23.悪役令嬢は友人達と年相応に遊びたい
私が五つの先進的な制度を打ち出した後、公爵家の領地内と屋敷内は活気に満ちていた。その中心にある私の部屋は、改革が始まってからというもの、小さな作戦会議室と化していた。
広いから問題ないけれど。
「最低賃金の導入についてだが、領地内の現状のギルドの規定との兼ね合いをどうする?一部の職人組合は強く反発するだろう」
フランクは、連日我が公爵家に通い、制度設計の論理的な側面を補強してくれていた。次期宰相なんて忙しいはずなのに。来てくれるなんてありがたいわね。
そう思いながら、フランクの課題に即答した。
「そこはギルに任せるわ。ギルは以前から領地の裏表を知り尽くしているもの。ギルの情報網を使えば、強硬派の組合も説得できるはずよ。どうかしらギル?」
ギルは頷き、喜んで協力すると言ってくれた。彼は既に、改革に反発する貴族や領地内の商人のリストを作成し始めていた。私の知り合いたちと公爵家の力を持ってすれば国家に反逆することも出来る気がするわ。皆優秀すぎるもの。
「ねえ、お姉様。この最低賃金の計算、フランクが言った経済の効率性を考えると、一律ではなく、領地の主要産業ごとに変えた方が、反発は少ないんじゃないかな?」
ソファーの片隅で静かに経済学の本を読んでいたレオンが、ふと顔を上げて口を挟んだ。彼の瞳には、同い年とは思えない、理路整然とした光が宿っている。
「そうね。一律適用は理想けれど、実運用は難しいわね。産業ごとの利益率を考慮する必要があるかも」
だけど、よく考えついたわね。中身が高校生の私や天才のフランクは分かるけど、まだ七歳のレオンが考えつくなんて。よくよく考えれば、「アマリリスの聖女」の攻略対象はほとんど頭が良かったわね。この頃からもそうだったのね。
「急に仕組みを変えると、今頑張っている人たちが困るかもしれないからね。郷に入れば郷に従えみたいに、元の仕組みにちょっとだけ優しさを足した方が、みんなも受け入れやすいと思ったんだよね」
その言葉を聞き、私は内心で深く感嘆した。
「お前たちの頭の中はおかしいよな。7歳が『経済の効率性』だの『郷に入れば郷に従え』だの……。異常すぎるな」
そうフランクは言うが、それを天才に言われても嬉しくない。私よりもフランクのほうが頭良いわよ。
私はフランクの発言に呆れた。
数日にわたる会議で改革の基礎設計は固まり、ギルが裏で動き始めたことで、私は束の間の休息を得た。私は基本的に休憩が必要なタイプだったから、嬉しすぎる。
「今日はもう終わりよ、フランク。貴方もレオンも、連日頭を使いすぎてるわ。このままいくと過労死するわよ。せっかく来ているのだから、子供らしく遊びましょ」
フランクはいつも仕事が終わると直ぐに帰り、友人らしいことは何も出来ていなかった。勉強会も出来てないわ。前世で楽しかったからしたいのに。
「遊ぶのは別に良いんだが、俺遊び方知らないぞ」
「え?遊び方を知らないですって?」
何を言っているのかしらこの天才は。遊んだこと無いのかしら。彼らならばありそうだけれど。毎日勉強してそう。
「もしかしてだけど……フランク、遊んだこと無いの?」
レオンは怪訝な顔でフランクに私の気持ちを代弁してくれた。フランクは問いを受け、視線を皆から外して明後日の方向を向いた。
「チェスやカードゲームはやった事あるんだが、授業の一環としてで、これを遊びに含めて良いのかどうやら」
肩を竦めて言う彼は、絶対に含めないと分かっている。それにしても……フランクは相変わらず異常だわ。もしかすると、聖女がフランクルートを選ばなかった場合、彼は遊んだことが人生で一度もなかったかもしれないわね。
