2016年 新年スペシャル 自動人形の救世主 〜でうす・えくす・どーる〜
最終回です。
1月5日からは本篇の更新が始まります。
肆 〜結〜
アンは、敵宇宙船目指して空を駆けていた。
距離、およそ1キロメートル。
「ここからは……全力で!」
『力場発生器』の出力を上げ、一気に敵宇宙船に肉薄。その目の前に、巨大な砲身が現れた。
「!」
咄嗟の判断で、急上昇。
次の瞬間、砲弾がアンの足先を掠めた。
「……危ないところでした」
発射された砲弾は、荒れた台地を数キロにわたってえぐり取っていった。かなりの質量弾である。
直線で近付くことは止め、『力場発生器』の特性を生かし、ジグザグ飛行で接近するアン。
2回、質量弾が発射されたが、それらはアンに当たることなく、地面にクレーターを穿つだけに留まったのである。
「ようやくここまで辿り着けました」
数回の回避行動を経て、アンは敵宇宙船の頂上部に取り付いた。
「これだけ大きいと、中からでなければ破壊できそうもないですね」
足元を叩いてみたアンは、最外殻の装甲板は、最低でも1メートルの厚みがあるだろうと当たりを付けた。
とはいえ、装甲板の厚みからいって、アンの力では破壊できそうもない。
骨格を造るマギ・アダマンタイトが鋼鉄の数百倍の強度を誇ろうと、アンの骨格では太刀打ちできないだろう。
「どこかにハッチがあるかもしれません。あるいは砲塔を格納するハッチでも……」
だが、十数分探し回ってもそれらしいものは見つけられない。
その時、足元が震えた。宇宙船が質量弾を発射したのである。地上へ向けて。
荒れてしまった地表に、更なるクレーターが刻まれていく。一つ間違えば、フィオたちのいる防衛拠点も崩れてしまうかもしれない。
地下にあるとはいえ、絶対安全とは言いきれないのだ。
「こうなったら、適当なところに穴を空けるしかないですね」
だが、相手は1メートルの装甲である。
「……どうしましょう」
力ずくは論外だ。ならば魔法は、とアンは考える。
こうした巨大な宇宙船であるから、表面に取り付いてしまえばほとんど抵抗らしい抵抗を受けずに済むのは助かる。
「……火属性……無理でしょうね……こんな時、ごしゅじんさまなら……」
と考えて、はたと思い当たる。
「工学魔法……!」
以前、ショウロ皇国で起動してしまった古代遺物、巨大ゴーレムが工学魔法を攻撃に使ったと聞いていた。
アンも、仁の助手をすることがあるため、中級程度の工学魔法は使えるのだ。
「『軟化』『変形』……いけそうですね」
軟化させた後の変形で、直径50センチ、深さ30センチほどの穴を空けることができた。
「『軟化』『変形』『軟化』『変形』……」
連続で工学魔法を使うことで、アンの通り抜けられそうな穴が見事に開いたのである。
「やりました」
穴をくぐって敵宇宙船内にアンは飛び込んだ。
「……荒れてますね……」
錆が浮いた壁、塗装の剥げた天井。
アンが忍び込んだというのに、誰もやってこない。
「かなり老朽化しているということでしょうか……」
ゆっくり、慎重に、アンは中心部へと向かうべく歩を進める。
「中心近くに、司令室か動力室があるはずですからね」
もちろん例外もあるだろうが、球形という形状を考えると、少なくとも外殻近くに重要セクションがあるとは思えなかった。
「最低でも中心軸周りでしょうし」
行く手を阻む壁は工学魔法で穴を空けつつ進むアン。
侵入部から100メートルは進んだと思われる頃、ようやく乗員と出っくわした。
《侵入者カ!?》
「気付くのが遅いですね」
発見、即攻撃せんとしてきたが、アンの方が早かった。
手にしたメイスで殴りつけ、破壊。
かなりの音が響き渡ったが、他に誰も現れない。
「……やはり、おかしな宇宙船です」
