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英雄の心がわり  作者: 酔夫人(旧:綴)


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第12話 紫金色の演戯

「イグナシオ・ドゥヴァリス公爵、並びに、リリアンナ・ドゥヴァリス公爵夫人のご入場です」



戸口に立つ侍従の言葉が会場に響くと、いくつもの視線が自分に集中したのをリリアンナは感じた。視線の大半は『再愛』に対する好奇心。残りはほとんどリリアンナの『生還』を疎ましく思うもの。


リリアンナがこの場に戻ってきたことを歓迎する目が少ないことに、自分が不在の間にイグナシオ自身の価値はかなり上がったのだと察した。結婚適齢期の後半、もしくは過ぎた令嬢らしき女性からの目が特に痛い。再婚相手に名乗り出そこねたか。名乗り出たものの断られたか。


どちらにせよ、リリアンナとしては見当違いと嫉妬をしていると言ってやりたい。しかし、法的な妻は自分なので我慢するしかないのだと思って諦める。



イグナシオはいまも昔と変わらずご令嬢に人気なのがわかった。


なにしろあの土砂崩れの直後から『お慰めしたい』と誘う手紙が殺到したらしい。しかも、送り主は未婚の令嬢から既婚者まで。リリアンナの死亡が確定したあとは『公爵夫人としてお役に立ちたい』と、自薦他薦で大量の見合い話がイグナシオのもとに殺到した。イグナシオはそれらには一切興味を持たなかったようだが――。


―― 旦那様はずっと奥様を想っていらっしゃいましたから。


ドゥヴァリス邸の侍女たちは『再愛』を信じて、代わる代わる何度も楽しそうに話す、それ。誠実で一途な自慢の主だと使用人たちが楽しそうなのは良いことだが、リリアンナとしては「ちょっと待って」と何度も言いたくなった。確かに殺到してくる女性からの誘いや見合いにイグナシオが興味を持たなかったのは想う相手がいたからだろうが、その想う相手はリリアンナではないのだ。



(それにしても……閣下が夜会に出るのもかなり久しぶりという感じね)


久しぶりに見たと言いた気な目はリリアンナだけでなくイグナシオにも向いている。


エマによると王都に戻るのは遠征の合間だかで、それが社交シーズンでも、どれだけ誘いがあっても、王妃主催の夜会以外は封を開けることなく屑籠に直行させていたらしい。王妃主催の夜会だけは封を開けていたとイグナシオを褒めるような感じだったが、「行きたくない」もしくは「興味がない」で参加しなかったのだからリリアンナとしては『不敬』と冷や汗ものだ。


 ◇


「リリアンナ、久しぶりにあなたの顔が見られて嬉しいわ。あの事故を生き延びて……どれだけ苦労したことか……本当に良かった」

「王妃陛下……」


王妃の言葉にリリアンナは涙ぐんだが……。


「ドゥヴァリス公爵もなぜかお久しぶりね。こうして華やかな場で全く会っていなかった気がするけれど、またこうしてリリアンナを連れてきたのだから全てを許してあげるわ」

「ありがとうございます」


嫌味を面倒くさそうにいなしたイグナシオの姿に、呆れを隠さず盛大な溜め息をつく王妃の姿にリリアンナはヒヤヒヤする。それでも王妃が溜め息ですませたのは、英雄であるイグナシオが敬意を示すことで彼女の立場を盤石にしているからだろう。



「リリアンナ……いえ、もうリリアンナ夫人だったわね。赤子の頃から見てきて妹のように思っているから、あなたが誰かの妻で、子どもの母親になったなんて信じられなくて」


これは王妃による呼び水だと、リリアンナはすぐに気づき、目線だけイグナシオに向ける。イグナシオも分かっていた。


「王妃陛下。このような場ですが、私の嫡男エアハルト・ドゥヴァリスの誕生をご報告させてください」

「はじまりの日にうれしい話はいくらでも大歓迎だわ。おめでとう、公爵」

「ありがとうございます」


「リリアンナ夫人。ご子息は、新しい生活に慣れてきたかしら?」

「まだ幼子なのに、彼の順応力には感心させられる日々です。今日は……ナシオ様に剣の型を見せてほしいと強請ったりして」


以前と変わらず夫婦円満。家族も円満であることを王妃に、そしてこの場にいる貴族たちにアピールする。そしてあのイグナシオにおねだりが許されるほどにエアハルトがドゥヴァリスに受け入れられているとアピールすることは、エアハルトの評価に繋がる。



「ほほほ、可愛らしいこと。公爵も可愛くて堪らないのではなくって?」

「右目と左目にリリアンナとエアハルトを入れて持ち歩きたいくらいですよ」


イグナシオの言葉にコロコロと王妃は楽しげに笑う。 


「リリアンナ。落ち着いたらエアハルトを連れて城に遊びに来て頂戴。王子と一緒に待っているわ」


王妃の言葉に貴族が騒めいた。それは当然。これは第七王子の後見としてドゥヴァリスを指名したのと同じ。


(おそらく、これは……)


成人したばかりの第三王子を王太子に推す、第三王子の母であるレンボア夫人の子爵家とその取り巻きへの牽制。第三王子の成人は、先の王子二人の成人と少し違う。第一王子と第二王子の母親はどちらも元高級娼婦の平民だが、第三王子の母親は貴族令嬢。


