーサを王都に招待するつもりである。
「それには……馬車を作らないとな」
牽くのは『コマ』や同型のゴーレム馬になるだろう。そして馬車本体も仁オリジナル。
……どんな馬車ができあがるやら、である。
「ジン、ほれでじゃの……」
「姫さま、口に物を入れて喋るのはお行儀が悪いですよ」
「う、うむ」
『ティア』に窘められるリースヒェン王女。
「それでじゃの、今日はジンの仕事ぶりを見ていたいのじゃ」
何が楽しいのか、リースヒェン王女は仁の作業を見ているのが好きなようだ。
「うんうん、これでこの剣も焼きが甘かった部分もなくなった。感謝する!」
修正した剣を見て満足そうなグロリア。
「ジンさん、お代わりはいかがですか?」
「ああ、ありがとう、リシア。なんか悪いな」
「ふふ、こういうこと好きなんです、私」
ふんわりと微笑みながらお茶を注いでくれるリシア。
「まあ、落ち着けてよかった」
仁はお茶を飲みながら独りごちた。
その隣には無言で寄り添う礼子がいる。
クライン王国王都アルバンには春の風が吹いていた。
おしまい
仁があの時こうしていたら?
というお話でした。
当初のプロットでは、こうして店を出し、町の人やラグラン商会と交流をしつつ、時折やってくるリースヒェン王女やグロリアから相談事を持ちかけられて……
……という流れも考えていました。
そうしたらどうなっていたか、ちょっと書いてみたくなったのです。
5日からは本篇更新です。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
20200928 修正
(誤)そして帰路に付く。
(正)そして帰路に就く。