33.義弟は守られるだけの殻を自ら砕く
ギルがこっちに向かってきた。
「どうしたの?」
彼に近づくと、お姉様の作戦を聞く。そして、僕は魔術を唱えた。
「氷よ、壁を作り、攻撃を防げ、氷壁」
氷の壁が複数個出来る。魔力を込めた分、大きく、頑丈になった。氷なので、周りの空気が少し冷える。
お姉様はこちらをちらりと見てから、手に付けている、公爵家の紋章の入った真っ白な手袋を投げ捨てた。そして、両手を敵たちに向ける。
「炎よ、爆ぜ、爆発の雨となり、全てを爆発させ、この世を焦がせ【超爆スピリームエクスプロード】!」
お姉様は何でこの魔術使えるんだろうな。才能かな。人生二度目で、前世は賢者兼勇者かな?
巨大な炎の渦は、次の瞬間地面へ衝突し、激しい爆発を起こす。地鳴りのような爆発音が発生し、戦場全体が火柱と黒煙に包まれた。この魔術で何千人ものの人が絶命する。悲しいけれど、世の中そういうものだ。平和なんて、ある訳がない。少なくとも続くわけがない。そう見えたとすれば、幻覚だ。
「よし、遊戯終了!」
彼女は満面の笑みを浮かべた。胸の鼓動が鳴る。
地面へ彼女は降り、僕とギルに近づく。
「お疲れ」
ギルが言い、彼女はくたびれたように答える。
「お姉様、凄かったよ。僕は何も出来なかったけど。助けてくれたのにごめんね」
「何言ってるの。まだ七歳なんだから出来なくて当然よ」
本心で言ってくれていることは分かっているし、僕がおかしい訳じゃないということも分かっている。だけど、どうしても劣等感を抱いてしまうんだ。
「うん……」
自分の抱いている感情の対処に悩む。笑みを作ると、彼女は苦しそうな表情になった。お姉様には笑顔で居てほしい。だけど、この感情の対処法を僕は知らない。
俯いたその時、背後からカサリという音がした。気になって、慎重になりながら音のした所に向かう。木の後ろ側を覗き込んだ瞬間、首に、冷たい感触がした。
ギルが勢いよく振り返った直後に、お姉様も僕に振り返った。
短剣が、僕の首に当てられていた。
◇ ◇ ◇
息が荒い。頭痛がする。視界が変なふうに歪んだと思ったら、ぼやける。今にも気を失ってしまいそうだ。
命の危険を感じる。だが、死ぬわけにはいかない。
…………何で?公爵家の跡取りは、また養子を取れば良い。お姉様達も、悔やんでくれるとは思うけど、結局は忘れる。僕の存在意義って何?僕が居なくてもこの世界が成り立つなら、ここで死んでも良いんじゃないか?
「結果は変わらないなら……こいつも道連れにしないとだよなぁ!?」
男は、僕の首に当てていた短剣を振り上げ、僕は逃げることも出来ず恐怖で腰が抜け、尻餅をつく。そして、目を強く瞑った。
でも、死にたくない……!
「レオン!」
鼓膜を震わせたのは、僕の名を呼ぶ、切実で烈火のような叫びだった。
「!……レオン様!」
鋭い風が頬をかすめる。恐怖で閉じていた目を開けた瞬間、視界を埋め尽くしたのは、逆光の中に立つ、凛とした後ろ姿だった。
お姉様が、僕の前に立っていた。
震える僕を庇うように、微塵の迷いも、一点の躊躇もなく。翻る金の髪が、暗闇のなかで輝いている。
僕の孤独な世界に、彼女という圧倒的な存在が、暴力的なまでの色彩を伴って乱入してきた。
お姉様……!
