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第14話 「Felinoar(フェリノアール)の記憶」 〜五つの記憶が交わるとき、封じられた名が目覚める〜

今回は、玲央たちが再び父のアトリエを訪れ、静かな午後の光の中で、ひとつの絵と向き合うお話です。

寄り添うように言葉をかけてくれる黒川先生の存在や、ふわりと空気を和ませてくれるシューの言葉にも、ぜひ耳を傾けてみてください。

小さな気づきが、やがて大きな記憶の扉を開く。そんな一編になれば幸いです。

マレのアトリエに、午後のやわらかな光が差し込んでいた。静けさに包まれた空間のなか、玲央、シトロン、黒川、そしてシューは、壁にかかる一枚の絵の前に立っていた。

《戴冠式の王》。

レミーが生前、最後まで筆を重ね続けていた大作。中心には、王冠を授けられようとする青年と、神秘的な存在の姿。


「……やっぱり、気になるんだ。この構図。」


玲央が静かに呟く。


「この絵……王冠を渡そうとしてるのに、どこかで触れていない。未完のようで、でも、完成されている。そんな感じがする」


シトロンが言うと、黒川が壁際から一歩進み出た。


「その感覚、正しいと思いますよ。……玲央くん、少し絵の左下を見てくれますか?」


玲央が視線を落とすと、そこには金と青で描かれた、小さな円形の装飾があった。


「これ……指輪のように見える。いや、むしろ……本当に、指輪?」


玲央は、左手の薬指に光る指輪をそっと見つめた。そして、静かに手を伸ばし、そのままキャンバスの一角——絵の中に描かれた“円”の部分へと、薬指を重ねるようにあてがった。

ぴたりと重なる。形も、位置も、まるで最初からそうなるように描かれていたかのように。


「……やっぱり、これは……」


玲央の胸の奥で、遠い鐘の音のような、静かな響きが広がった。


最初にここアトリエでこの指輪を見つけたときから、なぜかこの指にしっくりきた理由が、今ならわかる気がした。


「……サイズも、装飾も、まったく同じ……」


「父は、確かにこれを残すつもりだった……そう思える」


玲央が呟いたそのとき、シューがふよふよと浮かび上がり、指輪を覗き込む。


「ねえねえ、この内側……文字、刻まれてるにゃ」


玲央がルーペを取り出して覗き込むと、微細な線が編まれたような彫刻が浮かび上がる。


「……“Integratio Felinoar”。フェリノアールの統合……」


玲央の声に、シトロンの瞳がかすかに揺れた。

そのときだった。

黒川が、手元のノートに何かを書き始めた。


「……ところで、この絵の中心……青年に冠を授けている姿……どこかで見覚えは?」


玲央が少し考えた後、はっと息をのむ。


「──マルトラーナ教会。ロジェ二世の戴冠モザイク……!」


「正解。パレルモのマルトラーナ教会に描かれた、王ロジェがキリストから戴冠を受けるモザイク。その構図が、そっくり引用されている」


黒川は頷き、ルーペを絵に向ける。


「レミーさんは、そのモザイクのギリシャ語の碑文“ΡΟΓΕΡΙΟΣ ΡΗΞ”──つまり“ROGERIOS REX”から、暗号の鍵を抽出していたんです」


「……でも、それが、どう暗号に?」


「カフェでも少し説明したとおり・・」


玲央の問いに、黒川が静かに紙に文字を書いて見せる。


「この中から、ユニークな文字を5つ選び出します。Ρ, Ο, Γ, Ε, Ι……つまり、“ROGEI”。この5つの文字が、それぞれ文化圏の“猫神”に対応している」


R(Ρ)──ケルト猫神(北方の森)

O(Ο)──シチリア山猫神(島の孤高さ)

G(Γ)──ギリシャ猫神(神話と知性)

E(Ε)──アラブ猫神(幻影と砂漠)

I(Ι)──ユダヤ猫神(知恵と封印)


「――この五つが統合し、“王の願い”を叶える鍵となる」

玲央は、無意識に左手の薬指を見つめた。指輪。レミーが遺した印。


「……つまり、これは“王の継承”に関わる暗号……?」


黒川は、穏やかに頷いた。


「その可能性は高い。そして……」


黒川の視線が、ゆっくりとシトロンへ向けられる。


「シトロン。あなたの存在も、この暗号によって、真の“意味”を帯びるのかもしれません」


「……つまり、俺が……“すべての猫神の統合体”……」


Felinoarフェリノアール


玲央が、囁くようにその名を口にした。


「五柱の猫神を束ね、王と契約を交わした、幻の存在」


静寂が訪れた。

その中で、シューがぽつりと呟く。


「……すごいにゃ……シトロン、にゃんだか、ちょっと……」


「ん?」


「……ちょっと、“にゃんたらすごい存在”になっちゃってるにゃ!」


一瞬、沈黙が弾けて、空気がやわらかくなる。

黒川は微笑んで、最後の言葉を加えた。


「……とはいえ、この暗号の“本当の解読”は、まだ終わっていません。この先へ進むには、レミーさんが“最後の祈り”を捧げた場所──そう、あの礼拝堂へ向かう必要がある」


玲央は、小さく息を整えた。


「……わかりました。父の遺した想いに、最後まで触れたい」


そして、そっと窓の外を見上げる。

夏の終わりの光が、静かに、マレの街を包み込んでいた。

まるで、遥か昔の記憶を、そっと呼び覚ますように。


――À suivreつづく

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

第14話では、アトリエの大作《戴冠式の王》を通じて、玲央の父・レミーが残した“暗号”の核心が少しずつ明らかになってきました。

そして、五つの文化を巡る猫神の記憶、そして「フェリノアール」という幻の名。

この物語が紡いできた数々の小さな断片が、ゆっくりとひとつに重なろうとしています。

次回、舞台は礼拝堂へ──。レミーの“最後の祈り”が、玲央の歩みにどのような灯をともすのか。

続きも、どうぞ楽しみにお待ちいただけたら嬉しいです。

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