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二人の新入り 1

 米国大使就任パーティ襲撃事件から二日後。

 昨日は事件の報告で殆どが潰れ、家に帰ってからは死んだように眠ってしまった。


「剣ぃー。遅刻するわよー」


 階下から聞こえる母の呼び声で那岐剣は目を覚まし、頭が未だ半分しか回転していないような心持ちで制服へと着替え、自室を出て行った。


「おはよう、剣。よく眠れた?」


 那岐剣の母親、那岐唯が、朝食を作りながら訊いてきた。


「あと十時間は寝たい」


 剣はふらふらとしながら、料理が徐々に追加されていく食卓へと着く。今日の朝食は和風のようだ。焼き鮭が用意されている。


「学校はしっかりといきなさいよ。昨日は休んじゃったんだから」


 そう言いながら、唯は目の前に味噌汁を置いた。


「サボったみたいな言い方をするなよ。俺は国民への奉仕で休まざるを得なかったんだ」


 剣はいただきます、と言って朝食を摂り始める。 


「はいはい。――あら、丁度ニュースで事件のことが出てるわよ」


 番組のテロップには《米国大使襲撃 犯人は米軍の過激思想派》と書かれている。


『政府の発表によりますと、逮捕されたテロリストグループは、中東への撤退を指揮し始めた大統領に対して命令の撤回を再三に渡って求めており、大統領の政策を支持する日本を巻き込むことによって軍縮の阻止を企てたようです』


 味噌汁を啜りながら、剣はそれを眺めていた。


「何処にでも戦争をしたがる輩はいるんだな」


「それにしても、例の如く、剣のことは一切報道されないわね」


 唯も漬物を口に運びながら言う。


「かなり厳戒な報道規制を敷いているみたいだからな。人質にもきつくクチ止めをしてたし」


 まあ、ビーム兵器だったり機械化人間だったり、ビルから落ちて消える少女の話が流れても、せいぜい月刊MWのネタになるだけだろう。荒唐無稽過ぎて存在を知っているだけの官僚や政治家からは、未だに都市伝説と思われている節がある。


「まあ、脅迫まがいにも聞こえる、少し厳しすぎる指導だったけど。あれは絶対、昔誰かが機密漏えいしたな」


 唯は息子の発言を聞いて、何かを思い出したかのような顔をした。


「そう言えば、あなたが生まれる前、伝奇小説が密かなブームとなったの」


 突然何事かと思ったが、剣は大人しく耳を傾けた。


「そしたらお父さんが、『宮内庁に所属する魔人の青年を主人公にしたら売れる!』って言い始めたの」


 どっかで聞いた話だな……と思いつつ、剣は先を促す。


「それで? 一次審査で不合格になったのか?」


「いいえ。その作品を見た編集部が、『まるでノンフィクションのようファンタジー! リアリティのある官庁内での駆け引き! 合間に挟まる痛快な政治的ジョークも必見!』って絶賛して、遂に大賞をとったのよ」



 オチが見えた気がする。



「作者紹介に宮内庁職員って書いたせいで、出版社は面白がってそれを大々的に宣伝。現役の国家公務員が書いたファンタジー公務員小説として売り出されたわ」


「……」


「それを知った高級官僚と政治家は大慌て。千代田、永田、霞ヶ関を震撼させ、書籍は政府指導の下に全回収。小説のせいで多くの官僚、政治家による脱税、癒着、献金が暴かれ、お父さんは国会へ証人喚問。購入者と出版社全員の記憶改竄のために神社本庁の呪術師が総動員されて、国家転覆寸前だったの」


 茶を啜りながら、彼女は懐かしそうに語る。


「結局、組織内で見てみぬ振りにされていた不祥事を明るみにした功績で、機密漏洩の件は不問にされたけれど、これを切っ掛けに国家機密はより厳しく取り締まられることになったわけよ」


 これはひどい。入庁時に徹底した思想調査をされた理由がようやく分かった。また、あの時の宮内庁長官が『那岐の息子かぁ……』とぼやいたことも剣は思い出していた。



 ピンポーン。



「あら? きっと末妃奈ちゃんよ」


 唯はいそいそと玄関へ向かっていった。


 その後、棚の上に置かれた父、那岐刀千の遺影を見て、剣は深く溜息をついた。


     *



 この世界は、ヒトが思うよりも少しだけ不思議が多い。



 例えば神。人類が誕生する以前、この地球には人類の原型となる存在が君臨していた。

 彼らは現在の神話や宗教などで語られる多くの活躍をした後、人間を誕生させ、彼らに地球の支配権を譲り渡して別の位相空間へと消えていった。


 しかし、建国が神話に結びついている日本のように、一般社会に紛れて暮らしている神の末裔も居る。この国では彼らを魔人と称し、その殆どが宮内庁の管轄下に入って暮らしている。


 逆に、政府の意向に従わない魔の者もまた存在する。


 剣神那岐剛剣の末裔である那岐剣も、父の死後に宮内庁へ所属し、その力を生かしてこの国の害となる魔を退治する活動に勤しむこととなった。

 だが、社会を脅かす者は何も魔の勢力だけというワケでは無い。例えば――。


     *


 二階建ての大きな日本家屋。由緒正き風格を漂わせる那岐家の前に、結城末妃奈は居た。


「そういえば末妃奈ちゃん、腕と足はもう大丈夫?」


 一昨日の戦闘で破壊された部位の状態を、剣の母は尋ねた。


「はい。ツヴァイにしっかりとメンテナンスしてもらいました!」


 末妃奈は元気よく答え、唯の目の前でガッツポーズをとったり、手のひらを握ったり開いたりを繰り返した。


「まったく、剣ももう少し女の子に気を遣えないかな」


「うーん、ちょっと期待できそうに無いですね」


 腕を組みながら、さも深刻そうな面持ちで末妃奈が言うと、唯は思わず吹き出す。そうやって二人で笑っていると、


「聞こえているぞ」


 噂の主人公が玄関口へとやって来た。


「剣。しっかりと末妃奈ちゃんを守ってあげなさいよ」


「言われなくとも。こいつの護衛は内閣官房からの絶対命令だからな。――いってきます」


 素っ気無い態度を取って、剣は学校のある方向へと歩いて行った。


「あっ、ちょっと待ってよ! じゃあおばさん、いってきます!」


 唯が苦笑しながら、いってらっしゃいと言う声を聞きながら、慌てて末妃奈は追いかけていった。



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