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25.悪役令嬢は凶報に怒り、夜を駆ける

 公爵家の図書室で、私は最近発売されたロマンス小説を読んでいた。ギルとローラは後ろに控えている。キャラクターの素晴らしさに感嘆していると、激しい足音が廊下を駆け抜け、扉が乱暴に開かれた。

 飛び込んできたのは、いつになく顔色の悪いウィリアムだった。彼がいつも浮かべている笑みは消え、顔が真っ青になっている。悪い予感がした私は、おそるおそる彼に聞いた。

「何があったの……?」

「……レオン様が、……誘拐されました」

 思考が一瞬で凍り付いた。周囲の音、窓から差し込む夕日、全てが遠のく。

 誘拐ってどういうこと?乙女ゲームにレオンは存在したから、レオンは大丈夫な筈。だけど、これが私の行動によるものだとしたら?乙女ゲームでは無かったことが起きているとしたら?

「助けに行かなきゃ……」

 思わず口から言葉が溢れる。すると、ギルが「駄目だ!」と力強く止める。

「何も情報が無いまま行くのは無謀です」

 そう言っている彼は、苦しそうだった。弟の時のことを思い出してのであろう彼の姿に胸が締め付けられる。

「ソフィア様」

 ローラに名前を呼ばれる。

「感情のまま行くのは危険です。今は、ウィリアムに詳しく話を聞きましょう」

 眉を垂らして言う彼女たちの言葉によって、私はだんだんと落ち着いてきた。

「ごめんなさい。気が動転してしまって。詳しく話してもらえるかしら?」

「はい。…侍女の証言によれば、レオン様は街に出かけている時、二人の覆面を被った人間に路地裏へ強引に引き込まれたそうです。侍女たちは、助けようとしましたが、レオン様を人質にとられて救出できなかったそうです」

 ウィリアムは歯を食いしばった。

「追跡は?」

「すぐに追跡班を出しましたが、相手は周到です。道に偽装工作がされており、追跡は難航しています。恐らく、誘拐犯は公爵家内部の情報を持っています。どこから漏れたのかは見当がつきますが、そいつから情報をとれるかどうか……」

 私は立ち上がった。全身が震えていたが、それは恐怖ではなく、激しい怒りからくるものだった。

 私の愛しく可愛い義弟を誘拐ですって?そんなの誰にでも許されないわ。もちろん国王陛下だとしても。この可能性は勿論無いけれど。誰が主犯なのか知らないけど、地獄を見るくらいの覚悟はしておいてほしいわね。

 思わず黒い笑みが浮かぶ。

 取り敢えず、私はするべきことは一つ。

「お父様の執務室に行くわよ」


 ◇     ◇    ◇


「以上が、此度の発端です」

 ウィリアムはお父様に報告する。声が少し震えていたのは、聞き間違いではないだろう。

 お父様は、部屋の隅で状況を静かに聞いている私を見た。

「ソフィア、すぐに国の騎士団を派遣するよう王宮に要請する。そして、領地内の全ての兵士を動員し、捜索を強化させる」

 お父様は威厳と冷徹さをもって即座に決断を下した。その決断は、最善かつ最も安全な選択肢だった。公爵家が直接動くよりも、国の権力を使った方が、犯人側も手荒な真似をしにくい。

 しかし、納得はできない。

 待っているなんて私の性に合わない。それに、国の騎士が動いて情報が集まるまで、何日かかる?その間、レオンに何かあったらどうするというの?レオンになにかあったら、絶対に許さない。

 私は、決然とした表情で一歩前に出た。


 

「お父様、お母様。私が出ます」

 お父様は眉をひそめた。

 「ソフィア、これは子供の遊びではないんだよ。筆頭公爵家の養子誘拐は、国事に関わる重大事だ。ソフィアにも何かあったらどうするんだい?」

「それは分かってます。ですが、私は強いです。外道ごときに負けはしません。どうか、私を現場に行かせてください。勿論、無理そうな時は諦めます」

 お父様はしばし言葉を失った。

「ソフィア……」

 それでも渋るお父様に私は言った。

「駄目ならば、私、お父様やお母様と絶縁します!」

「「それはやめて(くれ)!」」

 お父様とお母様の声が重なる。私は至って真剣だ。もし平民になったとしても、魔術も使えるし、前世では平民だから別に困ることはない。皆と会えなくなるのは寂しいけれど。それに、ここまで言ってお父様が断ることはないだろう。お父様は私に甘いのだから。

「……分かった」

 お父様は、複雑そうな顔で言った。

「だけど、条件がある。絶対にギルを連れて行ってくれ」

「分かりましたが…私、本当に強いですよ?」

 私の強さを疑っているのだと思い、そう言う。魔術を全て使えるのだから、相当強いと思うのだけれど。

「保険だよ」

 そう言うお父様の眼には恐怖と哀しみが浮かんでいた。お父様は何を怖がっているのかしら。お父様が恐れるものなんてあるのね。

 意外に思いながら、お父様に感謝を述べた。

「ありがとうございますお父様!必ず、レオンを助け出します」



 私はフランクを公爵邸に呼び、応接間で領地の地図を広げた。私は、ギルに予めレオンを誘拐した人達のアジトの場所の候補を三つ絞り込んでもらい、それを指さす。

「フランクは、この三つの中のどこが怪しいと思う?」

 フランクに聞くのが一番確実だ。

「そうだな……確実ではないが、恐らくここだろう」

 フランクは地図上の、領地境界線に近い廃墟となった古い砦を指さした。

 「ここは領地外の貧民街に近いし、人の出入りが多く、目立たない。しかも、砦の地下には隠し通路があるからな」

 地図には載っていないから、国家秘密の元軍事施設とかなんだろうな。流石だわ。

「よく知っているわね」

 感心すると、「前に宰相閣下の手伝いをしている時に、宰相閣下が軍事機密なども乗っている地図を広げてて、その時に」と言われた。一度見ただけだと覚えられないと思うのだけれど。相変わらずフランクは異常だわ。

