バカと木こり
「あるところに、バカな木こりがいた」
「待て。それは林産業従事者への差別じゃないのか?」
会話が止まった。
「……あのな。木こりがバカだと言ってるんじゃない」
「じゃあ誰がバカなんだ」
「お前だ」
「俺は木こりじゃない」
「ああ、お前は木こりじゃない。ただのバカだ……で、何だっけ?」
「だから、お前の発言は林業従事者への……」
「ああそうだ。それだ。そのバカな木こりがだな……」
身振り手振りを駆使して、藤井にもわかるように説明をしてやった。途中で沢庵を食ってむせたこと以外は、まあまま上出来だった。
水を飲むと、俺は一息ついて、
「というわけで。山には一本も木が残っていなかった。けど代わりに、木こりは本当の愛を手に入れたんだ」
藤井はすすり泣いていた。林業従事者が云々と言ってたくせに、木こり、バカな奴だ……と涙を拭いた。
バカはお前だ。ほくそ笑むのにも気づいていない。スマホを開くとラインに、守備上々、と打ち込む。
「ともかく。今のが紅葉狩りの起源。それ以来、木こりにちなんで、毎年秋になるとモミジやイチョウの木を、根元からバッサリ切り落とすしきたりになってる」
「……そうすれば、木こりとお姫様は結ばれるんだな」
「それだけじゃない。源六の左腕だって元通りだ」
「島流しにあった安麻呂は?」
「貿易船に拾われて帰って来る」
「本当か!」
顔がぱっと明るくなる。
バカ一人騙すにしては、ずいぶん壮大な話になった。初めに言い出したのは同じサークルの東間だった。
この前俺たちは、山梨へぶどう狩りに出かけた。そこで藤井が、やけに雅な恰好で現れたのがことの発端だった。奴はさらに、背中に弓を背負っていた。
どういうわけか、遠くから射ると思ったらしい。
ぶどうをほおばりながら東間は、
「あいつ、紅葉狩りって知ってかな?」
と、上手に俺たちの好奇心をくすぐったのだ。
藤井と別れて部室に戻るとホワイトボードには、まさかり、チェンソー、のこぎり――どれも森林伐採に使う道具の名前が書いてある。
東間がニヤッと笑って、
「ご苦労。お前も賭けろよ」
「さすがに日本刀はないだろ。誰だよ、出したやつ」
すると美香が、えー、とレポートを書く手を止めて、
「だって与一だよ? また御家人ファッションやるよ」
自信ありげな美香をよそに、俺は水性マジックをホワイトボードに走らせた。
「素手に二万」
東間が、は? と首を傾げる。
「手ぶらってことだろ? もしかしてミスったか?」
「バカ野郎。お前は木こりがどんな気持ちで斧を手放したのか知らないだろ」
木こり? と美香が顔をあげる。
「ともかく。藤井は狩る気でいる。紅葉をな。だけど、道具は使わない。あいつは素手で狩る」
「……わかった。なら、俺はまさかりに二万だ」
「おっけー。私は……のこぎり。二万」
無難な線に走りやがって。
翌日。俺と東間はレンタカー屋から車を走らせ、途中で美香を拾った。いつもなら無駄話が尽きないけど、今日は静かだ。ラジオからは知らない奴の、知らない曲が流れてる。その曲を知らないパーソナリティーがほめる。ちょっと車を走らせるだけで、世の中、知らないことばっかだ。けど、この賭けの結果だけは知っている。ハンドルを左に切ると遠くに、豆粒みたいな藤井が立っていた。
助手席で、東間が、あっ、と声を上げた。マジ? と美香が驚愕する。そして、俺も目を見開いた。
藤井は斧でものこぎりでもなく、そして手ぶらでもなく、先週と全く同じ、雅な恰好で立っていた。
「なんだ、その恰好……」
東間は驚きというよりも、むしろ落胆していた。
え? と藤井は悪びれる様子もなく、
「何って。ぶどう狩りだろ?」
俺たちは顔を見合わせた。
「与一。ぶどう狩りは先週行ったでしょ?」
藤井は上を見上げた。思い出せ、と念じる俺たちをよそに、まあ、いいや、と勝手にトランクを開けた。
底抜けのバカは、背中に背負ってた弓をトランクにしまったのだった。




