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スペシャル2017 リシアルート篇 02

 仁とジャカー・ボッコーの剣作り対決が始まった。

「それでは、形式は王国標準のショートソードとする。双方違うものを作っても比較しづらいからな」

 例えば剣と槍では比較のしようがない、というわけだ。

「見本はそこにある剣としよう」

 工房に置かれたショートソード。クライン王国女性騎士の標準装備である。

「では」

 さっそく仁とジャカー・ボッコーは製作を開始した。

 リシアとグロリアはそれを眺めている。

「……教官、ご自分がいい剣をほしいから、ではないですよね?」

 小さい声でリシアが言うと、

「む、無論だ。そんなはずないではないか。……腕前を比較するのに最適だから、だぞ? あ、あははは」

「……」

 リシアは図星だった、と内心で溜め息を吐いた。

 グロリアの剣好きは女性騎士の間でも有名なのだ。給金の大半を名剣集めに費やしているという。

 だがその一方で、彼女は何らかの『魔眼』を持っていて、剣の良し悪しが一目で分かる、という噂もあったのである。


「ええと、鉄はこれ、か……『分析(アナライズ)』。不純物が多いな、特にリンとイオウ。まずはこれを除去だ。『抽出(エクストラクション)』」


「ジン殿は何をやっているのだ? もうジャカーは製作に取りかかっているぞ」

「さあ……ジンさんの知識はちょっと読み切れません」

「ほう……」


「炭素量は少なすぎるな。『浸炭(カービュライジング)』。……これくらいでいいだろう。よし『変形(フォーミング)』『変形(フォーミング)』」


「お、おお!?」

「すごい……」

 グロリアとリシアは目を見張った。

 加工開始はジャカーよりも遅かった仁であるが、いざ加工を開始すると、ほぼ一瞬で終わってしまったのである。

「これでよし。まだ炭素量は少ないから『浸炭(カービュライジング)』。……よし。『熱処理(ヒートリート)』『仕上(フィニッシュ)』『強靱化(タフン)』、と」

 剣ができあがった。

「ええとグロリアさん、俺はこの国の制式装備は知りませんので、教えていただけますか」

「うむ、もっともだな。柄は硬木で革巻きだ。鞘は硬化させた革に金具を付ける。ガードは真鍮だ」

「わかりました」

 仁は鞘、柄、ガード(つば)についてグロリアから概要を聞くと、すぐに加工に入った。素材は棚にある物を使う。

「『分離(セパレーション)』『成形(シェーピング)』『仕上(フィニッシュ)』『変形(フォーミング)』『変形(フォーミング)』『表面処理(サフ・トリートメント)』……」


