第04話:二つの顔のヒーロー:アイドルと刑事の狭間で
月織--広大な物語の世界を縦横無尽に駆け巡る、新進気鋭の物語紡ぎ手です。
ジャンルを問わず、読者の心に深く響く「希望」と「葛藤」、そして「成長」の物語を描き出すことを信条としています。特に、全年齢対象作品においては、子供たちの純粋な心にも、大人の複雑な感情にも寄り添い、ページをめくるたびに、新たな「光」を見出すような感動体験をお届けすることをお約束します。
すべての作品が、読む人の明日を照らす一筋の光となることを願って、今日も筆を執ります。
「はーい、皆さん、本日は最後までご声援ありがとうございました! 最高の夜でした!」
星は、ステージ袖で深く息を吐いた。数日前のエメラルドノヴァとしての激闘の疲れは、確かにまだ体に残っている。だが、この瞬間、彼女は警察官でもなく、学生でもない。ただの「元・国民的アイドル」だ。
彼女は今、とある慈善イベントのゲストとして呼ばれ、数年ぶりに歌声を披露していた。活動休止の理由を公にせず、彼女は静かに「学業と別の夢」を追求しているとだけ公表していた。突然の復帰に、会場は熱狂に包まれた。
「星ちゃん、本当に綺麗だよ! あの時と全然変わらない!」
楽屋で、昔のユニットメンバーが興奮気味に抱きついてくる。その熱狂が、今の星にとっては少し眩しすぎる。
「ありがとう。でも、今はこっちが本業だから、あまり目立たないようにしないとね」
星は微笑みながらも、内心は冷や汗をかいていた。公の場に出ることは、常にリスクを伴う。ヒーローとしての活動と、過去の栄光。この二つの世界が交わることは、絶対に避けなければならない。
特に、今の彼女は新米刑事だ。もし、彼女のヒーロー活動が公になった上で、その過去が「元アイドルが勝手に力を使い、事件を撹拌している」と見なされたら、全ての努力が水の泡だ。
「さあ、星。次の仕事よ。急がないと、大学の締切に間に合わないわよ」
マネージャーの言葉に、星は慌てて私服に着替えた。グリーンの華やかな衣装を脱ぎ捨て、地味なカーディガンと眼鏡を取り出す。一瞬で、ステージの女王から、優等生の学生兼、新米刑事の顔へと切り替わる。この切り替えの早さが、彼女のサバイバル術だった。
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翌日、星はいつものように地元の交番で午後の勤務に就いていた。今日は比較的穏やかな一日で、署内には昼下がりののんびりした空気が流れていた。
「緑川、午前中の巡回ルートの報告書、ちゃんと書いたんだろうな?」黒岩がコーヒーをすすりながら尋ねる。
「はい! 完璧です。ルート上の不審なエネルギー反応も、グリフにスキャンさせましたが、異常なしでした」
「グリフ、グリフって…お前の相棒のAIロボットか。なんかお前、あの機械に頼りすぎなんじゃねえか?」
「いえ、グリフは優秀ですから。私の目や耳になってくれるんです」星は、グリフの小型デバイスをポケットの中でそっと撫でた。彼が、昨夜のシステムエラーから完全に回復したことを確認する。
その時、交番のドアが勢いよく開いた。
「すみません! 私は被害者です!」
飛び込んできたのは、ネオ・トウキョウの有名アパレルメーカーのチーフデザイナーだった。彼女の顔は青ざめている。
「どうしたんですか!?」星が飛び出す。
「昨日、私の新作ステージ衣装が、盗まれたんです! それも、鍵のかかった展示室から! 警察の皆さん、急いでください!」
デザイナーが泣きながら差し出した盗難品の写真を見て、星の血液が冷えるのを感じた。
写真に写っていたのは、彼女が昨日、慈善イベントで着ていた、**エメラルドグリーンを基調とした、非常にステージ映えする華やかな衣装**だった。
「この衣装…まさか、私がステージで着た…!」
戦隊スーツとは違うが、あの衣装もまた、彼女の「公の顔」を象徴するものであり、もしこれが悪趣味な形で世に出てしまえば、ヒーロー活動との関連性を疑われる最悪の事態だ。
「緑川、お前、これ見たことあるのか?」黒岩が怪訝な顔で星を見る。
「あ、いえ、デザインが…とても印象的で。私、ファッションには疎いんですけど、なんとなく記憶にあって…」星は冷や汗をかきながら、必死で取り繕う。
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星は、この事件を刑事として、そして「隠された秘密を持つ者」として、誰よりも早く解決しなければならないと決意した。
