第01話:暁の目覚め!新米刑事、光を継ぐ
月織--広大な物語の世界を縦横無尽に駆け巡る、新進気鋭の物語紡ぎ手です。
ジャンルを問わず、読者の心に深く響く「希望」と「葛藤」、そして「成長」の物語を描き出すことを信条としています。特に、全年齢対象作品においては、子供たちの純粋な心にも、大人の複雑な感情にも寄り添い、ページをめくるたびに、新たな「光」を見出すような感動体験をお届けすることをお約束します。
すべての作品が、読む人の明日を照らす一筋の光となることを願って、今日も筆を執ります。
ネオ・トウキョウの朝は、いつだって目まぐるしい。
ビルの壁面を駆け巡る最新ニュースのホログラム、空中を縫うように疾走するリニアカーの流線。光と喧騒が織りなすその未来都市で、緑川 星は今日もまた、呼吸を乱しながらオフィス街の裏路地を駆け抜けていた。
「もうっ、あと五分で巡回だっていうのに!」
息を切らし、細い路地の先に広がる大通りを目指す。茶色のボブヘアーが風に乱れ、眼鏡の奥、真剣な眼差しがわずかに焦燥に揺れる。紺色の警察制服のスカートがひらりと舞うたび、ふと、脳裏に別の景色がフラッシュバックした。
煌めくステージ、無数のペンライトが織りなす光の海、そして胸を揺さぶる大歓声――。
かつて「奇跡の歌声」と称され、国民的アイドルの頂点に立っていた頃の、まばゆい残像。
けれど、それは過去の栄光。今はただ、この街の平和を守る、ごく普通の、いや、ちょっとばかりドジな新米刑事なのだ。
「緑川、またお前か! 巡回遅れてるぞ、現場は一分一秒を争うんだ!」
署に着くなり、鬼の形相の先輩刑事、黒岩の声が飛んでくる。彼の頑丈そうな体と厳つい顔は、まるで動かざる岩のようだった。
「申し訳ありませんっ! 今すぐ出ます!」
元気いっぱいの返事だけは、アイドル時代と変わらない。その声に、ほんの少しの不安を乗せて。
午前中のパトロールは、公園での忘れ物捜索と、老人の迷子対応で終わった。小さなトラブルひとつにも全力を尽くすけれど、時折、胸に虚しさがよぎる。
(本当に、これでいいのかな……)
大学の法学部で学ぶ傍ら、警察官として地域課に配属されてまだ三ヶ月。正義感だけではどうにもならない現実や、法と秩序の狭間で揺れる人々の感情に、戸惑う日々だった。大きな悪を前に、この小さな力がどこまで届くのだろうか。
午後二時。その日の平和な日常は、唐突に、悪夢のように幕を開けた。
駅前広場にある巨大ホログラムスクリーンが、突如として砂嵐のようなノイズに覆われた。次の瞬間、耳をつんざくような爆音と、人々の悲鳴。
「う、嘘でしょ…!?」
星が駆けつけた時には、既に広場は地獄絵図と化していた。
巨大な異形の怪物が、無差別に街を破壊し、人々を恐怖に陥れている。全身から禍々しい緑色の粒子を放ち、ビルを捻じ曲げ、リニアカーを玩具のように叩き潰すその姿は、まるで混沌の具現化だ。
「カオス・インベーターズだ! 全員、避難しろ! 緑川、無理はするな!」
黒岩先輩の声が響く。警察官たちが必死に応戦するも、銃弾は怪物の皮膚に弾かれ、まるで効かず、次々と吹き飛ばされていく。
「くそっ、なんて力だ…!」
瓦礫の陰に身を隠しながら、星は震える手で拳銃を構える。法と秩序を守るための力が、こんなにも無力だなんて。
目の前で、怪人の咆哮に怯えて泣き叫ぶ子どもがいた。瓦礫の下敷きになり、助けを求める人々の声が聞こえる。
(だめだ…私じゃ、何もできないのか…!)
