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第13話 あの日の戦い

お読みいただきありがとうございます。


語られる、二年前の「地獄」の記憶。

 事務所の外に出ると、火照った僕の頬に、潮風が心地よく吹きつけた。


 さっきまでの緊張が解けて、僕は大きく息を吐き出す。

 ワンさんの威圧感と、最後の忠告が、まだ身体中にこびりついているようだった。


「明日……ワンさんが言ってた、田嶋って委員長……。

 あの警告、本気なんだよね」


「ああ、大げさでも何でもない。

 本気中の本気だ」


 明日の表情から、いつもの軽さが消えていた。

 彼はコンテナの壁に寄りかかり、遠い目をする。


「2年前……俺が組合に入ってすぐの頃、淘汰委員会が本気でこの港を潰しに来たことがあった。

 偽東京を本格的に攻略するための、最初の一手だったんだ」


 ごくりと喉が鳴る。

 淘汰委員会——本土最強クラスの武力集団。

 ワンさんの話は、その時のことらしかった。


「それまで、偽東京には大っぴらに手出しできないっていう不文律みたいなもんがあったんだけど、あいつら、その時はお構いなしだった。

 何人もの『上級委員』と、その配下の特殊部隊。

 それまでのいざこざとはレベルが違った。

 そして、その先頭に立ってたのが、委員長の田嶋だった」


 明日は当時のことを思い出すように、一度言葉を切った。


「地獄だったよ。

 あれは戦争じゃなくて、一方的な蹂躙だった」


 明日は、当時の光景を思い出し、強く拳を握りしめた。

 その指先が、白くなる。


「俺は当時まだ見習いみたいなもんで、戦いに入れるような力はなかったから、ワンさんに『とにかく物陰から動くな。何があっても生き延びろ』って言われて、コンテナの山の隙間から、ただ震えて見てることしかできなかった」


