28.悪役令嬢は追手と向き合い
「炎よ、辺りを紅蓮に染め、己の場とせよ、炎陣」
詠唱を終えた瞬間、地面から紅蓮の魔力光が立ち上り、一瞬にして周囲の数十メートルを灼熱の炎のフィールドへと変えた。私兵たちは突然の熱波に動きを鈍らせ、足元に立ち込める炎の熱に怯む。
「今よ、ギル!」
私の指示と同時に、ギルは炎のエリアの縁にいた私兵の集団へと飛び込んだ。炎の熱で動きが鈍った敵は、ギルの超人的な速度に対応できず、短剣が電光石火の如く振り抜かれ、一瞬で三人の私兵が手首の腱を切られて武器を手放した。
「ギル、私の背後に!」
なにかするのだと察したギルは、直ぐに私の後ろに向かう。この魔術は広範囲に影響が及ぶので、ギルがきちんと安全圏のわたしの後ろに来ていないといけない。彼が私の後ろに来たのを見届けると、広範囲殲滅魔術を唱えた。
「雷よ、黒き染まり、地面を這い、敵を滅す宴となれ、黒放電之宴」
黒い雷が地面を這うようにして放れた。今の攻撃でざっと百人は戦士として使い物にならないだろう。ギルは私から勢いよく去っていく兵たちに短剣を何個も投げ、全て命中させた。
後ろに殺気を感じると、誰かを確認せずに蹴りを放つ。その蹴りは見事に兵の腹にあたり、兵を吹き飛ばした。前世で父親に合気道をさせられていたこともあり、蹴りを放つのは慣れている。令嬢としてオッケーなのか心配だが。
魔術は魔力によって使用できるが、魔力は限られている。魔力温存の為、兵の数を少なくした今からは剣も使って戦うことにする。
剣をメインとした私に再び兵たちはかかってくる。私は剣を受け止め、横に流し、地面を蹴って空中を舞い、地面へ降りる間に剣を振るって数人を斬る。地面にタンッと降りると、すぐさま走り出し、兵たちに足払いをして崩れさせる。
私は深呼吸をして、剣に雷を纏わせる。雷を纏わせた今、漫画でよく見る格好良い剣さばきをすることが出来るかもしれない。
私は進むと同時に剣を下から上へと振った。兵たちは感電して気絶し、倒れた。威力を弱めているから心配ないかもだけれど、感電死してないわよね?少し不安になる。
ギルの方を見ると、一人一人巧みに相手をしている。その戦法を私も取り入れ、次は一人一人剣を振るうことにする。剣をくるくる回した後、持ち直し、気合を入れる。
「一人目」
そう呟くと、槍を持っている男の背後に行き思いっきり剣の持ち手を男の首に打つ。そして、気を直ぐに失った男の槍を奪い、剣を鞘に納める。槍は扱ったたことがなかった為使えるか不安だったが、何となくでいってみることにする。私は槍を片手で持ち、回して兵たちを壁に打ち付け、飛んでいく兵を他の兵にぶつける。
「十五人目」
槍をまたもや回そうとすると槍の先を掴まれたので、私は即座に合気道の技へと切り替えた。
掴まれた柄を支点に体を回転させ、掴んできた男の腕の関節にテコの原理を作用させる。男の顔は苦痛に歪み、柄を放すどころか、逆に柄に引きずり込まれる形で、私の足元へと前のめりに崩れ落ちた。
「七歳といえど、テコの原理もあるし、毎日筋トレをしてるから体力や筋力も比較的あるのよ」
私は、地面に倒れた男の脇腹を、槍の石突で鋭く突き上げ、気絶させた。素早く槍の柄を再び握り直すと、残りの兵士たちが恐怖で一歩後ずさるのが分かった。槍は、剣とは違い、リーチの暴力だ。ぎりぎり殺さないようにするのが大変である。私は遠心力を活かし、柄の真ん中を握って大きく一回転する。槍の穂先が円を描き、三人の兵の腹を軽くなでただけで、彼らは体勢を崩して倒れた。
「十七人目、十八人目、あ、二十人目」
数の優位を失った兵たちは、連携を組むことを諦め、個別の突撃を始めた。連帯を組んだほうが断然良いのに愚かなこと。
一人の兵士が両手に剣を持ち、突進してくる。勢いは見事なものだが、勢いに任せすぎている。ひょいと横に避けると、男は味方を斬りつける。味方も男側へ向かっていっていたからこそ起きた事故だ。味方を斬るとか、私が誘導はしたけどヤバいな。仲間がどこに居るとかも把握しておかないとなのに。私は男の背中を蹴る。
「うおわっ」
変な声を出して、男は数人を道連れに倒れた。
「二十四人目」
兵士の一人が、背後から短剣で私を狙う。私はしゃがみこんで短剣をかわすと同時に、水魔術を足元に展開した。
「水よ、辺りを青く染め、己の場とせよ、水陣」
一瞬、足元の地面に薄い水の膜が張られた。水の膜は、氷のように滑りやすい。私を追って走り込んできた兵士たちは、その水の膜の上でバランスを失い、次々とドミノ倒しのように転倒した。
「今よ!」
私は水のフィールドを滑るように利用し、勢いをつけたまま、倒れた兵士たちの真ん中へと飛び込んだ。
「死ねぇぇぇ…!」
