序章2
少年は白い病室の中で覚醒した。この空気は、恐らく宮内庁病院だろうと当たりをつける。
「目が覚めた?」
見上げると、ベッドの隣には白衣を着た少女が居た。中学生ぐらいの年齢だろうか。その表情は相変わらずの無表情だ。
「ツヴァイか……。あれから何時間経った?」
「七十二時間」
「三日? じゃ、じゃあ末妃奈はどうなったんだ?」
「取り乱すと点滴が外れる。自分のことより彼女のことを、あなたは心配するの?」
左腕には一本の管が刺されている。そして、彼女に言われて気づいた。
身体の感覚がおかしい。那岐剣という存在がかくてあるべき、と思える何かがごっそりと抜けている気がする。まさか……?
「私は科学者だから専門外だけど、優一によると、あなたは魔導才能を失った。彼女を助けるために魔力を暴走させ過ぎた、と彼は言っていた。おそらく、もう満足に戦うことは出来ない」
胃の中に冷たいものが無理やり入れられたような感覚がした。つまり、もう自分は魔人としての存在意義を根こそぎ失ってしまったのだ。
「そんな……」
ショックを受けていると、ツヴァイは更に追い討ちを掛けるような台詞を続ける。
「今、官邸では臨時閣議が開かれている。議題は、大国一つを滅す『大量破壊兵器』について」
そうだ。あれから三日も経っているのだ。彼女の処遇について論じられていてもおかしくはない。核、生物、化学に代わる大量破壊兵器について、あの総理はどう考えるだろう?
剣の脳内に、彼女が磔にされ、銃を持った数人によって処刑される光景が浮かぶ。
彼の顔を見て、ツヴァイは話を続ける。
「彼女が秘密裏に抹殺される可能性は低い。でも、総理は米国に渡すつもりも、おそらく無い。そして、機関内でもトップクラスの攻撃力を持つあなたは、……もう戦えない」
処刑より恐ろしい結論に、剣は思い至った。
「アイツは……。末妃奈は、俺の代わりに護国機関で戦わせられるのか?」
「それが最善策。護国機関なら総理の手中。国会も他の省庁にも横槍を入れることなんて出来ない」
最悪だ。末妃奈をこれ以上、あの身体で戦わせるわけにはいかない。彼女の悲しみ、苦しみ、痛み。命がけで戦ったからこそ、その確信は強かった。
「ツヴァイ……。俺の身体は、もう治らないのか? アイツを戦わせることなんて、俺には出来ない!」
「神社本庁の魔術師は、治っても数年は掛かると言っていた。政府は今すぐにでも、あなたの席を埋める戦力が欲しいはず」
身体をさする。魔術を使えない自分とは、こんなにも頼りないものなのか。
暫らく沈黙が続いた。
「剣」
無口なツヴァイが沈黙を破るなど、初めてではないだろうか? 彼女はいつもの無表情とは違う、真面目な顔をしていた。
「あなたが望むなら、私には総理の最善策の上を行く案を提供出来る」
ツヴァイは白衣から、二つの携帯電話を取り出した。剣が持っているものよりも新しい、最新式の型だ。
「これは誰にでも出来ることじゃない。剣神ナギノゴウケンの末裔、那岐剣にしか出来ないこと」
「結城末妃奈の代わりに機械仕掛けの神になる。全てはあなた次第」