涙が溢れ出す。
溢れ出した涙は、もうさっきまでの絶望じゃない。鏡の前で練習したどんな笑顔よりも、今の僕の泣き顔の方が、ずっと「本物」に近い気がした。
今は無理かもしれないけど、沢山努力して。それで、これからは貴女の為に生きたい。貴女の居るこの世界で生きていきたい。貴方のことを守りたい。貴方にもっと愛されたい。
守られるだけの義弟という殻が、音を立てて砕け散る。
ソフィア・サブジーナスという女性に心を奪われた。
◇ ◇ ◇
ソフィアお姉様の右手の甲に短剣が刺さった様子を見て、僕は声を上げる。立ち上がろうとするが、力が抜けている為全く立ち上がれない。踏ん張っていると、ソフィアお姉様が冷たい目で何かを男の顔にかけた。
「なんだ?……ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
男は悲鳴を上げる。顔を抑えたが、顔に触れた為手にも炎症が広がる。
「な、何をした!」
「硫酸かけたのよ」
平然とソフィアお姉様は言う。彼女は右手を男の短剣から引っこ抜く。彼女を一心に見つめていると、ソフィアお姉様は僕に左手を差し出した。
「もう大丈夫よ」
微笑みかけられ、ハッとする。
「……お、お姉様……ご、ごめんなさい。右手、ぼ、僕のせいで……」
最初感動しちゃったけど、そんなもんじゃない。右手が使えなくなってしまったら、何かを書くにも大変で、物も持ちにくくなる。だから、彼女が好きな読書もしにくくなって……。
ソフィアお姉様は地面にふわりと座る。
「レオンのせいじゃないわ。私が選んだもの。それに、治せるって分かってたから」
「……でも、僕が周りを注意深く見てたらこんなことには」
僕を強く抱きしめ、彼女は言った。
「私、私の右手より、愛しい義弟の方が大切なの。そう自分を責めないで。貴方が生きていて、元気で、私は幸せよ」
「……!」
彼女の言葉に絶句し、沈黙する。
こんなこと、初めて言われた。ブラン侯爵家のお父様とお母様は、僕にこんなこと言わなかったし、大切だと思ってもいなかった。だけど、ソフィアお姉様は……、言ってくれた。躊躇せず、心から。
温かい雫が零れ落ちる。ソフィアお姉様は僕の顔を覗き込むと、戸惑った声で謝った。
「れ、レオン!?え、え?よく分かんないけど、なんかごめんなさい」
「あれ、僕なんで泣いて……」
ぼろぼろと出ている涙を手で拭っていたが、途中で気づいてやめた。
ああ……僕は、大切だとずっと言われたかったんだな。
穏やかで幸せな笑みが浮かんだ。
「……何があっても、僕のこと嫌いにならない?」
「勿論よ。私がレオンのことを嫌いになるわけ無いじゃない!」
ソフィアお姉様は質問に目を丸くしてから、慈愛に満ちた表情で笑った。
「……っ!大好きだよ。ソフィアお姉様」
この感情が罪だとしても、僕はこの感情を持ったことを誇りたい。こんなにも素敵な彼女に愛してもらえたことは僕の人生で唯一誇れることだ。
「私も大好きよ。レオン」
涙袋が壊れそうになった。
それからフランクが騎士団を連れてきて、男達の身柄は彼らに任せて僕達は帰ることになった。
「なあ、レオン」
フランクが声をかけてくる。
「何?フランク」
目を何故か逸らしてから、視線を僕へ戻した。
「立ち直ったなら良かった。……ちょっと踏み込みすぎた。ごめん」
少し顔を赤く染めて話す。可愛い、と思った。フランクに対するイメージが少し変化する。
「ううん、良いきっかけになったよ。ありがとう」
フランクは僕の頭にポンと手を乗せた。
「何か困ったことがあれば人に相談するんだぞ」
「うん」
はにかむ。やっぱりフランクは格好良い。
「「ソフィア!」」と聞き馴染みのある声が響いた。父上が、ソフィアお姉様を抱きしめた。その姿を見ていると、「レオン!」と透き通った女性の声が聞こえて、誰かに優しく抱きつかれた。
紫色の髪が舞う。
「は、母上!」
「良かった…良かった。心配したのよ」
目を潤ませて、母上は言った。存在を確かめるように強く抱きしめ、そして僕の額にキスをした。
「貴方が無事で本当に良かった。また私の前に現れてくれてありがとうっ…!」
「はい……」
顔が少し赤くなりながら返事をした。
◇ ◇ ◇
ギルは、優しい笑みを浮かべながら彼らを見つめている。弟が恋しくなったのか、弟の居る病院のある方角に顔を向けた。
侍女たちは、レオンを見て、その場にへたり込んで泣き崩れた。彼女達はお互いの手を握りしめ、嗚咽を鳴らした。
「良かった……。本当に、……良かった……っ!」
執事達も、目元を赤く腫らしながら、嬉しそうに仲間の肩を叩いていた。
彼らの様子を見て、レオンは思う。
……僕は、こんなにも皆に愛されていたんだな。
ブラン侯爵家に居た時は、想像すらできなかった。
ここには、僕のために泣き、僕のために怒り、僕の無事を心から祈ってくれる人たちがいる。次にこの幸せを脅かす者が現れたなら、その時は僕が―ソフィアお姉様のように、皆を守ってみせる。守られるだけだなんて絶対になりたくない。
僕は、お姉様から差し出された温かい左手を、今度は自分の意思で強く握り返した。
タイムスリップしたら戦国時代だったので、チート能力で歴史改変しようと思います!〜若返った最強武将達に溺愛されました〜
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こちらもどうぞ宜しくお願いします!次回はソフィアの父、サブジーナス公爵の視点予定です。彼は何を思い、行動しているのか。




