第12話「走り書きの真実」〜愛の告白を読む夜(玲央視点)〜
本日も『猫と暮らせば、恋がくる。』を開いてくださり、ありがとうございます。
今回のお話には、ひとつの愛の記録が登場します。
それは、戦場という極限の中で綴られた、命を削るような走り書き。
その言葉は、時を超えて、玲央の胸に届きます。
歴史の中に埋もれかけた「想い」を、どうか静かに、読みとっていただけたら幸いです。
暗号の文字を追いながら、僕の胸は強く締めつけられていた。
最初は冗談交じりで笑っていた。
けれど、そこに記されていたのは、ジャンの懺悔だった。
「彼を愛してはいけない。神よ、許してください」
「私はあなたよりも──ルイを祈ってしまう」
声が震えた。
心臓の鼓動が、ひどく速い。
ページを持つ指先から、体温が抜けていくようだった。
「……これ、まさか」
僕は思わず呟く。シトロンが黙って見守っている気配が伝わった。
彼の沈黙は、ただの黙認ではなく、僕の心を包もうとする静かな祈りのように感じられた。
そのとき、不意に風が吹いた。
机の上の日記がぱらりとめくれる。
視線を落とすと──そこに、紙の端に書き殴られた走り書きがあった。
黒ずんだインクの走り書き。
文字は滲み、斜めに崩れ、ところどころ判別がつかない。
まるで血と泥にまみれた現場で、必死に掻きつけたような筆跡だった。
「……これ……暗号だ」
僕はかすれ声で言った。
でも、符号は乱れていて、うまく読めない。
隣でシトロンが覗き込み、低く呟く。
「ここ……“生きろ”って読める。……きっと、ジャンの言葉だ」
その一節を聞いただけで、胸の奥が震えた。
僕は唇を噛み、続きを追う。
「……そして……血を……吐きながら……」
文字が途切れている。
インクの線が途中で震えて、判別できない。
シトロンの指先が紙をなぞり、囁く。
「“ルイ、愛している”──だな」
その瞬間、僕の呼吸が止まった。
脳裏に、泥と血にまみれた戦場で、ジャンが最期の力を振り絞って告げる姿が浮かぶ。
僕はかろうじて続きを声にした。
「……その瞬間、私は悟った。……彼を失いたくない……」
震える声で読み上げる僕に、シトロンが静かに目を細めている。
「レオ、続けろ。……ルイが、どう応えたか」
僕は喉を詰まらせながら、暗号の残りを追った。
「……気づけば……私は彼を抱きしめ、……同じ言葉を返していた」
声が掠れる。手が震えて、文字が滲んで見えた。それでも読み切った。
「……彼は……笑顔で逝った。……この記憶だけは、絶対に……消したくない」
僕は頁を押さえたまま動けなくなった。
頭の奥で戦場の幻が響く。
怒号、銃声、血の匂い。そして、互いに愛を告げ合った二人の姿──。
視界がにじみ、涙が紙に落ちる。僕はもう、言葉を継げなかった。
ルイは淡々と日記を書き綴った。
だが、本当の叫びは、この端の走り書きに託されていた。
それは、決して表には出せなかった、けれどどうしても残さずにはいられなかった真実だった。
「……僕、耐えられない」
思わず、口からこぼれた。胸が裂けそうだった。
戦場の泥と血の中で交わされた二人の言葉。
それは、死によって断たれた愛であると同時に、確かに結ばれた愛だった。
そして──その痛みを読んでしまった僕自身の心も、同じように揺らいでいた。
シトロンを失ったら、僕は生きていけない。
そう、はっきりとわかってしまった。
隣にいる彼の温もりが、今はただ切なくて、どうしようもなく大事で。
「……シトロン」
掠れた声で名を呼ぶ。
まだ抱きしめることはできない。
でも、次の瞬間に僕がどうなるのか──自分でもわかっていた。
À suivre.
ここまで読んでくださり、心より感謝申し上げます。
この物語の中にある戦争や死は、あくまでフィクションです。
ですが、過去に確かにあった命と愛を思いながら、書きました。
伝えることができなかった想い、叶わなかった願い、
それでも綴られた言葉の力が、どれほど尊く、強いものか。
祈りのように残された走り書きが、
あなたの心にも、何かを届けてくれますように。