20.悪役令嬢は義弟が可愛い
いつの間にか現れたローラに淹れてもらった紅茶を優雅に飲み、ティーカップをテーブルに置く。
「レオンは三男だったらしいけど、お兄さんが居たの?それともお姉さん?」
「上の二人どっちも兄だったよ」
兄か。
事実に少しだけ驚く。
乙女ゲームのレオンがソフィアに愛情を求めていたのは前の姉がレオンを可愛がっていたからだと前世で考えていたので、兄だったのは意外だ。しかし、兄だったからこそ全く触れ合ってこなかった『姉』への愛情を求めたのかもしれない。そう考えると合致が行く。
それにしても、どんな人なのだろうか。優しく天使なレオンと血を分けた兄弟なのだから優しく穏やかな人かとは思うが、傲慢だった可能性もあるにはある。その場合は、兄が傲慢で愛情を貰えなかったからこそ姉に愛情を求めたとなるだろう。
その姉にも愛情を十分に貰えず、姉の気まぐれでしか貰えないのだとしたら、乙女ゲームのレオンが堕ちてしまったのも分かる。
考えれば考えるほど乙女ゲーム内のレオンが可哀想に思えてきた。元々可哀想ではあるが。
「お兄さん達、どんな人だったの?」
そう聞くと、レオンは顎に手をやり首をひねる。真剣に悩む姿に、言い方が悪かったと質問を変える。
「お兄さん達のこと、好きだった?」
「うん!好きだよ。僕に色んなことを教えてくれたんだ」
今度は笑顔で即答される。過去形ではなく現在進行中形なのがレオンらしい。天使が不自然な間も無く笑顔で好きと即答するのだから、優しい良い兄だったらしい。
そんな兄達と離してしまったのは少々心苦しいが、それでレオンと出会えたのだからしょうがない。
自己中かもしれないがそれが私なのだ。
「ところでレオン、クイズしない?」
「クイズ?」
突然の私のさそいにレオンは不思議そうな顔をする。
「ええ、自分のことについて相手に質問を出し合うの。そうしたら、相手のこと沢山知れるでしょ?どうかしら?」
いいアイデアだと思うが、物足りないかもしれない。そう杞憂していたが、心配には及ばなかった。
「もちろんだよ、お姉様!」
可愛らしさ全開の声とセリフに私は胸を打たれる。そして、可愛いとレオンの頭を撫でそうになるのを押し殺し、言葉を口から出していく。
「じゃあ、私の好きな食べ物はなんでしょう?」
「お姉様の?」
レオンは、真剣な顔で悩む。クイズなのでそこまで真剣にやらなくても良いとは思うが、ここでそれを言うのは駄目だ。
静かに見守っていると、思いついたらしく笑顔になり自信満々に言う。
「クレープ!」
「正解!あと、マカロンとチョコレートも」
この世界で貴族が多く食するお菓子はガレットやニールだ。ニールを最初に聞いた時は、聞き馴染みがなさすぎて人かと本気で思った。流石にガレットはお菓子だと瞬時に理解したが。というか前世にもあった。
マカロンはたまに食べるくらいの高級品だ。庶民では一生で一度も食べれないということもあるらしいのでそれと比べると、筆頭公爵家長女に転生して良かったと思う。前世でもマカロンはそれなりには高く半年に一度くらいしか食べれなかったので、一か月に一回は絶対に食べることが出来るなんて公爵家長女最高!となる。
チョコレートはこの世界でまあまあ流通しており、一生の中で一度は食べれるようになっている。私も食べようと思えば毎日食べれる。勉強や魔法のモチベーションの為にも、ご褒美で食べるようにしているが。
「ではお姉様、僕の誕生日はいつでしょう?」
「誕生日?うーんちょっと待ってね」
誕生日となると三百六十日から一日を選ばなければいけなくなるのだが、私の誕生日以降な筈なので四月十六日後になるが……。私の誕生日が早い為、適当に言うしか無い。
「六月二十一日?」
「正解は〜!……五月二十三日!惜しいね、お姉様」
五月二十三日。私と近い。五月二十三日ということは双子座だ。双子座の人は好奇心旺盛でコミュニケーション能力が高い人が多かった。まさにレオンだ。「アマリリスの聖女」を制作した人はそういったことも考えて誕生日を設定したのだろうか。しかし、堕ちる前の性格の誕生日にするなんてなんと言えばよいのか。
というか、レオンは乙女ゲームの攻略対象なのでファンブックに誕生日が記載されていた筈だ。つまり、言うことが出来た筈ということだ。恐らく五歳の時は言えたのかもしれないが、この二年間で膨大の知識が頭に追加され、攻略対象の誕生日といった正直要らないことは頭から抜け去っているのだろう。
もちろん全てではないが、レオンはぼんやりとしか覚えていなかったキャラクターだ。しょうがないと思う。
◇ ◇ ◇
「ゲランさん、腕離して貰ってもいいですか?」
「え?ああ、ごめん」
俺の言葉に、ゲランさんはソフィアの部屋から出ていく時からずっと掴んでいた俺の腕を離す。ぼんやりとしていた彼は力加減ができておらず、俺の腕を掴む力が腕の感覚が麻痺しそうになるほど強かった。
袖をまくって腕を見ると、くっきりと痣が残っていた。
その痣は一週間は消えなさそうで、ソフィアと会う時は袖をまくらないようにしなければと考える。余計な心配は掛けたくない。
ゲランさんの顔をちらりと見る。顔は相変わらず真っ赤だった。
「ゲランさん、ソフィア様のこと好きなんですか?」
「は!?」
更に顔が赤くなったゲランさんに、やっぱりそうなのかと俺は思う。
