表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/104

第12話「走り書きの真実」〜愛の告白を読む夜(玲央視点)〜

本日も『猫と暮らせば、恋がくる。』を開いてくださり、ありがとうございます。


今回のお話には、ひとつの愛の記録が登場します。

それは、戦場という極限の中で綴られた、命を削るような走り書き。

その言葉は、時を超えて、玲央の胸に届きます。


歴史の中に埋もれかけた「想い」を、どうか静かに、読みとっていただけたら幸いです。

暗号の文字を追いながら、僕の胸は強く締めつけられていた。

最初は冗談交じりで笑っていた。

けれど、そこに記されていたのは、ジャンの懺悔だった。


「彼を愛してはいけない。神よ、許してください」


「私はあなたよりも──ルイを祈ってしまう」


声が震えた。

心臓の鼓動が、ひどく速い。

ページを持つ指先から、体温が抜けていくようだった。


「……これ、まさか」


僕は思わず呟く。シトロンが黙って見守っている気配が伝わった。

彼の沈黙は、ただの黙認ではなく、僕の心を包もうとする静かな祈りのように感じられた。


そのとき、不意に風が吹いた。

机の上の日記がぱらりとめくれる。

視線を落とすと──そこに、紙の端に書き殴られた走り書きがあった。

黒ずんだインクの走り書き。

文字は滲み、斜めに崩れ、ところどころ判別がつかない。

まるで血と泥にまみれた現場で、必死に掻きつけたような筆跡だった。


「……これ……暗号だ」


僕はかすれ声で言った。

でも、符号は乱れていて、うまく読めない。

隣でシトロンが覗き込み、低く呟く。


「ここ……“生きろ”って読める。……きっと、ジャンの言葉だ」

その一節を聞いただけで、胸の奥が震えた。

僕は唇を噛み、続きを追う。


「……そして……血を……吐きながら……」


文字が途切れている。

インクの線が途中で震えて、判別できない。

シトロンの指先が紙をなぞり、囁く。


「“ルイ、愛している”──だな」


その瞬間、僕の呼吸が止まった。

脳裏に、泥と血にまみれた戦場で、ジャンが最期の力を振り絞って告げる姿が浮かぶ。

僕はかろうじて続きを声にした。


「……その瞬間、私は悟った。……彼を失いたくない……」


震える声で読み上げる僕に、シトロンが静かに目を細めている。


「レオ、続けろ。……ルイが、どう応えたか」


僕は喉を詰まらせながら、暗号の残りを追った。


「……気づけば……私は彼を抱きしめ、……同じ言葉を返していた」


声が掠れる。手が震えて、文字が滲んで見えた。それでも読み切った。


「……彼は……笑顔で逝った。……この記憶だけは、絶対に……消したくない」


僕は頁を押さえたまま動けなくなった。

頭の奥で戦場の幻が響く。

怒号、銃声、血の匂い。そして、互いに愛を告げ合った二人の姿──。

視界がにじみ、涙が紙に落ちる。僕はもう、言葉を継げなかった。


ルイは淡々と日記を書き綴った。

だが、本当の叫びは、この端の走り書きに託されていた。

それは、決して表には出せなかった、けれどどうしても残さずにはいられなかった真実だった。


「……僕、耐えられない」


思わず、口からこぼれた。胸が裂けそうだった。

戦場の泥と血の中で交わされた二人の言葉。

それは、死によって断たれた愛であると同時に、確かに結ばれた愛だった。


そして──その痛みを読んでしまった僕自身の心も、同じように揺らいでいた。

シトロンを失ったら、僕は生きていけない。

そう、はっきりとわかってしまった。

隣にいる彼の温もりが、今はただ切なくて、どうしようもなく大事で。


「……シトロン」


掠れた声で名を呼ぶ。

まだ抱きしめることはできない。

でも、次の瞬間に僕がどうなるのか──自分でもわかっていた。


À suivre.




ここまで読んでくださり、心より感謝申し上げます。


この物語の中にある戦争や死は、あくまでフィクションです。

ですが、過去に確かにあった命と愛を思いながら、書きました。


伝えることができなかった想い、叶わなかった願い、

それでも綴られた言葉の力が、どれほど尊く、強いものか。


祈りのように残された走り書きが、

あなたの心にも、何かを届けてくれますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