TS転生したら災厄種族のエルフ!~十八年正体を隠していたのに、追放された日に同族にバレました~
自分がエルフなんじゃないか、と気がついたのは生まれて三ヶ月ほどの頃だった。
時々様子を見に来るのは人間の男女たちで、多分どれかは両親。
だが、知らない言語を話す。
(これ、異世界転生なのでは……?)
以前の記憶は大学生だった付近で途切れている。
死んだから転生というのがお約束なので、多分死んでる。
死因は全く見当が付かないが、そういうことなのだろう。
「あぶー」
体感では生まれて三ヶ月くらいは経っている。
オムツを変えられるのはすぐに慣れた。
だって、排泄がどう頑張っても我慢できなかったから。
良いか悪いか、幸か不幸かわからないが哺乳瓶からミルクを飲んでいるので授乳イベントはなかった。
他にすることもないので、自分の身体をあちこち触っているうちに耳が尖っている気がした。
「ぷぁー」
最初は目がよく見えていなかったが、時とともに焦点が合ってきたので、三ヶ月ほど経ってから大人の人間の耳とは違うことに気がついた。
心配そうな顔で耳を触られていたせいでもあるが。
(親は多分人間。これは迫害されるパターン……!)
エルフなら魔法が使えるはず。
これもお約束だから、絶対使えるはず。
昼夜問わず──正確には起きていられる時間すべてを使い、試行錯誤すること数ヶ月。
理屈はわからないが、耳は人間のように丸くなった。
いや、触れば尖ってはいる。
だが周囲の大人たちからは普通の人間らしい耳に見えているようだ。
(幻覚とか隠蔽魔法なのだろうか? 言葉は少しわかるようになったが……情報が足りなすぎる)
そんな感じで人間のふりを続けて数年が経った。
この頃には弟や妹が生まれ、この家が男爵家なのもわかった。
エルフだからなのか体質なのかわからないが、弟妹に身長を追い越されている。
だが、一番の問題はこの身体が女の子だったことだ。
(これはいわゆるTS転生……!)
好みの展開ではあった。
が、実際自分が女の子になったというのは違和感しかない。
人間のふりをしつつ、女の子であることを受け入れたものの。
余計なことは口走らないように、非常に無口な子供になったのは仕方がないと思う。
「サンディ、今日も図書館?」
母親のシイナが出支度を始めた僕に話しかけてきた。
父親はセバスチャン。
どこかの執事でもやっていると思ったら、普通に役場の文官をしている。
そんな理由で貴族とはいっても領地はなく、平民と同じように生活しているので外出は比較的自由なのだ。
今は侍女になった乳母がいるのだけは、貴族っぽかったけれど。
「うん」
「夕暮れ前には帰ってきなさいよ」
「はーい」
図書館は七歳の足で歩いて十分もかからない近さだ。
でも五歳の妹より身体が小さいから、平均的な七歳なら五分もかからないかもしれない。
「あらサンディ、また来たのね」
「うん」
司書さんに挨拶を済ませ、読みかけだった本を開く。
『遺伝の法則』という題名の本だ。
司書さんにはこんな本を? と驚かれたが、普段も絵本は選ばないのでそれ以上は何も聞かれなかった。
(早急に自分がなんでエルフなのか調べなくては……)
母から生まれたことはわかっている。
一番小柄だったのに悪阻がひどく、難産だったと今でも話題に上がるから。
(…………異種族で生まれた子は必ずどちらかの種族)
当てはまらない。
両親はどちらも人間だ。
「…………」
