第05話:ネットワークの囁き:データ・ゴーストの初動
月織--広大な物語の世界を縦横無尽に駆け巡る、新進気鋭の物語紡ぎ手です。
ジャンルを問わず、読者の心に深く響く「希望」と「葛藤」、そして「成長」の物語を描き出すことを信条としています。特に、全年齢対象作品においては、子供たちの純粋な心にも、大人の複雑な感情にも寄り添い、ページをめくるたびに、新たな「光」を見出すような感動体験をお届けすることをお約束します。
すべての作品が、読む人の明日を照らす一筋の光となることを願って、今日も筆を執ります。
ネオ・トウキョウの夜は、情報という名の見えないインフラの上で成り立っている。そのインフラが、昨夜以来、何者かによって微細な、しかし確実に進行する侵食を受けていることに、一般市民はまだ気づいていなかった。
交番での勤務を終え、大学の自習室に向かう星のスマートフォンが、ひどく不自然な動作を示し始めた。
「あれ? また通知が…」
SNSアプリを開くと、星の過去のアイドル時代の写真が大量にタイムラインを埋め尽くしていた。すべてはポジティブな内容だが、その量とタイミングが異常だ。
「マスター、ネットワーク全体で、貴女の過去のプロファイルに関するトラフィックが異常に増加しています。特定のアカウント群が、意図的に情報拡散を行っている模様です」グリフが、星の耳元で静かに警告する。
「やはりデータ・ゴーストの仕業ね…。ただの懐古趣味にしては、あまりに組織的すぎる」
星は冷や汗をかいた。データ・ゴーストは、彼女のヒーロー活動を探る傍ら、彼女の過去の「表の顔」を利用して、社会的な信用を揺さぶろうとしているのだ。
「もし、私の正体がバレたらという話とは別に、アイドル時代のイメージが暴走すると、私個人の評価に傷がつく。黒岩先輩や、大学の教授たちにも、何かしら疑念を抱かれかねない」
刑事としての信頼も、学問への真摯な姿勢も、全てが「元アイドル」という肩書きのノイズに掻き消されかねない。
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翌日、星が交番に到着すると、同僚たちの視線が妙に冷たいことに気づいた。
「おはようございます、皆さん」
返事は、挨拶というより、どこかよそよそしい。
「ああ、おはよう、緑川」黒岩はファイルを閉じ、星を値踏みするように見た。「昨日のデータセンターの件、特務機関からの連絡で、お前が不審な行動を取ったことは一応の決着はついたらしいがな」
「そうですか。良かったです」
「だがな、緑川。お前、私生活が派手すぎるんじゃないか? この数日、お前の名前でSNSが祭りになっている。こんなに注目されると、捜査の邪魔になるんだよ」
黒岩は、星のスマートフォンに表示されている、昨日のイベント写真が拡散している画面をちらりと見た。
「これは、昔の仕事の…」
「言い訳はいい。お前が注目されればされるほど、我々刑事団の機密が漏れるリスクが増える。いいか、刑事は目立たないのがプロだ。お前は、その『アイドル』という輝きを捨てきれていないようだからな」
痛烈な一言だった。星は何も言い返せない。アイドル時代の彼女の「輝き」が、今、刑事としての彼女の「信頼」を損なう原因になっている。
響も、昨日の星の不可解な行動を気にしていた。
「星、データセンター周辺で通信障害が起きてた時、星は別件で動いてたんでしょ? 黒岩先輩に怒られてたけど、一体何してたの? ただの巡回じゃなさそうだったけど」
「響、それは…刑事機密だから」星は口を閉ざす。
響は納得したように頷いたが、その目は疑いの色を帯びていた。
(情報戦は既に始まっている。ターゲットは私個人。まずは信頼の崩壊から入るか、データ・ゴーストめ…)
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その日の夜、星は極秘裏に変身し、ネオ・トウキョウの通信塔の上で、グリフと共にネットワークの深部をハッキングしていた。
