24.悪役令嬢は星今宵に抜け出す
時計が真夜中の二時を指そうとしていた。公爵家の広大な屋敷は、静寂に包まれている。
私は、私室から音を出さずに抜け出し、フランクとレオンが眠るゲストルームの扉をそっと開けた。フランクは既に深い眠りについていたが、レオンは微かな音に目を開けた。
「ん……あれ、お姉様?」
レオンは囁いた。私は人差し指を唇に当て、「シーッ」と合図した。
「ふふ、満天の星空を見に行かない?」
レオンの目が輝き、彼は音を立てずにベッドから抜け出した。フランクも、その微かな気配で目覚めたらしい。彼は目を開けた。私はフランクに近づき、「フランクも起きて。早く行くわよ」と囁いた。
「……ソフィアか。ったく、いくら七歳とはいえ令嬢が男の寝室に入っちゃ駄目だろ。それに、もう真夜中だぞ」
そう言うが、フランクは呆れ半分、好奇心半分といった顔だった。
「誰にも見つからなければ、問題ないわ。ギルがもう外で待っているから早く準備して」
フランクは溜息をついたが、結局私の押しに負けて、出かける準備をした。音を立てないよう、広大な屋敷の裏口から外へ出ると、ギルが身軽な服装で待機して居るのを発見した。そして、ギルに公爵家の領地内の、屋敷から少し離れた丘の上に案内してもらう。
「ギル、まさか本当に連れて行くとはな。公爵令嬢の常識を教えるべきだろう」
フランクは小声でギルに話しかけた。
「ソフィアには言っても無駄です」
ギルは淡々とした声で答えた。
「確かに」
フランクは納得したように頷く。この二人はなに失礼なことを言っているのかしら。淑女の扱い方分かっているのかしらね。紳士は淑女の言うことに難癖つけ無い!
目指す場所は、公爵家領地内の、屋敷から少し離れた丘の上だった。そこは領地内で最も星が綺麗に見える場所だと専属メイドのローラ経由で知っていたのだ。
深夜の道は冷たい夜風が吹き、彼らの吐く息が白く霞んだ。レオンは寒がる様子もなく、私の手をしっかりと握りしめている。
丘の頂上に辿り着くと、そこには息をのむような光景が広がっていた。
頭上に広がる夜空は、まるで黒曜石の鏡に無数のダイヤモンドを撒き散らしたかのように、数え切れないほどの星々で満たされていた。公爵家の領地は、帝都のような光害が少なく、ここは街から離れている為、天の川が肉眼でもはっきりと見える。天の川がこの世界でも見えるなんて思わなかった。
「わあ…...」
レオンは思わず声を上げた。フランクは上着を脱ぎ、それを広げて私とレオンに座るよう促した。さっきの失礼さはどこに行ったのかしら。紳士だわ。
ギルは周囲の警戒を続けながら、少し離れた場所に立った。
「今日は七月七日で、異国では七夕という祭りがある日なの。星祭とも言えるわね。七夕では、空にお願い事をするのよ。叶うかは分からないけれど。皆はどんなお願いをする?」
私は星々を見上げながら尋ねた。今日フランクを泊まらせ、外に出かけたのはこの為だ。大切な友人や義弟たちとお願い事をしたかった。
「そうだな……」
フランクは、夜空の最も明るい星を見つめた後、静かに口を開いた。
「公爵家領地の、次年度の財政安定と、領民全体の生活水準の向上かな。最も論理的で、最優先すべき目標だからな。あと、俺の家の領地も」
私は思わず、微かに笑みを漏らした。
「フランクらしいわね。願い事ですら、効率と論理を追求するのね」
「そりゃあそうだろ。願いとは、努力目標を空に投影することだ。現実的な行動を伴わない空虚な祈りは、ただの時間の浪費になる」
「それはそうね」
といっても、七夕の願いは行動を伴わなくても良いのだけれど。ここでも倫理的を求めるなんて、フランクが非論理的なことをすることはあるのかしら。あるとすれば、好きな人が出来たら、かしら。
「それでレオンは?どんなお願いをするの?」
レオンは瞳を夜空に向けた。彼の瞳には、星の光が反射して、まるで二つの小さな星が宿っているようだった。
「んー、そうなだぁ……。……僕は、大切な人達とこれからも一緒にいられますようにってお願いするかな」
レオンの横顔が寂しげに見えた。しかし、直ぐにレオンはいつも通りの笑みを浮かべていた。寂しげに見えたのは気のせいだろうか。
「素敵ね。ふふ、少なくとも私はそうなれるわ。姉弟だもの」
お父様やお母様は年齢差があるから無理かもしれないけれど、歳が同じで姉弟の私はレオンとずっと一緒に居られるわ。
「ありがとう、お姉様」
レオンは無邪気な笑みを浮かべた。
全員の視線が、少し離れた場所に立つギルに集まった。ギルは、相変わらず無言で、周囲の警戒を続けている。彼の存在は、この美しい夜にも影を落とす、忠実な従者そのものだった。
「ギルはある?お願い事はないの?」
ギルは、私の声に反応し、ゆっくりとこちらを向いた。
「特に無いですね」
「何でも良いわよ?速く走れるようになりたいとか、魔術が使えるようになりたいとか」
魔術は誰でも使えるので、ギルにも施工可能なのだ。
「それは目標で、願い事なので。……強いて言うのなら、……エドガーの病気が治ることですかね」
「ギルは本当に弟思いね」
私は情けなさを感じながら微笑む。病気になったのは環境や食事が関係するのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。エドガーを治すことが出来るのは、治癒魔法を扱える人だけだ。執事長のルドルフは使えるのだが、病気系のものは無理らしいのだ。加えて病気系も治せる治癒魔法を使える人は今居ないので、現時点で病気を治せないのだ。救うって決めたのに。
「ソフィアはどうなんですか?」
エドガーのことが気がかりなのか、私に『様』を付けるのを忘れてギルは言う。別に、敬称付けをしないでくれたほうが嬉しいのだけれど。
「そうね、私は勉強と礼儀作法を完璧に習得できますようにというのと、家系魔法が使えるようになりますように、かしらね」
一番は逆ハーレムを私が築け、タイプの人が私の前に現れることだけれど、これを三人の前で絶対に言えない。引かれるのは困る。
「さあ、みんな、そろそろ戻りましょう。夜風が冷えてきたわ。願いは叶うかわからないけれど、努力すれば必ず道は開けるものよ」
私はそう言い、フランクが広げてくれた上着フランクに返し、歩き出した。
◇ ◇ ◇
何故かバレており、お父様に一時間以上叱られた。お母様には「今後はこんなことしないでね」と言われてしまった。ギルを助けに行ったときより怒られなかったのは、ギルが付いて行ったと分かっていたからかもしれない




