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英雄の心がわり  作者: 酔夫人(旧:綴)


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第13話 虹煤色の沈黙

王妃陛下への挨拶がすむと、今度は挨拶を受ける側になる。リリアンナとイグナシオの前にはドゥヴァリスと繋がりたい者たちが集まった。



王妃がリリアンナの生還を寿いだこの夜会でイグナシオに娘・孫・姪を勧める度胸のある者はいないが、彼らの連れている女性の目を見れば次回か次々回はそういう話をもつ者たちに囲まれるだろう。


(もしかして、女性除けに使われている?)



自分の役割がつかめない間に時間は過ぎ、会場は男性と女性に分かれはじめる。リリアンナもイグナシオと自然な形で離れた。ここからは貴族の女性らしい戦いになる。


イグナシオから離れるのを待っていたようで、一斉に詰め寄ってきた女性たちにリリアンナは囲まれた。セレニアから離れた位置。リリアンナを孤立無援にしようとする連携は見事の一言。囲む女性たちはそろって笑顔だが、腹の中は十人十色の思惑があるのを感じさせるものばかり。


(これぞ社交界、相変わらずだわ)


リリアンナも苦笑を貴族夫人の微笑みに隠してみせる。



16歳のデビュタントのあとすぐに結婚したリリアンナは若い夫人だ。


話術で国を守る英雄が溺愛する娘。獄炎と研ぎ澄まされた剣術で国を守る英雄が溺愛する女。2人の英雄が全力をふるって整えた完璧な結婚式で、英雄2人に挟まれた若い花嫁。リリアンナは羨望の眼差しを一身に浴びた。


それから9年間、そのうち6年間は行方不明だったとしても、イグナシオが誰とも再婚しなかったのはリリアンナを思っていたからだという話があるため英雄を独り占めしてきたと認識されている。そして生還し、英雄の再愛となった。そんなリリアンナに向けられる視線は好意的なものはとても少ない。


悪感情を隠して気遣ってみせる者。

あえて悪感情を隠さず、流行に疎くなったことを指摘して嘲笑う者。


(気が抜けない……)



洗礼といえる時間が過ぎれば、満足はしないだろうが貴婦人たちの話題は夫婦の話になる。令嬢たちの恋物語よりも生々しい夫婦の愛憎劇。話を聞きながら会場を見渡せば、そこかしこで勃発している女たちのバトルに気づく。


夫の元婚約者と『なにも知りません』という顔で談笑する妻。

夫の秘密の愛人を完全に無視することで『気づいていますよ』をアピールする妻。


(『妻』というのも楽ではないわね)



結婚して時がたち、子どももいて『新鮮さ』や『目新しさ』が失われた夫婦間で最も多い悩みは浮気だ。そして夫の愛人に悩む夫人たちはリリアンナに羨望と嫉妬の目を向ける。


「ドゥヴァリス公爵閣下は浮気の心配などなくて羨ましいですわ」

(そんなことはないですが……)


浮気をしない男はいないに違いない。リリアンナはそう思いながら、歪む口元を扇子で隠し、にっこり笑って首を傾げてみせる。どちらにせよ、こういう話題は肯定しても否定しても角が立つのだ。


向こうも愚痴りたいだけだとリリアンナも分かっている。

だってリリアンナに話しても何も解決しない。


夜会に夫婦できたのに、会場で男と女に分かれるのは、男と女の間の生じる不満のガスを抜くためなのかもしれない。ガスがある程度抜ければ、話題は無難に時事ネタとなる。



「また虹の子が生まれたそうね」

「アクシア領主も肝が冷えたでしょうね」

「もし気づかずにいたら……想像するだけで怖いですわ」

「一夜で東部一帯が更地になったかもしれないのですものね」


この世界には「虹の子」と呼ばれる禁忌の存在がある。その名の由来である虹色の輝く瞳を持つ子どもは国をも滅ぼすと言われている。



この伝承が生まれたのは約1000年前。ヌラリスの名を持つ前の王国の、当時世界一の栄華を誇っていた大きな都が虹の子の魔力暴発で広大な更地になった。


国の中枢の都がなくなっても「国家」の体裁を保てたのは、ヌラリスという名の王女が都から離れた神殿にいたから。彼女によって王家の血統は続き、彼女が中心になって残った貴族たちとともに復興させた国が初代で唯一の女王となったヌラリスの名を持つこの国だ。