「それなら尚更遊ばないとね。さ、行きましょう!」
私はフランクの腕を掴み、問答無用で庭園へと連れ出した。レオンは既に庭の奥へ駆け出していた。ギルは静かに、私達の少し後ろを追った。
私は豪華な公爵家の庭園の真ん中に立った。
「皆、どんな遊びをしたい?」
「はい!僕は鬼ごっこが良いです」
元気よく手を挙げ、レオンは鬼ごっこを所望した。前世の私は体力が無くて直ぐに捕まっていた、というか早々に諦めていたのよね。今世はいけるかしら。
「皆、鬼ごっこで良い?」
皆頷いたので、鬼ごっこをすることになった。
鬼ごっこは皆泥だらけになりながら行われた。
フランクは次期宰相としてのプライドをかなぐり捨て、レオンを追いかけ回した。レオンは俊敏で、七歳とは思えない機転でフランクを翻弄する。ギルは参加したら即勝っちゃうので参加せず、木陰で私達をたまにアドバイスをしながら静かに見守っていた。私も久々に外で身体を動かし、笑い声を上げた。
毎日私室で筋トレはしているが、外ではなかなか運動をしていない。庭園は観賞用だった。
「くそっ、レオン!足が速いな!」
鬼となったフランクは息を切らし、顔を紅潮させていた。
「運動不足のフランクには負けないよ!」
レオンは無邪気に笑った。
結局、フランクは毎回鬼となった。レオンは普通に体力が多く、誰も捕まえられなかった。私はフランクが近づいてきた時だけ逃げるという戦法を用い、無事捕まることはなかった。
たまにレオンがフランクへの妨害で、頭上から水魔法で水をかけたり地面に見えない落とし穴を作ったりしていた。すると、フランクも土魔法と水魔法で泥を周囲に噴射する為、皆泥だらけになった。やはりフランクが一番泥だらけだった。
一回ギルの方に水や土が向かったが、すべて表情をピクリとも変えずに避けていた。凄すぎる。
その後チェスをしたが、三回以外全てフランクが勝っていた。全員勝てたのは良かった。ポーカーもしてみたが、何故か私は半数以上最下位になった。不思議すぎる。
最後にトランプでババ抜きをした。
レオンがテーブルに広げたのは、五十二枚のカード。この世界では、まだトランプのような複雑なカードゲームは普及しておらず、レオンがどこからか手に入れた、珍しい輸入品だった。
「これは『ババ抜き』っていうゲームなんだ!ババを持ってる人が負けだよ」
レオンがそう説明した。フランクは興味深そうにカードを手に取った。
ギルは「配りますね」と言って、カードを配り始めた。私は表情筋を一切動かさない訓練されたポーカーフェイスでゲームに臨んだ。前世で鍛えた読書でにやけないためのポーカーフェイス。感情を見破られない自信しかないわ。
順調に物事は進み、結果私が一位、ギルが二位、レオンが三位、フランクが四位となった。フランクが得意の論理が使えないからしょうがないわ。
夕食は、特別に用意された軽食だった。庭園のテラスで、私達は笑いながらサンドイッチを食べた。
「レオンが最強だったな。今度はギルとも一緒に鬼ごっこをやってみるか」
「私もやってみたいけれど、そうすると直ぐ決着がついちゃうのよね。ギルに私たちの誰も勝てないわ」
元とはいえ、つい最近までプロの暗殺者だったギルに勝てるはずがない。勝てる人が居るとすれば、絶対に騎士になった方が良い。
「今日は泊まっていったら?今帰ると、家に着くのが遅くなるもの」
もう夕食を食べたいくらいなので、八時と時間と遅くなっている。フランクは少し躊躇したが、覚悟を決めて頷いた。
「分かった。ただし、明日は朝から最低賃金の予算案の続きだぞ」
え、嫌。そう反射的に思ったが、義務なのだと考え、その思いを消し去った。
「ええ、……約束するわ」




