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カスミソウ〜清らかな心
ほんの少しだけ、距離が変わる回です。
言葉にするほどではないけれど、
あとから思い出すと残っている、そんな瞬間を書きました。
海から必死に這い上がると、足元の砂が思ったより冷たかった。
彼女の驚いた声が遅れて届く。
「大丈夫?びっくりしたよ!」
僕は濡れた前髪をかき上げながら、小さく息を吐いた。
「うん、なんとか……」
笑おうとした瞬間、彼女の表情が変わった。
さっきまでの明るさが消えて、視線が下に落ちる。
「ごめん……私のせいで」
その声は波の音に紛れるほど弱かった。
僕は少し迷ってから、そっと肩に手を置く。
「違うよ。僕が勝手に焦っただけ」
夕方の海は、昼よりも静かだった。
風だけが通り過ぎて、二人の間に言葉のない時間が残る。
気まずさじゃなく、どこか落ち着かない温度だった。
彼女は小さく頷き、また海を見た。
その横顔が、少しだけ遠く感じた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
大きな出来事はありませんが、
この日の感覚が、後の二人の基準になっていきます。
次回もゆっくり進みます。よろしくお願いします。