「おおお……!」

 見る見るうちに完成していく剣。

「『仕上(フィニッシュ)』、と。……完成です」


 今回は仁の腕試しなので礼子は手出しせず見ているだけであったが、

「お父さま、お見事です」

 流れるような一連の作業を見た礼子が絶賛した。


 一方、ジャカー・ボッコーはというと、既製品の鞘に柄、ガードを取り付けて、仁よりも10分ほど遅れて剣を仕上げたのである。


「うむ、双方とも、ご苦労だった」

 グロリアは、まずジャカーから完成した剣を受け取ると、鞘から抜き、その目でじっと見つめた。

「うむ、いい出来だ。標準の剣よりも数段出来がいい」

「光栄です」

 ジャカーは一礼して下がる。

「次はジン殿の剣だな」

 グロリアは仁の剣を受け取り、鞘を払って剣を見つめた。その目が驚きに見開かれる。

「な……! こ、これは!」

「あの、教官? どうなさいました?」

 興奮するグロリアに驚いたリシアが声を掛けるが、耳に入らない様子。

「これは……名剣を超えている! ジン殿!」

「はい?」

「貴殿がこれを作るのをこの目で見ていなければ、遺跡から発掘された古代遺物(アーティファクト)だと言われても信じただろう。そんな逸品だ」

「ま、まさか」

 ジャカーはグロリアに言われても信じられないようだ。

「私の言うことが信じられないというのか?」

「そ、そうではありませんが……」

 相変わらず煮え切らない態度を取るジャカーに業を煮やしたグロリアはふう、と溜め息を吐くと、

「では、その目でしかと見るがいい」

 と言って、仁の作った剣、ジャカーの作った剣を、工房に置かれていた大きな丸太に突き立てた。

 そして『何を!?』と言う前に、グロリアは転がっていた鉄の棒を振りきったのである。

 キイン、と言う金属音と、パキン、という破裂音がした。

「これが証明だ」

 そこには、折れたジャカーの剣と無事な仁の剣。そしてグロリアの手には、短くなった鉄棒が残されていたのである。

「鉄をも簡単に斬り裂く剣が、並の剣であるはずがないだろう?」

「うぐ……」

 さすがにこれを目の当たりにしては、ジャカーももうなにも言えなかった。


*   *   *


「何をしておるのじゃ? 騒がしい」

 そこにまた声が掛かった。

 今度現れたのは身分の高そうな少女である。少し癖っ毛気味の焦茶色の髪ツインテールにし、澄んだ青い目をしている。

 そして青い髪の自動人形(オートマタ)を連れていた。

「あ、姫さま」

「グロリアではないか。この騒ぎは何ごとじゃ?」

「は、実は、陛下がお招きになった魔法工作士(マギクラフトマン)、ジン・ニドー殿の腕前を見せていただいていたところでして」

「ほう?」

 少女は小学校高学年くらい、と仁は感じた。つまり12歳前後。その目は利発そうな輝きを放っている。

「この国の第3王女、リースヒェン・フュシス・クラインじゃ」

「ジン・ニドーと申します」

 仁は頭を下げた。

「ふむ……」

 リースヒェン王女はその青い目で仁を見つめる。

「父上から聞いておる。腕のいい魔法工作士(マギクラフトマン)だそうじゃな?」

「ええと……」

「ふふ、よいよい。そこで『はい』とは言えぬじゃろうからな」

「……」

 なかなか闊達な姫君のようである。

 そして仁は、その王女の後ろに控える自動人形(オートマタ)に目をやった。

(素晴らしい出来だな……だが、少し……いや大分ガタが来ている?)

 そんな仁の視線に気付いた王女は、

「ふふ、『ティア』という。どうじゃ? よい自動人形(オートマタ)であろう? (わらわ)の乳母なのじゃ」

 乳母自動人形(オートマタ)。仁は初めて耳にしたが、確かにそういう自動人形(オートマタ)の用途があってもいい、と思い直した。

「はい、素晴らしい自動人形(オートマタ)でございますね。……ですが……」

「うん? どうしたのじゃ?」

 言い淀んだ仁を怪訝に思ったリースヒェン王女は小首を傾げながら尋ねた。

「その……失礼になるかと思いまして」

「怒らぬから言うてみい」

「では……ええと、殿下の『ティア』ですが、少々傷んでいるように見受けられますが」

「何っ!」

 王女の剣幕に仁は驚き、詫びを言いかけたが。

「申し訳あり……」

「それがわかるのか! ジンと申したな? そちは『ティア』を直すことができるか?」

 リースヒェン王女はもの凄い剣幕で仁を問い質したのである。

「え、ええ。素材さえあれば、多分……」

「そうか! 頼む、『ティア』を修理してやってくれ! そなたの言うとおり、『ティア』はもうかなり傷んでおるのじゃ。このままでは動かなくなってしまいかねん。頼む、何でも使って構わんから直してやってくれ!!」