完璧なアイドルとして、ステージの上で人々に笑顔と希望を与えていたあの頃。今の自分には、ただ見ていることしかできない。そう、絶望しかけた、その時だった。
星の制服のポケットから、微かな、しかし確かな光が漏れ出した。
「ピピッ!」
それは、彼女の相棒である小型AIロボット「グリフ」だった。普段はまるで子猫のように愛らしい白いボディだが、その丸い目は緑色の光を放ち、どこか真剣な表情をしている。
『マスター…このままでは、ネオ・トウキョウは…』
グリフの電子音声が、星の脳内に直接響く。
「でも、私には…どうすればいいっていうの…!」
『貴女には、もう一つの使命があるはずです。この星の希望を、もう一度輝かせてください』
グリフの体が、さらに強い光を放ち始める。その光が、星の掌に吸い込まれるように、神秘的なデバイスへと姿を変えた。エメラルドグリーンに煌めく、ユニコーンの角を模したような形状。それは「ノヴァ・ドライバー」と名付けられているかのように、彼女の意識に直接語りかけた。
「これって…まさか…?」
デバイスを握りしめた瞬間、星の脳裏に、忘れかけていた遠い記憶が鮮明に蘇った。
子供の頃。夢の中で、真っ白なユニコーンが語りかけた声。「お前は、この世界の光となる」と。それはあまりにも現実離れしていて、やがて彼女の記憶の奥底に封じ込められていた。
「まさか、あの夢が…本当だったなんて…!」
目の前の惨状、グリフの言葉、そして掌に宿った光。全てが繋がり、彼女の中で何かが弾けた。
そうだ、私は諦めない。警察官として無力でも、アイドルとしてステージを降りても、この街と人々を守るための方法は、きっとあるはずだ。
私は、緑川 星だ。そして、この街の希望となる、新星だ。
「…行くよ、グリフ!」
星は震える体で立ち上がった。瓦礫の山の上、咆哮を上げる怪人が見下ろす中、彼女はノヴァ・ドライバーを天に掲げ、叫んだ。
「変身!」
緑色の光が、星の全身を包み込む。粒子は高速で螺旋を描き、素肌のラインを辿るように、エメラルドグリーンの強化スーツが形成されていく。煌めく金属パーツが、その身を守るように装着され、流線形のしなやかなボディが完成する。心臓の鼓動が高鳴り、全身を未知のエネルギーが駆け巡る。視界がクリアになり、五感が研ぎ澄まされていく。乱れた髪は風になびき、瞳には確固たる決意の光が宿る。
「エメラルドノヴァ!」
光の中から現れたのは、戦う女神だった。
その姿を見た瞬間、怪人の動きが一瞬止まる。人々は目を見張り、希望とも絶望ともつかない声を上げた。
「私の正義は、誰にも譲らない!」
高揚感と使命感が全身を支配する。彼女は瓦礫を蹴り、光の槍「ノヴァ・ランサー」を構える。その槍の先端には、青白いエネルギーがスパークしている。
「行くぞ、グリフ!」
『承知いたしました、マスター!』
小型AIロボットだったグリフもまた、強い光に包まれ、巨大なサイバーユニコーンの姿に変貌する。白銀のボディは鋼のように輝き、額の角からはエメラルドの光を放つ。その蹄は稲妻を纏い、まるで天馬が大地を蹴るように。
「シャァアァトカ! 新星の光光!」
エメラルドノヴァは、グリフの背に飛び乗った。一瞬にして加速したユニコーンと共に、彼女は空中を駆け、怪人へと向かっていく。
怪人の放つ破壊光線を、光の槍で受け止め、捌く。華麗な体術で懐に潜り込み、電光石火の突きを繰り出す。スーツの至る所から放たれる緑色のエネルギーが、怪人を怯ませる。
(体が、勝手に…! 刑事としての経験と、アイドルとしてのステージ感覚…それが融合している…!)
彼女の動きは、警察学校で培った格闘術に、アイドルとしてステージで魅せていた躍動感が加わり、まるで舞うようだ。
「私のノヴァスパークで、あなたたちを止める!」
全身にエネルギーを集中させ、エメラルドノヴァは叫んだ。ノヴァ・ランサーの先端に、巨大なエメラルドグリーンの輝きが凝縮されていく。
「希望を…照らせ!」
必殺の一撃が、怪人を貫いた。轟音と共に、怪人は緑色の粒子となって消滅していく。
戦いが終わり、街に静寂が戻った。
エメラルドノヴァは、グリフの背からゆっくりと降り立つ。人々の歓声と、警察官たちの驚きに満ちた視線が、彼女に注がれている。
疲労に体を震わせながらも、彼女はそっと変身を解除した。緑色の粒子が消え去り、再び制服姿の緑川 星に戻る。膝をつき、大きく息を吐き出す彼女の横顔には、汗と、そして微かな涙の跡が光っていた。
「私…本当に、やったの…?」
傍らに寄り添う小型AIロボットのグリフが、優しくその腕に触れる。
『はい、マスター。貴女は、この街の希望の光となったのです』
彼女は、静かに夜明け前の空を見上げた。遠くのビル群の向こうから、一筋の光が差し込み始めている。
そうだ。私は、もう、ただの新米刑事じゃない。人々の希望を守る、暁のエメラルドノヴァ。
「私は、戦う…この街の、希望のために…!」
星の瞳には、疲れの中に、確かな決意の光が宿っていた。
これは、緑川 星の、新たな物語の始まりである。