この港町フェリカを歩いている獣人たちは、全く人間っぽくない。
猫や犬が二足歩行に適応したような姿をしている。
真のケモナーなら大歓喜という感じだ。
「あ……」
どちらかの種族で生まれる……が、極々稀に先祖返りと思われる、両親とは無関係の種族が生まれることもある……。
(これだ、多分これだな)
鑑定魔法は試行錯誤している最中に初級魔法教本を読んで、どうにか会得している。
僕は紛れもなく、エルフだった。
必死に隠しているせいか、体質のせいかはわからないが……他者からの鑑定は弾いているので、今のところ怪しまれてはいない。
そういう体質の人もいるらしいので、両親はそれで納得しているようだ。
「…………」
両親と違う種族なのは迫害されるパターンだと思っていたが、その予想は当たっていた。
(獣人とかなら先祖返りでも受け入れられたかもしれないけど……エルフは)
この世界のエルフは、災厄の種族として関わってはいけない危険種族という立ち位置だった。
自分以外のエルフは見たことがないけれど。
(バレたら村八分、いや追放案件……)
たくさんの本を読み漁っているが、自分のステータスを知るすべはなかった。
(ステータスオープン! が使えないのは不親切過ぎる。どこかにやり方が書いていないものか……)
家族の前では水魔法しか使っていない。
両親はどちらも水魔法しか使ってないから。
でも、弟は火魔法を使うのでそこまで神経質にならなくてもよかったかもしれない。
が、今更違う魔法を使って怪しまれるのは嫌なので使う予定はない。
◆
十五歳になった。
鏡で見る自分の姿は超絶美少女だ。
真っ直ぐな金色の髪に琥珀色の瞳。
これは両親譲りだ。
この外見のせいで、伯爵家の長男と問答無用で婚約が決まってしまった。
「あーあ、めんどくさ……」
僕が住んでいるのはネイシア大陸の最南端にある、フェリカ共和国の港町フェリカ。
貴族制度はラノベで知っている感じなので、さほど複雑ではなく、伯爵家のほうが偉いので拒否権はなかった。
「…………」
大陸は大森林で二分されており、南側はフェリカ共和国を含むいくつかの小国家で形成されている。
大森林の向こうはアルシアという大きな国がある。
大森林は危険過ぎるので、この港町からアルシアに行く船が出ているけれど……最近はクラーケンが出たらしく、出航していないらしい。
「ぬぐぅ……」
僕は婚約が決まってから着るようになったドレスの重さに打ちのめされている。
これを着て、膝を折って挨拶をしなくてはいけないのだ。
貴族令嬢に筋トレ必須だなんて、どこにも書いてなかった。
腹筋と背筋、大腿筋を早急に鍛えなければいけないので寝る前に筋トレをしている。
ちなみに見た目は大人びた十歳といった感じだ。
十五歳だけどね。
「ほら、いっぱい食べなさいよ」
母親がせっせとおかわりをよそってくれる。
食欲はあるのに、僕がチビで痩せっぽちなのをかなり気にしているようだ。
婚約者は同じ年だったが、初対面で『顔は良いけど、ちんちくりん』と言われた。
母親はきっとそれを気にしているのだろう。
高等学校に上がり、婚約者のノースは領地持ち男爵家のジーナとイチャコラしている。
(この薄っぺらいボディにそそられないのは理解出来るけど、婚約者の目の前でイチャコラするのは如何なものか)
夕食の後、風呂場で改めて自分の身体を見おろしたが本当に子供ボディだ。
生まれてからずっと女の子なので、もはや違和感はない。