手薄なんていうものではない、と思いつつ、それでも慎重に進んでいくアン。
途中、3体の機械人を倒し、一つの部屋に辿り着いた。
「ここは……?」
どう見ても司令室である、が、誰もいない。
「遠隔操作、でしょうか」
おそらく仁でさえわからないだろう、見たことのない機器が並んでいる。
異世界の科学文明の産物だ。
「動かなくするにはここを壊せばいいのでしょうか」
その場合に起きる副次的な暴走などは、アンには想像もできていない。
メイスを振るって、当たるを幸い破壊し尽くしていくアン。
外殻と違い、司令室らしき部屋の内装は脆く、簡単に壊れる。
部屋の3分の1ほどを破壊したところで、時折宇宙船が振動を起こすようになってきた。
さすがにその異変に気付いたのか、機械人が4体、慌てたように駆けつけてきた。
《やめロ! 何をしていル!!》
「あら、あなた方がこの惑星にしたことと何が違うのでしょうか?」
アンは破壊の手を止めずに答えた。
《貴様! どうやってここへ来タ!》
「外から、穴を空けて」
部屋の半分が瓦礫になった。
《止めロ! 船ガ機能不全になル!》
「そうするためにやっているのです」
アンを止めようと跳びかかってきた機械人を3体、メイスで叩き潰す。
さすがにその衝撃でメイスも壊れてしまった。
アンは手の中のメイスを残念そうに見やると、思い切り部屋の反対側へと放り投げた。
そこにあったまだ無事な機器が音を立てて壊れる。……が、それきり破壊の音は止んだ。
司令室の破壊が一旦止んだことで、残った機械人はアンに向き直った。
《……貴様、この船ガ今、どうなっているカ、知っているのカ?》
「あまり興味ありません」
《あまり、カ。……今、こノ船ハ、宇宙空間へ向けテ飛んでいル》
「……え?」
《制御すべキ機器ハ貴様に壊されタ。満足カ?》
「……そうですね、あなた方に打撃を与えられた、という点においては」
《そう、カ。最早我々ハ命令を遂行すル手段を失っタ。だが、いい気になるナ。まだこの船ト同じ物ガ3隻、貴様等を滅ぼすためニ存在するのだかラ》
「そうでしたね。では、そちらも破壊しなくては」
アンがそう言って歩き出そうとした時。
《させルと思うカ?》
機械人がその前に立ち塞がった。
「どきなさい」
アンは機械人を押しのけようとして……がっくりと膝を付いた。
「!?」
なにかされたのかと思いきや、目の前の機械人も倒れている。重力が50倍くらいに増えていたのだ。
《……推進器ガ暴走を始めたようダ》
「やはり、この宇宙船は反重力で飛んでいるのですか」
《……そこまデ知っているノか。貴様ハいったい何ものダ?》
「わたくしは、ただの侍女ですよ」
アンは軽い口調で言うと、体内の『重力制御魔導装置』を作動させた。
軽々と立ち上がるアンを見て、機械人は驚愕する。
《なぜ立てル……!》
「このようにごしゅじんさまが作って下さったからです」
そんな言葉を残し、アンは来た道を戻り始めた。
先程のGは凄まじかった。急がないと、宇宙船は完全な宇宙に出てしまう。
そうなると、戻るのに時間が掛かりすぎ、地上が更に荒らされることになってしまう、と考えて。
空けた穴に近付くにつれ、風を感じるようになった。内部の空気が漏れているのだ。
「緊急用の補修機構もないんですね」
仁が作り上げた宇宙船には、軟質魔導樹脂での補修機構が付いていることをアンは知っている。
「ですがおかげで脱出が楽です」
吸い出される気流に乗り、力場発生器を起動したアンは一気に宇宙船の外へと出た。
その瞬間。
宇宙船が爆発した。
それが偶然だったのか、それとも意図されたものだったのか、それはわからない。
が、小さな穴をくぐり抜けるため、『障壁』を張ることができなかったアンは、まともに爆発の衝撃を受けてしまったのである。
