護国機関 2
パーティ会場では、大勢の人間が手首を縛られ、座らされていた。
そんな彼らを取り巻くのは、銃を構えた数人の男達。
「おい、エレベータホールの方に向かった奴ら、まだ帰って来ていないのか?」
「まさか、やられちまったんじゃねーだろーな」
彼らの言葉は日本語では無い。英語だ。
そして、人質の中からその男達を眺めている少女が居た。
藍色のドレスを身に纏った彼女は、次に破壊された内装に目を向けた。
ものの見事に溶解している。あれが人間だったら蒸発している筈だ。
再び男達の方へと目をやる。中央で携帯電話を片手に声をあげている男の、もう一方の手には、バズーカ大の銃を携えられていた。
「――と、いうわけだ、総理。米国大使を始めとする人質を殺されたくなかったら、アメリカへの政治協力の中止を宣言しろ。あの《軍縮大統領》の政策に乗っかられると、俺達ぁ困るんだよ」
武装勢力の要求は、米国が近頃実地している軍縮キャンペーンに、日本が追随しないようにさせることだ。戦争が無くなると困る輩というのはどの時代にも居る。彼らも軍属の関係者か何かだろう。それ以上のことは知らされていない。
「大統領にも伝えろ。軍縮を諦め、すぐに椅子から降りろとな。此処には日米両国にとって重要な人間がわんさといる。その辺、よく考えておけ」
彼女は、男達に関する詳しいことを知らない。ただ、彼女は人質に混ざって、今回彼らに提供した《ZX-08》の運用を見届けているだけだ。
実験での運用と実際の場での運用は違う。彼女は実践投入の場となったこのパーティ会場で、自分が所属する組織が開発した試作荷電粒子砲、《ZX-08》の威力を見届けるために、此処にいるのだ。
突如、会場内がざわめき始めた。どうやら入り口の方で何かあったらしい。
何事かと、彼女が見ると、ぐったりとした男を肩に担ぎながら、一人の少女が入ってくるのが見えた。
茶色い髪に柔和な顔立ち。目つきだけは彼女が知っているのとは違ったが間違いない。
……やはり来ましたか、機械仕掛けの神。
政府に拾われた《C》の最高傑作。一体どのように立ち回るのでしょうか?
*
『聞こえるか01? 我々はテロリストの要求を飲むわけにはいかない。直ちに敵勢力を無力化し、人質を救出しろ』
「了解」
抱えた男を目の前の敵に放り投げる。彼らはあっけに取られていた。
その内の一人が尋ねる。
「まさか、嬢ちゃん。一人であいつら、倒しちまったのか?」
『あいつら』とは、もちろん、エレベータの扉付近に居た者達のことだ。
少女は質問した男を見据えていった。
「その通りだ。ただ肉体を鍛え上げた人間など、いくら掛かってきても無駄だ」
宣告と同時、右腕の傷口から、ショートしたコードと、火花を散らす電流が垣間見えた。
バズーカ大の武装を持った、リーダー格と思われる男が指示を出す。
「おいっ! そいつは危険だ、殺せっ! 機械化を受けた身体なぞ、米軍でも見たことがない!」
そうして再び数人の男達が襲い掛かるも、彼女は瞬く間に彼らを無力化した。
まったく息切れもしていない様子で、彼女はリーダーを見る。
「どうやら、もう敵はお前だけのようだな」
男は慌てて武器を構え、彼女に向ける。
「な、何者かは知らないが……。ここには数十人の人質が居る。お前も外にいる機動隊から聞いている筈だろう? 俺の持っているコレは試作型の指向性ビーム兵器だ。人質共も一瞬で蒸発。たとえ、奇妙な身体を持つお前でも、耐えることは出来ない!」
半分引きつった笑みを浮かべながら、男は抱えた兵器を指差す。
彼女は、周囲の破壊された内装と人質達の顔を見て、敵の持つ兵器の情報が真実だと確信する。
「やはり、ソレは《C》からの提供か……」
彼女は呟きながら、どんどんと男に接近していく。
「おい、撃つぞ! 人質がどうなっても良いのか?」
彼は身体の向きを変え、人質が固まっている会場の中央へと銃を向けた。
その瞬間。銃口の前には、いつの間にか彼女が立ちはだかっていた。
「なっ?」
まるで、瞬間移動でもしたかのような速さ。いや、彼女は、男が身体の向きを変えた瞬間、本当に高速で銃口の前へと移動したのだ。
「危ないぞ! 早くその武器から離れなさい!」
人質の方から声が聞こえる。外国人が喋った日本語だ。おそらく、本来の主役であるライアー米国大使の声だろう。敵が持つ兵器の威力を目にしたからこそ出せる、恐怖が滲んだ声だ。
しかし、大使の警告をも無視して、人質の壁になったかのように、彼女は銃口の前から動かない。
「う、撃つぞ! まずはお前から消えろっ!」
会場の一面が白い光で覆われた。
同時、彼女は腰に携えた鞘から、一振りの日本刀を素早く引き抜く。
刀は放たれた光粒子そのものを切り裂き、攻撃を無力化した。
軌道が反れた光は、当然の様に中央に居る人質を避け、両側面の壁を破壊する。
しかし、その威力も人質から見れば、先程目にした威力の一割にも満たないように感じた。
「有り得ない……。この《ZX-08》を防ぐ兵器は、現行技術では存在しないはずだぞ……」
男は刀を持った彼女に怯えながら、今度はトリガーを連続で引いた。
ビーム砲から、数発の光弾が連射される。だが、その悉くを日本刀を振るうだけで、彼女は対抗してみせた。
「確かに、現行技術ではソレを防げない」
少女は男の目をじっと見据えながら言う。
「そして、この身体も流石にビーム兵器の直撃には耐えられない。だから……」
手にした日本刀の刃先の方向を変える。
「だから、神代の時代からの技術で対応してやるよ」
自分を見据えるその目に恐怖した男は、再び指先に力を入れた。
同時、彼女は集中した表情で刀を握り、何かを唱え始める。
「始祖、那岐剛剣よ。汝、古くからの盟約に従い、その力を汝の後裔、我、那岐剣に与えよ」
呪文のような台詞と供に、握られた日本刀が突如、黒い霧のようなものを纏いだした。
禍々しいオーラを振りまきつつ、刀身が血のように赤く光りだす。
「や、やめてくれ……」
彼女は剣先を前に向け、男に突進する。
そして、刀を振り上げた。