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星刻の谷、星降る夜空の下で④


 地下での話を終えて地上へと戻ってきたところで、外はすっかり夕方を回って、夜の闇に包まれていた。

 ただでさえ薄暗い印象のあった森の中は、灯りを手にしていても歩くことが困難なほどに真っ暗になるという。


「もう時間も遅い。今より出歩くのは危険であろう。うちに泊まっていきなさい」


 そうしたバレスロンの申し出を、ふたりはありがたく受け取ることにした。

 尽きぬ話や整理したい考えも山ほどある。落ち着いて宿を取れるというのならば、それだけでとてもありがたいことだ。ただでさえ広いと思った大樹の中は、やはり部屋数も相当あるようで、エリンスとアグルエは三階部分にあった客室をふたつ借りられることになった。

 どうやらエリンスたちが地下に降りていた間に、レミィが簡単に掃除など宿泊の支度を済ませてくれていたようだ。


 ダイニングテーブルにつけば、ふわりと表情に花を咲かせたよう頬を赤らめたアグルエの前に、数々の芋料理が並べられた。

 揚げて塩を塗したものから、餅と混ぜられ丸められたものには醤油が塗られ、香ばしさとともにぬらりと光る。芋仕立てのスープに、とろりと溶けたチーズと絡められた芋が丸々と大きな皿に乗せられていた。

 そのどれをも美味しそうに頬張ったアグルエに、バレスロンやレミィもどこか満足げで、芋尽くしではあったけれど、エリンスも美味しくいただき、夕食までご馳走になってしまった。


 掃除や夕食の支度を手伝っていたレミィはというと、すっかりとアグルエに懐いている様子で。


「いつか、魔導士になりたいんだ、わたし! 魔法を教えて! アグルエおねえちゃん!」


 夕食の片付けも終わったころには、元気な笑顔を浮かべてアグルエにねだっていた。

 アグルエも今までそのように子供に懐かれたことがなかったようで、どこか嬉しそうにして魔法についての質問にこたえてあげている。

 そんなアグルエとレミィの様子に、バレスロンは優しく瞳を細めた。


「ありがとうございました」


 エリンスがそれとなく改めて礼を伝えれば、バレスロンは「いいんじゃ」と静かにこたえてくれる。

 そうしたところで、皺の寄る瞳は何やら静かに細められた。


「そういや、お主、剣はどうした」


 壁に立てかけておいた空になってしまった鞘には、バレスロンもずっと気にかかっていたらしい。


「折れてしまった。元より使い古しの鈍らで、近いうちに買い替えようと思っていたものだったから」


 故郷より持ってきたそれに思い入れはあったが、だが、戦いの際に折れたというのならば、剣にとっても名誉なことであろう。エリンスが思い返しながらそう語れば、バレスロンも何か思うようなところがあったようにして立ち上がった。

 紙とペンを持って戻ってくると、何やら手紙を書き出したようで、エリンスはその様子を見ながら、バレスロンの言葉の続きを待つことにした。

 しばらくして、手紙を書き終えたバレスロンは封をすると、石の塊を取り出し、それらを一緒にエリンスの前へと差し出した。

 不思議な輝きを持つギラギラと光る石はそれなりの重量があって、鉄鉱石の一種のように見える。

 エリンスが首を傾げれば、バレスロンは穏やかな表情で続けた。


「お主らはルースフェルを目指すのじゃろう。これらを『バレズキッチン』という店におる。わしの息子、バレズに渡してくれ」


 手を引っ込めてくれそうにはない。エリンスは手紙とその石とを受け取る。


「それで、いいようにしてくれるじゃろう。その石も売れば五万ゴルくらいにはなるはずじゃ。わしは、ああいう理由から、勇者協会というものは好かん。じゃが、お主らには感謝しておる。今回の礼、報酬として、受け取ってもらえたら、ありがたいことじゃ」