「わ、わかりました。とにかく診てみないことには何とも」

「それも道理じゃ。ではさっそく頼む」

 そしてリースヒェン王女は呆気に取られるジャカー・ボッコーを見やった。

「そちは工房の者じゃな?」

「はっ、はい」

「これからしばらく、工房をジンに使わせよ。よいな?」

「ははっ」

 王族からの命に、ジャカーは恐縮して従わざるを得なかった。

「ジ、ジン殿、どうぞ」

 それだけ言うと、そそくさとその場を退出していく。

 こうなると、リシアも口出しできず、ただ黙って成り行きに任せるだけ。

「あ、どうも」

 仁も、話の進み具合に少々呆気に取られていたが、そこは魔法工学師マギクラフト・マイスター、こと魔法工学関係ならお手の物。


「では、『ティア』と工房へ」

「うむ」

「『ティア』、しばらくジンの言うことを聞くように」

「はィ、ひメサま」

 発声機構も傷んでいるらしく、声が歪んでいる。

 仁は『ティア』のちょっとした仕草や動作からも、故障箇所の見当を付けていった。

「じゃあ……この作業台に横になってくれ」

「はィ」

「ジン、頼むぞ……」

 リースヒェン王女も工房にやって来て、心配そうに見守っている

 グロリアも王女の護衛的な立ち位置についた。リシアもその横に立ち、黙って仁の作業を見つめることにした。


「姫さま、一旦『ティア』を止めていただけますか」

「何? どうやるのじゃ?」

「ああ、ご存知ありませんか。『停止(スタンドスティル)』もしくは『停止せよ(ビホールト)』でいいと思います」

「わかった。……『停止せよ(ビホールト)』」

 『ティア』は停止した。仁は、『古い』形式の魔鍵語(キーワード)が有効だったことから、『ティア』はかなり古い型の自動人形(オートマタ)であることを知った。


「礼子、服を脱がしてやってくれ」

「はい、お父さま」

 自分がやるとどうにも絵的に拙そうなので、仁は礼子に頼んだ。

「おお……!」

 リースヒェン王女は見慣れているのかもしれないが、グロリアはそうではなかったらしく、感嘆の声を上げた。

 『ティア』の身体は人間のそれとほとんど変わらなかったのである。

「城の魔法工作士(マギクラフトマン)どもは、そこから先へ進めなかったのじゃ」

 リースヒェン王女が言う。

 『そこから先』とは、外被を除去することである。

 一見繋ぎ目がないかのように、『ティア』の身体は人造の『魔法外皮(マジカルスキン)』で覆われていたのだ。

 城勤めの魔法工作士(マギクラフトマン)たちは、それをどうやって剥がせばいいのかわからなかったらしい。

「ははあ、なるほど」

 だが仁には何ほどのこともない。礼子の体を覆う『魔法外皮(マジカルスキン)』も同様にシームレスであるから。

「こういうときは『分離(セパレーション)』『変形(フォーミング)』っと」

 『ティア』の背中の外被を分離させ、内部を露出させた仁はリースヒェン王女を振り返った。

「殿下、これから『ティア』を分解致しますが、許可いただけますか?」

 リースヒェン王女は心配そうな顔をしつつも健気に頷いた。

「う、うむ。それで『ティア』が直るなら……頼む」

「わかりました。……最後までごらんになりますか?」

 12、3歳の王女には少々刺激の強い光景ではないかと仁は心配したが。

「『ティア』は『ティア』じゃ、(わらわ)は最後まで見届けるぞ」

「わかりました」

 仁は『ティア』に向き直った。

「礼子、外被を全部剥がしておいてくれ。俺は素材を探してくる」

「わかりました」

 礼子に作業を任せ、仁は修理用の素材を探しに、工房奥の棚を漁りに行った。

「うーん……たいした素材はないな……おっ、これはよさそうだ。こっちも使わせてもらおう」

 幾つかの鉱石とインゴット、それに魔物の素材を抱え、仁は戻って来た。

「お父さま、ごらん下さい」

 そこには、内装をさらけ出した『ティア』が横たわっていた。

「うわ、酷いな」

 鋼鉄製の内装は錆びだらけ。ところどころ覗く筋肉素材も見ただけで劣化しているのがわかる。

「まずは骨格から直していくか。……『還元ディオキシダイゼイション』」

 錆びた……酸化した鋼鉄製の骨格から錆を除去する仁。

