16.悪役令嬢は義弟と会う
馬車が見えなくなり、私は衛兵に門を開けてもらい、自分の部屋に向かう。さっきまで後ろにギルが控えていたが、門から離れると私の横に並ぶ。
「ギル、フランクと仲良くなれそう?」
「どうだろうな。庶民と貴族だし。どうしてそんなこと聞くんだ?」
「私がフランクと会う機会、友達になったし増えると思うの。つまり、ギルもフランクと会う機会多くなるでしょ?なのに仲良く無いとかなんて最悪じゃない」
そう言うと、ギルは私をジッと見つめる。どういう感情かは、……よく分からなかった。
「婚約、しないよな?」
突然の問いに私は戸惑う。
「え、誰と?フランク?……よく分からないけど、誰とも婚約するつもりはないわよ」
「そうか」
え、何だったの?
質問の意図が全く分からず、私は頭を捻らせた。
考えていたがやはり分からず、こんなこと考えている暇があったらギルと話そうと、ギルに話しかけようとすると私の部屋の前に着く。
あ、着いちゃった。
「ありがとね」
私はギルにドアを開けてもらい、中に入る。前は、執事として当然のことだからお礼を言う必要はないんじゃないかと言われたが、毎回言っていたらギルも気にしないようになった。
中に入ると私は椅子に座り、辺りを見渡す。
よくよく見ると、すごい豪華だ。現代社会でこんな部屋に住んでいる子は、親が大手会社の社長や王族だろう。
陽光が燦々と降り注ぐこの部屋は、まるで澄み切った青空を閉じ込めたかのような、爽やかで清らかな雰囲気に満ちている。淡い水色とアイボリー、そして柔らかな金色を基調とした、優雅で洗練された空間だ。
部屋の中央には、天蓋付きの四柱ベッドが堂々と据えられ、そこには繊細な模様が織り込まれた真っ白な寝具と、薄い水色のシアーなカーテンが揺れている。
天蓋付きの四柱べット、憧れだったのよね。
前世の記憶を取り戻した時は、部屋が凄い幼女趣味で、いや幼女だったけど。ピンクが多すぎたのよね。
お父様がすぐ、内装を変えてほしいという願いを叶えてくれ、三日後にはこの内装になっていた。はしゃぎすぎて我に返った時、真っ赤になったのは懐かしい思い出だ。二年前だが。
窓からはまばゆい光が差し込み、室内の隅々まで明るく照らしていた。壁面はアイボリーのパネルに金色のロココ調の装飾が施され、その優美な曲線が部屋全体に華やかさを添える。暖炉の上には、美しい絵画が飾られ、その両脇には燭台が対になって置かれている。
窓際には、小さな丸テーブルと椅子が配され、ティータイムを楽しむのに最適な空間となっている。そこからは広がる庭園の眺めを一望でき、部屋の奥には繊細な象嵌細工が施されたチェストや、飾り棚が置かれ、上品な調度品や絵画がさりげなく配置されている。
床には、淡い水色の絨毯が敷かれ、その上に光が反射して、きらきらと輝いている。
私、こんな素敵な部屋に居たのね。
そのことに気づき、上機嫌になった私は軽い足取りで、椅子から立ち本棚からお気に入りの本を取る。本を取ると、私はくるりと一回転して本を大事に胸に抱え、本来の用途とは違うが窓際の椅子にストンと座る。
そして、一度読んだことあるが最初のエピローグから読み始める。
ああ、なんて幸せなのかしら。
素敵すぎると今さっき気づいた部屋で、大好きな読書をする。
それが、私にとって幸せでないはずがなかった。
五冊目の本を読み終わると、コンコンとドアが鳴り「夕餉の時間です」とローラの声が聞こえた。ギルじゃないのかと疑問に思ったが、今日は夕方までだったと思い出す。
「今行くわ」
私は本を本棚に入れ、ドアを開ける。そして、グレート・ホールに向かって歩き出す。行く途中、執事や侍女とすれ違った。
グレート・ホールに着くと、既に父と母が待っていた。そう、母も。
母、リーシェ・サブジーナス。病弱で、社交界には殆ど出ず、普段は部屋にこもっている。紫色の髪に、私と同じピンク色の瞳。病弱でなければ社交界の薔薇と言われたであろう美貌を持つ。聞いた話によると、お父様とは恋愛結婚らしい。
「お父様、お母様。お待たせ致しました」
「いや、そこまで待っていないよ」
「貴女と久しぶりに会えて嬉しいわ」
「私もです。お母様」
お母様と前世の記憶を取り戻してから会うのは十回目だ。だが、私のことを大切に思ってくれているし良い人なので、大好きと言ってもいいくらいには好きになっている。
私はお母様の向かい側の椅子に座る。出てきたのは、お母様の好物ばかりだった。
まあ、当たり前か。
私が美味しいと思ったのは、ポタージュ・クレールやアントルメだった。肉・魚料理は物にもよるが大体食べれはするという感じだった。お父様やお母様はデザートワインを締めで飲んでいた。
正直羨ましい。
ワイン風のジュースみたいの前世あったのに!