不思議なことに可愛い女の子に目は行くが、それ以上の関係になりたいとは思わない。
かと言って男性に興味があるわけでもない。
前世の頃にあった欲望は全く感じられないのだ。
(…………これは想定外。女の子とイチャコラできると思ってたのに)
身体を拭いて、妹と一緒に使っている部屋に戻るとマリーナはベッドに腰掛け、機嫌の悪い顔をしていた。
「どうしたの」
「ううん、なんでもない。ちょっと友達とケンカしただけ」
「そう」
僕は無口過ぎて友達すらいない。
喜怒哀楽の激しいマリーナはすぐ喧嘩をするが、すぐ仲直りも出来ている。
それに彼女は十三歳だけど、僕より背が高いし女の子らしい身体をしている。
僕はもう一度自分の薄っぺらいボディをさわさわと確認し、髪を編んでベッドに潜り込んだ。
翌日、学校へ行くといつものようにジーナ一味に囲まれた。
「なんでノース様はこんなおチビさんを婚約者にしたのかしら」
「あらぁ、政略結婚ですもの本意じゃないのでは?」
「おっかしいわねえ、領地もない貧乏男爵家に政略結婚だなんて」
全部本当のことである。
こんなふうに囲まれてアレコレ言われるのはいい気がしないけれど、時間ギリギリに登校しているので数分耐えれば教師がやってくる。
そう、領地無しの我が家と港の利権を持つ伯爵家はどう考えても利害が一致しない。
はたから見れば、僕は玉の輿に乗ったように見えるのだ。
婚約をねじ込んできたのは伯爵家。
先方の当主夫妻が僕を見て、将来とんでもない美女になると言ってお気に召してしまったから。
身も蓋もない言い方をすれば、少しばかり容姿に難のある家系に美女の血筋を混ぜたいといったところか。
ノース本人がどうしてもといったわけではないのだ。
完全に親の意向によるものだから、まあ政略結婚といって差し支えないとは思う。
ジーナは紫色のふわふわした巻き毛で、青い瞳のグラマラスな女の子だ。
自分で言うのはなんだけど、顔だけは僕のほうが良い。
ノースとジーナは幼馴染で、元々仲が良かったので余計に僕のことが嫌なのだろう。
当のノースは男友達に『サンディはちんちくりんだが、将来は美女になるからまあ及第点』などと言っているから余計にジーナが敵意を持っている。
(どっちでもいいんだけどな。ノースに興味があるわけでもないし、伯爵家に行きたいわけでもないし)
許されるなら旅をして、魔術師として生きていきたい。
「…………」
事態が変わったのは卒業三ヶ月ほど前だった。
ノースとジーナの距離がものすごく物理的に近くなっている。
(あ、こいつらオトナの階段上っちゃった感じ?)
まあ、わからないでもない。
十八歳の男なら、触れない美少女より触れる女の子の方が色々と楽しいのだから。
僕の外見はまだ子供だし。
(これは……卒業式で婚約破棄が来る……!)
鼻の下を伸ばしてジーナの腰を撫で回すノースを見て、僕は確信した。
それならそれで構わない。
僕が瑕疵あり令嬢になるだけで、元から家には何の影響もないのだから。
婚約破棄されたら、親も旅に出るのを許してくれるかもしれない。
(試験に通れば魔術学院に進める可能性もある……来年度にはもう間に合わないけど)
そして卒業式の後の祝賀会で、僕は壇上にいるノースに呼び出された。
何故壇上かと言うと、ホウエン伯爵家がこのあたり一帯の領主で、ノースが答辞を述べたからである。
仕方ないので壇上に上がると、ジーナまで上がってきた。
(おお? これは来る……!)
