第3話:魔法のふかふかベッドと、夜の甘い約束
お腹が温まると、急激な眠気が私を襲った。
極限の緊張から解放され、温かなスープという「慈愛」を流し込んだ身体は、もう指一本動かすのも億劫なほどに深く沈み込んでいた。
「……っ、ふ……」
思わず漏れた小さなあくびを、私は慌てて手で押さえた。
王都の公爵家では、誰かの前で隙を見せることなど許されなかった。いつ妹のベアトリスが冷水をかけてくるか、いつ父様に「怠惰だ」と罵られるかわからなかったから。
けれど、隣に座るカイルム様は、そんな私の失態を咎めるどころか、愛おしげに目を細めた。
「眠いのだろう。無理もない、ここへ来るまで何日も馬車に揺られていたのだから」
「申し訳、ございません……。閣下のお話を、もっと伺わなくてはならないのに……」
「話なら、明日以降いくらでもできる。今の君の仕事は、泥のように眠ることだ」
カイルム様はそう言うと、また私を軽々と抱き上げた。
二度目の抱擁。一度目よりも、彼の体温がダイレクトに伝わってくる気がして、私の顔はスープの熱気とは別の理由で熱くなった。
「閣下、自分でお部屋へ行けます……。お洋服が汚れてしまいますわ」
「私の城だ。私がルールだと言ったら、君は大人しく運ばれていればいい」
少しだけ強引な、けれどどこまでも優しい響き。
彼は私を抱いたまま、居間を出てすぐ隣の――おそらくこの城で一番日当たりの良い、そして一番贅沢な設えの部屋へと入った。
そこに、それはあった。
「……わぁ……」
思わず、嘆息が漏れた。
天蓋付きの、大きなベッド。
そこには雲を切り取ってきたかのような真っ白な羽毛布団が重なり、枕元には可愛らしいレースがあしらわれている。
部屋全体に、心が安らぐラベンダーの香りが微かに漂っていた。
「私の隣の部屋だ。何かあれば、壁を叩けばすぐに駆けつける。……セフィ、着替えを」
「はい、閣下。エルシア様、こちらへ」
カイルム様が一度部屋を出て、セフィの手で着替えを手伝ってもらう。
用意されていたのは、シルクで作られた最高級のネグリジェだった。肌に触れる感覚が、まるで水のように滑らかで、それでいて暖かい。
着替えを終え、おずおずとベッドに腰を下ろすと、身体が「沈んだ」。
「ふ、ふかふか……です……」
これまでは、使い古した薄い毛布一枚で、固い床に丸まって寝るのが当たり前だった。
「不浄の氷」を持つ私がベッドを汚すと、シーツを洗う使用人たちが「手が凍える」と嫌がったから。
でも、このベッドは私を拒絶しない。
それどころか、優しく包み込んで、冷え切った心を癒してくれる。
「失礼するよ」
控えめなノックの後、カイルム様が戻ってきた。
彼はベッドサイドに腰掛け、布団を私の肩まで丁寧にかけ直してくれた。
「寝心地はどうだ?」
「……夢のようです。こんなに素敵な場所で寝ていいなんて。朝起きたら、全部雪に消えてしまっているのではないかと、少し怖いくらいで……」
私の本音に、カイルム様は少しだけ寂しそうな顔をした。
そして、布団の上から私の手を、大きな手で包み込んだ。
「夢ではない。明日も、明後日も、ここは君の居場所だ。……君が望むなら、一生私がこの熱で、君の不安を溶かしてやろう」
「閣下……」
「おやすみ、エルシア。良い夢を」
そう言って、彼は私の額に、そっと柔らかなものを落とした。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
額に触れた、熱い唇の感触。
王都では「呪い」と忌み嫌われた私の肌に、彼は躊躇なく、愛おしさを込めた口づけを贈ってくれた。
心臓が、跳ねる。
でも、それは恐怖の鼓動ではなく、甘い痺れを伴う「幸福」の音だった。
「……おやすみなさい、カイルム様……」
彼が部屋の明かりを落とし、扉を閉める音が聞こえる。
闇の中で、私は額に手を当てた。
カイルム様の唇が触れた場所が、いつまでも熱を持って、私の心を温め続けている。
窓の外では、まだ吹雪が唸っているけれど。
このふかふかの布団の中は、世界で一番安全な「春」だった。
私は、生まれて初めて、明日が来ることを楽しみにしながら、深い眠りへと落ちていった。
「君の不安を、一生私が溶かしてやろう」
そんな熱い約束と共に、エルシアは初めての安眠を手に入れました。
虐げられてきた彼女が、少しずつ「愛されること」に慣れていく過程……
皆様も、彼女と一緒に甘い夢を見ていただけましたでしょうか?
次のお話では、いよいよ北領の美しい朝と、
カイルム閣下の独占欲がチラリと見える「初めての朝食」をお届けしますわ。
もし、この物語の続きを楽しみにしてくださるなら、
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皆様の応援が、彼女に明日の希望を与えます。
また次のお話でお会いしましょうね。