そのジュースが美味しかったので、ワインを飲んでみたいと思うようになった。だから、そのジュースが無いまま目の前でワインを飲まれるのはなかなかキツい。
お母様をお父様と一緒に部屋まで連れていき、帰ろうとすると、お父様が言った。
「ソフィア、明日の朝食から1時間くらい経ったら私の執務室に来てくれるかい?」
「?分かりました」
どうしたのだろうと思いながら私は了承する。用事がなにか、予想しながら私は部屋に帰った。
◇ ◇ ◇
「ソフィア様。お時間です」
そうギルからドア越しに声をかけられる。ギルから「ソフィア様」と呼ばれるのは、やっぱり慣れない。友達に敬語を使われるのが慣れないというのは当たり前だろう。
私は、読んでいた本をテーブルに置き椅子から立つ。そして、歩き、ドアを開ける。室内から出ると、ギルがドアを閉めてくれる。
「ありがとう」
私達はお父様の執務室に向かって歩く。
本当になんだろう?……もしかして婚約者?いや、無いか。
乙女ゲームの世界では、ソフィアはメイン攻略対象である王太子の婚約者だった。筆頭公爵家の令嬢だから、当然と言えば当然である。
勉学や魔法のことかしら?
勉学は、最高水準までとっくに行っていたから復習に入っている。幼いからか、頭に入ると全く抜けない。最高水準まで五才で行くなんて予想もしていなかった。きっと、やる気が前世の受験勉強よりあったのと、何より勉学の家庭教師が優しくてイケメンだからだろう。
私、ホントに面食いである。
魔法の方も、七歳でここまでは天才と言われても当たり前だろうくらいには行っている。宮廷魔術師見習いレベルだ。宮廷魔術師レベルは、早くても十歳にならないと無理そうだ。なにより、幼いので体力がない。毎日筋トレをしているが、それでも大人と比べると少ない。こっちの先生は、普通に怖い。私を筆頭公爵家の令嬢だと絶対思っていない。今、転移魔法を気に入っている。便利だからだ。
そんなことを考えていると、お父様の執務室に着く。そして、ギルにドアを開けてもらって部屋に入る。
「お待たせしました。どんな要件ですか?」
「ソフィアは女の子だろう?そうすると、この家を継ぐ人がいなくなってしまうから、養子を取ることにしたんだ」
その後の、「今は、大丈夫そうだから……」というのを私は聞き逃さなかった。
確かに、前世の記憶が戻る前の私は弟、しかも義弟なんてものが出来たら絶対その子の心を壊すだろう。
お父様は優しく微笑みながら、後ろに立っていた男の子の背中をポンと叩き前に出させる。私と同い年だろう。
「レオンです。これからよろしくお願いします。お姉様!」
か、可愛い!
鮮やかな赤色の瞳に、薄紫がかったピンク色のサラサラな髪。そして幼いながらも整った顔立ち。
可愛い!お父様、こんな可愛い子を義弟にしてくれてありがとう!
私は可愛いを連呼する。
「ええ、よろしくね。レオン!」
満面の笑みを浮かべてニコニコしている私に、お父様は少し呆れたような視線を向ける。だから、『こんな可愛い子を連れてきたお父様が悪いんですよ?』という視線を向けて、視線を向けさせるのをやめさせた。
「さあ、お父様なんか放っておいてお姉様と一緒に部屋に行きましょう?」
「はい!」
レオンは明るく笑う。
可愛いしか言えない……!
お父様の「なんか、って……」という言葉は聞かなかったことにした。
「レオン」
「なーに?お姉様?」
ぐ、天使!
気が緩みそうになったが、気を引き締め手を差し出す。
「手、繋いでもいいかしら?」
「いいよ!」
そうレオンは言って、私の手を取ってくれる。そして私の手を引っ張り走り出す。どこにいくのか、まず目的地があるのかと思ったが、このままいけば私の部屋に辿り着く道順なので知っているのだと思う。
「どこに行くの?」
「お姉様のお部屋だよ!」
やはり合っていた。
私は走りながら、後ろで私達の後を走っているギルに言う。
「私の義弟、可愛すぎないかしら」
「そんな真面目な顔で言われても」
分からない単語もあったと思うので、説明を書いておきます。
ポタージュ・クレー:澄んだポタージュ、コンソメも含まれる。
アントルメ:フランス料理のコース料理で、メイン料理の後デザートの前に出される軽食や甘い料理を指す。現在では、主に大型の洋生菓子、特にホールケーキを指すことが多い。