「サンディ・クレッシェンド!」
「はい」
何も拡声器を持ったままじゃなくてもいいじゃないか。
会場全員が何事かといった顔でこっちを見ている。
「お前は俺の婚約者という立場で、ジーナをはじめとした女子生徒たち全員に嫌がらせばかりしていたそうだな!」
「えっ」
(誰ともそんなに喋ってないけど……)
「証拠も証言も揃っている! そんな性根の女に領主夫人は務まらん!」
「え、はい」
「返事まで馬鹿にしたその態度! 婚約は破棄、お前はフェリカから追放する!」
せっかく壇上に上がったジーナの出番はなく、あっさり婚約破棄が告げられた。
会場の後ろで伯爵夫人が卒倒し、ざわめきが大きくなった。
(追放イベントにランクアップした……)
「かしこまりました、婚約破棄承ります」
そう言って僕は筋トレの結晶であるスクワットみたいなお辞儀をした。
ここ数年で今日が一番喋った日かもしれない。
とりあえず出番は終わったようなので、壇上から降りて周囲を見渡す。
両親は前半だけこっちにいて、後半は弟の学校の卒業式に行ったはず。
もう学校には用がないので、どことなくスッキリした気持ちで敷地の外に出た。
髪を揺らす潮風。
慣れ親しんだ港町の匂い。
「終わった……」
なんとなくすぐに帰宅する気にはなれず、僕は制服のままぶらぶらと港まで歩いていった。
クラーケンのせいでいつもより船が多い。
僕は適当な樽に腰掛けて、真新しい帆船や煌めく海面をじーっと眺めて暫く過ごすことにした。
◆
水平線に太陽が沈み始めた頃、一人の旅人らしい女性が僕の前で足を止めた。
「何をしているの?」
見上げると、茶色の髪に茶色の目をしたいたって普通の女性が僕を見下ろしている。
「え、あの、ちょっと……海を」
「あなた、エルフでしょう? なんでそんなに中途半端な幻惑魔法を使っているの」
「ファッ!?」
「え、隠してた感じ? 確かに髪は光ってないし、なんだか妙ね……」
確かに本で読んだエルフの特徴は、美貌と魔力が漏れ出して火花のように散っている光る髪の毛である。
僕の髪はそんな火花は散っていないけれど。
「いや、あの」
「鑑定してみてもいい?」
既にエルフなのはバレている。
それに何か新しい情報を得られるかもしれない。
(どうせ追放されたし、悩むこともないかな……)
「どうぞ」
僕は半ばやけっぱちで、鑑定を許した。
どうせ僕の身体は鑑定を弾くんだし、問題はないだろう。
そう思った矢先、ゾワッと身の毛が逆立つような何かが通り抜けていった。
前世であった、静電気を試す球を触ったような感覚。
「うひゃぁ」
「なによ、大袈裟ねえ。鑑定を通しただけじゃないの」
「あの、あの……」
「…………ものすごく魔力が抑制されてる」
「……?」
今の感覚が鑑定を受けた時にみんなが『鑑定されたら絶対に気が付く』と言っていたものなのだろうか。
確かに気が付かないわけはないな、これは。
僕は一体この女性は何者なのだろうと思いながら、再び彼女をぼんやりと見上げた。
「もうじき夜になるけど、家に帰らなくていいの? 学生さんなんでしょ?」
「あ……家にはもう帰れなくて。あの、領主一家から追放、されまして」
「あらまあ」
「…………」
「仕方ないわね。船は明日も出ないみたいだし、宿を取ってあるけど……とりあえず一緒に来る?」
そうだ、夜をどうするか──どうやって出ていくかもまだ考えていなかった。
念のため、貯めたお小遣いを持ち歩いているだけだ。
(この人は女性だし、いざとなれば逃げればいいし……)
僕は頷いて立ち上がった。
暫く歩いた先で女性が足を止めたのは普通の宿屋ではなく、短期滞在型の小さなアパートメントだった。
「中々出航しないから、十日契約で借りたの。あと三日あるから、遠慮しなくていいわ」
「ありがとうございます」
「…………着替えは?」
「持ってません」
「え、時空庫は? まさか使えない?」
女性はかなり驚いた声を出し、僕を覗き込んだ。
本で読んだ限り、時空庫とは時空魔法から派生する事象でアイテムボックスのようなものだったはず。
もちろん、そんな便利な物持っていない。
「…………」
「おかしいわねえ、エルフなら使えないはずはないのだけれど……まあいいわ、そこに座ってて」
女性は一時間ほど外出し、戻ってきたあとベッドの上にあれこれ出し始めた。
「とりあえず開いてた店でワンピースを数枚買ってきたから、これに着替えて」
僕は言われるまま別室に行き、灰色のワンピースに着替えた。
サイズはちょうどいい。
胸元に花のアップリケがついているのは子供服だから……だろう。
「あの、お金……」
「ああ、いいのよ。エルフは同胞の子供には親切なのよ、気にしないでいいわ」
「同胞?」
「あ、変異したままだったわね」
女性の姿が一瞬揺らぎ、見たことがないレベルの美女が現れた。
僕が美少女なのは過大評価だったかもしれない。
この人が花なら僕はペンペン草レベルだ。
「あ、あわ、える……エルフッ!?」
その女神は美しいティファニーブルーの髪をパチパチと光らせている。
(あれ、そう言えばこの世界にはティファニーブルーって色は無いな……青緑? いや青みがかった緑……?)
