第21話「闇を光に返す誓い」 〜二つの影、六柱への道〜
静かに積み重ねてきた日々が、
いつの間にか、心を守る力になっている──
そんなことに気づかされるような、今夜のお話です。
どうぞ、玲央たちの想いにそっと寄り添いながら、
読んでいただければ嬉しいです。
回廊の空気がわずかに震えた。
冷たくもない、熱くもない──けれど確かに「人のものではない」気配が押し寄せる。
黒川の瞳が細まる。
「……誰だ」
反射的にシューへ視線を送りかけたが、その肩に置かれた金の指が静止を告げた。
「お早い到着だな」
シトロンが先に口を開く。まるで、ずっと知っていたかのような声音だった。
回廊の奥、淡い揺らぎが形を結ぶ。
月光を切り裂くように現れたのは──銀白の髪を持つノクチュエルと、黒髪に赤銅の瞳を宿すロジェ。
玲央はわずかに息をのむ。
「……ボーン家にいた、あの二人か」
ノクチュエルの微笑は相変わらず無機質で、ロジェは苦悩を隠しきれぬ表情のまま立っていた。
黒川が低く問う。
「何者だ」
「ボーン家に縛られた闇の契約者です」
玲央の声に、シトロンが補うように続ける。
「本来なら五柱の庇護下に入るはずが、歪められ、第六の柱を名乗ろうとした……だが失敗した」
ロジェが唇を開く。
「……失敗、か。あれは、ただの飢えだった」
ノクチュエルの瞳が玲央を射抜く。
「それでも、我らはまだ生きている。生き延びるために……お前の光を奪うこともできる」
シトロンの金の羽が微かに開く。
「ならば試せ。だが、この境を越えられるのは──光を受け入れる覚悟を持つ者だけだ」
影が揺れる。そして、その瞬間、玲央の視界が白く反転した。
*
礼拝堂。今と同じ場所──けれど、その中央に立っているのは、まだ何も知らない幼い自分だった。
中央には、若き日の黒川。
そして、父レミーと母玲那。
レミーは短く整えた黒髪を月光に濡らし、胸元には古い聖印。
その背後には、今よりも髪の短いシトロンが片膝をつき、金の羽を眠らせている。
玲那は祭壇の前で白布を胸に抱き、両手を重ねて祈っていた。
指先が月光を受け、淡く光を放つ。
黒川の声が低く響く。
「……この契約は、あなた方の命を代償とします」
レミーは迷いなく頷き、玲那と視線を交わす。
「この子を、生かすためなら」
玲那は穏やかに微笑む。
「この子の未来が、私たちの祈り」
シトロンはその誓いを受けるように目を閉じた。
「……その願い、我が命の内に受け取った」
二人の体を包む光が、祭壇から立ち上がる白銀の輪と重なり、命そのものの形となって玲央の胸へと流れ込む。
*
息を呑んで視界が戻る。
胸の奥で、温かな鼓動が二つ──父と母のものが重なって響いていた。
「……これが、僕の命のはじまり」
玲央の声は震えていなかった。
「二人がくれたこの命で、闇を排除なんてしない。救う」
真実は重かった。
けれど、そのすべてを受け止める覚悟はもう、心に在った。
背負うことが、運命ではなく、自分の意思になっていた。
シトロンと出会い、心を交わしてきた日々が、
命を、大切な人を、未来を守るための器を──
愛の中で、いつの間にか宿していたのだ。
ノクチュエルの表情がかすかに揺れる。
ロジェは顔を上げ、口を結んだ。
シトロンが低く告げる。
「ならば、**Ritus Synchroniae Coronae et Pennae(冠と翼の同調儀式)**をここで行う」
黒川が息を呑む。
「……第六柱を迎え入れる儀式と、同調儀式を同時に……?」
「二人が闇を持ったまま眠りにつけば、六柱は完成する。そして、お前の光は全ての境を繋ぐ」
シトロンが金の瞳で玲央を見る。
「できるか」
「やる。必ず」
シューが香座を用意し、順に五つの香を置く。
「森・島・神話・砂・封印。最後に月を焚かないで、息で結ぶ。闇も一緒に包むからね」
玲央は指輪に触れ、深く息を吸った。
森の緑、島の潮、神話の石香、砂の熱、封印の静けさ──すべてを胸に通す。
そして月へ──白い息を落とす。
金の羽が大きく広がり、光の境が二人を包む。
ノクチュエルが呻くように低く言う。
「……こんな光で……俺たちが……」
ロジェが静かに笑った。
「……悪くない」
光が満ち、二人の輪郭は霧となり、やがて月色の粒子に変わっていく。
玲央は最後まで目を逸らさず、両手を胸に押し当てた。
「これで……六柱が揃った」
シトロンが隣に立ち、金の羽をゆっくり畳む。
「……よくやった、レオ」
「……君がいたから」
玲央は短く返す。
シトロンはしばらく玲央を見つめていた。
その視線は、誇りとやさしさをたたえている。
「……じゃあ、もう一つだけ言わせろ」
ゆっくりと手を伸ばし、玲央の前髪をひと筋、そっとかきあげる。
シトロンは玲央の額にそっと指を添えた。
「君は……俺の光だ」
それは、静かに灯る祈りのように、玲央の心に染みわたった。
遠くで、小さな鈴の音が響いた。
それはまるで、遠い祈りが、玲央の心にそっと触れたようだった。
——À suivre
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
見えなかったものが見えるようになる時、
それは、過去が変わるのではなく、
今の自分が変わっている証なのかもしれません。
玲央がその目に映した“真実”が、
やがて誰かの優しさへと繋がっていく──
そんな未来を、もう少しだけ信じてみたい夜です。
また次のお話で、お会いできますように。




