エピローグ「月の雪、祈りの弓」〜愛と祈りが、未来を照らす〜
季節は移ろい、月は静かに夜を照らしています。
その光の下で、玲央とシトロンの物語はひとつの区切りを迎えました。
封印と祈り、そして愛によって繋がれた絆。
どうぞ最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
金色の弓は、玲央の掌で淡く光り、次の瞬間、霧のように溶けて消えた。
「……え? 消えた?」
驚きに目を瞬かせた玲央の視線が、自然とシトロンに向かう。
「消えたんじゃない。まだ、お前の祈りに呼ばれた時だけ現れる」
シトロンの低い声は落ち着いていた。
そして玲央は、ふと口にした。
「……Zèeは、どこへ?」
一瞬の沈黙。その名を口にしたとたん、昨夜の記憶がぱらぱらと戻ってくる。
──客間に響いた旋律。
──赤ワインの色。
──迷いを抱えた盲目の奏者。
そして、朝には何も覚えていなかったという不自然な空白。
「記憶を封じられたんだ」
シトロンが静かに告げる。
「光の雪のせいで、ここには闇が入りにくくなっている。
だからZèeも任務を果たせず、弱さを見せた。
その隙を闇勢力が潰したんだ。
俺たちに、痕跡を残さないためにな」
玲央はまだ呑み込めずに問いかける。
「昨日は……僕達の記憶が封じられていた。
でも君は──ずっと力を封じられていたんだよね。
どうして……そんな仕組みになっていたんだ?」
シトロンはゆっくり目を閉じ、微笑んだ。
「フェリノアールは、本来“王の命令には絶対服従”なんだ。どんな願いでも、どんな命令でも」
「……それって……」
「そうだ。もしお前が“両手を縛れ”と言えば、俺は必ず縛る。嫌でも、拒めない」
玲央は絶句した。
「そんな……」
「だが、レミーは変えたんだ。
命令ではなく、自由に生きろと。
お前を救えと願ったのは、一度だけ。
……あの人は知っていたんだろう。
お前と俺の関係は、命令でも服従でもなく、対等で、愛であるべきだって」
玲央の胸が熱くなった。父の祈りが、ここにも繋がっている。
シトロンはふいに悪戯っぽく口角を上げ、玲央にそっと身を寄せた。
耳元に吐息がかかるほどの距離で、低く囁く。
「……試してみるか?」
「えっ?」
赤い紐が玲央の手に渡される。
「……じゃあ、僕の言葉を繰り返して」
玲央は頬を赤らめながら、たどたどしく口にした。
「僕の両手を、この紐で……うしろで縛ってくれ」
するりと紐が絡む。肩越しに回された指先は驚くほど優しく、けれど逃げ場を奪う。
「次に……アイマスクを」
闇が視界を覆った瞬間、玲央の鼓動は月の鐘のように響いた。
「そのまま、僕を……好きにしていい」
声が震えた刹那、熱が触れた。
唇と唇。言葉を最後まで紡ぐ前に、シトロンが奪っていた。
「止められないんだ」
囁きが耳朶を撫でる。
「……お前を愛することだけは」
視界を奪われた世界で、ひとつひとつの感覚が研ぎ澄まされていく。
紐のきしみ、吐息の重なり、布越しに伝わる温度。
玲央は恥ずかしさに小さく声をもらした。
「……ダメだ、そんなふうに………」
その一言が、さらに火を灯す。
シトロンの熱が深く迫り、絡め取っていく。
「お前って……ほんと、煽るのが上手い」
夜はゆっくりと更けていく。
二人の鼓動は重なり合い、命令でも服従でもなく、ただ互いの愛だけがすべてを支配していた。
やがて静けさが訪れる。
窓の外では、セーヌの川面が月光を受けて揺らめき、光の雪を思わせるきらめきを浮かべていた。
玲央は胸に手をあて、父の言葉を思い返す。
──よくここまで来れたな。えらいな。
──パリはお前を守っている。
──皆お前の味方だ。
その祈りは確かに生きている。
だが同時に、見えない闇の手もまた、ゆっくりと迫っていた。
骨の森の影、奪われた記憶の残響。
それは、二人の背後でじっと息を潜め、次の時を待っている。
「……僕はもう、迷わない。君となら」
玲央の声に、シトロンは深く頷いた。
二人は指を結び、月を仰ぐ。
月の雫がこぼれるように、夜は静かな祈りの光で満ちていた。
父の残した言葉は胸の奥で脈打ち、未来への扉はそっと開かれていく。
闇はまだ遠くで息を潜めている。けれど──愛と祈りがある限り、進む道は必ず照らされる。
セーヌの川面に揺れる光を見つめながら、二人はそっと互いを抱き寄せた。
その瞬間、すでに次の物語は始まっていた。
Fin de la Saison 4 — l’histoire se poursuit dans la Saison 5.
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
シーズン4は「音」と「記憶」、そして「祈り」をテーマに描いてきました。
時に重く、時に切なく、それでも二人の愛は確かに未来へと続いていく──
その歩みを、皆さまと一緒に見届けられたことに心から感謝しています。
そして……物語はまだ終わりません。
次はいよいよ シーズン5。
玲央とシトロンがさらに深く「愛」と「契約」に向き合う、新たな章が始まります。
どうかこれからも、彼らの旅路を見守っていただけますように。
これまで応援してくださったすべての読者さまへ──
心からの感謝と、温かな祈りを込めて。
« Merci à vous, que la lumière de la lune t’accompagne toujours.
F. de la Lune »