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第14話 『ヴィラ・リュミエールへの招待』〜月の誓いが眠る森へ〜

喝采と熱狂の夜が明け、ふたりが向かうのは、森の奥にひっそりと佇む光の邸宅。

静寂のなかに息づく“月の名”を受け継ぐ家の記憶。

玲央とシトロンは、新たな扉の鍵を探す旅の次なる一歩を踏み出します。

喝采と閃光の夜が幕を閉じたあと、玲央とシトロンは、深い森の奥へと静かに足を進めていた。

向かう先は、ヴィラ・リュミエール——ガラスと光で造られた、de la Lune家のもうひとつの邸宅。


この地には、かつて北の海から渡ってきた彼らの祖が、月を祀る古の聖域を見出したという。

ケルトの巫女たちが満月の夜に祈りを捧げた巡礼の場、「月の泉(La Fontaine de la Lune)」——

静かな水音とともに、神の声が降りると信じられていたその場所を守ることを選んだ一族は、

時の王より「de la Lune(=月のもとにある者)」の名を賜り、千年のあいだ、月の契約とともに歩んできた。

その名に込められたのは、ただの地名ではない。

信仰と記憶を守る者としての誇り——月とともにある者の、静かなる誓いである。


ブリュム城の森の奥深く。

重厚な石造りの本城とは対照的に、その建物はまるで光そのものを形にしたような姿で佇んでいた。

全面ガラス張りの外壁は、朝の光を受けて森の緑を映し、室内を穏やかな光で満たしている。世界的建築家によって設計されたというその建物は、自然と建築の調和を極限まで追求した近代建築の傑作だった。


玲央とシトロンは、アレクシの案内でその邸宅を訪れていた。

サロンに足を踏み入れると、前面ガラスの向こうに、かすかに霞んだブリュム城の塔が見えた。


「ようこそ、ヴィラ・リュミエールへ」


穏やかな声とともに、ゆったりと現れたのは、グレイのシルクブラウスに上品なロングスカートをまとった女性だった。

柔らかな金髪をゆるやかに結い、琥珀色の瞳を湛えるその面差しは、どこかクロエに似ていた。


「……マチルド・ド・ラ・リュンヌ。玲那の友人であり、de la Lune家の当主です」


玲央は自然と背筋を正す。彼女の中に、母に寄り添ってくれた歳月の気配を感じ取ったからだった。


「ああ....あの人の面影が....。

玲央、やっと会えましたね。

玲那がどれだけあなたを……どれほど誇りに思っていたか。

私たちの間で交わされた手紙には、いつもあなたのことが記されていたの」


彼女の言葉には霊的な力こそ感じられないが、それを超える温もりと、玲那との深い絆があった。


「私には、何の力もないの。でも……玲那の研究を支えることが、私にできる唯一の役割だったのよ」


そう語るマチルドの言葉の端には、力なき者としての微かな引け目が滲んでいた。しかしその献身は、玲央にとって何よりも尊いものに映った。

やがて、アレクシがサロンの一角から分厚いファイルを持って戻ってくる。


「こちらに、過去の契約に関する記録がございます。玲那様と当主がまとめた報告書の一部です」


玲央は手に取る。そこには、手書きで書かれた祈りの文言、契約の断片、そして——“月の記憶の間”に関する記述があった。


『扉は二つの鍵によって開かれる。一つは継承の系譜によって、もう一つは記憶を守る香の継承によって』


それを読んだ玲央が、そっと呟く。


「玲那が守っていた“鍵”——継承の系譜の象徴は、もう僕たちの手元にある。

もう一つ……記憶を守る香の継承。それが、クロエと真澄の鍵……?」


マルセルが静かに頷いた。


「はい。おふたりは、すでに二本の鍵をお持ちです。

しかし——真に“月の間”を開くには、もう一本、魂の香を継ぐ者の鍵が必要です。

それが、瑠璃様の鍵。香の継承の証です」


「その在処が、わかったの」


そう言ってマチルドが一枚の書簡を差し出す。


「玲那のお母様、紗英様からの連絡でね。陰陽の術で探索されたそうよ。場所は……ボーン家」


その名に、玲央とシトロンが同時に顔を上げる。


「正確には、瑠璃——あなたの曾祖母が嫁いだ家系に残されたアトリエの中。

今も現当主イザベラがその空間を使っているそうよ」


イザベラ——60代とは思えぬ美貌を持ち、常に若い愛人たちを侍らせるという噂の女当主。


玲央が一瞬、困惑の表情を浮かべると、シトロンがふいにポケットからスマートフォンを取り出した。

画面をスワイプしながら、唇の端を上げる。


「アラン、モンシェリ……元気してた?」


声は甘く、だがその奥にいつになく妖しい熱を孕んでいた。


「ちょっと最高に美しくて、面倒なお願いがあるんだけど——」


横で玲央が眉をひそめるのも気にせず、シトロンはガラス張のサロンを歩きながら、片手を軽く宙に掲げた。


「ボーン家の城で、仮面舞踏会付きのファッションショー。テーマは“月の記憶”。もちろん演出は月光、モデルは俺。あ、玲央も出るよ?出るからね?」


スマホ越しに何を言われたのか、ふふっと笑みがこぼれる。


「決まりだね、アラン。愛してる、最高の一夜にしよう」


通話を切ると、満足げに振り返って、玲央にウィンクを送る。


「さて、準備開始だ。伝説、第二章。行こう、月の奥まで」


玲央はその言葉に小さくため息をつき、シトロンの手元をちらりと見る。


「……まさかと思うけど、あれ全部計算で動いてるんだよね?」


「ん?なにが?」


「アラン・モンレアルを引っ張り出して、“城でショーを開催”なんて言われたら、イザベラも乗らざるを得ない。アランは今、フランス社交界でもっとも注目されてるデザイナーのひとり。彼を呼ぶことで、イザベラも“時の人”として話題になる。つまり……君は自分が踊る場所と観客、そして女王を一手に動かしたってわけだ」


「……ふふん、さて何のことやら」


とぼけたように笑うシトロンだったが、その金の瞳の奥には、明らかな自信と計算の光が宿っていた。

玲央は肩をすくめる。


「まったく……派手で奔放なふりして、内心どこまで策士なんだか」


「俺はいつでも、必要なだけの魔法を使うだけさ。玲央、お前のためにね」


そう囁く声には、どこか本気の熱が滲んでいた。

——そしてその場の片隅で、アレクシは静かに眼鏡を押し上げた。


(アランに“愛してる”って……あんなの冗談でも……! ああでも……アラン……うらやましい……!)


内心でだけ、完膚なきまでに焼き尽くされていた。


....to be continued.

今回、ふたりが訪れた「ヴィラ・リュミエール」は、ブリュム城とはまた異なる“de la Lune家の現在”を象徴する場所として登場しました。

玲那と親しかった当主マチルド、そして無表情な鉄仮面の奥で燃え上がるアレクシの乙女心(!?)……。

静かな森の邸宅で語られる契約の記録と、シトロンの突如炸裂する行動力に、ぜひ注目してお楽しみください。

次回はついに、あの舞踏会計画(ボーン家潜入計画)が本格始動……!


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