護国機関 3
「人質の救出とテロリストの確保を急げ!」
ホテルの外で待機していた機動隊が即座に突入していく。
パーティ会場は想像以上に破壊されていたものの、人質達には目立った外傷が無いことが判明した。
機動隊員の一人が、溶解して巨大な穴が空いた壁を見て呟く。
「一体、どんな武器を使えばこんな事になるんだ?」
そして、彼は会場の中央に集められていた人質の解放へと向かう。
一際、隊員たちが多く集まっている人間が居た。
「大使の生存を確認した!」
「大使、お怪我はありませんか?」
ジャック・ライアー米国大使は落ち着いた様子で答える。
「ああ、心配いらない。全て彼女のおかげだ……」
彼は会場の窓際に立っている、一人の少女を見ていた。
彼女は日本刀の鞘らしきものを腰に携え、窓から外の風景を見ている。
「な、なんだ……あの少女は?」
テロリストが占拠していた戦闘地帯で、何故あんな少女が立っているのか?
奇妙な形で破壊された会場といい、今回の件は不可解なことばかりだ。
すると、彼女が見つめていた夜景に突然、一機のヘリコプターが現れた。
『コード01。状況を報告』
ヘリコプターに備え付けられたスピーカーから、これまた少女の声が聞こえる。
「人質は解放。テロリスト全員の無力化に成功。敵勢力は《C》から技術提供された疑いがある」
『了解した。屋上ヘリポートに着陸後、直ちにそちらへ向かう』
ヘリコプターは旋回し、更に上昇していった。
「あの機体、何処の所属だ……?」
警視庁のものでは無い。自衛隊が出動しているという話も、機動隊の彼らは聞いていない。
だが、飛び立つヘリコプターの側面には、日本国の所属を表す、日の丸が描かれていた。政府の所属ということだけは、間違いないだろう。
「おい、どうした!」
突然、後方から声がした。振り向くと、藍色のドレスを身に纏った少女が窓の方へと駆け出す。
「貴様っ、逃がすか!」
それに気づいた日本刀少女は彼女に相対するが、腕をあげた瞬間、肩の付け根が火花を上げ、身動きが出来なくなった。
「っ――!」
彼女を見やり、駆け出した少女は言う。
「結城末妃奈。いずれ、その身体は私がもらいます。それまで、御機嫌よう」
駆け出した藍色の少女は、そのまま窓をぶち破り地上へと落ちていった。
慌てて機動隊員達が窓から下を覗くが、落下した少女の死体など、何処にも見えなかった。
「どういうことだ?」
藍色の少女だけではない。あの、日本刀の少女も、一体何者なのか。
隊員の一人が彼女を見ながら言う。
「昔、聞いたことがある……。政府が、『一般社会には存在しない、特殊な技術』を持った勢力に対抗する秘密組織を持っているって」
「秘密組織? なんだそりゃ」
仲間の言動におかしさを感じていると、会場に数人の人間が入ってきた。おそらく、ヘリコプターで入ってきた者たちだろう。
その先頭には、白衣を着た中学生ぐらいの女の子が立っていた。
「また少女か。どうなっているんだ?」
この場に相応しくない存在も、既に三人目である。
白衣の少女は会場を見渡し、手に拡声器を持って言った。
「会場にお集まりの皆様。今回の件において、敵勢力が使用した兵器の詳細、並びに我々政府が送り込んだ、」
白衣の少女は窓際で肩を抑え、うずくまる少女の方を向き、
「『彼女』に関する情報を国家機密に指定します。くれぐれも、外のマスコミに漏らさぬよう、お願い致します」
「ツヴァイ、もう一つだ。逃げられたが、『藍色の少女』が先程まで人質に紛れていた……」
ツヴァイとは白衣の少女のことだろうか? 日本刀少女が悔しそうに言う。
「そう、了解した。皆様、今話題に上がった『藍色の少女』についても、他言無用でお願いします」
そう告げると、ツヴァイと呼ばれた少女はヘリに同乗していたと思われる、周囲の人間に指示を出す。
彼女の指示を受けた男たちは、ある者は倒れている敵勢力の確保に乗り出し、ある者は自分たち機動隊に、人質を外へ出すよう命令した。
「いきなりやって来たかと思えば、突然場を仕切り始めやがった。何だあいつらは……?」
「護国機関……」
傍らに居た先程の隊員が呟く。
「さっき言った秘密組織の名前だよ。内閣官房に設けられた極秘の戦闘組織。この国の中央省庁を始めとする精鋭で構成された最後の切り札……。まさか、本当に実在していたなんて……!」
*
「まずまずの戦果。人質側に怪我人はナシ。テロリストも全員生存」
ツヴァイがこちらの方を見ながら無感動な声で賞賛する。
「肩の付け根がイカれた。末妃奈に怒られる……」
妖刀、ナギノゴウケンを床に置き、彼女は心の底からため息をつく。
「彼女は自身の身体より、あなたの無事を、まずは願っているはず」
「だと良いんだが……」
「ヘリに乗せてきた。安全が確認されたから、もうすぐ此処に来る」
ツヴァイの言が終わるや否や、後方から少年の声が聞こえた。
「剣くん!」
そこには、毎朝顔を洗ったとき、鏡の向こう側に見るものと、同じ顔があった。
だが、その顔に浮かぶ表情は、いつもクールな彼が浮かべるようなものではなかった。
彼はこちらに近づき、外れかけた肩を見て、「あーっ!」と騒ぐ。
「ちょっと、乙女の身体になんてことを! まだ、嫁入り前なのに……」
少年はまるで少女みたいなことを言った。
いや、彼は女の子なのだ。信じられないことに。
そして、少女の身体を持つ自分は、実は少年なのだ。
「お前の身体を傷つけたのは悪かったよ。でも、俺の顔で、あまり気持ち悪いことを言うな」
やるせない声で目の前の少年に告げると、逆に少年は反論してきた。
「そっちこそ、そんなやるせない表情でぶっきらぼうな台詞を吐かないでよ!」
怒った少年は、ポケットからスマートフォンを取り出し、あるアプリを起動した。それを見て、少女も同じ機種のスマートフォンを防護服から取り出す。
「じゃあ、いくよ?」
「ああ、こっちも準備出来た」
二人は同時に画面に表示された《Transition》という部分をタップする。
数瞬後、二人の様子は先程とはまったく異なっていた。
「やっぱり、自分の身体が最高だな」
少年の方は先程の表情豊かな顔とは打って変わり、穏やかで冷静な雰囲気だ。
対する少女の方は、その柔和な顔に似合った目つきになり、さっそく騒ぎ始めた。
「あーあ、身体中ガタガタじゃない」
床に置いてある日本刀を拾い上げていた少年は、それを聞いてバツの悪そうな顔をし、
「――今度は、もっとうまくやるよ……」
それを聞いた少女は少しだけ拗ねながら、
「まったく。ほら、剣くん、肩貸してよ」
右腕が動かず、左足も壊れている。責任を感じていた剣は、鞘を左手に持ち、左から彼女へと肩を貸した。
ツヴァイが、いつも通りの無表情でこちらの方を見ている。
「それにしても、相変わらず二人は仲が良い」
末妃奈が顔を赤くする。
「ちち、違う! これは剣くんに責任を取らせるためであって……。ほら、剣くんも何か言ってよ!」
しかし、彼女達の会話を聞き流し、剣は今日の事件のことを考えていた。
「末妃奈。剣には反論が無い様子」
「あーもう!」
三人はそうして、屋上のヘリポートを目指していった。