第14話:偽りの笑顔:アイドルの闇、再燃
序章:満たされない心の残響
サイバー戦を経て、星は一時の休息を得たかに見えた。だが、データ・ゴーストの論理攻撃に対抗するために、彼女は自らの内面、特に「アイドル時代の自己」と「刑事としての自己」の矛盾を深く探ることになった。その精神的な消耗は、シャドウ・スピーカーにとって格好の標的だった。
「マスター、最近、夢の中で、あのステージの光景を繰り返し見ています。全て、ネガティブな感情で汚染されています」グリフが、星の部屋で静かに訴える。
「私も感じてる、グリフ。誰かに見られているような、冷たい視線が、いつも私を追いかけてくるの」
星は、制服の眼鏡を外し、目をこすった。刑事として、あるいはヒーローとして、常に「正しさ」を求められる世界で、過去の「偽りの笑顔」が、今の自分を蝕んでいるような気がした。
その日の午後、星は私服で、ある古いレコード店に立ち寄っていた。彼女がアイドル時代にリリースした唯一のソロシングルが、店の隅の、マニアックな中古コーナーに置かれているのを見つけたからだ。
「いくらで売ってるのかしら…」
値段を見て、星は息を呑んだ。定価の十倍。それを、誰かが大切に保管している。
その時、店の奥から、ノイズ混じりの女性の声が聞こえた。
「貴女の光は、もう必要ないのよ。だって、貴女は、本物じゃなかったから」
ゾッとした。それは、シャドウ・スピーカーの声だった。物理的な接触がないにも関わらず、この声が響くのは、彼が星の精神領域に、直接干渉を試みている証拠だ。
第一幕:鏡に映る「裏切り者」
星は店の奥へ進む。店の主らしき人物は見当たらず、ただ、暗い空間に、彼女の過去のライブ映像が、無音で何度もループ再生されていた。
そして、部屋の中央、スポットライトを浴びるように、シャドウ・スピーカーの不定形な影が漂っていた。
「よく来たな、緑川星。貴女が最も見たくない、真実を見せるために招待した」
シャドウ・スピーカーは、星の変身を待たない。彼には、その必要がない。
「私は、貴女を殺さない。殺すのは生ぬるい。私は、貴女の『希望』を、貴女自身の罪によって、自壊させてみせる」
次の瞬間、星の視界が真っ白に反転した。
彼女は、あのライブのステージ裏に立っていた。数年前の自分――華やかな衣装を纏い、満面の笑みでファンを惹きつけていた、かつてのアイドル・緑川星が、目の前にいる。
「星…どうしてここに?」幻影が、星に語りかける。その声は、本物そっくりの、甘く透き通ったアイドルボイスだ。
「私は…刑事になって、新しい夢を追っているの」星は、今の自分を正当化しようとする。
幻影の星は、冷たく微笑んだ。
「新しい夢? 笑わせないで。貴女がステージを去った本当の理由を、私は知っているわ。貴女は、私のファンが、私の光に依存しすぎているのが怖かったんでしょ? **『私がいなくなったら、彼らはどうなるの?』**という不安から逃げた。それが、貴女の『刑事になりたい』という夢の正体よ」
幻影の言葉は、星がずっと押し込めてきた核心だった。ステージでの輝きは、あまりにも脆弱で、一瞬のブーイングや、熱狂の冷え込みで全てが崩れ去る恐怖。その恐怖から逃げ、強固な「法」の世界に逃げ込んだのではないか、という自己疑念。
「違う! 私は、もっと地に足のついた正義を求めたの!」
「嘘だ! 貴女は、自分の歌が誰かの人生を変えるほどの力を持ちながら、その責任を負うのが怖かっただけ! だから、警察官という、より『決められたルール』の世界に逃げ込んだのよ。貴女は、あの日のファンの期待を裏切った罪を、刑事という新しい役割で塗りつぶそうとしているだけだ!」
幻影は、星の足元に、無数の手紙の残骸を出現させた。それは、彼女がアイドル時代に受け取った、熱狂的なファンレターの山だ。だが、全ての手紙の表面が、まるで溶けていくかのように、黒いインクで塗りつぶされていく。
「見て。貴女が愛された証拠は、全て汚れてしまった。貴女の光は、人を欺く偽物だったと、世界が証明している」
星のスーツの光が、大きく明滅し、痛みで膝をつく。これは、物理的な攻撃よりも遥かに重い、魂への打撃だった。
第二幕:刑事としての矜持と、力の代償
