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第12話 『欠けた影、満ちる月』 〜それでも、ステージは始まる〜

パレ・ロワイヤルに満ちてゆく、黒い月の予兆。

世界が息をひそめる中、静かに幕を開ける夜。

美とは、儀式。月とは、問いかけ。

シトロンと玲央が纏うのは、運命か、それとも——



パレ・ロワイヤルの特設会場は、すでに息をのむような静けさに包まれていた。


今夜ここで披露されるのは、アラン・モンレアルの最新作、《NOIR LUNE》――“黒い月”。

開演まであと一時間。

だが、会場にはすでに緊張感が漂っている。

そのとき、、控えめに裏手の関係者口からふたりの姿が現れた。


シトロンと玲央。


開演前の光の差し込むロビーに、ふたりの姿はあまりに異質で、そして美しかった。

シトロンはベージュのロングコートを肩からふわりと羽織り、プラチナブロンドの髪を揺らしながら歩く。その横で玲央は、落ち着いた黒のハイネックとロングジャケット姿。静かで洗練された空気をまとい、彼の影のようにぴたりと寄り添っていた。


二人を出迎えたのは・・・フランスのモード界を牽引する鬼才・アラン・モンレアル。

彼はまるで子どものように目を輝かせながら、二人を舞台裏の控室へと案内する。

廊下を抜け、ドレッシングルームの扉を開けると、中央には特別にディスプレイされた衣装が静かに待っていた。


アランは扉を開けると、一歩踏み入り、衣装の前で動きを止めた。

しばしの静寂のあと、まるで祈るように両手を広げる。


「……ようやく、この日が来た」


その声は震えていた。


「君が、この衣装を纏う瞬間を……僕はずっと夢に見ていた。

毎夜、瞼の裏に浮かんできたんだ。

銀の刺繍が月光をはらみ、羽のような肩がそよいで……

会場全体が息を呑んで、

まるで神殿で奇跡を目撃したみたいに、誰もが涙していた」


そっと衣装に指を添える。


「これは、戦うための鎧じゃない。

美そのものを映し出す、月の化身のための祝衣しゅくいだ」


その瞬間、アランの視線がシトロンに向けられる。


「“NOIR LUNE”……黒い月。

でも、本当の主役は“月”じゃない。

……その隣に立つ者がいて、はじめて月は“夜を照らす”んだ」


少し息を呑んで、言葉を選ぶように囁く。


「……君以外に、この光を宿せる者はいない。

僕は、ただ……君の存在に、仕える者でありたい」


「……ずいぶん入れ込んだな、アラン」


「今回のショーは《NOIR LUNE》、黒い月。

その象徴として、フィナーレには“月”と“影”が並ぶ。君とマリーナ・ブランシェ。

彼女が着る予定の黒のローブは、君の衣装と対になるデザイン。

ふたりが並んで歩いた瞬間、ショーの物語が完結する」


「ふうん。俺が月で、彼女が影ね。悪くない。

……でも、“影”っていうのは、そう簡単に言い切れるもんじゃない?」


アランが不思議そうに眉をひそめる。


「……どういう意味?」


「いや、なんでもない」


そう言って、シトロンはラックの衣装に手を伸ばした。



そして・・・

限られた者だけが招かれたその場には、モード界の重鎮、映画監督、有名メゾンのデザイナー、他国の王族までもが着席し、次の“伝説”の幕開けを待っていた。

煌びやかなシャンデリアの下、シャンパンのグラスが交わされ、ざわめきが重なる。

その一角、まるで観客の一人に溶け込むようにして立つ男がいた。


エミリオ・サルバトーレ。


アランの元恋人にして、かつては“絶対的なミューズ”と呼ばれた男。

彫刻のように整った横顔に、毒を含んだ薄笑いが浮かんでいる。


(あの金の猫が……俺の席を奪ったってわけ?)


舞台袖に立つシトロンを、エミリオはじっと見据える。

その視線はまるで、獲物を品定めする蛇のようだった。


(その金の髪……月の化身でも気取ってるつもり?滑稽だな。仮に美しいとしても、舞台に必要なのは経験と格。・・・お前みたいな“光”だけじゃ、ショーは完成しない)


そう心の中で毒づくエミリオの視線に、ふとシトロンが振り返る。

数十メートルの距離を隔てていたが、金色の瞳が確かに彼を捉えた。

エミリオの笑みが一瞬凍る。


(……見てる。気づいてる……?)


直後・・・


「た、大変です!!」


舞台裏のスタッフが慌てて駆け込んでくる。


「フィナーレのマリーナ・ブランシェが……来られません!高熱と過呼吸で……病院に運ばれたと!」


「なんだって……!?今さら……!」


騒然となる控室。

アランは呆然と立ち尽くす。目の前が真っ白になっていく。

完璧だったはずの構成。

そのラストピースが、ぽっかりと抜け落ちた。


「……ショーが、終わらない」


誰かがぽつりと呟いたその言葉が、全員の胸に重くのしかかった。

窓の外、夜空に・・・雲間から、満月が顔を出していた。

....to be continued.


読んで頂きありがとうございます。


最後のピースが欠けたとき、

真の物語は始まるのかもしれません。

今回は、アランの“信徒としての愛”と、エミリオの“失われた栄光への執着”というふたつの視線の中で、

シトロンと玲央の立ち位置が静かに変わり始める回でもありました。


満月が見守る中で、13話ではいよいよふたりが舞台へ。

光と影、その先に待つものとは——。



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