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22.悪役令嬢は領地に制度を導入したい

「さあ、お父様のところへ行きましょう」

 私はレオンの手を取り、会場の中央にいるお父様とお母様の元へと歩き出した。

「大丈夫よ、レオン。国王陛下と王妃様がいらっしゃっても、習った通りにすれば問題ないわ」

 そっと囁くと、レオンはこくりと頷いたが、その表情には緊張の色が濃く出ていた。

 そこまで緊張する必要はないのに。でも、七歳だからしょうがないわよね。私も少し緊張しているし。緊張程度で収まっていることすら凄いのかしら?

 私たちが到着すると、お父様は威厳と優しさを兼ね備えた笑みを浮かべていた。

「レオン、ソフィア。よく来てくれたね」

 お父様が私達の名前を読んだ時、会場の音楽が静かに止み、執事が低く響く声で来賓の紹介を始めた。


 

「――国王陛下、そして王妃陛下の御成でございます!」

 会場の喧騒が一瞬で静寂に包まれる。すべての招待客が、入口へと深々と頭を垂れた。王族の中でも最高位、国王夫妻の登場だ。

 豪華な装飾を身にまとった国王陛下と、気品あふれる美しさの王妃様が、お父様とお母様に向かって歩みを進める。お父様とお母様も丁重な礼を捧げる。

 二人の挨拶が終わると、国王陛下の視線が私たちに向けられた。

「こちらが、我が愛娘ソフィアと、この度、我が家へ養子として迎えたレオンにございます」

 お父様が私たちを紹介する。この国の最高権力者たちを前に、私は全身の神経を研ぎ澄ませる。一歩前に出て、最も優雅で非の打ち所のないカーテシーを披露した。

 国王夫妻にはこれくらいしないとよね。

「ソフィア・サブジーナスと申します。陛下、王妃様、本日は、この舞踏会にお越しくださり、心より感謝申し上げます」

 声は落ち着き払い、完璧な敬意を示す。ここで噛んでいたら、お二方にこの先合わせる顔が無くなっていたわね。

 隣のレオンは顔を引き締め、挨拶した。

「レオンと申します。陛下、王妃様。お目にかかれて光栄にございます」

 レオンの礼は、まだ幼いながらも真摯で美しいものだった。

 流石レオンね。レオンが義弟になってそこまで日が経っていないけれど、そう思う。

 王妃様は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、レオンの愛らしく整った容姿と、歳の割に立派な挨拶に目を細めた。

「まあ、可愛らしい子。ソフィア嬢も、噂に違わぬ、見事な礼儀作法ですこと。我が国の未来は明るいと、安心いたしましたわ」

 私の噂と言ったら悪い噂では?まず、私は社交界に出るのは今日が初めてなはずなのだけれど、何故噂があるのかしら。

 そう疑問に思ったが、王妃様に感謝の返事をする。

「お褒めに預かり、もったいないお言葉でございます、王妃様」

 心情などおくびにも出さず、優雅な笑顔を崩さない。

 国王陛下は厳格な視線で私たちをじっと見ていたが、やがて満足そうに頷かれた。

「うむ。卿の娘と養子として、恥じることのない振る舞いだ。卿には、今後も我が国のため、筆頭公爵家として大いに尽力してもらおう」

「御意のままに、陛下」

 国王夫妻との挨拶を無事に乗り越え、続いて宰相夫妻など次席の来賓が訪れる。

 

 

 挨拶がやっと終わり、最高級の緊張から解放された私は、レオンと一緒にフランクの元へ行き、声を掛けた。

「やっと挨拶が終わったわ。それにしても、笑顔を貼り付けるのって大変なのね。簡単かと思っていたけれど、実際は口角が死にそうになるわ」

「挨拶まわりのあとの一言目がそれなのかよ。……ふっ、くくっ」

 フランクは一瞬呆れた顔をし、笑った。

 そんな笑うことじゃないと思うのだけれど。私は思ったことを言っただけなのよね。

「本当に、ソフィアは見てて飽きないな」

 笑って少し涙目になりながら見せた笑みは、彼が乙女ゲームの攻略対象だということを改めて感じさせた。まだ七歳なのに。


 

「あ、そうだわ。改めて紹介するわね、私の義弟になったレオンよ」

 そう言って、横にいるレオンをフランクに紹介し、一方後ろに下がってレオンの存在を主張する。二人はキラキラとした笑みを浮かべながら輝かしい挨拶をした。

「お姉様の義弟、レオンと申します。義姉の友人とのこと、どうぞよろしくお願いします」

「ご丁寧にありがとうございます。宰相家嫡男のフランク・ロペスと申します。今後もよろしくお願いします」

 ゲームのスチルにも見えないことはない場面だわ。二人の周りが輝いて見える。攻略対象同士が一緒にいるシーンってあまりゲームではなかったから新鮮ね。

「僕とも友人になって頂けませんか?お姉様の友人ならば信頼できるので」

「もちろん」

 レオンはすっと手を差し出し、思惑に気づいたフランクも手を差し出した。そうして握手を交わした二人を、貴婦人たちはうっとりと見つめた。


 ◇ ◇ ◇


 レオンのお披露目舞踏会から数日、私は机上の紙と向かい合っていた。

「何してるんだ?」

 そうギルから声がかけられる。友人が紙を睨みつけるように向かい合っているのだから、至極真っ当な質問だ。

「結構貯まってるお小遣いから政策でも出そうかなと思ったのだけど、何を選べば良いか分からなくて」

 領地発展の為、日本の政策や制度で良いのがあったら取り入れようかと思ったのだが、限られた私財の中でどれを選ぶべきかという点で悩んでいた。年金制度や子供一子につきお金の補助、領地内全店での有給制度、最低賃金など。一旦書き出してみたが、やはり決め手に欠ける。

