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飼い猫を邪魔扱いされた同心、辞めたら奉行所がネズミまみれになりました

掲載日:2026/05/06

俺、猫屋敷三毛之助は、かつて奉行所の同心だった。


しかし、ある日上司の犬飼に呼び出される。


「三毛之助!お前、毎日毎日、町内の野良猫に餌をやり、

 あろうことか奉行所内にまで猫を連れ込むとは何事だ!


 『猫はネズミを捕る益獣です』だと?屁理屈を抜かすな!


 貴様のような猫狂いは武士の恥だ。本日をもってクビ(お役御免)とする!」


(……クビか、少し早いけど脱サラもありだな。

 前世の知識を活かして、この時代に平和な猫の楽園を作ってやる。)


「はあ、わかりました」


「大体猫など下賤な生き物だ!神聖な奉行所に入れるなど聞いたことがない!

 犬ならともかく猫など不要だ」


(犬はいいのかよ。いつまで『生類憐みの令』を引きずってるんだ、こいつは)


「そうですか。では、これで」


俺は軽く頭を下げ荷物をまとめて部屋を出る。


「ふん、すました顔をしていられるのもこれまでだ。

 せいぜい、猫の皮で三味線でも作って食い扶持を稼ぐんだな。

 書類仕事が多少できるからといっていい気になりおって。

 この猫狂いめ」


犬飼の遠吠えが聞こえたが無視した。


(引継ぎ資料の作成なしで辞められるとか神かよ。

 実はいい職場だったんだな……辞めるけど)


内心小躍りしながら詰め所に向かった。

俺は同僚の鮫島さんにだけ挨拶をし、奉行所を去ることにした。


「いつでも戻って来いよ。犬飼のアホ面は見たくないかもしれんが、

 お前がいないと書類仕事が終わらんからな」


「はは、墨をする毎日はもうごめんですね。

 鮫島さん、お世話になりました。お元気で」


「……いや、冗談抜きで終わらないんだけどな。

 今日からしばらく泊まり込みだ。

 ……まあいい、元気でな」


こうして俺は奉行所を後にした。


「猫の良さがわからん奴らに用はない。俺は俺の道を行く」


そうして始めたのが、会員制、サブスクなどの現代知識を活かした江戸初の「猫カフェ・猫屋敷」だった。


---


――半年後。


俺の店は爆発的な繁盛を見せていた。


「シロ、今日も可愛いな。


 ほら、美代ちゃん、三番卓のお客様におやつだ」


看板娘の白猫・シロと、しっかり者のバイト:美代に囲まれ、俺は幸せだった。


実は俺が猫を広めたことで、町内から「ネズミ」がいなくなっていた。


大事な衣類や穀物をネズミに食い荒らされていた商家は大喜び。


「一匹借りたいんですけど、このブチちゃんがいいです」


「その子は予約が詰まってて、再来月のご訪問になりますがよろしいですか?」


「2か月待ちか……でも、この子が遊びに来てくれるなら待ちます」


「では、ご予約おとりしますね。

 お待ちの間にもうちで遊んでいただけるとこの子も喜びますよ」


「来ます。毎日来ます」


「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしてます」


うちの猫を自宅で遊ばせる「お家でお散歩」の予約も数か月待ちがざら。


猫たちに負担がかからないようお出かけは月に一回を徹底している。


環境が変わるのを嫌がる子は出さないようにもしている。


猫は従業員であり家族でもある。


猫好きを増やしたい気持ちはあるが猫の生活が一番だ。


俺はただ猫を愛でていただけだが、

いつの間にか町の連中からは、「猫同心」なんて呼ばれるようになっていた。

……同心はもう辞めたんだけどな。


一方、俺を追い出した奉行所は地獄と化していた。


俺がいなくなった途端、奉行所の資料蔵にネズミが大発生。


重要な公文書がボロボロにかじられ、さらには役人の弁当まで食い荒らされる始末。


ちゅーちゅー


奉行所の廊下を走り回るネズミ。


犬飼は猫ではなく犬を連れて現れた。


「おのれ……ネズミごとき!猫などいなくとも解決できる!

 ポチ、ネズミどもを蹴散らせ!」


わん


威勢よく走り出したポチは瞬く間にネズミを捕まえ主人の元に戻る。


「よくやったぞ、ポチ。さすがは私の優秀な猟犬だ」


わんわん


嬉しそうに尻尾を振るポチ。


最初の内は成果を上げることができていた。


だがネズミはポチを脅威として学習しやがてポチが追いかけてこれない狭い場所を闊歩するようになった。


ポチは可哀そうに大きな体で小さなネズミを必死に追いかけていた。


「ポチ、何をやっている、逃がすな、ああ、書類を踏むんじゃない。

 避けて追いかけるんだ!」


くぅーん


ポチは何が悪いのかも分からないまま、ただ必死に走り回っていた。


犬にまで無茶振りするとかパワハラも極まれりといった感じだ。


ネズミを追いかけてポチが走り回ったせいで

墨はひっくり返されるわ障子はぶち抜かれるわで奉行所は地獄絵図と化した。


さらに犬飼はメンツのために猫を遠ざけ続け、高価な毒薬や罠を仕掛けた。


しかしネズミは賢く、被害は拡大する一方。


ついに奉行から「奉行所を荒らし、重要書類を紛失(食害)させた責任」を問われ、

犬飼は窮地に立たされた。


「――でな、あいつなんて言ったと思う?

 お犬様が勝手にやったことなので私の責任ではない!