「データ・ゴーストの痕跡を追う。奴らが拡散した偽情報の発信源を特定して、一気に無力化するわ」エメラルドノヴァが静かに言った。
『マスター、奴らのハッキングは、単なる偽装ではありません。彼らは、私たちが過去に遭遇した全ての事件の「裏の記録」を再構築し、真実と偽りを混ぜ合わせています。全てを疑え、と。』
「分かってる。私の全てが、奴らにとっての『攻撃素材』なんだから」
エメラルドノヴァは、光の槍で通信塔のコアに触れ、自分のエネルギーを通してネットワークへと侵入を試みる。彼女の光が、データ・ゴーストの仕掛けたウイルスや情報壁を焼き払っていく。
「この光は、偽りの情報に頼らず、真実を照らす光よ!」
データ・ゴーストは、エメラルドノヴァの強力な対抗策に驚いた様子もなく、別の層で反撃してきた。
「ノヴァよ。貴女のエネルギーが、なぜこんなにも強く、純粋に見えるのか、考えたことはあるか?」
データ・ゴーストの音声が、エメラルドノヴァの変身ユニットに直接響く。
「貴女の力の源は、貴女自身の『希望』ではない。貴女がアイドルとして渇望し続けた『承認欲求』と、刑事として無理に押し殺している『正義の傲慢さ』、その歪んだ感情を増幅させたエネルギーだ。つまり、貴女の光は、私たちが狙う『ノイズ』そのものなんだよ」
情報攻撃は、物理的なダメージよりも遥かに星の心を抉った。アイドル時代の自分を否定され、刑事としての行動原理まで否定される。
「嘘よ…!」エメラルドノヴァの光が激しく揺らぐ。
『マスター! 精神防御が低下しています! 彼らは貴女の信念を揺さぶっています!』グリフが叫ぶ。
データ・ゴーストは畳みかける。
「その信念が、貴女をいつか、あの哀れな刑事のように、誰にも信じられない孤独な存在にするだろう。その時、貴女は誰のために戦う? 誰も見ていない場所で、ただ苦しむだけだ」
エメラルドノヴァは、一瞬、槍を下ろしかけた。彼女の光が、まるでロウソクの炎のように弱々しくなる。
その時、グリフが動いた。彼は星の胸元のユニットに飛びつき、自身のコアエネルギーを最大限に放出した。
『マスター! 貴女の光は、貴女の「選択」**そのものです! 誰かの承認のためではない! 貴女が、刑事として、学生として、そして私にとってのマスターとして、自らの意志で選んだ道だ!』
グリフのコアエネルギーが、星の不安定なシステムに流れ込む。彼の「誓い」が、彼女の揺らぎかけた信念を支えた。
「グリフ…!」
そのエネルギーにより、エメラルドノヴァのスーツの光が再び安定を取り戻す。光は、以前よりも力強く、純粋なエメラルドグリーンに輝き始めた。
「ありがとう、グリフ。もう騙されない。私の正義は、私が決める!」
エメラルドノヴァは槍を構え、データ・ゴーストに向けて叫んだ。
「お前が何を言おうと関係ない! 私は、この光で、この街の真実を照らし出す!」
彼女はデータ・ゴーストの発信源を特定し、凄まじいエネルギーを集中させた一撃をネットワークの中核に叩き込む。激しい情報爆発と共に、データ・ゴーストの支配下にあった偽情報が全て消去され、ネオ・トウキョウのネットワークが正常に戻った。
「…今の光は、本物だったか。実に厄介なノイズだ…一旦撤退する」
データ・ゴーストの気配が完全に消えた後、エメラルドノヴァは大きく息を吐いた。全身から力が抜け、再び粒子となって変身が解除されていく。
翌朝、交番のニュースでは「大規模なサイバー攻撃未遂事件」として処理されていた。星の汚名は一時的に晴れたが、黒岩先輩の視線はまだ少し鋭い。
「昨日のデータセンターの件もそうだが、妙な騒ぎが多いな。お前、変なところに首を突っ込みすぎだぞ」
「気をつけます」と答えながら、星はポケットの中のグリフにそっと触れた。彼の青い光は、今日も安定して輝いている。
彼女の戦いは、物理的なものだけではない。人々の目に見えない場所で、彼女の「存在そのもの」を否定しようとする戦いが、今、始まったのだ。
(第5話了)




