31.義弟となりたものは指摘され
ある日、フランクやギル、ソフィアお姉様と共にくたくたになるまで遊び、フランクが公爵邸に泊まった。せっかくなので、僕はフランクと大きな客室に泊まった。読書を終えて、いざ寝ようとした時、フランクに名を呼ばれた。
「どうしたの?」
「気の所為だったら良いんだが……大丈夫か?」
「え……ど、どういうこと?」
思っても居なかった質問に僕は戸惑い、聞き返す。体調管理は万全で、顔色は良い筈だ。
「取り繕っているように見えて」
思わず目を見開いた。取り繕っている?僕が?
「最初は社交界だったし当然だと思ったけど、ギルやソフィア、公爵とかと話すときでも時々取り繕ってるように見えるんだよな」
「そう?僕、そんな風に見えてたんだ。教えてくれてありがとね、フランク。おやすみ」
いつも通りのにこやかな笑みを、口角を上げ筋肉を固定し、顔の表面だけに貼り付けながら布団に潜り込み、会話を強制的に途切れさせた。布団に潜り込むと、暗闇の中で心臓の音だけがうるさかった。
取り繕っている。初めて言われたけど、そう、なのかな……?無意識だった。
じゃあ、僕は誰にも心を打ち明けられていないってことだよね。誰かが分かるくらい、僕は誰も信じられず、胸を焦がすような思いを向けらていなかったのか。僕は、お姉様達の前でさえ、嫌われない人間像を探し探していただけだったのか。
……愛してる、つもりだったんだけどな。そう、愛しているつもりだったんだ。……鏡の前で練習した笑顔しか持っていない僕が、本物の愛なんて願って良い筈が無かったんだ。愛し方が分からないんだ。
っ……僕は愛せないのに、愛してほしいとか、……願っちゃ、駄目、だよね。
喉の奥に熱い塊が詰まった。呼吸が浅くなる。僕は、この家でもまた、誰とも繋がれない「偽物」のまま終わるんだろうか。
……僕、どうすればよいのかな。
視界がぼやけてき、頬に冷たいものがツーと流れるのが分かった。僕は目を閉じ、眠りにつくのを待った。
小さな物音が聞こえ、目を開けるとお姉様が居た。軽く服を着ている。彼女は人差し指を唇に当て、「シーッ」と合図し、満天の星空を見に行くという唆られることを言ってきた。途中でフランクも起き、僕達はギルに案内されて公爵邸に近い丘へ向かった。着くと、お姉様から今日は異国では七夕という星祭の日だと教えられた。博識だと感心していると、願い事をしていくことになる。
「それでレオンは?どんなお願いをするの?」
そう言われ、僕は星が輝く美しい星空を見上げた。
「んー、そうなだぁ……」
僕の願い。
「……僕は、大切な人達とこれからも一緒にいられますようにってお願いするかな」
言えなかった。
『愛して欲しい』なんて。
そんな身の程知らずな願い、星にだって笑われてしまう。それに、言う資格も僕には無かった。大切な人達と一緒に居られることだけでも、随分幸せだ。そう思うしか僕には選択肢はないのだろう。
「素敵ね。ふふ、少なくとも私はそうなれるわ。姉弟だもの」
いつも通りの優しい笑みに胸が熱くなった。そして、自己嫌悪でいっぱいになりそうだった。だけど、お姉様の言葉にはきちんと応えたい。
「ありがとう、お姉様」
フランクが言ったような取り繕った笑みにはなっていないと思いたい。
「うわぁ、美味しそう」
七夕から一週間後の今日、僕は街に遊びに出ている。細長い揚げ物の菓子を売っている店のその菓子に目を輝かせていると、背後の侍女から声をかけられる。
「お気に召されましたか?」
「うん!」
「店長、この菓子を一つ」
彼女はそう言ってから財布を取り出し、硬貨を渡した。
「え、良いの?」
ブラン侯爵家では駄目だったので驚く。当然というような顔でもう一人の侍女に勿論だと答えられ、僕は店長に言った。
「三つでお願いします」
侍女たちは不思議そうにしながら硬貨をさらに渡した。僕は三つのお菓子を受け取ると、残りの二つを彼女たちに渡した。お菓子を大切そうに持ちながらぽかんとし、「レオン様、これは一体……」とどういうことか分かっていない様子を見て、僕は苦笑し、そして笑った。