「マスター! 精神レベルが臨界点に達しました! 幻覚の影響で、変身ユニットへの意識接続が途切れています!」グリフが焦燥の声を上げる。
星は、幻影の笑顔を見つめた。あの笑顔は、確かに、彼女自身の「弱さ」から生まれたものだったかもしれない。だが、あの光で救われた命があったのも事実だ。
「シャドウ・スピーカー…私は、過去の私を否定しない。あの時、私が与えた光も、今の私が守ろうとしている正義も、どちらも私の一部よ」
星は、膝をついたまま、震える手を、幻影の自分に向かって伸ばした。
「私は、あの時、誰かの承認のために輝いていたかもしれない。でも、今は違う。刑事として、一人の人間として、自分で選んだ道を、私の力で守るの!」
彼女の言葉は、もはやステージ上の歌ではない。それは、一人の人間が、自己の罪と向き合い、それを乗り越えようとする、静かで、しかし凄まじい「決意の叫び」だった。
その決意が、星のコア・ユニットに響き渡る。
「グリフ! 今持っている全ての予備エネルギーを、変身に注いで! 制御できなくてもいい! この瞬間、私を『エメラルドノヴァ』として立ち上がらせて!」
『マスター、危険すぎます! 制御不能になれば、貴女のコア・ユニットが破壊され、ヒーローとしても、人間としても、永遠に復帰できなくなります!』
「それでもいい! 今、ここで倒れるわけにはいかないの! 私は、この光で、私の過去も、未来も、全て守り抜く!」
星の体から、制御不能なほどの強烈なエネルギーが迸り始めた。それは、エメラルドグリーンというより、白に近い、暴走した光だった。
「翠装!」
光が炸裂し、幻影を吹き飛ばす。しかし、スーツの生成プロセスは異常を極めていた。
第三幕:暴走する光と、グリフの最後の防御
光が収束するが、完成したのは、まだ不完全な、荒々しいエメラルドグリーンの装甲だった。スーツの光のラインは安定せず、激しくスパークしている。
「エメラルドノヴァ…だが、その力は暴走しているぞ! 制御不能な光など、単なる破壊でしかない!」シャドウ・スピーカーが嘲笑う。
エメラルドノヴァは、槍を構えるが、体が前のめりになり、まともに立てていない。エネルギーの奔流に振り回されている。
「ぐっ…力…が強すぎる…」
彼女の視界は、光のスパークと、涙でぼやけていた。
その時、幻影ではなく、本物のシャドウ・スピーカーが、その霧の中から姿を現した。彼は、星の暴走したエネルギーを、意図的にさらに増幅させるように、その影の触手を伸ばしてきた。
「そうだ、その暴走こそが貴女の真の姿だ! 承認を求める、承認を求める、感情の暴走だ! そのまま、貴女自身を燃やし尽くせ!」
星は、暴走する力に身を任せ、槍を振り下ろそうとするが、焦点が合わず、空を切る。
その時、グリフが星の足元から飛び出した。彼は、星の変身ユニットに直接接触し、自身のコアエネルギーを、暴走する星のエネルギーに接続させた。
『マスターの光を、私が制御します! 貴女の意志は、暴走ではありません。それは、誰よりも強い「愛」の証です!』
グリフのシステムが、星の暴走エネルギーを強制的に「安定化」させようと試みる。しかし、それはグリフ自身のシステムを焼き切るほどの負荷だった。
青い光と、緑色の暴走光がグリフのボディを中心に渦巻き、一瞬、強烈な白い閃光がほとばしった。
閃光が収まった後、グリフは星の足元に、力なく転がっていた。センサーアイの光は完全に消え、冷たい金属の塊になっていた。
「グリフ…!?」
星の暴走エネルギーは、グリフの犠牲によってかろうじて収束し、彼女の体は、今、完全に動かなくなった。
「何をした…私は…また、大切なものを…」
シャドウ・スピーカーは、星が絶望し、そしてその場に崩れ落ちるのを、満足げに見つめていた。
「貴女の光は、愛する者を犠牲にした。これこそが、真の『裏切り』だ。さあ、絶望の闇に沈みなさい、緑川星」
エメラルドノヴァの光は消え、星は制服姿のまま、崩れ落ちた。グリフの無機質な体躯が、彼女の傍らに転がっている。
その絶望は、第10話の比ではなかった。彼女の意志はまだ残っている。だが、その意志を支える「希望の象徴」たるグリフが、沈黙したのだ。
(第14話了)