「きゃっ!」
その爆発は、アンの小さな身体に数百Gの加速度を与える。
身構えることもしていなかったアンにとって、少々過酷な衝撃となった。
予想に反し、宇宙船はまだ大気圏内にあり、アンは斜め下方に向けて吹き飛ばされたのである。
音速の数倍の速度で、アンは地表に激突。
「か、はっ……」
直径40メートル、深さ10メートル以上あるクレーターが生じた。
だが、アンは壊れなかった。
「……まだ、わたくしは動けそうですね」
肩、膝、股関節など、比較的自由度の高い関節部が悲鳴を上げていた。
しかし、仁が精魂込めて仕上げたそのボディは壊れなかったのである。
重要な魔導装置は胸部の筐体内で厳重に保護されている。
制御核、力場発生器、魔力反応炉等は無事であった。
だが、右脚と右腕へ動作命令を伝える魔導神経が、予備を含め、切れてしまったようだ。
左目も見えなくなっていたし、右目の視界も霞んでいる。
「……いよいよ、動作が制限されてきましたか……」
左脚1本でアンは立ち上がろうとした。
その時、彼女に影が差す。
「?」
上を見上げれば、霞む右目に鋼の球体が浮かんでいるのが見えた。
先程爆発したものと同型の敵宇宙船だ。
それが、アンを押し潰さんと降下してきていた。
右脚が利かないアンは、飛び退こうとして力場発生器を作動させる。
が、一瞬遅かった。
直径300メートルの球体は、落下の勢いを以て、アンを地面にめり込ませたのである。
「あ、が……」
障壁を張ろうとしたが、障壁発生器も不安定になっており、アンは為す術もなく地面と敵宇宙船の間に挟まれることになった。
押し返そうにも、左腕だけではとても無理。また、動くとはいっても激突の衝撃により、かなりのガタがきてしまっていた。
「ぐ、う……」
今出せるフルパワーで耐えるアン。
出力を緩めれば、そのまま地面にめり込まされてしまいそうだ。
100パーセントのパワーを出している限りは何とか持ちこたえられそうだが、どうにも手詰まりである。
他の魔導装置を作動させる余裕がない。
「これは、まずいですね……」
この状態で敵宇宙船が自爆でもしたら、まず間違いなくアンは破壊されてしまうだろう。
「……ここまで、なのでしょうか」
アンは、敬愛する仁のことを想った。
仁の元に辿り着くことなく、ここで最期の時を迎える無念さを噛みしめる。
魔導大戦前に製造され、多くのご主人様にかしずき、兵たちの慰み物となった後放置された自分を、元通り……いや、もっと優れた身体に修理してくれた仁。
自分を必要としてくれる主人に仕える喜びを思い出させてくれた仁。
主人の役に立てる嬉しさ。
そして、同じ設計者……母を持つ、同僚、仲間、兄弟姉妹。
「……まだ、負けられません。ごしゅじんさまの元に帰るまでは……!」
そう呟いてはみても、劣勢は覆らない。残った左腕は軋み、身体のあちこちが悲鳴を上げている。
せめて5分あれば、少しは自己修復できるのに……そう思わざるを得ないが、それは叶わないこと。
敵宇宙船はじりじりとアンを押し潰していく。
「……ごしゅじんさま……」
アンのパワーがわずかに揺らいだ。魔法筋肉にもダメージを受けていたらしい。
魔力反応炉の出力は変わらないのに、パワーがどんどん落ちていく。
このままでは遠からず押し潰されてしまうだろう。
「……残念です」
アンが、これも己の運命と、諦めかけた時。
ふ、と、身体に掛かる重圧が軽くなった気がした。
霞む右目に映ったのは、小さな姿だった。
その人影は、優しい声でアンに囁いた。
「よく頑張りましたね、アン。もう大丈夫ですよ」
それは、アンがよく知っている声。
敬愛する主人が、最も愛し、最も頼りにする、世界一の自動人形。
「礼子、おねえさま……?」
「遅くなりましたけど、迎えに来ました。お父さまもご一緒です」