「二人の分だよ。いつもお世話になってるからさ」
彼女たちが居なければ、僕は身の回りのことをあまり出来ないから直ぐに駄目になるだろう。感謝しきれない。
「あ…りがとうございますっ」
明るく何かを堪えるような顔で侍女たちはそう言い、お菓子を食べ始めた。
菓子に齧り付き、美味しそうに食べるレオンは、侍女たちが可愛さで悶絶していることを知らない。
お菓子を食べ終わり、次にどこに行こうかと迷っていると、目の前に覆面をかぶった如何にも怪しい男達が現れる。背中を絶対に彼らに向けないようにしてゆっくり後ろへ下がろうとしたが、腕を強く掴まれた。
「っ!」
「レオン様!」
彼女達が駆け寄ろうとするが、僕の腕を掴んでいない方の男に突き飛ばされる。痛そうな音がし、僕は「大丈夫!?」と声をかけるが、ギュッと腕をもっと強く掴まれる。
「っ……離せ!」
振り払おうとするが、成人男性に子供の僕では予想通り無力だった。短剣を首元に当てられ、侍女達は脅される形となった。路地裏へ強引に引き込まれ、腕を掴む力が弱くなったと思ったら口元に強い香水の匂いがするハンカチを当てられる。視界が揺れて体に力が入らなくなり、僕は意識を落とした。
……両親なら、ここで僕を見捨てるんだろうな。僕がここで死んでも、あの人達は何も感じないだろう。
◇ ◇ ◇
目が覚めると、湿った空気と古びたカビの匂いの地下牢に居た。嗅がされた香水の強い匂いがまだ鼻に残ってる。思わず咳き込むと、鉄格子の前に男たちがやってくる。
「起きたか。ったく、手間かけやがって」
「お前……目的は何?」
「言うわけないだろ」
やっぱり駄目だった。
辺りを見渡すと、薄暗いオイルランプがいくつか灯っている。四方を石壁に囲まれていて、この牢から脱出したとしても直ぐに退路を断たれてしまう。逃げるのは困難か。そもそも、目の前に男達が居る今、牢から出ることは不可能だ。
助けを待つしかないな。
何も出来ない自分の無力さをまたもや感じ、自分が嫌になる。僕が、もっとお姉様みたいに魔術を使いこなしていたら……迷惑、かけなかったのかな。
あー!もう嫌だ!貰ってるのに何も返せてないよ、僕。
「お前、全然怯えてないな」
「え?」
急に男達に言われ、不思議に思う。
「そりゃあそうだよ。だって命の心配無いもん」
「何故そう思う」
「僕を誘拐したのは何らかの目的があって、その目的が殺すということは、わざわざ誘拐してるから無い。そう思ったんだよ」
男達は「凄いな」と呟くが、これくらいお姉様やフランク、ギルにも出来る。
「助けに来ると思うか?」
「勿論」
お姉様なら助けてくれる。愛は信じてないのに、そこは信じるって、自分に呆れを感じるな。苦笑しながら、無理だと分かっていても脱出方法を探る。しかし、相変わらず無理だ。
男の一人が前につんのめった。ギルだ。確信する。倒れかけた男の首筋に、ギルの短剣が正確に、しかし浅く当てられた。
「動くな。声を上げれば、お前の喉笛を裂く」
驚愕して剣を抜いた残りの二人の男を、人質とした私兵を盾に、彼は睨みつけた。
「レオン様を解放しろ。さもなくば、お前の仲間は死ぬ」
低い声に、ゾワッと背筋が震える。凄いな……ギル、暗殺者でもやってたのかな。
「断る!」
私兵の一人が、剣を大きく振りかざし、ギルに向かって突進した。ギルは、人質とした私兵の身体を壁に叩きつけ、その一瞬の隙に、突進してきた私兵の懐に飛び込んだ_と思う。速すぎて、目で追うことが難しい。
ギルは、突進してきた私兵の手首を掴み、一瞬のひねりで彼の剣を地面に落とさせた。そして、その勢いをそのまま利用し、私兵の身体を自分の背後に投げる。
「ドオォン!」
鈍く、大きい音が鳴る。ギルの戦闘術は見事だ。今度、教えてくれないかな。
気づくと、周囲の男達は居なくなっていた。お姉様とギルが、剣で鉄格子を斬る。鉄を剣で斬れるなんて、相変わらず凄いな。
「レオン!大丈夫?連中に何もされてない?」
コクリと頷いてから、「何もされていないよ。それと、……二人とも助けに来てくれてありがとう」と笑った。