前の国を滅ぼした虹の子が誰かについては歴史に残っていない。でも、前の国の中枢の生き残りはそれが誰かを知っていたけれど口にしなかったというのが歴史研究家たちの見解だ。


その見解の理由は、女王たちが虹の子が生まれる理由を知っていたから。


だから、ヌラリス王国には3親等以内の男女で子をなすことを禁止する法律がある。3親等以内の男女で子をなすと虹の子が産まれるから。法律ができて1000年の間に、その理由が正しいことは生まれた虹の子たちが証明している。


この法律を破ると、虹の子を産んだという理由で女性は死刑になる。子は女性だけではできない。それなのに罰は女性だけで男性のほうに罰はないのか。これはいつの時代も議論されるが、これについてはまだ変更はない。


また、この法律は貴族のみが対象である。家系図のない平民の場合は「血のつながりを知らなかった」という仕方がない理由があるのが1つ、もう1つは禁じられている理由である虹の子の魔力暴走は平民と貴族ではまるで規模が違うから。


平民の場合は被害が大きくても町の一区画の被害。

それに対して貴族の場合、被害が大きいと大都市一つが吹き飛んでしまう。


貴族が免除される法律が多い中で貴族のみを対象とするこの法律は異彩を放って目立ち、兄妹・姉弟のように血の繋がりがある者同士で子を儲ける行為をしたという忌避感もあって、「虹の子が生まれた」というニュースは貴族たちの夜会のような場で話題となりやすい。


(この法律は妻たちにとって夫の浮気の抑制にもなるわけだし)



初代女王の孫にあたる三代目国王は男側も処罰すべきという周囲の声に押され、虹の子が生まれる原因となった貴族家の当主には5年分の年収に相当する罰金が科すようにと法律に条文を追加した。


これと同時期に悲劇が起きた。ある貴族の私生児が相手を姪とは知らず夫婦になり、虹の子が生まれて妻は処刑された。その原因となった女性の祖父は周囲から責められて首を吊って自殺した。


法律の変更とこの事件により国内の貴族の私生児が激減した。それは同時に、それまでいかに男たちが身勝手に女性と関係を持ってきたのかの証明ともいえる。さらに金の力は人の欲望を抑制することも証明した。


(それでも、ゼロにはならない)


男の浮気は減っただけで、なくなったわけではない。魔がさしただけと浮気を隠したい者も多い。その結果、虹の子は1000年たったいまでも時折生まれる。



虹の子には産まれて直ぐに分かる。妊娠期間が長かったのに、生まれてきた子の魔力はゼロに近いという特徴があるからだ。妊娠期間が長いということは魔力量の大きな子が生まれるはず。それなのになぜゼロなのかについてはこの1000年の間に解明されている。


原因は魔力の波長だ。


魔力には波長があり、幼い頃は父親と母親から継いだ2つの違う波長の魔力が体内に混在している。だから魔力が上手にコントロールできず、幼いうちは魔法が上手に使えない。魔力には優勢と劣勢があり、男の子の場合は父親の魔力が、女の子の場合は母親の魔力が優勢になり、成長すると劣勢の魔力は位相が逆転して優勢の魔力と交じり合う。


血が近い者同士は魔力の波長がよく似る。


だから魔力の波長が近い男女を両親とした場合、幼い頃は位相が真逆の魔力を持つためほぼ打ち消し合って魔力量はほぼゼロになる。そして成長して同位相になると理論値では両親の魔力の2倍にまで魔力が増加し、ほぼゼロからの急激な変化に魔力が制御しきれず暴発する。


虹の子は産まれて直ぐに母親と共に死を賜る運命にあるため1000年前の記録でしかないが、虹の子の瞳はいつの頃か虹色に変わると言われている。研究では、魔力が制御できなくなるシグナルではないかと言われている。