そう言って、礼子はアンを優しく抱き締めたのである。
* * *
「『アドリアナ』、出力10パーセントだ!」
中央艦橋で仁が指示を出した。
指示に従い、『アドリアナ』を統括する魔導頭脳『大聖』は、瞬時に命令を実行に移す。
『力場発生器』による引力で敵宇宙船を捕らえた『アドリアナ』は、上空へと上昇する。
アルスの500倍の重力からでも脱出できるよう設計された推進器は、楽々と同程度の宇宙船を引き連れたまま宇宙へと飛び出した。
そしてそのままの速度で放り出せば、敵宇宙船は為す術もなく彼方の宇宙空間へと飛んでいく。
仁は地上へと意識を戻す。
「礼子、アンは無事か?」
返事はすぐに来た。
『はい、お父さま。かなりダメージを受けていますが、重要な魔導装置は大丈夫なようです』
「そうか、よかった。なら、急いで回収して戻ってくれ」
『わかりました』
その声が終わらないうちに、中央艦橋に礼子とアンが現れた。転送装置を使っての帰還である。
「アン!」
そのあまりの惨状に、仁は絶句した。
「ごしゅ……じん……さま」
仁は駆け寄ってアンを抱き留める。
「1人でよく頑張ったな。すぐに直してやるぞ」
『アドリアナ』内には工房があり、素材も十分揃っている。
「骨格も筋肉も皮膚もボロボロだ。酷使したなあ」
アンは元々戦闘を前提にした造りではないので、これも当然の結果ではあるのだが、仁は眉を顰めた。
「こういうことがあるから、油断できないんだよな……」
独りごちた仁は、本気を出した。礼子も助手を務めている。
猛スピードで修理が進んでいった。
骨格、筋肉、皮膚、髪、魔導神経、そして服……。
また、制御核、障壁発生器、力場発生器、魔力反応炉……。
全て元通り、いや、元の倍の性能を与えられてアンは復活した。
「ごしゅじんさま、ありがとうございました」
「直ってよかった。事情はお前の制御核を読み取ったので大体わかっている。『機械人』とかいう奴らが、この惑星を滅ぼそうと攻めてきて、お前はそれを防ごうと守っていたんだな?」
「はい、そうです。いけなかったでしょうか?」
少し不安そうなアン。だが、仁はそんなアンの頭を優しく撫でて言った。
「いや、それでいい。お前は俺の自慢の侍女だよ」
「……ありがとうございます」
自動人形、でなく侍女、と言ってもらえたことで、アンはこの上なく幸せであった。
「さて、それじゃあ、事情も事情だし、とっとと片付けるか」
仁は中央艦橋へと戻り、指示を出す。礼子とアンも一緒だ。
「敵宇宙船に向けて出発」
『はい、御主人様』
宇宙を疾駆する『アドリアナ』。その前には、先程の300メートル級の宇宙船と、母艦であろう、直径1キロメートルほどの宇宙船が浮かんでいた。
その2隻が砲撃を仕掛けてきた。
「好戦的な奴らだな。いきなり撃ってきたぞ」
かなりの質量弾であるが、宇宙空間に浮かぶ宇宙塵や隕石に対して十分に対策をされている『アドリアナ』には脅威になり得ない。
だが、これで遠慮はいらないと、仁は指示を出す。
「アンをあんな目に遭わせたからには容赦は無用だ。『大聖』、攻撃開始」
『了解です』
超大口径の『光束』が10条放たれた。
3本は300メートル級に、そして7本は1キロメートル級の宇宙船に吸い込まれる。
300メートル級の宇宙船で爆発が起きるのが見えた。一方、1キロメートル級の宇宙船は平気なように見える。
「もう一度だ」
仁の命令により、再度10条の『光束』が放たれる。
まずは300メートル級の宇宙船が爆発、四散した。
「でかい方は強敵だな」
『御主人様、背後から2隻、敵宇宙船接近』
「何?」
惑星地上を攻撃していた残り2隻が、母船の危機に駆けつけてきたようだ。
「よし、内部スキャン開始」
