29.悪役令嬢は何としてでも義弟を助けたい
男の持つ短剣がずぶりと刺さった。ギルは顔をサァッーと青くさせる。
男の短剣が私の右手に刺さった様子を見て。
「ソフィア!」
「お姉様!?」
二人の驚いた声が上がるが、私は返事をする前に隠しポケットから物を取り出し、男の顔にかけた。
「なんだ?……ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
ドロドロと溶けていく顔に激しい痛みを感じ、男は悲鳴を上げる。
「な、何をした!」
「硫酸かけたのよ」
硫酸って超危険なのよね。皮膚に触れると、組織を急速に破壊する重度の薬傷や火傷を引き起こすもの。失明の可能性だってある。だがらこそ武器になるのだけれど。
私は右手を男の短剣からえいっ!と引っこ抜き、「うわ、いった。私もルドルフに治してもらわなきゃ」とブツブツ言いながら、短剣で刺される恐怖で座り込んでいたレオンに左手を差し出す。
「もう大丈夫よ」
微笑みかけると、レオンはハッとしたようにする。
「……お、お姉様……ご、ごめんなさい。右手、ぼ、僕のせいで……」
震えた声で言われ、私は地面にふわりと座る。
「レオンのせいじゃないわ。私が選んだもの。それに、治せるって分かってたから」
「……でも、僕が周りを注意深く見てたらこんなことには」
自分を責めようとするレオンをギュッと抱きしめる。
「私、私の右手より、愛しい義弟の方が大切なの。そう自分を責めないで。貴方が生きていて、元気で、私は幸せよ」
「……!」
レオンは私の言葉に絶句し、沈黙した。肩に温かいものが落ちてくると、私は腕を解き、レオンの顔を真正面から覗き込んだ。
そこには、静かに涙をこぼすレオンが居た。
「れ、レオン!?え、え?よく分かんないけど、なんかごめんなさい」
意味も分からず取り敢えず謝る私の言葉に、レオンは状況を理解したようだった。
「あれ、僕なんで泣いて……」
そう言いながらも涙を流す彼は、ぼろぼろと出ている涙を手で拭こうとする。いくら拭いても意味はないのだと思ったのか、レオンは両手を膝の上に置いて涙が流れることに何もしなくなった。そんな中、彼は恐る恐る口を開いた。
「……何があっても、僕のこと嫌いにならない?」
涙を流しながらそう言う彼の姿は乙女ゲームのスチルみたいで、美しいと感じてしまった。
「勿論よ。私がレオンのことを嫌いになるわけ無いじゃない!」
「……っ!大好きだよ。ソフィアお姉様」
何かを噛み締めるような表情をしたあと、レオンはいつもどおりの晴れやかで明るく可愛らしい笑顔で私に笑いかけた。
我が一生に悔いなし。この笑顔を見れた今なら死んでも良い。駄目だけど。レオンが可愛らしすぎて困るわ。いやー、ゲームのソフィア、勿体ないわね。こんな可愛らしいレオンを身近においておいて、この可愛らしさを見れないなんて。
「私も大好きよ。レオン」
そう言うと、レオンは舞踏会の時に見せたような爽やかで同時に可愛らしい微笑みを浮かべた。
「おーい!ソフィア!レオン!ギル!」
後ろから大きな声が聞こえ、丁度良いタイミングで来たものだと思う。私は足だけでサッと立ち、レオンに左手を伸ばした。レオンは私の左手に手を重ね、ゆっくり立ち上がった。騎士団を連れ先頭を走っていたフランクは馬から降り、私達に駆け寄った。私の右手を見ると、彼はえっと意外そうな驚いた顔をする。
「ソフィア、その右手どうした?」
「丁度魔力が切れた時に短剣でそこの男に刺されて」
痛みもがいている男を指さす。
「そうか。家に帰ったら直ぐ治してもらうんだぞ」
「分かってるわ」
時間が経てば経つほど怪我をする前に戻りにくいから。それで利き手である右手が上手く動かせなくて、字を書いたり物を持つのが下手になるとか嫌すぎるもの。それに、見ていて痛々しいのよね。
「それにしても、お前らヤバすぎだろ。ざっと五百人は居るぞ?」
そんなに居たのかと私は驚く。やはり広範囲魔術を利用したことは、自分で言うのも何だが良い判断だと思う。自分で自分のことを褒めていると、フランクから、ここは騎士団に任せて俺達は帰ろうと促されたので馬の元へ向かおうとする。馬が居るところまで歩き始め、私はあることが気になってくる。
「ギル、大丈夫?」
さっきから何も言わないギルに違和感を覚え、私はくるりと回りギルの方を向きながら進む。
「え……?」
突然の質問にギルは怪訝な表情をする。その顔がいつもより暗く、取り繕って見えるのは気のせいではないはずだ。何かあったのだと私は確信し、真っ直ぐな眼で彼を見つめる。大したことじゃないと目をそらす彼の手を取り、手を絡ませる。
「!?そ、ソフィア?」
顔を真っ赤にさせて恥じらう彼をクスリと笑うと、「笑うな」と言われる。彼は繋いでいない方の手で顔を隠すと、ポツリと呟いた。