(魔力の影響は瞳に出やすいという事実と記録からの推察なのだけれど……)


リリアンナは自分の黄褐色の目に手を当てた。王族の瞳に金色が多いのは、王族が得意とされる治癒魔法の影響といわれている。リリアンナの知る限り、黄金色の瞳を持つ王妃は優れた治癒魔法の使い手だ。


(私の治癒魔法も目と同じ先祖返りなのかしら……)



 ◇



「異母兄と関係をもち虹の子を孕んだなんて、想像するだけでもゾッとしますわ」


誰かの言葉に、リリアンナはハッと我に返った。


(ゾッとする、か……)



アクシアで生まれた虹の子は、商家の長男だった。平民なので法律で処罰はされなかったが、異母兄妹という関係で子を生したという事実は家族に大きなショックを与え、長男が虹の子ゆえに魔力暴発で亡くなったあと、夫は妻と下の二人の子を殺して自害したという。


彼らに罪はない。

彼らは知らなかった。


男の母親は元恋人の子を孕んだまま他国に渡った。他国に渡れば自分の息子や孫が、元恋人の血筋の者と関わることはないと考えたのかもしれない。


異国の地で男の母親は彼が幼い頃に亡くなった。


もしかしたら息子が大きくなったら元恋人のことを話そうとしたのかもしれないが、結果だけ見れば男は何も知らずに異母妹と恋に落ち、あの悲劇が起きた。



かつてのリリアンナなら、男の母親を「無責任だ」とか「その可能性を考えるべきだった」と非難しただろう。でも、その母親は子を堕ろせと言われて他国に逃げたのかもしれないと、思わず自分に重ねてしまう。


そして彼女が引き起こした悲劇も。もしかしたらリリアンナも同じ悲劇を引き起こしたかもしれないから。その場合、リリアンナは彼らより罪深い。彼らは平民だがリリアンナは貴族だ。



虹の子の話題に、リリアンナは息苦しさを感じた。

結果として何もなかったと開き直れなかった。



『再愛』のロマンスとイグナシオの名声が目眩ましになっているが、エアハルトがイグナシオの私生児であった事実はドゥヴァリス公爵家に虹の子が産まれる可能性があったことを認めている。言い訳は通用しない。侯爵家が平民と結ばれるわけがなく、だから虹の子が生まれないというのも、根拠のない責任逃れ。


リリアンナがやったことは、完全無欠であったドゥヴァリスの瑕疵になった。


(閣下はその可能性に気づいていたのだろうか……)



リリアンナの行方不明後、イグナシオはドゥヴァリス公爵一門の総力をあげて魔力暴走を抑える魔導具の開発に力を入れている。イグナシオはこの開発にあたり「これを成功させて虹の子を産んだという理由で貴族女性が死刑になるのはやめさせたい」と公言している。


虹の子の魔力暴走が魔導具で抑えられれば、虹の子は国をも滅ぼす脅威ではなくなる。近親者との間に子をなしたという感覚的な忌避感は避けられないだろうが、死刑ほどの極刑は過剰であり不要となる。


これにはリリアンナも賛成だ。


貴族女性の中には異母兄弟に暴行されたなど望んで虹の子を孕んだわけではないケースがあるからだ。現時点ではこれも含めて一律で死刑が言い渡されてしまうが、被害者の女性たちのことを考えれば大切な改善だと思える。


でも、リリアンナがこのドゥヴァリスの一大事業を新聞で知ったときは怖かった。


偶発的な事故程度ではイグナシオの目を誤魔化せず、イグナシオは「リリアンナの腹の子どもは生まれたかもしれない」を想定して行動しているのではないか。なぜならそれまでイグナシオは虹の子について特に興味を示していなかった。



「夫人、大丈夫ですか? 顔色がお悪いですが……」


誰かの言葉に、その気遣いが本物かを探る余裕もない。そして正しい反応は「大丈夫」と応えて微笑むことだと分かっていたが……思い出の息苦しさを拭えずに、リリアンナは逃げ出したくなった。



「ごめんなさい。久し振りで、人酔いをしてしまったみたい」

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