第5話:翳りゆく王都の薔薇と、静かなる代償
王都ルミエール。
そこは「太陽の加護」を受け、一年中温暖な気候と咲き乱れる花々に彩られた、光り輝く都のはずだった。
けれど、エルシアが追放されてからわずか数日。
王宮の庭園には、異様な光景が広がっていた。
「……どういうことだ。なぜ、これほどまでに暑い?」
王太子リュシアンは、額に浮いた汗を不快そうに拭った。
目の前には、かつてこの国の誇りであった「紅蓮の薔薇」が並んでいる。だが、その花弁は見るも無惨に黒ずみ、まるで内側から焼き焦げたように力なく項垂れていた。
「殿下、申し訳ございません。庭師総出で水を撒いておりますが、一向に熱が引かず……。大地の魔力が異常なまでに昂ぶっております」
報告する官吏の声も、暑さのせいか震えている。
「ふん、無能共め。ベアトリス、お前の『陽炎』で魔力を整えられないのか?」
リュシアンに振られたベアトリスは、いつもの猫なで声で応えようとしたが、その顔は既に真っ赤に火照っていた。
「わ、わかっておりますわ、リュシアン様。……はぁっ!」
彼女が掌から炎を放ち、庭園の魔力を調律しようとする。
本来なら、彼女の炎が「陽」の気を強め、植物を活性化させるはずだった。
しかし――。
バリバリッ、と嫌な音が響いた。
ベアトリスの炎が触れた瞬間、残っていた薔薇の蕾が、一瞬にして炭へと変わる。
「きゃっ!? な、なぜ!? 私の魔力が、暴走して……!」
「……ちっ、使えない女だな。あんなに自分の加護を自慢していたというのに」
リュシアンの冷ややかな視線がベアトリスを射抜く。
王都の人々は、まだ気づいていなかった。
エルシアという「氷精嬢」が、どれほどの身を削ってこの都を守っていたのかを。
彼女が庭園を歩くたび、その冷気が大地の過剰な熱を鎮めていた。
彼女が城の廊下を歩くたび、その魔力がリュシアンやベアトリスの強すぎる火の加護を「調和」させていた。
彼女こそが、この国を焼き尽くさないための唯一の「安全装置」だったのだ。
「……あいつだ。あの薄気味悪いエルシアがいなくなってから、調子が狂う。あいつ、去り際に何か呪いでもかけていったのではないか?」
リュシアンは忌々しげに吐き捨てた。
自分が捨てたゴミが、実は「命綱」だったとは、プライドの高い彼にはまだ想像もつかない。
暑苦しい空気。枯れ果てた花。互いを責め合う婚約者。
かつての「光の都」は、今や出口のない温室のような、不快な熱気の中に沈みつつあった。
◇◇◇
一方、その頃。
王都から遥か北、凍てつくノースウォール領。
「……ふふっ、冷たくて気持ちいい」
エルシアは、カイルムに連れられて、城の裏手に広がる「氷晶の森」を散歩していた。
王都でのあの重苦しい熱気が嘘のように、ここは清冽な空気に満ちている。
「そんなに薄着で大丈夫か? 寒くはないか、エルシア」
カイルムは心配そうに、自分の毛皮のコートを広げてエルシアを包み込もうとする。その様子は、戦場の死神と恐れられる男とは思えないほど、過保護で、どこか微笑ましい。
「大丈夫です、カイルム様。私……この寒さが、とても心地いいんです。まるで、身体の中の澱みが、雪に溶けていくみたいで」
エルシアが木々に触れると、指先から透明な魔力が流れ出し、枯れ枝にキラキラとした氷の結晶が宿った。
それは死の氷ではない。
春を待つ森を、美しくコーティングして守るための「慈しみの氷」だ。
「……驚いたな。この森の精霊たちが、君を歓迎しているようだ」
カイルムが指差す先では、小さな氷の精霊たちが、エルシアの周りを嬉しそうに飛び跳ねていた。
王都で「不浄」と蔑まれた彼女の力は、ここでは「祝福」そのものだった。
「エルシア。君が笑うと、この領地が輝いて見える。……王都の連中に、君を返せと言われても、私は絶対に離さないからな」
カイルムは背後からエルシアを抱きしめ、その銀髪に深く顔を埋めた。
エルシアの冷たい肌と、カイルムの熱い胸板。
相反する二つの温度が混ざり合い、この森にだけ、奇跡のような温かな静寂が訪れる。
「……はい。私も、ずっとここにいたいです。カイルム様の隣に」
エルシアは、カイルムの腕の中で、初めて自分の足で「一歩」を踏み出したことを誇らしく思った。
捨てられた娘は、もういない。
彼女は今、北の地の王に愛される、唯一無二の「光」になろうとしていた。
遠い空の下で、かつての居場所が焼き尽くされていることなど、今の彼女は知る由もなかった。
「ゴミにはゴミ溜めがお似合いだ」
そう言い放った王太子の言葉が、そのまま自分たちに返ってくる……。
「ざまぁ」のプロローグとして、王都の没落を描かせていただきました。
エルシアがいたからこそ保たれていた平和。
それを失った愚か者たちが、これからどう足掻き、堕ちていくのか。
そして、北の地で「精霊」にさえ愛され始めたエルシアが、
どんな奇跡を起こしていくのか……。
物語はここから、さらに加速してまいります。
もし、王都のスカッとする展開と、北領の甘々な日常、
その両方をもっと読みたい!と思ってくださったなら……。
ぜひ【ブックマーク】と、下の【☆☆☆☆☆】の評価で、
エルシアとカイルム閣下の「盾」になっていただけませんか?
皆様の応援という名の加護があれば、
この物語はもっともっと、高く、美しく羽ばたくことができます。
次回、第6話「氷の女神と、領民たちの喝采」で、またお会いしましょう。




