エピローグ「翼が還る場所」 〜愛は、過去も未来も、ひとつの手の中に〜
いよいよシーズン2の最終回──儀式を終えた二人は城館を後にし、パリへと帰ります。
過去の記憶と新しい絆が静かに重なり、月の下でひとつの光となるとき、物語は次の季節へ向けて静かに歩み出します。
礼拝堂での儀式を終え、城館へ戻るころには、夏の光がゆるやかに傾きはじめていた。
窓辺を渡る海風が、古い廊下のレースカーテンをふわりと揺らす。
応接間では、黒川が祖父母と談笑していた。まるで長年の友人のように親しげだ。
「……そういえば、玲央くん。私とご両親の出会いは十八の頃だ」
紅茶を置き、黒川は穏やかに語りだす。パリ留学中にレミーと出会い、互いの研究や芸術の話で一晩中語り合ったこと。それ以来、唯一無二の親友になったこと。
「君が生まれてからも、よく遊びに行ったよ。母上に似て、よく笑う子だった」
玲央は少し驚き、カップを置いた。
「そんな時期、あったんですね」
黒川は一瞬目を伏せ、そして静かに続けた。
「八歳の誕生日を迎える頃、命に関わる予兆があった。……ご両親は、それを避けるために礼拝堂で契約
を選んだ。私は立会人としてそこにいた。レミーは『お前の研究にもなるが、何より玲央を頼む』と……」
少し沈黙が落ちる。
そのとき、シトロンがぽつりと呟いた。
「その頃の黒川は……天使みたいな顔をしてたぞ」
「え?」
玲央は目を瞬く。
子供の頃、父の友人で、やわらかく微笑む優しいお兄さんが家に来た記憶がふっとよみがえる。
そのとき、日本からのお土産だと言って渡された、小さな桔梗模様の守袋。引き出しの奥に、今もあれは残っている──
「……? あの人が、黒川先生?」
黒川は苦笑し、肩をすくめた。
「……それ、私ですよ」
「えええええ!?」
笑い声が廊下へと柔らかく漏れていった。
*
その場に、ノクチュエルとロジェの姿はなかった。
黒川は短く、
「彼らは……しばらく、表に出ない」
とだけ告げた。
その言葉には、わずかに冷たい予感が混じっている。
一方で、マルセルは変わらぬ礼儀正しさで立っていた。
「……これからは、あなたの時代です」
深く一礼する彼に、玲央は小さくうなずいた。
「本来なら儀式の後、私も霊体に戻るはずでしたが……お二人の契約の光が、しばしこの形を保たせてくれているようです」
その瞳には、穏やかな感謝と、どこか切なさがあった。
「……永遠ではありませんが」
その一言が、遠い未来の選択を予感させた。
*
パリの空は、夕暮れの淡い金色から群青へと移ろい、夏の名残をそっと閉じようとしていた。
マレ地区の石畳を踏み、玲央とシトロンはアトリエへ戻る。
窓から差し込む光が、壁にかけられた作品をやさしく照らしていた。
ふと玲央の視線が、シトロンの首もとに止まる。
そこには、かつて母が「お守りだから」と言って幼い自分にかけてくれたペンダント。
のちに、de la lune 家が代々護ってきた鍵と融合し、猫のシトロンにかけたその瞬間──彼は初めて完全な人型をとった。
しばらくはそれがなければ人の姿を保てなかったが、今はもう必要ない。
それでも、それは二人にとって、すべての始まりを告げた特別なしるしだった。
シトロンは玲央の視線に気づき、指先で鎖をつまみ上げる。
「……そういえば、これ。お前の大事なものだろ」
黄金の瞳が揺れる。
「お前の大事なものは、俺の大事なものだ。だから──こうしよう」
そう言って、彼は迷いなくペンダントを二つに割った。
欠片は、それぞれが半分でなければ意味をなさない形となる。
さらにシトロンは、玲央の前髪へと手を伸ばした。
「ちょっと借りるぞ」
そっと髪をかき上げ、一本をやさしく抜き取る。痛みはなく、微かな熱だけが残る。
その髪を自分の髪と重ね、指先でくるりと編むと──鎖に淡い光が走り、二人の髪が溶け込むように組み込まれていった。
「……これで完成だ」
シトロンはペンダントの半分をその鎖に通し、玲央の首にかけてやった。
胸に触れる冷たい感触のすぐあと、ふわりと温かさが広がる。
玲央は目を見開き、息をのむ。
「……僕の髪まで……」
「お守りってのは、相手を守るものを忍ばせるんだろう?」
シトロンはからかうように微笑む。
「俺にとっては──お前自身が、それなんだ」
玲央の頬が赤く染まり、思わず視線を逸らす。
だが胸の奥は、不思議な安心感で満ちていた。
二人は互いの胸元のペンダントを軽く重ね合わせた。
小さな音が響き、まるで未来への約束が結ばれたかのようだった。
ふと玲央は、シトロンの左手に光る輪に気づく。
「あれ……その指輪」
シトロンは口元だけで笑う。
「お前に作ったやつと同じだ」
玲央は目を瞬かせ、少し考えて──
「……もしかして。僕の前髪も、こっそり持ってった?」
シトロンはあっさりと、楽しげに頷く。
「もちろん」
玲央は思わず吹き出し、薬指を胸の前で見つめる。
「……そのうち、僕の髪、全部なくなっちゃうんじゃないかな」
シトロンは片眉を上げ、悪戯っぽく笑う。
「それは困るな。だから──大事に、少しずつもらうことにする」
玲央は目を丸くして、また笑った。
「……やっぱり抜くのか」
シトロンは笑みを和らげ、玲央の薬指に触れる。
「お前の髪は、俺にとって護りになる。
でも本当に欲しいのは、髪じゃない──お前の命ごと、俺が守るってことだ」
玲央の胸に、ふっと温かいものが広がる。
無邪気な笑いのあとに残ったのは、揺るがない確信だった。
二人は指輪を夜空に掲げた。
胸元のペンダントと薬指の輪──過去と未来をつなぐ絆が、静かに揃った。
「……もう、お前は俺の隣の席だ」
「ずっと、ここにいる」
二人の言葉が重なり、笑みが夜空へ溶けていった。
*
その夜。エレオノーラは、夜景を背にページをめくる手を止めた。
かつて描いた絵本の一節を、そっと口にする。
"L’amore sa intrecciare il passato e il futuro nel palmo di una sola mano."
(愛は、過去も未来も、ひとつの手の中に重ねてしまうのよ)
銀色の月が、遠くマレ地区の空を照らしていた。
——À suivre dans la saison 3
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
シーズン2は、光と闇、過去と未来をめぐる大きな節目の物語となりました。
最後までお付き合いくださったこと、心から感謝いたします。
そして──物語はまだ続きます。
「猫恋」シーズン3を、近日中に公開予定です。
新しい舞台で、さらに深く、さらに甘やかな物語をお届けできればと思っています。
これからも、シトロンと玲央、そして仲間たちをどうぞよろしくお願いします。
皆さまの心にも、どうか優しい絆が結ばれますように。
F. de la lune