「よし、次にこの鉱石からニッケルを分離して……『抽出(エクストラクション)』『精錬(スメルティング)』」


 仁が持って来た鉱石は紅批ニッケル鉱。いかにも銅が取れそうな外見なのに銅が取れない鉱石なので、昔の地球では『悪魔ニックの銅』とも言われた鉱石だ。

 その『ニック』の名前をもらったのが『ニッケル』である。


「ニッケル鋼で我慢しよう」

 本来ならクロムも添加し、ステンレス鋼にしたかったのだが、この工房にはクロムが見あたらなかったのだ。代わりに紅批ニッケル鉱が山ほどあった。

 仁は礼子に頼んで紅批ニッケル鉱を持ってこさせ、必要な量のニッケルを抽出していった。

 ニッケル鋼は、常温においても炭素鋼より靱性が高いが、高価である。だがこの世界ではニッケルはまだ使われていないらしく、仁は思う存分ニッケルを使うことができた。

 そして作り上げたのは五半ニッケル鋼。これは、5.5パーセントのニッケルを含むためにその名がある。単なる炭素鋼よりも強靱で、耐食性が大。

「これで、よし」

 錆で減った分をニッケルで補い、磨り減った関節部は棚の奥に隠されていたアダマンタイトでコーティングした。


「のうグロリア、ジンが何をやっているかわかるか?」

「いえ殿下、恥ずかしながら見当もつきません。ですが、『ティア』の骨格が、これまでの倍以上に強化されたことはわかります」

「そうか! やはり(わらわ)の目に狂いはなかった!」


「次は筋肉だ。この素材を使おう」

 仁が持ってきたのは、クライン王国特産である『竜頭ウナギ(ドラゴニックイール)』の革。

「これを捩って、魔力素(マナ)処理すれば……どうだ!」

 魔物の素材は、魔力素(マナ)に反応する。多くは『硬化』するのであるが、一割くらいの割合で『縮む』もしくは『伸びる』ものもある。

 そうした『縮む』素材が魔法筋肉(マジカルマッスル)に使われるのだ。

 そして、この『竜頭ウナギ(ドラゴニックイール)』の革は『縮んだ』のである。

 それをさらに魔力素(マナ)処理することで保存性・耐久性を上げ、反応速度も向上させることができる。これは先代が見つけ出したノウハウであった。

 捩ったのは柔軟性を増すためである。


「うん、十分使えるな」

 仁は満足そうだ。

「礼子、魔導神経を作っておいてくれ」

「はい、お父さま」

 棚にあったミスリル銀を礼子に渡す仁。

 これを細く伸ばしたものが魔導神経となる。


「姫さま、あれってミスリル銀ではないでしょうか」

 グロリアが心配そうに発言する。ミスリル銀は相場でグラムあたり4000〜5000トールするのだ。日本円に換算してグラム4万円から5万円である。

 それを仁は30グラムくらい平然と使っていたのだ。

「そのようじゃな」

「先程はアダマンタイトを使っていたようにも見えましたが」

 アダマンタイトはミスリルよりも更に高価で、グラムあたり7000〜10000トール、7万円から10万円である。それを10グラムくらい仁は使っていた。

(わらわ)にもそう見えたぞ」

「よろしいのですか?」

「よい!」

 即答したリースヒェン王女であった。

 因みに、蓬莱島にはこうした稀少金属がそれこそ山のように積まれている。

 1000年間、ゴーレムが休まずに採掘した結果である。

 因みに、そばで見ているリシアは気が気ではなかった。


「筋肉と神経はこれでよし、と。あとは制御核(コントロールコア)だな」

 礼子の時と同じように、劣化した制御核(コントロールコア)は脆くなっており、衝撃で割れてしまうこともある。

「ついでに魔素変換器(エーテルコンバーター)魔力炉(マナドライバー)もリニューアルしてしまおう」

 最高品質、とはいえないが、かなりの高品質の魔結晶(マギクリスタル)が棚に置かれていたので仁はそれを使おうとしたのである。

「『知識転写(トランスインフォ)』『書き込み(ライトイン)』」

 仁はどんどんと内部も一新していく。

「この魔素変換器(エーテルコンバーター)は効率が悪いな……もしかして、魔導大戦前って、自由魔力素(エーテル)濃度が今よりも濃かったのかな?」

 現代の自由魔力素(エーテル)濃度に対応していないような気がした仁は、魔素変換器(エーテルコンバーター)も独自の魔導回路(マギサーキット)を使用して作り直したのであった。