「……」


「みんな、必死に戦ったんだ。

 カイの奴は、あのバイクで、敵の部隊に決死のヒットアンドアウェイを繰り返してた。

 攻撃のためじゃない、ほんの一瞬でも敵の注意を自分に引きつけて、仲間を逃がすための陽動だ。

 何度も撃ち落とされそうになりながら、それでもあいつは飛び続けた」


「氏左衛門さんは、まさに鬼神だった。

 コンテナを盾に、押し寄せる特殊部隊の一個小隊をたった一人で食い止めてた」


「……でも、相手には『上級委員』が複数いたんだ。

 奴らが前に出た瞬間、戦況は文字通り『終わった』んだ。


 カイも、氏左衛門さんも、上級委員には全く歯が立たなかった。


 ……当時の組合幹部だった爺さんたちが、己の命ごと自爆するような特攻で、上級委員バケモノどもに一矢報いるのがやっとだった」


「じゃあ、ワンさんは……」


「ワンさんは、一人で田嶋とやり合った」


 明日の声が、かすかに震えた。


「……いや、あれは戦いですらなかった。

 田嶋はほとんど動いてさえいなかったんだ。

 彼女がただ、涼しい顔で扇子を閉じただけ。

 それだけで、俺たちの周りに本物の『雷』が落ちた」


「雷……?」


「ああ。

 空からじゃない。

 地面から、コンテナから、何もない空間から、全てを焼き尽くす電の嵐が吹き荒れたんだ。

 轟音で、耳が張り裂けるかと思った。

 カイは、神業みたいなバイク捌きで雷の隙間をすり抜けて、奇跡的に助かった。

 でも、他の仲間たちは……」


 明日は言葉を詰まらせた。


「氏左衛門さんは、動けなかった仲間を庇って、その身で雷を全部受け止めたんだ。

 それで、両脚をやられた。

 今のキャタピラは、その時の……」


 伝説の兵士が、仲間を守るために。

 その光景は、どれほど壮絶だっただろうか。


「ワンさんは、その雷の嵐のど真ん中に、たった一人で立ってた。

 仲間を守る壁になるって、ただそれだけのために。

 あの鋼鉄の義手が、稲妻に焼かれて真っ赤に溶けかかっても、一歩も退かなかった。

 ……見てるこっちが、気が狂いそうだったよ」


 それは、人が天災そのものに挑むような、あまりにも壮絶で、絶望的な光景だったのだろう。


 ただひたすらに、理不尽な暴力が港を支配する。

 組合が完全に壊滅する、その寸前だった。


「――その時だよ。

 ソラリスさんが現れたのは」


「……」


「追い詰められた俺たちの前に、あの人がふらっと現れたんだ。

 戦ったわけじゃない。

 ただ、田嶋と何かを話した。

 そしたら、あれだけ暴れてた田嶋が、初めてつまらなそうな顔をして、部隊に撤収命令を出したんだ。

 嵐みたいに現れて、嵐みたいに去っていったよ」


 『ソラリスさん』が、あの淘汰委員会を、言葉だけで。


「だから、ワンさんの忠告は本物だ。

 あの人は、淘汰委員会のヤバさを、誰よりも肌で知ってる。

 悠句も、あいつらには絶対に関わるなよ」


 明日はそう言うと、僕の肩をポンと叩いた。


「……ま、難しい話はこれくらいにして、だ。

 ともかく、お前も今日から組合の一員だ。

 歓迎するぜ、相棒」


 楽しそうに笑う明日の顔を見て、僕はようやく、強張っていた身体の力が抜けていくのを感じた。


 僕たちは、港の喧騒を背に、再び街の中心部へと歩き出す。

 さっき明日から聞かされた、2年前の壮絶な光景が頭から離れない。

 血反吐を吐き、雷に焼かれながらも立ち続けたワンさん。

 仲間を庇い、両脚を失った氏左衛門さん。

 決死の突撃を繰り返し、淘汰委員長の上級委員にも果敢に立ち向かったカイ。

 この街の日常のすぐ下に、そんな凄惨な記憶が横たわっている。


「ねえ、明日……」


 僕は、一番の不安を口にした。


「淘汰委員会は……また、この街に攻めてくるのかな」


 僕の不安を察したのか、明日は一瞬だけ真顔になり、それから僕を安心させるように、ニッと笑った。


「いや、もう二度と、あんな無chaな真似はできねえよ。

 いくつか理由があるんだ」


 彼は、指を一本立ててみせた。


「まず一つ。

 2年前の侵攻は、あいつらにとっては『本格侵攻の戦略を立てるための威力偵察』のつもりだったんだ」


「まず第一手で、俺たち組合を数時間で完全に更地にしつつ、偽東京の他の勢力がどう動くか、そして他の勢力の実力がどれほどのものなのか、データを取る。

 そして、何ならそのまま居座って、偽東京攻略のための前線基地を作るくらいの計画だったようなんだ。


 ……つまり奴らは、こっちの覚悟も、この街の底力も、完全に侮ってたんだよ」


「だが、結果としてあいつらは、組合の爺さんたちの命懸けの特攻で、連れてきた上級委員の何人かに深手を負わされた。