すると、そう言って大将らしき男が銃を向けてくる。避けるのが最善なのだとは思うが、私が漫画であるように銃弾を剣で斬ることが出来るか確かめる為、避けない。
剣を抜いて、迫り来る銃弾を斬った。そして、絞め技をかけ、気絶させ、銃を奪い取った。周りの兵達は、銃弾を斬った私に呆然とし、戦意をほぼ消失している。睨んだけで逃げてしまいそうだ。
銃を持つと、私は風間術を利用して地面を勢いよく蹴り、人外の高さまで跳ぶ。そして、銃を兵たちに向け、銃弾を肩や足に撃つ。
「くそっ」
「魔術を使えるやつは居ないのか!」
「俺は使える、ぞ……」
声が途切れた男を見ると、背中にギルが投げたナイフが刺さっていた。流石暗殺者、容赦がないわと思いながら何十発か撃つと、銃弾が切れてしまった。
「もう切れたのね、まだ人数が居るのに」
銃便利なのにと思いながら地面へ銃をポイッと捨て、地面へ降りると、誰かが魔術を放ってくる。
「炎よ、我が敵を射抜く弾丸となれ、炎弾」
魔術は基本的に誰でも使えるから、使える人が敵の中にいるのは当たり前かと思いながら、私は呪文を唱える。
「水よ、壁を作り、攻撃を防げ、水壁」
炎の弾丸が壁に当たると、直ぐに消えた。私は剣を振り下ろし、肩ごと男の腕を切り落とす。血飛沫が上がったが、見たくなくて視線をそらす。周囲にいた連中が声を上げ、私に銃を向ける。腕が無くなった肩を反対の手で抑え、呻く男が激痛に耐えながら周りの男達に「許さん、人質とかもうどうでも良い。殺せ!」と叫んだ。
もしも殺せたとしても、直ぐに死ぬのに。公爵令嬢を殺すとか、即処刑よ?
私は向かってくる男達の懐へとそのまま駆け出した。思い切り地面に向かって素足で踏み込めば、次の瞬間には数メートル先にいた男達の懐へ入った。近くの人に攻撃するスタイルだった私が急接近したことに驚いた男達が目を剥いたのも束の間に、剣を横一閃に振るう。銃の引き金を引くより速く私が剣を振れば良い。撃たれたとしても避ければ良い話だ。私反射神経良いし、出来る。目の前の三、四人を纏めて斬り伏せ、そのまま足を止めずに目の前の男達へ飛び込む。今度はすれ違いざまに身体を捻らせて周囲の男達を纏めて八人切り裂く。相手が銃を私に照準を合わせるのに、私が動き回っていることもあって時間がかかる。
私が一歩進むごとに三人斬る。身体を捻らせて周囲に斬撃を放つごとに五人以上を斬る。
剣を振り上げようとすると、ナイフを片手に五人が纏めて接近戦に持ち込んでくる。
剣は使えなさそうね。
そう考えて剣を一度宙に放り投げる。相手が驚いて剣を見上げた瞬間に、それぞれの急所に肘と足を打ち、怯んだ隙に腕を掴んで身体ごと放り投げる。腕が疲労していくけれど、筋トレだと考えれば問題はないわね。周囲の風通しが良くなったところで落ちてきた剣を受け止め、一気に更に数メートル突っ込む。
三、四人を斬った後私は素早く駆け出し、再び最前線の兵士たちの間に飛び込む。
それにしても、人数多すぎないかしら?流石に体力無くなるわよ。どうしようかしら。
間合いに入ったが最後。私は足を止めることなく、まるでダンスを踊るかのように、剣を左右上下に、そして時には逆袈裟に、流水のように振るい続けた。最初の二人組の兵士は、私の突進を止めようと銃剣を構えたが、私の剣は彼らの喉笛を一閃。血飛沫が上がる間もなく、次の三人組の懐に飛び込み、横薙ぎの一撃でまとめて両断する。
あ、あれをぶっ放なすのはどうかしら?我ながら名案だわ。
スゥーッと大きく空気を取り込み、大きな声でギルに向かって叫ぶ。
「ギルーー!!」
肩をビクリとさせたギルは、私に向かって走る。
「何だ?」
私の目の前についたギルに、小声で作戦を伝える。
ギルがレオンのもとに向かったのを確認してから私は全体を見渡せるくらい高い木を探し、見つけた。その木に近寄ると、風魔術で頂点らへんまで浮き、待機する。
レオンとギルがレオンの施行した魔術によってガードが生まれたのを確認すると、私は手に付けている真っ白な手袋を投げ捨てた。そして、両手を敵たちに向けて詠唱した。
「炎よ、爆ぜ、爆発の雨となり、全てを爆発させ、この世を焦がせ【超爆スピリームエクスプロード】!」
この広範囲魔術は上空から打つことによって、より凄まじい爆発を起こす。それはまるで、太陽の破片が落下してくるかのような威容を誇るという。放たれたこと無いからよく分からないけれど。
「な、馬鹿な。広範囲魔術は使い手は少ないというのに、たった七歳の子供が使えるだと!?」
だってソフィアだから。乙女ゲームの時点で大体チートなのよね。文武両道成績優秀で、高位貴族出身。眉目秀麗、次期王妃。魔術も風魔術と水魔術以外は全て得意。悪役令嬢なのにこんなチートで良かったのかしらね。
巨大な炎の渦は、次の瞬間、地面へ衝突し、激しい爆発を起こす。
ドォォォン!