内部スキャンとは、『魔力素走査機』『魔力素探査機』『魔力波形分析機』等を組み合わせた『スキャナー』を用い、物体の内部を調べる魔導機である。
自由魔力素のある世界においては、その分布を知ることで、かなりの精度で見えない部分を『見る』ことができるのだ。
『御主人様、予想どおり、生物は皆無。機械人と思われるものも10体しか乗っていません』
「そうか」
船そのものは遠隔操縦なのかもしれない、乗員は単なる非常要員だろう。
「それならなおのこと遠慮はいらないな」
その時、近付く2隻が砲撃を開始した。
「遠すぎるだろう」
真空中なので勢いを減じることはないとはいえ、狙いが甘い。
『アドリアナ』から遠く離れた場所を通過していく質量弾。
「だが、あの程度で『宇宙の覇者』とはな……」
「お父さま、やはり暴走か、誤動作しているのでは?」
礼子が意見を述べる。
「だろうなあ……しかし、見たところ純粋な科学の産物だから、俺には直せそうもないし」
まったく異なる文化の産物なので無理からぬことである。
「仕方ない。『転送砲』の試験を兼ねて攻撃だ」
『了解です』
転送砲。それは『転送機』と同じ原理を使い、対象物を別の場所へ移動させてしまう兵器である。
宇宙空間では、固形物が散乱していると後々危険なので、こういった残滓の出ない兵器を仁は開発しているのだ。
『照準セット。ブースターコンデンサ全段直結。魔力素エネルギー充填100パーセント』
「転送先、恒星α。発射!」
『発射』
恒星αというのはこの星系の太陽である。
巨大な恒星にとって、直径300メートルの宇宙船など、何ほどのこともなく蒸発させてしまう。
『敵宇宙船、1隻消滅。続いて2隻目を攻撃』
ほどなく、敵宇宙船は1キロメートルの母船を残すだけとなった。
「うーん、壊す前に、どういう相手なのか知りたい気もするな」
「お気持ちはわかります。ですが、お父さまが行くことはなりませんよ?」
「……わかってるよ」
礼子に釘を刺されてしまった仁。
「行くならわたくしめにお任せを」
アンが進み出た。確かに、この騒動で一番活躍しているのはアンだ。
敵の力もおおよそわかっている。今のアンなら敵はいない。
「わかった。礼子と一緒に行け」
* * *
礼子とアンは、十分な武装をしたのち、転送機で敵母船へと転移した。
現れたのは外殻部。さすがにいきなり内部へというのは危険に過ぎると判断したのだ。
(おねえさま、どこから入りましょうか)
真空中は声が伝わらないので内蔵魔素通信機での会話となる。
(先程『光束』が空けた穴がいいでしょう)
(そうですね)
『力場発生器』を使い、移動していく2人。
ほどなく、『光束』が空けた大穴に辿り着いた。
(装甲は2メートルくらいですね)
(ええ。ですが、空気漏れ対策もなされていないようです)
今も、ものすごい勢いで空気が宇宙空間へ流れ出ている。
2人は、『力場発生器』によって難なくその気流に逆らって内部へと入ることができた。
(それでも隔壁はあるようですね)
幾つかの隔壁で空気の流出を防いでいるようだが、十分ではない。
「それに、この空気は、ほとんどが窒素ですね」
空気が保たれているエリアに入ると声が出るようになった。
「生物がいないのでしょうね。おそらく中心部にいけば何らかの情報は得られると思います」
「そうですね。行きましょう」
礼子とアンは、宇宙船中心部目指して進んでいく。
途中、多少の妨害があったものの、今の2人を止めることはできない。
「邪魔です」
立ち塞がる隔壁は超高速振動剣で斬り裂き、
「鬱陶しいですね」
襲い来る機械人は礼子の一撃で沈黙した。
「さすがです、おねえさま」
自分の時とは明らかに違う威力に、アンは尊敬の眼差しで礼子を見つめた。
そして進むこと15分。
「丈夫そうな扉ですね」