肩先から腰まではどんどん色が薄くなっていて、毛先はほとんど透明。
瞳は冬の湖のような静かな灰色。
どこから見ても女神だ。
(これは何のイベント……!?)
「さて、いったいあなたはなんでここにいるの?」
僕は聞かれるままに身の上を話し始めた。
女神に嘘をつくなんて許されない。
いや、むしろ今まで隠してきたことを聞いてもらいたい。
思いつくまま喋った僕は、今まで色々と隠し続けて生きてきた時間が……意外としんどかったんだな、と初めて自覚した。
「──というわけなんです」
一生分喋った気分だった。
話しすぎて顔の筋肉が攣りそうである。
「なるほどねぇ、先祖返りか。まあ、稀にあるのよね。祖先がエルフだったのはお気の毒だけれど」
「…………」
「ああ、エルフがヤバいって扱いなのはわかってるから。でも人間の街をフラフラしているエルフは、私みたいに異端者が多いからそこまで警戒しなくても大丈夫よ」
「異端者……」
「それより、追放された後はどこへ行くつもりだったの? あなたまだまだ子供よね、十八歳だし」
「そこまで考えてなくって……エルフの大人って何歳になったら大人なんですか」
「成長しきるのは個体差もあるけど二百歳くらいね」
「…………」
「ひとり旅は無謀、ですかね」
「そうね」
「どうしましょう……?」
「とりあえずバカな元婚約者と浮気相手に報復して、あとはそうねえ……女の子だし、魔女公国で保護してもらったらいいんじゃないかしら」
「報復!」
悪くない考えだ。
すべて話して自分の中のモヤモヤが整理された僕は頷いた。
(僕はどうでもいいと思い込もうとしてただけ……本当は不愉快で、怒っている……)
「殺す?」
「いや、さすがにそこまでは……?」
「そう。ならどうする?」
「明日までに考えておきます」
僕は先にお風呂場を使わせてもらい、二つある部屋の一室を借りて、ベッドに潜り込んだ。
(親には手紙を出しておこう……あと仕返しはどうしようかな)
あ、女神の名前を聞くの忘れてた。
僕も名乗ってないや。
明日ちゃんとしなくては。
ヴィーナスとかアフロディーテって言われても驚かないぞ。
あ、伯爵家の当主は禿げていたな。
ノースも遅かれ早かれ禿げそうだ。
(仕返しは禿げでいい気がしてきた……)
未来の姿がちょっと早まるだけだ。
うん、問題はなさそうだ。
僕は筋肉痛の顔を揉みながら、安心して眠った。
◆
翌朝、僕は朝の挨拶と共にしっかり名前を伝え、女神の名前も教えてもらった。
女神の名前はジューン。
シンプルで美しい名前だ。
さすが女神。
僕は朝食後、少しレターセットを分けてもらい、家族あてに手紙を書いた。
内容は追放に至った経緯と、心配はいらないこと。
そしてどこかに身を落ち着けたら、必ず居場所を伝えること。
「では伯爵家に行きましょうか」
「え、まさかの正面突破?」
「いいえ、もちろん隠蔽魔法で忍び込むのよ」
「…………」
「ああ、あなたもちゃんと隠蔽してあげる。時間はいっぱいあるから、そのうち会得できるわよ」
僕たちはアパートメントを出る前に隠蔽魔法で身を隠した。
「全く見えなくはなっているけど、身体が消えたわけじゃないから接触しないようにね。ぶつかれば怪しまれるから」
「はい」
伯爵家は港町の一等地にあって、アパートメントから徒歩で十五分ほどだ。
誰かとうっかりぶつからないよう、挙動不審になりながら僕は女神を案内した。
「ここです」
「ふうん。じゃ、行きましょ」
僕たちは門番をすり抜け、台所裏口から堂々と不法侵入を果たした。
伯爵家屋敷は広く、二回しか来たことがない僕は客間の場所しかわからない。
なので、全部の部屋を見て回ることになった。
一階部分にノースの姿は無かった。
二階に上がると、夫人の部屋があって中では泣いたり何か話している声が聞こえるが男性の声は聞こえない。
執務室っぽい部屋にも誰もいない。
使用人の話を盗み聞きしたところ、伯爵は僕の家に行っているようだ。