「あとは発声装置か。ああ、目も劣化しているな。この際だ、全部一新してやれ」

 仁はてきぱきと作業を進めた。

「最後に魔素変換器(エーテルコンバーター)の微調整を行って、と」

 これは秘奥義である。

 礼子もそうであるが、魔物の素材を劣化させずに使うコツは、ずばり『濃い自由魔力素(エーテル)濃度』である。

 つまり、そういった環境にある限り、魔導系の素材はほとんど劣化しないのだ(摩耗などの機械的劣化は除く)。

 礼子が1000年間ノーメンテで稼働できたのもこのおかげであるし、蓬莱島の地下でゴーレムが休まず採掘を続けられるのもこの効果である。

 付け加えると、礼子の場合は仁を捜し、召喚するためにエネルギーとしての自由魔力素(エーテル)を大量に必要としたため、己の身体を維持することもできなくなってしまったのだ。


「全体の調整をして、と」

 最後は皮膚、すなわち魔法外皮(マジカルスキン)だ。

 これには『大泥蛙(グランマッドフロッグ)』のなめし革を使うことにした。

 大泥蛙(グランマッドフロッグ)の革は4層からなり、2層目と3層目は非常に質のよい魔法外皮(マジカルスキン)の材料となった。

「ああ、髪の毛はどうしようかな」

 人間と区別するためか、鮮やかな……元は鮮やかだったであろう青い髪。

「研究所ならな……」

 ここの工房では、使える素材に制限がありすぎるのだ。

 それでも仁は、棚の片隅にウールを見つけた。

「これをうまく使えば……」

 ウール、すなわち羊毛。毛であるから、うまく処理すれば頭髪に使えるはずである。

 仁は工学魔法『接合(ジョイント)』や『成形(シェーピング)』、『表面処理(サフ・トリートメント)』などを使い、頭髪を調えていく。

「『強靱化(タフン)』」

 強靱化(タフン)を掛けることで分子の結合力が増し、強靱になる。

「『色変化(チェンジカラー)』」

 最後は魔法染料で青く染めれば頭髪の完成だ。


「できた」

 素材が限られていたとはいえ、何とか仁も納得できる仕上がりとなったようだ。

 所用時間はおよそ1時間半。その大半が素材探しと処理に費やされたのである。

 蓬莱島の研究所なら30分も掛からないで終わる作業であった。


「殿下、終わりました」

「お、おお、終わったのか」

 仁が報告すると、あまりの作業の早さに見入っていたリースヒェンも我に返ったようだ。

「も、もう元通りなのじゃな?」

「はい」

 実は元通りどころではなく、3倍くらいの性能となっているはずなのだが、比較対象がないため仁は黙っていた。

「よ、よし。……どうすれば『ティア』は起きるのじゃ?」

「姫さまの魔力を流せば、すぐにでも」

 まだ『ティア』の魔素変換器(エーテルコンバーター)は起動していない。

 最初に起動した魔力パターンがその自動人形(オートマタ)の魔力パターンとなる。

 ゆえに仁と礼子の魔力パターンは同じである。

 これは、主従以上の繋がりをもたらすと言われている。


「何? 魔力を流すじゃと? ど、どうやるのじゃ?」

「ええと、殿下は何の魔法をお使いになれますか?」

(わらわ)は水属性の魔法……『水の雨(ウォーターレイン)』が得意じゃが……」

「では、それを発動させる途中でやめてしまうのです」

「うーむ、ざっくりした説明じゃのう」

 本来は半日くらい掛けて指導する内容だが、起動用の魔力がありさえすればいいので、こんな乱暴な説明になったのである。

「よし、いくぞ………………ど、どうじゃ?」

 仁は魔力の流れを『追跡(トレース)』で追っていた。

 半分以上の魔力は霧散してしまっていたが、仁が作り上げ、調整した魔素変換器(エーテルコンバーター)を起動するには十分であった。

「はい、結構です。あとは魔鍵語(キーワード)、『起動せよ(ウエイクアップ)』を唱えて下さい」

「わかった。『起動せよ(ウエイクアップ)』」

