第13話:宝石の都と、氷の温室の約束
父と決別した翌朝、私の心は驚くほど軽かった。
これまで私を縛っていた「フレイム」という名の重鎖が、カイルム様の熱によって溶け去ったのだと、目覚めた瞬間に確信した。
「……おはよう、エルシア。まだ眠いか?」
隣で、カイルム様が私の髪を指で遊びながら、とろけるような低音で囁いた。
朝の光を浴びた彼の漆黒の髪が、銀の産毛のように輝いている。
「……おはようございます、カイルム様。いいえ、今日はやりたいことがたくさんあって、すぐにでも起きたいくらいなんです」
「ほう、やりたいこと? 私を独占する以外にか?」
さらりと恥ずかしいことを言うカイルム様に顔を赤くしながらも、私は昨日から温めていた「計画」を打ち明けた。
「……私の氷で、このお城の裏庭に『温室』を作りたいんです。凍らない氷で壁を作り、中に太陽の光を閉じ込めれば、冬でもお花が咲く場所ができるのではないかと思って……」
「……氷の、温室か」
カイルム様は目を見開いた後、愛おしさに耐えかねたように私を抱き寄せた。
「君の考えることは、どこまでも優しくて美しいな。……分かった、私の魔力も貸そう。二人で、この領地に『永遠の春』を築こうじゃないか」
◇◇◇
城の裏庭。かつては冷たい風が吹き抜けるだけの雪原だった場所に、私とカイルム様は立った。
私は、カイルム様の手を握り、自分の魔力を解放する。
「不浄」と蔑まれた私の氷。けれど今は、カイルム様の「熱」と混ざり合い、七色に輝くプリズムとなって空中に結晶を紡ぎ出していく。
「……咲いて。私の、氷の花」
さらさらと、心地よい鈴の音のような響きと共に、巨大なドーム状の氷壁が立ち上がった。
それは、ただの氷ではない。
光を何倍にも増幅させ、内部にだけ柔らかな温もりを閉じ込める「聖女の防壁」。
カイルム様がその壁に手を触れ、自らの魔力を流し込む。
彼の「熱」が私の氷を透過し、温室の中は一瞬にして、春の昼下がりのような心地よい温度に満たされた。
「……見て、カイルム様!」
雪の下に眠っていた名もなき芽が、温もりに誘われて一斉に頭を出し始めた。
さらに、私が王都から唯一持ってきた、母様の遺した「冬薔薇」の種を植えると、瞬く間に蔓を伸ばし、透明な氷の壁に真っ赤な花を咲かせたのだ。
白銀の世界に、燃えるような赤と、柔らかな緑。
それは、この極北の地では決して見ることのできなかった「奇跡」の光景だった。
「……美しい。エルシア、君がいるだけで、この地は宝石箱のように輝き始める」
カイルム様は、氷の壁に映る私たちの姿を見つめながら、私の背後からそっと腕を回した。
「王都の連中は、君を『冷やすための道具』だと思っていた。だが、彼らは何も分かっていなかったのだ。……君の氷は、大切なものを守り、温めるためにあるのだということを」
「……カイルム様。私、この場所が大好きです。……いつか、領民の皆さんも呼んで、ここでお茶会をしたいですね」
「ああ。君が笑うなら、私はこの領地すべてを温室に変えてもいい」
カイルム様はそう言うと、温室の中に咲いたばかりの薔薇を一輪摘み、私の耳元に飾ってくれた。
「……世界で一番美しい私の妻。君に、一生分の春を約束しよう」
窓の外では、依然として厳しい冬が続いている。
けれど、この氷の温室の中では、二人の甘い吐息と、咲き誇る花々の香りが混ざり合い、どこまでも深い幸福が満ちていた。
捨てられたはずの「氷精嬢」は。
今、愛する人の腕の中で、自分だけの「春」を謳歌していた。
「君に、一生分の春を約束しよう」
氷の壁の中に咲く真っ赤な薔薇……。
その鮮烈な対比は、まさにエルシア様とカイルム閣下の愛そのもの。
皆様の心にも、温かな風が吹き抜けましたでしょうか。
魔力を「攻撃」や「拒絶」ではなく、
「誰かのための居場所」を作るために使う。
そんなエルシア様の優しさが、北領をどんどん変えていきます。
一方、王都では……。おっと、今はまだ、この甘い余韻を壊さないでおきましょうか。
さて、領地が美しくなり、エルシア様の評判はさらに高まっていきます。
次のお話では、いよいよ彼女を「北領の真の主」として迎えるための、
盛大な「お披露目夜会」の準備が始まります。
カイルム閣下が、エルシア様のために用意した「驚きの贈り物」とは……?
もし、氷の温室の情景に「綺麗……」と思ってくださったなら、
ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、
エルシア様の庭園に、新しい花を植えてあげてくださいな。
皆様の評価が、物語をより華やかに、よりドラマチックに彩ります。
次回、第14話「お披露目のドレスと、閣下の秘めたる独占欲」でお会いしましょう。