(帰りに家の様子を見たほうがいいかな。変なことされてたら困るし……)
結局、二階にもノースの姿は無かった。
一階に戻った後、女神はにっこり眩しい微笑みを浮かべ、地下があると階段を指さした。
(え、牢屋とかあるのかな……)
ちょっと不安になったが、地下にも他と変わらない廊下とドアがある。
一番奥から言い争う声が聞こえてきた。
ドアの前には二人の護衛。
女神が僅かに身じろぎをした瞬間、護衛がバタバタと昏倒した。
鎧のぶつかる大きな音がして、内開きの扉が大きく開きメイドらしき女性が悲鳴を上げた。
僕たちはその隙に部屋の中へ滑り込み、護衛たちが起き上がった後扉はメイドの手で再び閉じられた。
部屋の中にいるのは家令っぽい男性一人、メイドが二人、ノースとジーナ。
(見張られてるってことは、怒られてるんだろうな……)
「まだ出してもらえないの?」
「当主が戻るまでお待ちください」
「なんだよ、なんで俺たちが悪者扱いされるんだよ」
室内は中々険悪な雰囲気である。
僕たちは部屋の隅に行き、ひそひそと話し合った。
暫く様子を見ることになった。
二時間ほどノースとジーナがメイドたちに文句を言ったりイチャコラするのを眺めていたら、伯爵と夫人が部屋へ入ってきた。
「父上、なんで僕たちが閉じ込められているんですか」
「黙れ、馬鹿者が!」
「え」
「サンディ嬢は卒業式後、行方不明になっている」
「は? ああ、追放したからな」
「お前にそんな権限はないのに、なんてことをしてくれたんだ!」
「いや、だっていじめの首謀者だぞ、そんな女──」
「学校ではそんな事実はないと言っていたが」
伯爵はそう言ってジーナを睨みつけた。
「ひっ……本当なんですぅ、私たち毎日酷いこと言われたり、教科書破かれたりしてました」
ジーナが身をすくめながらも大嘘をついた。
(そんなことしたことないのになぁ……)
「サンディ嬢が見つからなければ、クレッシェンド家に対し婚約破棄の違約金以外にも慰謝料が発生する」
「あんな小柄な子がどこで夜を安全に過ごせるというの」
夫人がハンカチを握りしめながら呟いた。
「でも……私、本当にいじめられててぇ……」
「証拠は? 証人も証拠もあると言っていたな?」
「いや、そ、それは……」
「あるのか、ないのか?」
「ない、です……」
夫人が床にハンカチを投げつけ、苛立たしげに言い放った。
「順番ってものがあるでしょう! 婚約者を行方不明にしたなんて、当家が笑いものになるだけよ!」
「いや、でもサンディは意地悪で……」
「性格なんてどうにでもなるのよ! サンディ嬢は成績もトップだったし、お顔の残念なあなたのためにわざわざ! この私が! クレッシェンド家に頭を下げたのよ!」
「嘘……」
ジーナが呆然と呟いた。
「サンディがごねて、無理矢理婚約者になったんでしょ?」
「そのような事実はない」
「でも……」
「ジーナ嬢、君は本日をもって男爵家から籍を抜かれている。もう帰る家はないと思え」
「嘘! お父様が許すはずありませんわ!」
「煮るなり焼くなり好きにしろと言われたが? ノース、お前もだ。後継者からは外すからな!」
「嘘……嘘……」
ジーナは泣き崩れ、ノースははくはくと口を閉じたり開いたりしている。
伯爵は深呼吸をして、少し声のトーンを落とした。
「ノースはどこかに士官するとして──ジーナ嬢、今回の事案はノースが悪い。なので当家で下働きとして雇ってやろう」
「そんな! 俺は後継ぎとして勉強してきたんだぞ!」
ノースが地団駄を踏んで怒り始めた。
「それがなんだ! サンディ嬢が無事な状態で見つからなければ当家はずっと悪評を背負ったままなんだぞ! それに後継ぎは次男にするから問題ない」
伯爵はそう言い捨てて、夫人とともに足音荒く出て行った。
女神はどうする? と問うように僕を見て小首を傾げた。
(やっちゃってください……! いざ、天罰!)