 どうしようかなぁと頭を捻っていると、ドアが開いた。



「お姉様!フランクが来たよ」

 ドアを開けたのはレオンだった。どうやら友人になった後、フランクと仲良くなったらしい。

「ありがと、レオン。今行くわ」

 そう言って私は椅子から立ち上がり、紙を持ってフランクが待つ応接間へと向かった。

「ソフィア」

 フランクは私を見つけると、私に近寄ってきた。

「?手に持ってるその紙なんだ?」

 彼の視線は、紙の内容を読み取ろうとするかのように真剣だった。普通の令嬢は、友人とはいえ高位貴族の子息に会いに行く時にこんな紙は持っていかない。私もいつもならばテーブルに置いたまま行っただろう。だから、これは故意的なのだ。

「政策や制度のアイディアを書き出した紙よ。来たばかりで申し訳ないけれど、このアイディアの中から良いと思うものを選んでくれないかしら?」

 これが、フランクに紙を持ってきた理由だ。フランクは論理的に思考するタイプで、彼の思考は大人と匹敵するか、もしくはそれより上回っている。だから、このアイディアの中から良いと思うもの、そして改善点を教えてほしいのだ。



 私はソファーに皆を誘導し、ソファーに囲まれている机の上に紙を置いた。

「どうかしら?」

 そう聞くと、フランクは顎に手を触れながら、しばらく紙を読み込んでから言った。

「そうだな……俺が一番良いと思うのは、年金制度だな。高齢者が路頭に迷うことを防ぎ、社会不安を最小限に抑えられる。結果的に社会が安定し、若い世代が老後の心配から解放され、労働力も維持されるだろう」

 年金制度か。私も良いと思う。ただ、無限にお金があるわけではないから、少子高齢化にならないよう制度の設計には特に気をつけないといけないわね。

 そう思っていると、後ろに控えるギルから質問をされた。

「年金制度って一体どういう制度なんですか?」

「六十歳以上の人に支援金を渡す制度よ」

 日本では労働者からのお金で成り立っているけれど、今回は私の私産からなのよね。この世界の平均寿命を考えて、支援金を貰える年齢を少し低くしたのだけれど、この制度がどう働くかを見極めないと。

「聞いたことない制度ですね。ですが、とても良いと思います」

 そうギルが言うと、フランクが頷いた。

「だろ?……次は、産休制度だ。安心して子供を産めるから人口が増加し、労働力・兵力を増やすことにつながる。人が増えるから、産業的効果も見込めるだろう。産休制度によって、女性が仕事を辞める確率が減るのも良いと思う。女性の方が男性よりしっかりしているからな、利益の多い制度だと思う」

 産休制度は私も良いと思うわ。仕事を辞めたくないのに辞めなけれないけない人が減る筈だもの。私はこの制度を使えずに死んでしまったから、この制度が良いのかはまだはっきりとは言えないけれど。

「最低賃金制度の導入も良いんじゃないか。労働環境の是正と内需拡大が期待できる」

 フランクが言うと、妙に説得力がある。流石だ。



 フランクの話を聞き、私は年金制度、産休制度、最低賃金制度。そして、フランクが評価した低所得者への支援と義務教育制度の推進の五つを進めることにした。

「お姉様は本当に凄いね。僕だったら絶対思いつかないよ」

 レオンにそう褒められるが、これは私が考えたわけではない。元々知っている知識を提案しただけなのだ。

「そんなことないわ。だけど、ありがとう」



 私はお父様の執務室の扉をノックし、室内に入った。制度を提案するためである。

「ソフィアどうしたんだい?……レオンと宰相子息はどうしたの?」

 私と共に来た二人を見て、お父様は不思議に思ったらしかった。私が二人を連れてきたのは、駄目と言われそうになった時にレオンの可愛さとフランクの論理的思考&解説で父様を承諾させる為だ。

「二人のことはいったん気にしないでください。えっと、この紙に書いてある制度を提案したいのですが……どうでしょう?」

 私は緊張しながら紙をお父様に見せ、さっき決めた五つのアイディアを示した。フランクが補足するように一歩前に出たため、ソフィアはどんなものか、何故したほうが良いか、どのような効果が得られるかを解説するのを彼に任せた。

 少し渋るかと思ったが、お父様は直ぐに承諾してくれた。

「分かった。その五つの制度を領地内や屋敷内で確立させておくよ。それと、ソフィアの私産からだけでなく公爵家からも出しておくから」

「ぇ……あ、ありがとう存じます。お父様!」

 私の貯金から出すつもりだったけど、公爵家からも出してくれるなんて!お父様は本当に私に甘いわね。それとも、アイディアを良いと思っての行動かしら?分からないけれど、お父様には感謝ね。公爵家からも出してくれるのならもっと良い制度になるわ。

 お礼を言うと、お父様は優しく微笑んだ。

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