第13話:傷だらけのグリフ 相棒の沈黙
序章:回復の兆しと、忍び寄る重圧
三大幹部との激突から数日。星の心身は、回復の途上にあった。エメラルドノヴァのスーツユニットはまだ完全な出力に戻っておらず、刑事としての仕事も、響との会話も、どこか過去に比べて慎重になっていた。
「マスター、エネルギー回復率は本日、65%に達しました。引き続き、負荷の高い戦闘は避けるべきです」
グリフが、猫型AIの姿のまま、星のデスクの上で真面目に報告している。その姿は相変わらず愛らしいが、第10話での彼の自己犠牲的なバリア展開が、星の胸に重くのしかかっていた。
「ありがとう、グリフ。でも、ごめんね、無理させて」
「無理なんて言ってないよ、星。私はマスターのサポートAIだ。それが私の誓いだから」グリフの電子音声は、少しだけ感情を込めて響いた。
星は、その言葉に慰めを感じると同時に、グリフを危険に晒してしまったことへの深い罪悪感を覚えた。刑事として、そしてヒーローとして、常に誰かを庇護しなければならない立場のはずなのに、今、一番守るべき相棒を危険に晒している。
「今日は、大学で法学の自主ゼミがあるの。夜はゆっくり休むわ」
星は、今日の平穏を心から願った。しかし、エクリプス・システムは、彼女の休息を許さない。
第一幕:グラウンド・ブレイカーの執拗な再戦
その日の夕方、星が大学の講義を終えて、静かな図書館の通路を歩いていた、その時だった。
「そこにいるのは分かっているぞ、光のバグめ」
重低音が響き渡り、建物全体が軋む。
「まずい、また奴だ!」
警報が鳴り響くより早く、星は通路の曲がり角で変身を試みた。だが、グリフの予測通り、エネルギーはまだ不安定だ。
「グリフ、ロングレンジでの戦闘になるわよ!」
「承知しました! しかし、マスター、変身後の出力は70%が限界です!」
しかし、扉を開けた星の目の前に広がった光景は、昨日までの戦闘現場の比ではなかった。
グラウンド・ブレイカーが、図書館の吹き抜けの中央に立っていた。彼は、周囲の柱や壁をまるで粘土細工のように捻じ曲げ、破壊し尽くし、星の変身完了を待つどころか、自ら星がいるエリアを物理的に隔離していた。
「貴様が、あの時、私に一矢報いたか。面白い。だが、あの程度の傷、遊びの延長だ」
ブレイカーは、手に持った巨大なコンクリートの塊を、まるでボールのように軽々と投げつけてきた。その質量は、建物を崩壊させるレベルだ。
「うわっ!」
星は慌てて変身を完了させたが、その直後だったため、エネルギーの余波で体勢を崩し、コンクリートの塊は彼女のすぐ横の床を打ち砕いた。
エメラルドノヴァは、光の槍を構え、ブレイカーに突進する。だが、ブレイカーの動きは以前よりも洗練されていた。彼は力任せの攻撃だけでなく、環境を利用した戦術を学んでいたのだ。
「パワーだけではない! その巨体が、地形そのものになる!」
ブレイカーは、床を拳で叩きつけ、地面から巨大な岩柱を突き上げる。星は跳躍して回避するが、その動きは重く、第10話ほどのキレがない。
「マスター、奴は動きを予測しています! 貴女の動きは、常に過去の戦闘ログから予測可能です!」グリフが警告する。
エメラルドノヴァは、数回交錯するが、ブレイカーの繰り出す一撃一撃が重すぎる。彼女の装甲に、次々と深い傷が刻まれ、光のラインが激しく明滅を始めた。
第二幕:グリフの犠牲と、絶望の予感
「くっ…! 当たると、全てが終わる…!」
星は必死に防御を固めるが、ブレイカーの攻撃は圧倒的だった。彼は、エメラルドノヴァの動きを完全に封じるため、一歩も引かずに圧力をかけ続ける。
「もう、いい加減にしろ! そこまで力を溜め込んでも無駄だ。お前のエネルギーは、私の一撃で燃え尽きる!」
ブレイカーは、全身の装甲に緑色のエネルギーを集中させ、光り輝く巨大なハンマーを形成した。これは、ロード・カオス直伝の、エネルギー最大消費型の破壊技だ。
エメラルドノヴァは、この一撃を受ければ、確実に変身が解除され、致命傷は免れないと悟った。
「グリフ! 最大出力のバリアを!」
『マスター、バリア展開! しかし、奴のチャージレベルでは、防御限界を超えます!』
ブレイカーのハンマーが振り下ろされる。その一撃の軌道上には、星の防御を完全に封じる形で、グリフが飛び出していた。
「グリフ、何をするつもりだ!」
『マスターのコア・ユニット保護プロトコルを、最優先事項とします!』
グリフは、自身のボディを盾にするように、エメラルドノヴァの目の前に立ちはだかった。そして、自分の全エネルギーを使い、最も硬度の高い防御フィールドを、ブレイカーの攻撃と星の間に展開する。
ドォォォン!!
凄まじい衝撃音と閃光が吹き荒れた。
光が収まった時、エメラルドノヴァは無傷で立っていた。しかし、彼女の足元には、もはや機能不全に陥ったグリフの残骸が転がっていた。
グリフのAIデバイスは、粉々に砕け、青い光は完全に失われていた。唯一残ったのは、彼のボディの残骸と、星の足元に転がった、光を失った筐体だけだった。
「グリフ…!?」
星の体が、変身ユニットのエネルギー漏れよりも激しく震え始めた。
「フン、脆い相棒だったな。これで貴様は、ただの人間に戻った。もう、光の力も使えまい」
ブレイカーは、任務を完了したかのように嘲笑う。
第三幕:相棒の沈黙と、心の崩壊
エメラルドノヴァのスーツの光が、激しく点滅し、そのまま、プツンと音を立てて消えた。
そこには、膝をつき、呆然と立ち尽くす、緑川 星の姿があった。制服は破れ、体は疲労困憊だ。彼女は、目の前に転がるグリフの残骸を、震える手で拾い上げた。
「グリフ…グリフ! 返事をして…!」
星の声は震え、涙で歪んでいた。刑事としての使命も、ヒーローとしての誇りも、全てが意味をなさなくなった。彼女の最強の盾であり、理解者であり、命を賭けて守ると誓った相棒が、目の前で沈黙したのだ。
「…なんで…どうして、私じゃなくて…」
星の瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。それは、第11話でシャドウ・スピーカーに抉られた「過去の罪悪感」よりも、もっと生々しく、痛みを伴うものだった。
「私は、あなたを失うために、戦っていたの…?」
彼女が「希望」を信じ、光を灯せば灯すほど、愛するものが傷つき、失われていく。これが、彼女が直面した最大の「絶望」だった。
グラウンド・ブレイカーは、星の精神的な崩壊を確信し、その場を去ろうと踵を返す。
「無駄な抵抗だったな、緑川刑事。お前の光は、もう消えた」
「待ちなさい…!」
星は、涙に濡れた目で、かすかに残る意識の全てを振り絞り、地に落ちた光の槍に手を伸ばした。しかし、槍を握りしめる力もなく、そのまま、崩壊した床に倒れ込んだ。
「もう、何も守れない…」
エクリプス・システムが最も望む形。希望を失い、最も大切なものを失い、ただ立ち尽くす、無力な人間。
その絶望の淵で、星の意識は急速に遠のいていった。
(第13話了)