僕は力強く、頷いた。
「キャッ」
「うわあ」
二人の頭からハラハラと髪が抜け落ちていく。
慌てて頭を押さえているが、抜け毛は止まらない。
「なによこれぇ!」
ジーナの悲鳴が聞こえたところで、僕の視界は大きく揺れた。
◆
「あれ……?」
気が付くと、僕はアパートメントの部屋に立っていた。
「めんどくさいから転移で戻っただけよ」
「転移で! 転移はどうやって……いや、頭どうなったんですか」
「転移はエルフなら会得できるから、練習あるのみよ。頭は──」
「あ、頭は……」
「体中の毛根を潰しただけ」
「…………」
(魔法でそんなことが? いや、でも天罰なら可能なのか?)
「うふ、全身脱毛ね」
「全身脱毛……」
「まあ、世の中にはカツラがあるし眉毛は描けばいいだけだし。まつ毛がないのはちょっと不便かもだけど」
「確かに」
言われてみたら、そんな酷い事態ではない気がしてきた。
カツラもあるし眉毛も描ける、うん。
ジーナまで禿げたのは想定外だったけれど、天罰だから仕方ない。
◆
翌日、僕は女神にお願いして再び姿を隠して家族の様子を遠くから見せてもらった。
全員無事で何よりだ。
暫く行方不明にしておいたほうが、家計に助けになるかもしれない。
僕はその場でまだ出していなかった手紙に追伸を書いた。
『慰謝料をもらえるよう、手紙が来たことは内緒にして、読んだら燃やしてください。私は無事です』
それを女神にお願いして、母親の枕の上に置いてきてもらった。
自分で行かなかったのは、この地を出ていく決心を鈍らせないためだ。
「魔女公国ってヴィランテ大陸にあるんですよね」
「そう。女性しかいないから、あなたが大人になるまではそこで過ごすといいわ」
「地図でしか知りませんが、船は」
「ああ、転移で行くから良いのよ」
「え、でも船を待っていたんじゃ……」
「ああ」
女神は潮風に髪を靡かせながら、僕を見た。
見れば見るほど吸い込まれそうな美しい瞳だ。
周囲が水色で、段々と滲むように澄んだ灰色の瞳。
「ほら、北にあるアルシア王国って入国証が無いと何も出来ないって言うじゃない?」
「ああ、宿にも泊まれないらしいですね」
「そう。だから船で行って、入国証を貰いたいの。転移で行ったら貰えないと思うから」
「ああ、そういうことですか」
もう一度だけ振り返って、故郷の風景を目に焼き付ける。
いつかまた帰って家族に会いたい。
少し涙が滲んだが、僕は女神に準備が出来たことを伝えた。
また視界が揺れ、僕たちは魔女公国の横にある村に転移した。
「公国に入るには手続きがいるの。面談だけだから、そこの詰所で手続きしてきて。あ、このメモを見せればすぐよ」
その後、僕は簡単な面談と魔力の有無のチェックを受け魔女公国に無事入国を果たした。
女神が決めた僕の保護者が公主様だったのは、また別のお話。




