2話:悪戯の誘い
昔の……懐かしい夢を見たな。
白にここへ連れて来られてからもう十五年か、時間が経つのは早いものだな。
「おはようございます、ホムラ様。」
「食事はまだか?」
「すぐにお持ちします。」
勇者としてここに連れてこられてからはずっと力を使うための訓練と家事ばかり。
私に与えられる食事は残飯か魔物の肉と酷い有様。
最初の頃は吐くのを我慢して食べていたが、最近では慣れてきた。
「どうぞ。」
「……不味い。が、最近多少は腕を上げたな。」
「ありがとうございます。」
ずっと言われているが、私の料理は不味いらしい。
そんなに言うなら元々はホムラの業務なのだから家事を私に押し付けないで欲しい。
しかし、今日はなぜこんな機嫌がいいのだろうか。
なにか良いことでも……、あぁ、先日から言っていた新しい体の契約が間近なのか。
「あ、いたいた。」
「白様、お帰りなさいませ。」
相変わらず瞬間移動で帰ってくる。
急に目の前に現れると驚くから控えてもらいたい。
「今はそんなのいいから。
君に紹介したい人がいるから早く来てよ。」
「紹介したい人……ですか?」
今まで隠してきた私を紹介したいなどと、一体誰だと言うのだ。
「カミヤ!君の言ってた女の子を連れてきたよ。」
カミヤというのかこの少年は。
見たところ十二、三といった子供だな。
「え、もう来たの?さすがは魔法、早いや。
じゃあ、そこに待機させておいて。これを先に片付けておきたいから。」
「いやいや、僕が一緒にいるところで話してもらうに決まってるじゃん。」
なぜこの少年は白に対して常語で話しているのだ。
そして、なぜ白もそれを黙認しているのだ?
「じゃあ仕方ないか。
色々聞かせてもらうけど、まず君名前は?」
「ありません。好きなようにお呼びください。」
「へー。じゃあ好きな物は?」
「……お茶菓子等は少々嗜みます。」
「じゃあ、カヌレね。空っぽそうだから。」
なんだ、この失礼なガキは。
いや、あまり苛立ってはいけないな。
飽くまで相手は客人だ、冷静に対処しなければ。
「拝命しました。
それでは今後、私はカヌレでございます。」
「はいはい、それで君って鬼なんでしょ?角生えてないの?」
人の繊細な部分に無遠慮に入り込んで来た。
「……私が鬼と半人の子です。
角は純血か、王の血を濃く受け継いだものにのみ生えて来ます。
このような出来損ないの醜女には分不相応なものなのです。」
「ふーん。別に醜女だとは思わないけど。」
私が醜女でなければ一体なんだと言うのか。
「自分は女として見てもらえると思わない方がいいよ?」
客人とはいえ限度がある。
このガキ燃やし尽くしてくれようか。
「はいはい、抑えてね?」
「……はい。」
止められた。
やはりこのガキは白にとって大切にする理由のあるガキなのか。
「他に聞きたいことは?」
「んー、色々あったんだけどね?忘れた。」
人のことを呼び出しておいてなんなのだその態度は。
「そっかぁ、それじゃあ僕らは失礼するね!」
「はいはい。
あ、足りなくなって来たからまた死体持って来といて。」
しかし、使う側になると瞬間転移は便利だな。
白がこれを多用するのも頷ける。
「だぁ!あの糞餓鬼!!!」
やはり、笑顔は作っていたが相当お怒りのようだ。
「……後で僕の部屋に来て。」
あのガキに会ってから呼ばれると思っていたが、今日は荒れるだろうな。
私もホムラのように体を変えられたらどれだけ良かっただろうか。
しかし、ホムラが男の体を好む理由をこんな形で知ることになるとは思わなかった。
……?
私の服の衣嚢になにか入ってる。なんだこれは?
「どうしたの?」
「なんでもありません。
ただ、向かう前に一度湯浴みをして来ても?」
「構わないよ。」
手紙だな、急いで読んで燃やさないと殺される。
”俺は君の理想を知っている。
そして、俺ならそれを叶えることが出来る。
もし君が本気でその理想を達成したいのであれば、角を折る気で俺の元へ来い。”
何を馬鹿げたことを言っているのか、こんなことが白にバレたらタダでは済まないぞ。
……しかし、角を折る気か。
私には角がないのだが、鬼に対してこの言葉を使うとはあのガキは鬼のことをよく理解している。
さて、手紙は早急に燃やして白の元に行かなければ。
遅れれば何をされるかわかったものではない。
「遅かったね。まぁ、今回は許してあげる。」
許されたのは今回だけではない。
私が勇者であるおかげか、多少の我儘は許される。
私や、お気に入り以外の者が少しでも待たせれば即刻処刑されている。
私は私として見られてはいない。
こんな男に気にかけられたくはないが、こういう扱いを受けると自分自身があまりに空虚な存在なのだと実感させられる。
あのガキの言っていたことは間違いではないのかもしれないな。
「さぁ、こっちにおいで。」
「……失礼致します。」
横に座れば、最初は優しく左頬に手を置いて軽く撫でられる。
未だに自分よりも大きな手が伸びてくるのには慣れず、刻み込まれた恐怖が拭えることは無い。
こうされると、全身が強ばり始める。
「さ、楽にして。」
楽になんかできない。
どうせいつものように苦しい思いをさせられるだけだ。
そう、いつものように……。
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