「じゃあそこに向かいましょう。準備が必要だから……今日の十時にそこに集合で良いかしら?」

「分かった」

 フランクとギルは頷いた。


 

 私はお父様にレオンが囚われていると推測し、今夜向かう場所を伝えた。地図には書かれていないのに、お父様は驚かなかった。お父様もフランクも、機密情報を知っていてよいのかしら。

 私は疑問と感嘆を想いながら、魔力切れになったら私は魔術を使えないことを考えて剣を用意してもらった。


 ◇   ◇   ◇

 

 私とフランク、ギルは古い砦に近づいた。砦は、公爵家の領地境界線にほど近い、深い森の奥にひっそりと佇んでいた。苔むした石壁は崩れかけ、外部からはただの廃墟にしか見えない。砦の周りには数名の兵が居た。もう確定だ。

 私はフランクと目を合わせ、コクリと頷いた。何を言っているか悟った彼は馬に乗り、夜の闇へと駆け出した。

 何で七歳で馬を扱えるのかしら。ギルもだけれど。馬をまだ乗りこなしていない私は普通よね?凄すぎる人達が周りにいると、感覚が麻痺していってしまうわ。

 私は黒い外套を纏い、髪をきつく結んでポニーテールをし、腰には剣をぶら下げている。公爵令嬢の華やかなドレス姿とはかけ離れた装いにしたのは、ギルに助言されたからだ。もう少し派手目の服にしようと思ったのだが、「それで闘うのか?」となんとも言えない目で見られた。常識外れなのは異常なギルのせいでもあるのに。

「ソフィア、全員が訓練された兵だから気をつけろ。装備は軽装だけど、動きは洗練されている。恐らく、元傭兵か、裏稼業の人間だ」


 

 ギルは、音もなく森の闇に溶け込んだ。絶対に私はついていけない驚異的な速度と静けさだった。次に、彼は砦の裏手に回り込んだところで、最初の警備兵と接触した。警備兵は、砦の崩れた壁に背を向け、怠惰に見張りをしていた。

 その瞬間、森の闇から、一つの影が風のように飛び出した。金属音は一切しない。ギルは、警備兵の背後に回り込むと、男の首筋の急所に、鞘に収めたままの短剣の柄を叩き込んだ。ドンという鈍い音と同時に、警備兵は声一つ上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。ギルは、倒れる身体を受け止めることで、地面にぶつかる音さえも消した。

「一人」

 ギルは呟くと、警備兵の装備を調べ、合図用のホイッスルと短剣を回収した。

 次の警備兵は、通路の曲がり角にいた。ギルは、回収した小さな石を男から最も遠い草むらにピンポイントで投擲した。

「カサッ」

 警備兵が警戒し、音のした方を向いた一瞬、ギルは一瞬で距離を詰めた。今度は、手刀を警備兵の顎の下に叩き込む。警備兵は意識を失い、地面にゆっくりと倒れ込んだ。ギルは再び音を消し、その身体を物陰に引きずり込んだ。

 畏怖の念を覚えながら、私はギルの元へ音をできるだけ立てないようにしながら向かった。

 残る警備兵は二名。ギルは私を崩れた壁の陰に隠れさせた。

「ソフィア、ここからは地下の入り口への侵入だ」

「了解」

 ピシッと左手を額に添えている私を見てギルは少し微笑み、砦の正面へと向かった。正面の入り口付近には松明が灯され、警備兵が二人、油断なく立っていた。ギルは、回収した合図用のホイッスルを、自分の隠れている場所とは正反対の砦の奥で、極めて微かな音で鳴らした。

「誰だ!」

 警備兵の一人が松明を掲げながら奥へと走り出した。残った一人の警備兵が、背後で起きる異変に気づいた時、既にギルは彼の間合いの内側にいた。ギルは、剣が鞘から抜かれるよりも早く、彼の喉仏に拳を打ち込んだ。ドンッという大きな音。警備兵は呼吸を奪われ、苦悶の表情を浮かべたまま、その場に膝をついた。ギルは素早く彼の身体を支え、音を立てずに倒した。

 手刀って結構痛いのよね。私の前世の友人、手刀を遊びで弟に打って悶絶させちゃったらしいのよね。この警備兵は大丈夫かしら。

 何故か敵を心配してしまう。

 走り去った警備兵が戻ってくる前に、私とギルは地下へ向かう。ギルは隠されていた地下への扉を開けた。そこからは、湿った空気と古びたカビの匂いが流れ出ていた。

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