今までとは明らかに違う造りの扉が2人の前に立ち塞がった。
「開かないならこじ開けるまでです」
礼子は右掌を当て、ぐっと力を込める。それだけで扉が歪んだ。
そして一蹴り。
扉は20メートル程も吹き飛び、反対側の壁にぶつかって金属音を立てた。
「さあ、行きましょう」
* * *
《なぜダ……なゼだ……》
半ば朽ち果てた半球に守られた『モノ』が繰り返し呟く。
侵入者は、船内を無人の野を行くがごとく進んでいる。
隔壁も、警備員も役に立たない。
そもそもこの船にトラップはほとんどない。そういう用途の船ではないからだ。
《ナぜだ……なぜダ……》
いくら繰り返しても答えは出ない。
侵入者は次第に近付いてくる。
《来ルな……来るナ……》
だが、その願いも虚しく、最後の扉が吹き飛ばされた。
「さあ、行きましょう」
侵入者の声が聞こえた。
侵入者2体は、半球に守られた『モノ』の聖域に踏み込んでくる。
《そコで止マれ。侵入者ヨ》
精一杯の虚勢を張り、侵入者に対する『モノ』であった。
* * *
《そコで止マれ。侵入者ヨ》
礼子とアンの耳に声が響いた。
「誰でしょう?」
アンが部屋を見回すが、誰もいない、がらんとした部屋の中央に、錆で覆われ、半ば朽ち果てた半球があるのみである。
「あれではないでしょうか?」
アンが半球を指差した。
「みたいですね」
礼子が一歩近付く。
《や、やメろ! 来るナ!》
「やはりこの半球が黒幕らしいですね」
更に近付く礼子。
《来るナというニ!》
礼子の手が半球に掛かった。
《わアああアあ! 止めろオおおおオ!》
しかし、礼子はかまわずに半球を毟り取った。
「これは……」
そこにあったのは、古びた電子頭脳。
『やっぱりか……』
礼子とアンの耳に、仁の呟きが聞こえた。
『古びた電子頭脳。おそらく異文明の産物なんだろうな。それが、いつの頃からか、暴走した。おそらくは、自己保存プログラムだけが残っていたんだろう』
《……》
『モノ』、いや、電子頭脳は沈黙している。
『礼子、今から『分身人形』を送る』
「はい、お父さま」
仁は何か思うところがあったのだろう。急いで『分身人形』を準備し、転送機により送り込んだ。
「これが電子頭脳か……」
《……》
仁は、ものは試しと、話しかけてみることにした。
「お前は誰に作られたんだ?」
答えを期待したわけではないが、その質問に思いがけず答えが返ってきた。
《私ハ、私ノ製作者により作らレた》
やはりそういう回答か、と仁は思った。『機械人』の外観からいって、人類とは程遠い外見の種族なのだろうと思われる。
そんな事を考えていたら、突然電子頭脳が叫びだした。
《……全てノ生物を滅ぼすのガ目的! 貴様等ヲ逃がしはシない!! こノまま自爆スる!!!》
「なんだって!?」
暴走した頭脳の論理には付いて行けない。
「礼子、アン、戻るぞ」
「はい、お父さま」
「はい、ごしゅじんさま」
3人は、転送装置を使い、『アドリアナ』へと帰還した。
その2秒後、『機械人』の母船は火球となる。
「全速離脱!」
仁の指示が飛ぶ。『アドリアナ』は、最大加速で飛び出した。
『障壁』の効果もあり、『アドリアナ』は無傷。
「……終わったな」
「はい、お父さま」
「それじゃあ、帰るとするか。『侵略者』である『機械人』もいなくなったことだし」
そんな仁の言葉に、アンが意見を挟んだ。
「ごしゅじんさま、できますれば、ウィクスフィルゲニアの人たちにお別れを言いたいのですが」
「ああ、そうだな。いいぞ。行って来い」
そして仁は『アドリアナ』を惑星近くまで寄せる。
「ここで待っているから行っておいで。行きは転送機、帰りは転送装置で、な」
「はい、ありがとうございます」
そしてアンは、地上まで転送機で移動した。