地鳴りのような爆発音が発生し、戦場全体が火柱と黒煙に包まれた。
「よし、遊戯終了!」
私は満面の笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
地面へ降りると、私はレオンとギルに近づく。
「お疲れ」
「うん。ありがとう。さっきので魔力枯渇したよ。まあ、今回ので所持魔力量上がるし良いけど」
明日絶対に筋肉痛になるのは嫌だけど。
「お姉様、凄かったよ。僕は何も出来なかったけど。助けてくれたのにごめんね」
「何言ってるの。まだ七歳なんだから出来なくて当然よ」
「うん……」
取り繕った笑みで笑うレオンに、どうすればよいかわからなくなる。こういう時に何をすれば良いのか全く分からないわ。
「怪我はないか?」
「ええ。ギルは?」
「腕に一つ切り傷がついたくらいです」
ギルの言葉に私は驚く。いや、全然『くらい』じゃないわよ。私は、ギルの傷がついた腕の袖を巻き上げ、肌を確認する。そこには、血が滲んだ切り傷があった。結構大きめだ。自ら現地に赴いた私のせいだよね、どう考えても。選択に後悔はしないけど、やっぱり申し訳ないわ。
「家に帰ったらルドルフに治してもらいましょう」
「大怪我じゃないんだが」
「そうだけど、傷口から菌が入ってさらに酷くなるっていうケースもあるから」
ルドルフは希少な治癒魔法が使える。加えて優秀だから執事長になっている。
少しだがまだ血が出ている為、私は応急処置をすることにする。刺繍の入ったハンカチを取り出し、傷口に巻こうとすると、「え、それでやるのか」と戸惑ったような申し訳なさそうな声でギルに言われた。洗えば大丈夫だと思って、そのまま傷口にハンカチを巻き、結んだ。早速ハンカチに血が滲んだが、別に良いだろう。
「ありがとう」
照れた声で言われると、直ぐに嬉しさが私の心を満たした。
「そういえば、レオン様は?」
「レオンはそこに……あれ?」
さっきまでレオンが立っていた位置を指差すが、何故かそこに居ない。不穏な気配しかしないのだが。顔から血の気が引いているのを感じる。レオンを探そうと思った瞬間、隣りにいるギルがばっと後ろへ勢いよく振り向く。私も後ろを向くと、そこには、男と、首に短剣が当てられたレオンが居た。レオンは首に当てられている短剣を仰視しており、顔が青く、涙目になっていた。手を祈るようにギュッと握る彼を見て、何故気づかなかったのかと自分を叱責する。
「こいつの命が惜しければ、武器を捨てて手を上げろ!そして馬を用意しろ!」
男は勝ち誇った笑みを浮かべながら叫ぶ。私はやれやれと思いながら剣を床へ置く。ギルも、男を睨みながら床に、短剣やナイフ、計十本を置いた。
「馬はどうした?」
「どこで待たせていたか忘れたわ」
「とぼけんな!」
「事実よ」
通路は崩れているところもあるだろうし。
「……どうせこの後捕まって処刑されるんだ」
その言葉に私は疑問を覚える。分かっているならこんなことしなくても良いじゃない。罪が追加されて処刑は処刑でも苦しむやつになるかもなのに。馬鹿なのかと目を丸くする。
「結果は変わらないなら……こいつも道連れにしないとだよなぁ!?」
レオンを、首に当てていた短剣を振り上げ、勢いよく刺そうとする。
「レオン!」
「!……レオン様!」
私はレオンのもとに直ぐに走り、手を伸ばした。