国王になるには血も重要。

国王はその身を流れる血が尊ばれるのだから。


その体の半分、そのまた半分、そのまた半分と、血の系譜を辿っていき、先祖たちの偉業を引き継げる器だと証明することでその身の尊さを証明する。血の系譜を持つ母、つまり貴族の母を持たねば王になれない。


レンボア夫人は子爵家出身なので公爵家出身の王妃と勝負にならない血統だが、レンボア子爵家が周囲に対して強気でいられるのは理由がある。国王が高齢。第七王子は成人まで10年かかる。第四王子、第六王子の母は平民。第五王子の母は貴族だけど元男爵令嬢。つまり10年以内に国王が崩御すれば、王位は空にできないから一時的でも第三王子が国王になる。



「王妃陛下、発言をお許し願います」

「許しましょう。何かしら、レンボア子爵」


王妃とイグナシオの目が同時に向いたことで子爵は体を強張らせたが、咳払いをして直ぐに姿勢を正した。みっともない真似をしないとする心意気なのか。それとも自分の孫がいま最も王位に近いという自信なのか。


(後者ね、でも……)


第三王子がこの先の10年間最も王位に近いというのは、イグナシオ・ドゥヴァリスというチートな存在が出てこなければという話なのだ。イグナシオ・ドゥヴァリスが推した王子は国民の圧倒的な支持を得ることができる。それこそ、未成年は王太子になれないという慣例に例外を与えるくらいに。


これまでイグナシオ・ドゥヴァリスは王妃に対して敬意は示していたが、第七王子を支持するような発言も行動もしてこなかった。でもこれからは違う。王妃と親しいリリアンナ夫人をイグナシオ・ドゥヴァリスは溺愛している。


(……ということになっているものね)



「公爵家のご子息はまだ3歳。第七王子殿下の側仕えとするには幼すぎかと」


レンボア子爵の言葉に王妃はコロコロと笑って見せた。しかし、眉間には皺があり、目も笑っていない。


「私とリリアンナ夫人が姉妹のような関係であることはご存じでしょう? 叔母さんのところにいって、いとこと遊ぶ。それは皆さんもやっていることではなくって?」

「しかし、ドゥヴァリスではありませんか」

「妹分の夫がイグナシオ・ドゥヴァリスなのは、私のせいではないわ」


(それは、そう)


隣のイグナシオを見ると彼も平然としていて、何を考えているか分からないが子爵の発言は何も響いていないようだった。


「それにね、側仕えなど大層な立場ではなく遊び相手にならないかと提案するだけよ。王子でもちゃんと遊び方を知らないとね。悪い遊びに興じては困るもの」


度を越してタブロイドを賑わせる遊びに興じる第三王子を言外に王妃が非難すれば、祖父であり彼を権力の拠り所にしている子爵は顔を赤くした。


(やはり小者だ……親と子ほど年が違えど、レンボア子爵では王妃様の相手にならない)



ヌラリス王国には4つの公爵家がある。初代国王の兄弟が興したドゥヴァリス公爵家が最も古く、家格も高い。その後、クアット公爵家、シクトラム公爵家、セプテール公爵家と続く。


いまの国王には姉妹がおらず、3人しかいない公女の1人であるシクトラム公爵家の娘の王妃には幼い頃から人質同然の結婚話が他国からよく持ち込まれた。幼い頃から国のために役立たねばならないと思ってきた王妃。自分の身が役に立つならと何度も思っていたが、そんな王妃の覚悟を「子どもがそんな心配する必要ない」と笑って端から話を潰して回ったのがリリアンナの父リアンだ。


リアンはオクタル侯爵家の跡取りで、オクタル侯爵家は3代前に公爵家から侯爵家になった家。王族の瞳は金色で、リリアンナの黄褐色の瞳はオクタル家の先祖返りと言われている。


家格を落とした理由が「準王族って義務が多くて面倒臭いんだよ」という祖先と性格が似ていたリアン。唯一の後継ぎだというのにトレーデキム伯爵家の跡取りだった母と結婚したときに伯爵家に婿入りし、「いつか使いたい子孫が使えばいい」といってオクタル侯爵を神殿預かりにしている。


―― 伯爵って身軽だよね。


そう言ってリアンは弁論で国を守る外交官になり、自分を守ってくれたリアンは王妃にとって初恋の君で、英雄だった。


リアンが事故で亡くなったとき、王妃はリリアンナを抱きしめ、共に泣いてくれた。そのとき王妃が語った思い出話の中のリアンはリリアンナが知る父とはまた違った。リリアンナは自他ともに認めるファザコンで、自分の知らない、少し誇張された父の英雄譚にリリアンナは父の死後はじめて笑うことができた。


(土砂崩れで死んだとされたとき、王妃陛下はどうしたのだろうか)


イグナシオが殺したとなれば、王妃は決して許さなかっただろう。相手が護国の英雄だろうと構わない。誰にも分からないように10年でも20年でも時間をかけて殺す。王妃はそういう女性だ。



(やっぱりレンボア子爵では王妃陛下の相手にならないわね)


国王よりも王らしいと言われる王妃は、先祖返りと言われる黄金色の瞳を煌かせていた。

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