「……俺は何も出来ていない。救ってくれたあの日にソフィアの為に行動しようと誓ったのに。レオン様がナイフを首に当てられた時、俺は何もできなかった。エドワードの時と重なって、震えることしかできなかった。……本当に情けない。」
唇を噛む、震えた声の彼の言葉に驚く。あれはただの偽善で自己満足のためのものなのに、彼は私に感謝し、私のために行動することを誓ってくれていた。その事を申し訳なく思うと同時に、嬉しく思う。
「情けない?何言ってるの?私は貴方に守られているのに。やってくる暗殺者をギルは全員やっつけてくれているじゃない」
そう言うと、ギルは目を見開き、素頓狂な声を出す。
「え……知ってたのか?」
「勿論よ。知らない訳ないじゃない」
暗殺者が来るかもしれないということは、ギルが暗殺しに来た件があってから気にしている。それで、ちょくちょく執事長とかに聞くのだ。ローラもたまに教えてくれる。
「ソフィアは……凄いな」
ギルはフッと微笑む。目元や口角も柔らかくなっていて、ギルの優しさが現れている笑みだった。ギルが微笑むことは少ないので、思わず顔が赤らむ。成長した暁には私はどうなってしまったのだろうか。
「とにかく!ギルが情けないなんてないわ。もっと自分に自信を持って!私はギルのこと大好きよ」
「ありがとう」と微笑み返してもらうのを期待していたのだが、彼はフィッと下を向き、黙りこくってしまった。何か間違えてしまったのだろうか私は。もしそうならば教えてくれ誰か。
「お前ら付き合えばいいじゃん」
何を言っているのだこの人は。そう呆れていると、ギルが「あり得ないから」と強めの口調で返した。あり得ないのは本当なのだけれど、そうはっきり言われると流石に傷つく。私の野望(逆ハーレム)にギルは居なかったか。
「即答だな。ソフィア、良いと思うけどな」
「じゃあロペス様がなれば良くないですか」
それは違うと言う未来しか見えない。前世から思うのだが、何故私は顔が良くて文武両道で、明るいのにモテないのだろうか。性格か?いや、性格悪くないと思うのだけれど。
「俺にとってソフィアは面白い友人だから」
「そういえば、ソフィアお姉様は婚約者作らないの?引手数多なはずだけど」
レオンに可愛らしく聞かれ、目の保養にしながら答える。
「私、恋愛結婚したいタイプなの。幸いなことに、お父様私に甘いし」
「あー」
私の言葉に皆納得する。
右手痛いなぁと思いながら、私は馬に乗り、公爵邸へと向かった。
◇ ◇ ◇
「「ソフィア!」」
門が見えたと思った瞬間、聞き馴染みしかない声が闇夜に響いた。馬から降り、地面に立つと、目の前にお父様が現れる。一瞬で目の前に登場したお父様に疑問を抱え、質問しようとしたが、その時間も無く抱きしめられた。
「お、お父様!?」
「良かった……。良かった。ソフィアが無事で良かった。ソフィアも………………なくて、良かった」
涙を浮かべ、愛おしいものをみるような目で見るお父様に貰い泣きしたのか、涙が奥から出てきそうになる。それをぐっとこらえ、少し潤んだ瞳で私は微笑んだ。
「ただいま、お父様」
「おかえり、ソフィア」
地面に手を着き押して、お父様は立ち上がる。家を代表として笑っていそうなお父様の言葉に、胸が暖かくなった。
「ところでお父様、レオンともちゃんとやるんですよ」
「ここまでをもう一度やるのは小っ恥ずかしいけど、レオンも家族だから。きちんとやるよ。それに、ほら」
お父様が指さした方向に目を向けると、レオンに抱きついているお母様の姿が見えた。レオンは慣れなさそうに慌てている。
「リーシェがもうやってくれている」
「…そうですね」
「まあ、私もレオンのところに行くよ」
「…ところで旦那様、魔法の使用はあまり……」
「分かってるよ。気が少し動転しちゃって。気をつけるよ」
ルドルフと何かを話しながらレオンの所に行くお父様を見送り、一息ついたところで、「ソフィア」と穏やかで透き通った声で声をかけられた。
「お母様」
私と同じピンク色の瞳に涙をためながらお母様は優しく微笑んだ。
「貴女は凄いわね。レオンを宣言通り取り返すなんて。ソフィア、貴女は私の自慢の娘よ。私の元へ戻ってきてくれてありがとう。…大好きよ」
慈愛に満ちた眼で言うお母様への愛が募っていく。
「お母様!」
バッと抱き着くとお母様はふらついたが、倒れず堪え、私の頭をよしよしと撫でた。すると、お母様は私の右手に気づき、戸惑ったような声で私にそのことを問いた。短剣で刺されたと答えると、お母様の顔色がみるみる悪くなる。直ぐ様お母様はルドルフを呼び、治癒魔法で私の右手を癒させた。
傷跡が塞がっていくのを見て私は感嘆し、治癒魔法って便利だなと、絶対手に入らないのに思ってしまった。その後ギルの傷も治してもらい、二人とも仲良くルドルフの世話となるのだった。