 最強戦力が傷物になったんだ。

 プライドの高い連中には、耐えられない屈辱だったろうさ」


 そして、二本目の指を立てた。


「そして何より、この街にはソラリスさんがいる。

 最大の『損害』は、目的を果たせないまま、ソラリスさんの前で尻尾を巻いて逃げるしかなかったことさ。

 本土の連中は、あの人がいる限り、この街を本当の意味で『支配』できないってことを、あの時思い知ったんだよ」

 彼の言葉に、僕は、少しだけ胸が軽くなるのを感じた。


 少し歩いたところで、僕たちは石畳の広場に出た。

 公園のようで、広場を囲むように木々が茂っている。


 その一角が、トラ柄のテープで封鎖されているのが見えた。

 地面には焦げ跡のようなものが残り、まだ乾ききっていない赤黒い液体が点々としている。

 清掃ドローンがそれを洗い流している。

 歩く人々は、慣れた様子でそれを遠巻きに避けて通っていた。


 明日は、その光景から僕の目を逸らさせるように、僕の肩を引いて路地裏へと入った。


「…でもな、悠句」


 明日がふと、真面目な顔になって言った。


「淘汰委員会が来ないからって、この街が安全なわけじゃない。

 なんせ、いろいろな世界から、いろいろな奴が来るわけだからな。

 大部分は良い人だけど、ああいう『抗争』の後始末も、日常茶飯事なんだ」


 今、目の前で見た光景が、彼の言葉に強烈なリアリティを与えた。


「だから、なるべく何かの団体(チーム)に入っておいた方が良いんだ。

 ひっそり暮らしてればトラブルに遭わない可能性もあるけど、無所属の『はぐれ者』は、一番カモにされやすいからね」


 明日の言葉が、昨夜の、四つ腕ゴリラの縄張りでの出来事を鮮明に蘇らせた。


 あの時は、明日が隣にいてくれた。

 でも、戦っていたのは明日だけで、僕はただ彼の背中に隠れて、震えていることしかできなかった。

 あの時、あの化け物にとって、僕はまさに格好の『カモ』だったんだ。


 僕の不安そうな顔を見て、明日は僕の顔を覗き込むようにして、ニカッと笑った。


「でも、もう悠句はただの『はぐれ者』じゃない」


 彼は、僕の背中を力強く、バン!

 と叩いた。


「港湾運送組合の、俺たちの仲間だ。

 だから、もう大丈夫」


 仲間——。

 漫画や小説の中でしか見たことのない、僕の人生とは無縁だったはずの言葉。


 その言葉と笑顔が、ずっと凍りついていた僕の心の深いところに、じんわりと染み込んでいくのを感じた。

 強張っていた肩の力が、ゆっくりと抜けていく。


 ふと、僕は自分が着ている、サイズの合わないパーカーの袖を見下ろした。

 これは、明日の服だ。


 明日が与えてくれた、新しい居場所と、「仲間」という温かい言葉。


 今の僕は、まだそれを受け取って、守られているばかりだ。


 いつか――。


 こんな風に彼の背中に隠れているだけじゃなく、その隣に立って、彼を助けられるくらいに、強くなりたい。



 そんな僕の視線に気づいたのか、明日は何か良いことを思いついたとでもいうように、パンと手を叩いた。


「よし、決めた!

 次に行く場所!」


 彼は、僕が見つめていたパーカーの袖を、楽しそうにつまんでみせた。


「新しい生活には、新しい服だろ?

 いつまでも俺のお下がりじゃ格好つかないし、悠句がここに来た時に着てたあの制服は、今となっちゃ、嫌な記憶が染みついただけの布切れだ。

 さっさと忘れて、お前が本当に着たい服、見に行こうぜ!」


 その、あまりにも前向きな提案に、僕は一瞬戸惑った。

 けれど、自分の好きなように、自分のためだけに服を選ぶなんて、生まれて初めての経験かもしれない。

 僕は、彼の言葉に力強く頷いた。


 明日は

「よし来た!」

 と笑うと、僕の手を引いた。


 彼の背中に導かれるまま、僕は、絶え間なく続く人の波と、街の喧騒の只中へと足を踏み入れた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


な重い過去を背負いながらも、偽東京の仲間たちは今を力強く生きています。


次回は、少しだけ平穏な日常回。


悠句、明日と服を買いに行く!


新しい生活には、新しい服。



仲間たちの絆や、これから始まる悠句の新しい生活を応援したいと思っていただけましたら、ぜひページ下の【★★★★★】から評価や、ブックマークをしていただけると、今後の執筆の大きな励みになります。


どうぞ、よろしくお願いいたします。

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