「勇者様! ご無事だったのですね!」
静かになった地上には、フィオナリアスメトロナーアリシュリュールトメエシアをはじめ、多くの人々が出てきていた。
「もう侵略者はいません。ウィクスフィルゲニアも復興できるでしょう」
「ああ、ありがとうございます……!」
フィオがアンの前に跪く。続いて、周りの人々も同じように跪いた。
「……よしてください。わたくしは……」
そこで言葉を切ったアンは、
「この世界も平和になりました。わたくしは行かなくてはなりません」
と、努めて平静に告げる。
「えっ!」
思った通り、フィオが慌てたような顔で取り縋ってきた。
「い、行かないで下さい! どうか、この世界にずっと……!」
アンはそんなフィオの肩にそっと手を置き、
「わたくしはこの世界では異分子。世界を立て直すのはあなた方なのです。頑張って下さい」
それだけを言うと、『力場発生器』を使い、ゆっくりと浮き上がった。
「勇者様!」
「勇者様」
「勇者様……」
人々の声を背に、アンは上昇を続け、やがて雲の中へ。
地上から見えなくなったことを確認し、転送装置で『アドリアナ』へと戻ったのである。
「ごしゅじんさま、ありがとうございました」
「もういいのか?」
「はい」
仁は頷き、指示を出す。
「『大聖』、帰るぞ」
『御主人様、承りました。『アドリアナ』、帰還します』
仁の旗艦『アドリアナ』は虚空を疾駆し始める。
「適当なところで転移だ」
その時、アンが仁に質問をする。
「ごしゅじんさま、どうやってこの世界にいらっしゃったのですか?」
「ん? 突然アンが消えてから、ずっと魔力反応を探っていったんだ。半月くらい掛かってようやく見つかったんだよ」
「え? ……ということは、ここは異世界ではないのですか?」
「ああ、違う。アルスのある宇宙と同じ宇宙だ。数万光年離れているかもしれないが」
「そうだったのですか……」
「世界が違ったらこんな短期間じゃ見つけられなかっただろうさ」
今はその方法も定かではないが、かつては礼子も、後継者たる仁を見つけるために1000年を要したのだから。
「でも見つかってよかった」
「はい、感謝してもしきれません」
それでも、どこか寂しそうなアンに、仁は一言告げる。
「あの世界の座標もわかったから、行こうと思えばいつでも行けるさ」
「……ごしゅじんさま……!」
アンが顔を輝かせた。
「心配なら、たまに行ってみてもいいぞ。復興の手伝いをするのも止めはしない。何か有益な情報や資源があったら貿易するのもいいな」
「あ、ありがとうございます!」
漆黒の宇宙空間を疾駆する『アドリアナ』。その巨体がふっ、と消える。
転送装置による移動だ。
再度現れたのは太陽セランと、それを回る惑星アルスの近傍。
「さあ、もうすぐ俺たちの蓬莱島だ」
明るく告げる仁の声。
アンは、この人がごしゅじんさまで本当によかった、としみじみ思うのであった。
お付き合い下さりありがとうございました。
20160105 修正
(旧)直径400メートル、深さ100メートル以上あるクレーターが生じた。
(新)直径40メートル、深さ10メートル以上あるクレーターが生じた。
ちょっと大きすぎました
(旧)ブースターコンデンサ全団直結
(新)ブースターコンデンサ全段直結
(旧)「転移先、恒星α。発射!」
(新)「転送先、恒星α。発射!」
20160512 修正
(誤)お姉さま (3箇所)
(正)おねえさま
アンの台詞で礼子を呼ぶときは『おねえさま』でした。
20161220 修正
(誤)宇宙空間に浮かぶ宇宙人や隕石に対して十分に対策をされている『アドリアナ』には脅威になり得ない。
(正)宇宙空間に浮かぶ宇宙塵や隕石に対して十分に対策をされている『アドリアナ』には脅威になり得ない。