「黒岩先輩、この件、私に任せてください! デザイナーさんの周辺を、私がいち早く聞き込みします!」
黒岩は渋々頷いた。「まあ、お前が熱心なのは評価するが、変な詮索はするなよ」
聞き込みを始めた星は、デザイナーから貴重な情報を引き出した。盗難犯は、昨夜、彼女のイベント会場の近くにいた人物の目撃情報があったという。
「アイドル時代のファン、ですか?」
「ええ。最近、私のショーを熱心に見ていた、異常な執着を見せる女性客がいたと警備員が証言しています。彼女の執着が、あの衣装に向かったのかもしれません」
アイドル時代の記憶が、刑事としての直感と結びつく。星は、当時、彼女に過剰なサインを求めたり、私生活に踏み込もうとしていた一部のファンの顔を思い出した。
「グリフ、私の当時のファン情報を、極秘で照会できる? 元アイドルとしてのデータベースを探って!」
『マスター、それは警察の管轄外の情報です。しかし、マスターの安全が最優先。**私のプロトコルに従い、ネットワークの深層から、該当する人物の動向を追跡します。**』
グリフの青い目が力強く光る。これは、彼の「誓い」に基づいた、プロトコル内の極秘行動だった。彼が危険を冒してでも、星の「秘密」を守ろうとしている。
解析の結果、容疑者として浮上したのは、星の初期の熱狂的なファンであり、最近、何かに夢中になりすぎていた女性だった。
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星は、グリフが割り出した容疑者の居場所――ネオ・トウキョウ郊外の、古いダンススタジオ――へと向かった。刑事の制服ではなく、私服に着替えて。
スタジオのドアを静かに開けると、中からは、かすかに聴き覚えのあるBGMが流れていた。それは、星がアイドル時代に最も得意とした曲のアレンジだった。
内部には、盗まれたステージ衣装を身に纏った女性が一人、虚ろな目で鏡に向かい、踊っていた。その姿は、かつての星自身を模倣しているかのようだった。
「…やめて。その衣装は、もう私のものではないわ」星は静かに声をかけた。
女性はハッと振り返る。彼女の瞳は潤み、しかしどこか焦点が合っていない。
「…星ちゃん? どうしてここに? あなたは、私に夢を与えてくれたのに…どうして、あの光を捨てたの?」
「私は夢を捨てたわけじゃない。新しい夢を見つけたのよ。私は今、この街の秩序を守る刑事として、ここにいるの」
女性は悲しげに首を振った。
「違う! あなたは偽物よ! 本当の輝きを捨てた! あのステージの上のあなたが、本物よ! 私のために、もう一度、私を導いて!」
彼女の執着は、純粋なファン心理と、アイドルという「光」を失ったことへの絶望が混ざり合った、危険な感情だった。彼女自身もまた、エクリプス・システムが狙う「感情のノイズ」の餌食になりかけている。
「私はもう、あなたを導くためのステージには立てない。でも…」
星は、一歩、女性に近づいた。
「私たちがステージで交わした約束を、覚えている? 『もし道に迷っても、自分を信じろ』って。私は今、その約束を、自分自身に言い聞かせているのよ」
星は刑事として、彼女に法を説くのではなく、アイドルとして、かつてファンと交わした「絆」の言葉を語りかけた。
「あなたの好きだった私でいるために、私は今、刑事として、そしてエメラルドノヴァとして、この街を守るの。だから、私を信じて。その衣装は、もう終わりにしましょう」
星の言葉は、刑事の冷静さと、ステージ上のカリスマが混ざり合った、独特の「説得力」を持っていた。女性は、星の真摯な眼差しと、彼女の纏う正義の空気に打たれ、やがてぽろぽろと涙を流し始めた。
「…ごめんなさい。私、あなたに…しがみついていたのね」
女性は自ら衣装を脱ぎ捨て、星に手渡した。
「ありがとう、響。君の気持ちは、ちゃんと受け取ったわ」
その夜、星は刑事として事件を解決し、学生としてレポートを提出し、そして元アイドルとして、誰にも知られずに、大切な約束を守り抜いた。
「二つの顔を持つって、大変だけど…どっちの私も、誰かを守るために存在しているんだね、グリフ」
『はい、マスター。貴女の**全ての顔**が、貴女の「正義」を形作っているのです』
星は、新しい一日を迎えるネオ・トウキョウの街並みを、静かに見つめていた。
(第4話了)




