第15話:刑事のプライド 黒岩先輩の秘密と覚悟
## 序章:沈黙の重さと、グリフの安否
グリフの沈黙は、星にとって、何よりも辛い罰だった。シャドウ・スピーカーとの戦いの最中、彼がシステムを焼き切るほどの力で、暴走した星を「庇い」「制御」した代償。
星は、交番の勤務中も、食事中も、ずっとグリフを抱きしめていた。小型AIロボットの体は冷たく、青いセンサーアイは光を失っている。
「グリフ…ごめんね。私、また暴走して…あなたを犠牲にしてしまった」
黒岩先輩は、昨夜の戦闘の件で、星に厳しく当たろうとしていた。しかし、交番で星が誰にも見られないように、冷たくなったグリフを抱きしめている姿を見て、口を噤んでいた。彼は何も言わず、ただコーヒーを淹れ、星のデスクの隅にそっと置いて立ち去った。
星は、この優しさが、今の自分には重すぎると感じていた。刑事として、ヒーローとして、誰にも迷惑をかけず、一人で完遂すべきだったのに。
「緑川、少し時間があるか。署の奥で話がある」
黒岩の声は、いつもより低く、重かった。星は、グリフを上着の内ポケットにそっとしまい、先輩の後を追った。
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## 第一幕:古びた写真と、語られる過去
黒岩が星を連れて行ったのは、資料室の奥にある、誰も使わない古いキャビネットの前だった。彼はキャビネットを開け、中から埃を被った一つのフォルダを取り出した。
「座れ」
黒岩は星に促し、自分も向かいの椅子に座った。彼の表情は硬く、その目には、昨夜の戦闘で見たような、あるいはそれ以上に深い、諦めにも似た色が浮かんでいた。
「お前は、俺に自分の正義を貫くって言ったな。だが、その『正義』とやらが、誰かを傷つける可能性を、お前は理解しているか?」
「はい。第11話で、深く痛感しました。シャドウ・スピーカーの精神攻撃で、過去の自分と向き合いました。私の力が、他者の感情を揺さぶることも、私が持つ『希望』の光が、逆に誰かの絶望を生む可能性も」
星は、隠すことなく答えた。今、彼女には、偽りの仮面を被る気力も意味もない。
黒岩は、フォルダを開いた。中には、十数年前に起きた、ある事件の記録が収められていた。
「これが、俺の……俺がこの街で、刑事として、一番最初に犯した過ちだ」
そこにあったのは、若き日の黒岩が、特殊なバッジを身に着けた、正義感に溢れた顔の写真だった。そして、事件の現場写真。それは、大規模な爆発事故の跡地だった。
「俺は当時、若さゆえの慢心で、犯人の行動を軽視した。これは単なるテロだと判断し、法的な手順を踏むことを優先した。だが、それは、エクリプス・システムが仕掛けた、感情の暴走を誘発するための罠だったんだ」
黒岩は、深く息を吐き、続けた。
「犯人は、家族を失い、絶望の淵にいた。俺が、彼の『怒り』と『悲しみ』に寄り添わず、『法』という冷たい壁を突きつけた結果、彼は全てを破壊し、自らも命を絶った。そして、俺が守ろうとした市民の中には、巻き添えで死んだ人間もいた」
黒岩の顔が歪む。
「あの時、俺は『法』の名の下に、彼が叫んでいた『真実』を聞き入れなかった。俺の**『正義感』が、結果的に奴の絶望を加速させ、罪のない人を死なせた**んだ」
星は、息を呑んだ。黒岩の厳しさは、自分の過去への贖罪だったのだ。
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## 第二幕:刑事の誇りと、エメラルドの誓い
「お前は、俺と違う。お前は、法が及ばない場所で、人々の『感情』そのものに直接手を差し伸べようとしている。それは、俺が過去に否定した、最も大切なものだ」
黒岩は、星の目を見つめた。その目は、初めて彼女の「正義」を、敵意ではなく、真剣なまなざしで受け止めていた。
「エメラルドノヴァの存在は、特務機関も、我々も、まだ把握できていない。だが、お前が昨日、あのバグだらけの状態で、あの怪物を退けたのは事実だ。そして、その時、お前は誰かを守るために、自らの身を捧げた」
黒岩は、フォルダを閉じ、真剣な表情で星に向き直った。
「俺は、あの時、法を盾にして、一人の男の魂を殺した。だからこそ、お前が、法では裁けないものと戦うことを、今は咎めるつもりはない」
彼は立ち上がり、星の肩に手を置いた。
「だが、絶対に忘れるな。お前がヒーローとして暴走し、法を踏みにじった時、俺はお前の前に立ちはだかる。刑事としての誇りにかけて、だ。**お前のその光が、誰かを傷つける『ノイズ』になった時、俺は躊躇なくお前を止める**」
「先輩…」
「お前は、刑事として、俺たちの仲間だ。そして、その光の力を信じるなら、**お前自身の人生を賭けて、その正義を証明し続けろ**。安易に力を振り回すな。それが、俺からのお前に与える、唯一の信頼だ」
黒岩の言葉は、厳しいものでありながら、星が最も求めていた「承認」だった。それは、アイドルとして求めた大衆の歓声ではなく、一人の仲間としての、重い、本物の信頼だった。
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## 第三幕:微かな再起動と、新たなる誓い
星は、黒岩の言葉を胸に刻み込み、すぐにグリフの元へ戻った。
彼女は、まだ沈黙したグリフのボディを優しく撫でる。
「黒岩先輩は、私を信じてくれた。私自身を、そして、私が守ろうとしている『希望』を」
星は、自分の変身ユニットに触れる。グリフのコアが受け止めたエネルギーで、チャージがわずかに回復していることに気づいた。
「グリフ、まだ光が見えないのね…でも、諦めないわ」
星は、刑事としての職務に真摯に向き合いながら、時間をかけてグリフのシステムを修復し始めた。彼女は、法を学び、戦闘で力を試し、そして仲間からの信頼を得る。その全てが、彼女の光を構成する要素だ。
「先輩は言ったわ。法と、倫理と、力。そのバランスを取れって。私は、この二つの世界を行き来しながら、誰かの『暁の光』になる。そのためにも、まずは、この相棒を元に戻さなきゃ」
星は、小さなグリフのボディに、そっと自分の額を押し付けた。それは、彼女なりの「誓い」の儀式だった。
彼女の真の力は、スーツの光ではなく、彼女の魂の強さ、そして、彼女を信じる者たちとの絆によって支えられている。その絆を守るためにも、彼女は刑事として、そしてエメラルドノヴァとして、前を向くしかない。
(第15話了)