 だぞ。

 飼い犬のせいにするとか犬好きの風上にも置けん奴だ」


鮫島さんはお気に入りの三毛猫のミケをもふりながら話してくれた。


最初は激務続きで顔色が土気色だったが、うちに通いだしてから大分ましになった。


元職場の苦労話を聞かされると、少し申し訳ない気もするが、戻るつもりはない。

あんな場所より、こっちの方がよほど性に合っている。


「店長、猫まんまの注文はいりました!」


「はいよ」


俺の今の居場所はここだ。


---


ある日の営業終了間際。


シロをもふろうとしたら、見事に引っかかれた。


どうやらお布施(煮干し)がお気に召さなかったらしい。


誰に似たのかグルメなお猫様だ。


「仕方ない、こうなったら削りたての鰹節でご機嫌を窺うか……痛っ。先に手当だ、手当。」


俺が薬箱を漁っていると、やつれ果てた犬飼が、

息を切らしながら、土下座せん勢いで店に飛び込んできた。


「猫屋敷!……いや、三毛之助殿!

 頼む、戻ってきてくれ!奉行所のネズミをなんとかしてくれ!


 ポチに任せたら余計にひどいことになったんだ。

 おまけにネズミは増える一方。


 このままじゃ、俺はおしまいだ!」


いきなり現れたかと思えば、自分の失敗をまくし立てる。

どたばたと騒ぐ闖入者の声に、猫たちは不快そうに散ってしまった。


「お前を役付きに取り立ててやる!

 なんなら店にいる猫を全部奉行所で飼ってもいい!頼む、助けてくれ!」


シロが定位置のキャットタワーから、犬飼に向かって「シャーッ!」と一喝する。


俺は軟膏を塗りながら、冷ややかに笑った。


「犬飼さん、お引取りを。

 うちは『会員制』でね。順番待ちなんですよ」


「それに——うちの子たちは、

 あんたみたいなのがいる場所は好かないんでね」


「そんな……!このままでは俺は切腹だぞ!

 頼む、猫を……一匹でいい!一匹だけでも貸してくれ!

 下賤な生き物だと言っていたのは間違いだった!頼む、助けてくれ!」


そこへ、美代がほうきを持って現れる。


「店長、猫たちが嫌がってます。

 これ以上騒ぐなら、同心(鮫島さん)を呼びますよ?」


「くそっ、邪魔立てする気か!この小娘!」


逆上した犬飼は、あろうことか腰の刀に手を伸ばす。


——その瞬間。


考えるより早く、体が動いていた。

同心時代に鍛えた体さばきが、迷いなく相手の間合いを潰す。


犬飼の手をひねり上げ、そのまま地面にねじ伏せる。


(女子供相手に刀を抜いちゃおしまいだろうが。

 俺を猫狂いとか馬鹿にしておきながら口ほどにもない)


「げふっ、貴様、これは大ごとだぞ。

 同心に手を挙げるなど、大罪だ。打ち首にしてやる」


「か弱い小娘相手に刀を抜こうとしておいて何を言ってやがる!

 やれるもんならやってみろ。

 お前の不正、全部ばらしてやる」


犬飼の顔から血の気が引いた。

もう、自分が何をしたのか理解した顔だった。


店の外には、騒ぎを聞きつけた鮫島さんが苦笑いして立っていた。


「犬飼、往生際が悪いぞ。

 お前の不始末は、もう奉行に報告済みだ」


「は、はなせ、この木っ端ども!俺は老中様にも顔が効くんだぞ!お前たちなどみんな首にしてくれる!」


犬飼は役人に取り押さえられても、なおもわめき散らしていた。


「阿呆が。本当にそんな立場なら、町奉行の同心などやっているはずがなかろう。

 これ以上は聞くに堪えん」


鮫島さんが手際よく猿轡をかけると、犬飼は力なく崩れ落ち、

もはや抵抗もできないまま引き立てられていった。


(ざまあないな犬飼。

 俺を馬鹿にするぐらいなら笑い飛ばしてやるが……

 身内に手を出すのは許さん)


「あの、ありがとうございました。店長。

 猫にデレデレしてる変な人だと思ってましたけど……見直しました」


「なに、従業員を守るのも店長の務めだ」


「……そこは私を守るためって言ってくださいよ」


「何か言ったか?」


「何でもないです!」


急にぷりぷりしだした美代の声に、猫達が驚いて走り回る。


「こら、大声禁止!」


「店長もでしょ!」


にゃーにゃー


店内では、猫たちが一斉に駆け回り、ちょっとした大騒ぎになった。


後日、犬飼は公文書偽造と管理不行き届きの責を問われ、北町奉行所から追放されたらしい。

一方で、俺の方はお咎めなし。

現役の同心(犬飼)に手を挙げたのは事実なので、実はちょっとビビってたが

元同心ということもあり犬飼の捕縛に貢献したということで無罪放免だった。


「さて、シロ。邪魔者は消えたぞ。

 お待ちかねの、極上の鰹節を奮発しようか」


削りたてのかぐわしい鰹節を手にシロを呼ぶと、

鼻をひくひくと動かし、目を輝かせてこちらへ駆け寄ってきた。


甘えるように鳴くシロを抱き上げ、俺は思う。


江戸の平和は猫が守る。


俺はそれを、特等席で眺めていられればいい。


猫たちに囲まれてな。

お読みいただき、ありがとうございました!

元同心が江戸で猫カフェを開く……という、

ちょっと変わった「脱サラ・スローライフ」のお話を書いてみました。


もし「三毛之助と猫たちのその後が気になる!」「美代ちゃんとの掛け合いをもっと見たい!」

と思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると嬉しいです。


反応が多ければ、猫たちの日常や奉行所の騒動をさらに掘り下げた連載版として再始動したいと考えています。感想、ツッコミもお待ちしております!

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