 この魔鍵語(キーワード)は魔力パターンが同じ者が唱えたときに最も有効になる。他の者では、起動者の1万倍以上の魔力を必要とするのだ。


「はい、姫さま」

 『ティア』は起き上がった。もちろん、服は既に着せてある。

「おお、『ティア』!」

「『ティア』、調子はどうだい?」

 念のために仁が尋ねると、

「はい、これまでにないほどよい調子です。ありがとうございました、ジン様」

「そうか、よかったよ」


「『ティア』、お前、もう大丈夫なのじゃな?」

 リースヒェン王女は涙目である。

「はい、姫さま。おかげさまをもちまして、姫さまとこれからもずっと一緒にいられます」

「よかった……っ」

 リースヒェン王女は『ティア』に抱きついた。

 よろけることなく『ティア』は王女を抱きとめる。

「まあまあ、姫さまは甘えんぼさん、ですね」

「『ティア』……」

 調子の悪い『ティア』を気遣い、抱きつくこともできなかったリースヒェン王女は、だれ憚ることなく彼女に抱きつき、今までの寂しさを払拭するように甘えていた。


「ジン殿、ありがとう。あんなに嬉しそうな殿下を見たのは久しぶりだ」

 グロリアは小さな声で仁に礼を言った。

「そうなんですか」

「ああ。殿下の母君は亡くなっておられてな。『ティア』は乳母であり母でもあったのだ」

「そうでしたか……」

「最近特に『ティア』の動きが悪くなっていてな、『ティア』自身の言うところによれば、1年以内に停止してしまう、ということだった」

 確かに仁が見た『ティア』の状態は相当悪かった。それがわかっていたということは、『ティア』は自分自身を分析する能力があったのだ。

「お父さま、『ティア』には少しお母さまの色が見えますね」

「ああ、そうだな」

 ここでいう『色』とは、設計の特徴、といった意味合いである。

「先代の設計基(テンプレート)を使っているんじゃないかな」

 礼子と『ティア』は従姉妹同士、くらいの関係ではないか、と思った仁であった。


「ジンさん、凄かったです!!」

 リースヒェン王女が『ティア』を連れてその場を去ると、ようやく緊張から解放されたリシアは仁に駆け寄った。

「つい夢中になってしまったな」

「いえ、あれでよかったと思いますよ」

「それならいいんだけどな。城の魔法工作士(マギクラフトマン)たちの顔を潰したんでなければいいんだが」

 少しだけ気になる仁であった。

 お読みいただきありがとうございます。


 20170104 修正

(誤)ニッケル鋼は、常温においても炭素鋼より靱性が高いが、効果である。

(正)ニッケル鋼は、常温においても炭素鋼より靱性が高いが、高価である。


 20170105 修正

(誤)仁は『ティア』のちょっとした仕草や動作からも、故障箇所の検討を付けていった

(正)仁は『ティア』のちょっとした仕草や動作からも、故障箇所の見当を付けていった


(誤)「いえ殿下、恥ずかしながら検討もつきません。

(正)「いえ殿下、恥ずかしながら見当もつきません。


 20170605 修正

(誤)因みに、蓬莱島にはこうした稀少金属がそれこそ山のように詰まれている。

(正)因みに、蓬莱島にはこうした稀少金属がそれこそ山のように積まれている。


 20200928 修正

(誤)最初に起動した魔力バターンがその自動人形(オートマタ)の魔力パターンとなる。

(正)最初に起動した魔力パターンがその自動人形(オートマタ)の魔力パターンとなる。

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[気になる点] 誤字報告です。 前:最初に起動した魔力バターンがその自動人形の魔力パターンとなる。 後:最初に起動した魔力パターンがその自動人形の魔力パターンとなる。
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