褒められただけでまるで熟したトマトのように真っ赤になるのは、ソフィアのことが好きだからとしか考えられない。ソフィアは優しくて明るく、人に好かれやすい性格をしている。何より、使用人にも他の人と変わらない態度で接してくれる。ゲランさんがソフィアを好きになっても、全く不思議に思わない。
既に、執事でも数人かソフィアを恋愛面で好いている人が居る。ソフィアに話しかけられただけで真っ赤だ。昨日もソフィアに『ありがとう』と言われただけでなっていた。見ていて面白い。
「いや、ちげえよ!?てか、なんでそう思ったんだ!?」
真っ赤な顔で聞かれる。顔が赤いと、怒られているのかと思ってしまう。
「ソフィア様に笑顔を褒められた途端、顔真っ赤になったじゃないですか」
「それはっ!……まあ、そうだけどな……」
上手い言葉が出ず、ゲランさんの声は小さくなっていき、最後はもごもごとした声になってしまう。しかし、好きでないのなら真っ赤になった理由が全く分からない。
「もちろん尊敬してるし、凄い人だと思ってる。だけど、恋愛面で好きになることはねぇよ。好きになったとしても結ばれることは無いだろ」
「!……そう、ですね……」
ゲランさんに言われ、そのことを痛感する。今まで避けてきた話題だ。避けても事実はそのままで、よほどのことがない限り変わらない事実を分かっているはずなのに俺はずっと避け続ける。
ソフィアはこの国の筆頭公爵家長女だ。庶民が普通、関われるはずがない。孤児で、暗殺者だった俺にはもっと関われるはずがなかった。
今ここにいるのは、奇跡と言っても過言ではない。ソフィアが俺達を助けてくれなければ、エドガーは死に、俺は組織の連中に良いように使われ、心が壊れていた。
この奇跡を起こしてくれたソフィアには、幸せになって欲しい。幸せにしてみせる。
救われた人は幸せだが、救った人は幸せじゃないなんておかしいことにはさせない。まあ、ソフィアは自力で幸せを掴み取るタイプだけど。
「なんで赤くなったのか俺にも良くわかんねぇんだ」
ゲランさんの声に集中する。
「笑顔を褒められたのは嬉しかったけど、赤くなるほどのことでは無いし。なんつーか、独り言みたいだったし……本当に思ってそうだったんだよな」
「それだと、嘘偽りなく褒めてくれたから赤くなったということになるんですけど」
因果関係が全くなっていない。ゲランさんの性格上、自分の相手への好意をすぐ理解しそうだが……初恋はまだだと言っていたし、恋愛面では鈍感なのかも知れない。気づいていないだけで、ソフィアのことを好きなのではないだろうか。
「そうだけど、そうじゃなくてな……自分でもよく分かんねぇんだよな。何であの時俺赤くなったんだ?」
ソフィアのことを好きだからだと思うが、尊敬しているという言葉も間違ってはいなさそうだ。尊敬もしているが好きだということもあるかもしれないが、情報が足りなすぎて判断できない。少なくとも、ソフィアとゲランさんの接点が増えればゲランさんはソフィアのことを確実に好きになると思う。証拠はないが、そう思う。
恐らく、恋愛面で今のところ好きではないが、好きになりかけているという所だろう。これが一番しっくりくる。
「俺の話はともかく、ギルはソフィア様のこと好きなのか?」
ゲランさんは、この話はもう勘弁というように話を変える。
「俺ですか」
似たようなことを昨日聞かれたと思いながら、昨日と同じように返す。
「尊敬してますよ」
「俺と言ってること同じじゃんか!」
『尊敬している』。この言葉は使いやすい。好意持っていながら、異性について述べている場合は異性としてみてはいないと一言で言える。だから、初めて会った人には勘ぐられることはない。例外はあるが。
本当に便利だ。この言葉がこの世界にあって良かったと思う。
「俺のこといじってくるけど、ギルだってソフィア様で動揺することあるじゃねーか」
ゲランさんの言葉に溜息をつくように首を動かす。
「性格も顔も良い、同い年の異性ですよ?それに……ソフィア様ですし」
性格は良くて、外見は国宝級の、同い年の女の子。
そんな子に笑顔を見せられたり他の人には見せない姿を見せられたりして、動揺しない訳が無い。しかも、自分と自分の弟を救ってくれた人だ。
まだソフィアを好きになっていないことこそ凄いことなのだ。もしもソフィアが貴族ではなかったのなら、俺は絶対にアプローチを仕掛けただろう。もしもソフィアが貴族でも子爵家くらいだったら、好きになっていただろう。
だが、ソフィアは願いとは裏腹に筆頭公爵家長女である。身分差が違いすぎるのだ。ソフィアを好きになっても虚しいだけだと分かっている。
婚約者を決めるつもりは無いと言っているソフィアだが、未来は分からない。この国にはまだ婚約者がいない貴族が沢山居る。どこの馬の骨かも知らない奴と運命の恋とやらに落ちるかもしれない。
だから、ソフィアを好きになるわけにはいかない。
好きになってしまったら、仕える人であり友人である彼女が自分以外と結ばれた時、心の底から祝福することがきっと出来ないから。
「好きになるわけにはいかないんですよ」
「……そっか」
先ほどまでゲランさんの興奮した声が響いていた廊下に、今は二人分の足音だけが静かに響く。沈黙が重い空気となって俺たちを包み込む様子に、まるで昔の自分の心のようだと、そう思った。




