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第6話『父の手紙と、胸に灯る小さな光』 〜想いを継いで、君と歩む未来へ〜

父の残した手紙に綴られていたのは、

一人の息子を想う、静かで深い祈り。


光と影が織りなす記憶の中で、玲央は初めて、

“愛されていた”という確かなぬくもりを見つける。


たとえ姿が見えなくても、

誰かの願いは、ずっと傍に生きているのかもしれない。

人々の熱気が遠ざかり、アトリエには静けさが戻っていた。

ガラス越しの夕映えが、壁画の金彩をやさしく照らしている。


玲央は深く息を吸い、父の手紙を取り出す。

少しざらついた封筒の手触り。

その重みが、今になってようやく“父の不在”を胸に落とした。

シトロンは、黙って隣にいる。

残された気配と、ぬくもりの記憶だけが、静かに寄り添っていた。

玲央は封を開け、丁寧に折りたたまれた便箋を広げる。


『最愛なる我が子、レオへ。


その書き出しの筆跡――昔から見慣れていたはずの文字が、今日はなぜか、やけに懐かしく、そして新しかった。


君がこの手紙を読むとき、

私はもう君のそばにはいないかもしれない。

けれど、私の魂はいつでも、君の歩む道に寄り添っているよ。

夜の月のように、静かに光を灯して。


君が生まれたあの日の朝を、今もはっきり覚えている。

人生には、歓びも痛みも、まばゆい光も深い影もある。

けれど、どんな夜にも終わりがあり、

必ず新しい朝がやってくる。

君の微笑みは、私にとって決して消えない希望の灯火だった。』


玲央は途中で何度か目を閉じ、呼吸を整えながら、手紙を読み進める。


『愛とは、時に嵐のように魂を揺らし、

時に静けさの中で、すべてを許す力になる。

それは、惜しみなく与えることのできる奇跡。

レオ、どうか恐れずに愛しなさい。

誇り高く、激しく、

そして――何よりもやさしく。

もうひとつ、覚えていてほしい。

誰かの痛みにそっと寄り添える人であってほしい。

ときに自分を投げ出してでも、

愛する人のために手を差し伸べられる人で。

その先にこそ、本当の強さと、美しさがあると私は信じている。』


最後の文に、再び筆跡が揺れる。


『君を心から誇りに思う。


どんな未来を選んでも、私は君を信じている。

いつでも君の心に、灯をともしているよ。


愛をこめて。

レミー』


玲央は、最後の一文までそっと読み終えたあと、

長い沈黙の中で、じっと便箋を見つめていた。

シトロンが静かに手を重ねる。

それだけで、心の震えが少しずつ落ち着いていく。

便箋の最後に、小さな追記が目に留まる。


『君への贈り物を、アトリエに残しておいた。

君の目で、探してごらん。』


その下に、手書きの詩が添えられていた。


『Dove la luna e il gatto vegliano sull’antica corona,

le ombre danzano con i passi dei perduti.

Solo chi porta la chiave d’oro—

ricordo di un re e del suo amore—

potrà sciogliere la notte e ascoltare il vero desiderio del cuore.』


玲央は指先でなぞりながら、そっと声に出す。


(月と猫が古き王冠を見守る場所で、

影たちは、失われし者たちの足音とともに踊る。

黄金の鍵を携えし者――

王とその愛の記憶を受け継ぐ者だけが、

夜を解き放ち、心の真の願いを聴くことができる。)


玲央は、便箋を静かに閉じた。


「……父さんが、ここに、何かを残してくれたんだ」


その声には涙が混じっていたが、どこかあたたかかった。

シトロンは何も言わず、玲央をそっと抱き寄せる。

ふたりはしばらく、夕暮れのアトリエで寄り添ったまま、

静かなぬくもりに包まれていた。

やがて玲央が、そっとつぶやく。


「……探そう。父さんの想いを、僕の手で受け取るために。」


その胸に、小さな灯が静かにともっていた。

玲央はふと目を伏せたまま呟く。


「……君がいてくれて、よかった」


シトロンはそっと微笑み、玲央の髪に顔を寄せる。

猫のように、頬をふれて、喉の奥で小さく音を鳴らす。


「ふふ……もっと俺に甘えていいんだよ」


玲央は微笑みながら、静かにその胸に身を預けた。


「ありがとう。ようやく、愛されているって実感できた」


言葉にならない幸福が、そっとふたりを包む。


シトロンは、まるで胸の奥にある感情を言葉にするように、

低く、やわらかな声で囁いた。


"Tu es la seule chose qui donne un sens à tout."

「お前がいてくれるだけで、俺の世界は、ちゃんと意味を持てるんだ。」


そのひとことが、玲央の胸の奥にやさしく灯る。

いつもより少しだけ素直で、まっすぐなシトロンの声。


玲央は、静かに目を閉じた。

胸の奥が、あたたかく、ほどけていくのを感じながら――。


そして、玲央の心にふと蘇る。

――幼い頃、祖母・エレオノーラがいつも絵本の終わりに語ってくれた、あの言葉。


『Il Piccolo Incanto di Nonna Eleonora(ノンナ・エレオノーラの小さな魔法)』より


"Finché il cuore custodisce l’amore,

la luce troverà sempre la via."

(心が愛を抱いているかぎり、

光はいつだって道を見つけてくれる)


月の光の下、再び歩き出す時が、静かに近づいていた。


――À suivreつづく


過去の傷も、失った日々も、

すべては今を形づくるためにあったのだと――


あの夕暮れ、静かなアトリエで、

玲央の胸には確かな灯がともった。


それは「もう独りではない」と気づく瞬間。

そして新たな記憶の扉が、音もなく、そっと開いてゆく。


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