第12話:大学潜入!知識を操る影を暴け
序章:静かなる復讐の準備
三大幹部との激闘から数日。ネオ・トウキョウの街は急速に復興作業が進んでいるが、人々の心には未だ、あの夜の恐怖が残っていた。
星は、法学部のキャンパスで、講義が終わるのを待っていた。彼女はエメラルドノヴァとしての疲労を隠すため、意図的に優等生としての仮面を深く被っていた。
「星、最近、顔色が悪いんじゃない? 刑事の仕事と、あの事件の噂が響いてるんだろ?」響が心配そうに横から覗き込む。
「大丈夫だよ、響。単に昨夜、徹夜で勉強してただけだから。それに、あの事件、特務機関が色々やってるみたいだし、私たちは静かに見守るのが一番でしょ?」
星は響の懸念を和らげようとするが、内心では焦燥を感じていた。データ・ゴーストは沈黙したが、第二、第三の攻撃を必ず仕掛けてくる。そしてその攻撃は、必ず情報とシステムを狙ってくるだろう。
「私たちが学んでいる法も、セキュリティシステムも、全ては情報社会のルールの上にある。グリフ、そろそろ、奴らの足跡を逆探知する準備に取り掛かるわよ」
『了解しました、マスター。しかし、データ・ゴーストのハッキングは高度すぎます。彼らは既存のセキュリティプロトコルを完全に無視し、「情報そのものの構造」を書き換えるレベルで動いています。マスターの大学のネットワークも、例外ではないかもしれません』
第一幕:学術的知識とAI解析の融合
星の今日の講義は「情報法規とサイバーセキュリティ概論」。教授は、最近のネットワークの不安定化について懸念を表明していた。
「この数週間、ネオ・トウキョウのネットワークは、まるで誰かに引っ掻き回されているようだ。まるで、我々のシステムの根幹、情報の論理構造そのものを試しているかのようにね」
教授の言葉は、データ・ゴーストの戦術そのものだった。
星は、教授が提示した最新のセキュリティシステム解析のシミュレーション課題に取り組み始めた。これは、トップクラスの学生でさえ頭を抱える難問だ。
「この『多層的・感情依存型ファイアウォール』の盲点、どこにあると思う?」教授が星に話を振る。
星は、法学部の知識を総動員する。
「教授、このファイアウォールは『論理的矛盾』に対する防御は強固ですが、**『感情的・倫理的な矛盾』**をトリガーとして入力された場合、その処理に時間を要し、一時的なフリーズが発生する可能性があります。データ・ゴーストの攻撃は、まさにこの点を利用しているのではないでしょうか。彼らは、我々が『正義』や『希望』といった倫理的トリガーワードをシステムに与えた瞬間に、その処理の隙を突いているはずです」
教授は目を見開いた。
「なんと…! その視点は、専門家でも見落としがちな、非常に鋭い指摘だ。法的な枠組みを、情報構造として捉え直す視点か…」
星は内心で笑った。これは、エメラルドノヴァとしての戦いの中で、自分の「信念」が、情報構造のバグを生み出すという、皮肉な真実を逆手に取る思考実験でもあった。
第二幕:キャンパスを蝕む潜伏ウイルス
講義後、星はグリフに解析を依頼した。
「グリフ、私の大学ネットワークに、何か潜伏していないか、徹底的に探って。データ・ゴーストが、次の標的を大学に定めている可能性が高いわ」
『了解しました。マスターの解析を基に、侵入経路を絞り込みます。…見つけました。メインサーバーの奥深く、学籍管理システム内に、**「パーソナル・アイデンティティ・ボム」**と呼ぶべきウイルスが潜伏しています』
「パーソナル・アイデンティティ・ボム?」
『はい。これは、データを破壊するのではなく、特定の人物の全個人情報を書き換え、その人物の「存在意義」をデータ上で抹消する、極めて悪質なプログラムです。もし発動すれば、学籍、クレジット履歴、医療記録、全てが「この人物は存在しない」というデータに置き換わる。響さんのような、情報社会の礎となる存在を標的にしている可能性があります』
データ・ゴーストは、物理的な破壊よりも、社会的な存在の抹消を狙っている。それは、シャドウ・スピーカーの「精神攻撃」が、さらに情報化されたものだった。
「響を狙っているの…! 響は、あんなに真っ直ぐに私を信じてくれているのに!」
星は、焦りから立ち上がった。響の存在が消えれば、彼女の心から、アイドル時代から続く唯一の純粋な理解者を失うことになる。
「グリフ、奴らがウイルスを起動させるトリガーは何だと思う?」
『システム解析の結果、トリガーは、「エメラルドノヴァの存在が公に暴露された時」、あるいは**「緑川星の刑事としての不正行為が証明された時」**のいずれかと予測されます。彼らは、星の二つの顔が潰れる、その瞬間に世界をリセットしようとしているのです』
第三幕:知識による迎撃と、希望のファイアウォール
星は大学を出て、人目のない工学部の裏手の古い屋上に移動した。ここでなら、グリフの解析を妨害されずに済む。
「グリフ、奴らのウイルス構造を、私の法学と情報構造の知識で防御するわ。エメラルドノヴァの力は使わない。刑事の知恵と、学生の知識で、システムを守り切る」
星は、グリフを介して、大学のファイアウォール設定画面にアクセスする。
「データ・ゴーストの攻撃は、感情的な『矛盾』をトリガーにする。ならば、私は、データ・ゴーストの論理構造そのものに、絶対的な『真実』を入力する」
星は、教授が課題で提示したシミュレーションモデルを応用し、自己矛盾を誘発する無数の合法的なクエリを、大学ネットワークの最も深い階層へと流し込んだ。
「例えば、『法執行者が捜査情報をリークする行為は、秩序を乱すか?』――この質問を、何万パターンも、奴らのハッキング経路に送り込むのよ!」
グリフが全リソースを使い、星の入力した複雑怪奇な論理パズルを、データ・ゴーストの侵入コードにぶつけていく。
「マスター、奴らのコードが停止しました! 思考ルーチンが無限ループに陥っています! 既存の論理構造に、解答不可能な『倫理的パラドックス』を埋め込んだ結果です!」
データ・ゴーストが仕掛けてきた「感情の矛盾」を、星は「法と倫理の矛盾」という、より高度な論理で打ち返したのだ。
「これで、奴らはしばらく、このシステムから身を引かざるを得ないわ」
その時、遠くのビル群で、データ・ゴーストの残滓が微かにスパークし、何事かを呟いたのがグリフによって傍受された。
『…解析完了。奴らは、マスターのその「知識」の深さを評価しています。貴女は、我々の想像を超えた「バグ」だ、と…』
星は安堵の息をつくと、パーカーのフードを深く被り直した。
「私をバグと呼ぶなら、私はそのバグを武器にするまでよ」
彼女は、ヒーローの力を使わずに、知識と倫理観の力だけで、サイバー攻撃から仲間と学びの場を守り抜いた。これは、エメラルドノヴァとしての戦いとはまた違う、緑川 星としての、確かな勝利だった。
(第12話了)