 金額を聞いて驚きもしたが、受け取ってしまった手前、返すわけにもいかないだろう。


「わかったよ、バレスロンさん。ありがとう」


 エリンスが目を伏せて頷けば、そんな様子を見て、駆け寄ってきたのはレミィだった。


「なーにっ! レミィも、お母さんとお父さんに、お手紙書く!」


 無邪気な声を上げたその姿に、アグルエも穏やかに笑っていた。



◇◇◇



 それから少しして、エリンスとアグルエはそれぞれの客室へと向かった。

 一度部屋に荷物を置くエリンスではあったが、まだ少しふたりで話したいこともあったな、と思い、アグルエの客室を訪ねる。

 部屋のドアをノックすると、彼女はすぐに顔を出した。

 同じ考えだったのだろう、二人は部屋の中、並んだ椅子に座って話をはじめた。


「……アグルエは、どう思った?」


 そう切り出したエリンスに、アグルエも少し考えたようにして「うん」と頷いてくれる。

 地下で見たことを思い返して、疑問や謎は数々あったが、そのこたえはどうにも今すぐわかるものでもないだろう。

 考えたことは結局、同じだったらしい。


「やっぱり、わたしは、勇者を探したい」


 アグルエが最初に出会ったときから言っていたことだ。地下で見た勇者と魔王の誓い、約束を思えば、魔王から託されたアグルエの旅の目的にも大きな意味がある。


「そうだな……それには、まだまだ、俺らが知らないことが、世界にはいっぱいあるらしい」

「うん……そうみたい」


 しみじみと頷き合ったふたりの視線は、自然と合った。

 自分が信じた『勇者』の存在に、『勇者協会』に疑心が生まれたことはたしかなことだ。

 だけど遠い幼き日、亡き親友と語った想い、そこにある灯、その志は変わりそうにない。


「俺も勇者候補生として旅を続けたい」

「きっと、それが、いいんだと思う」


 そう頷いてくれたアグルエに、エリンスも「あぁ」と返事を零す。


「ねぇ、エリンス。聞いてもいい?」

「なんだ?」

「どうして、エリンスは、勇者候補生になったの?」


 改まったようにするアグルエに、「なんだ、そんなことか」とエリンスはこたえた。


「小さい頃からさ、憧れだったんだ。育ったところは辺境の村で、勇者協会はあったけど、勇者候補生もほとんど立ち寄らないようなところでさ」


 懐かしむようにはじめた話に、アグルエは頬を緩ませたようにして、ただ聞いてくれた。


「そんな村で育って……ただの憧れだったんだけど……幼馴染だったツキトが手を引いてくれてな、あいつは、亡くなってしまったけど……その日から、あいつの想いまで、俺の夢になった」


 亡くなった友のことを語れば、アグルエは「そうだったんだ」と眉を落としたけれど、エリンスは顔を上げて笑顔でこたえた。


「だから、俺はあいつの想いまで背負って勇者候補生になったんだ。過去は振り返っても変えられないけれど、でも、おかげで……俺は、アグルエのことを護れた」


 振り切ってそう笑えば、その想いがアグルエにも伝わったのだろう。

 どこか真剣な表情を見せた彼女も、柔らかく笑ってくれる。

「それに」と、エリンスは忘れてはならないことを確認した。


「エムレエイみたいに、魔王候補生が、まだ追ってくるかもしれないんだよな」


 アグルエは「うん」と、神妙な様子で頷く。


「あの調子だと、きっと魔界では、わたしを倒せば魔王の座に近づけるって、そういうことになっているんじゃないかって、気がするよ……」


 アグルエが裏切り者だとされたという現状は、きっとエムレエイを倒したところで変わってはいない。


「だったら、同盟パーティとして、俺も立ち向かうだけだ」


 それこそが、勇者候補生になった意味でもあったようにして。

 力強くエリンスが頷けば、アグルエも笑顔を浮かべて頷いてくれた。


「頼もしい、ありがとうエリンス」


――コンコンコンッ!


 二人の会話が切れたところで、タイミングよく客室ドアがノックされる。

「はーい、どうぞ」と、アグルエが返事をすれば、開いたドアの隙間から顔を出したのはレミィだった。


「あ、おにいさんもいる! ちょうどよかった! 今日が、星降る日だってこと、おじいちゃんが言い忘れたって!」


 そう言ったレミィに、アグルエは「星降る日?」と首を傾げていた。


「うん、この谷がスターバレーって呼ばれるようになった、理由だよ!」


 そうして――ふたりはレミィに連れられて、部屋を飛び出した。

 客室を出れば、大樹のさらに上へと続く階段を上って――先を駆けていくレミィを追いかけ、長い階段を上り切ったその先、ドアを開いた向こうは、木の頂上付近にあった一本の太い枝の上だった。

 バルコニーのように柵が設けられたその場所は、森の中でも一番高い場所。

 この、スターバレーで空が一番近い場所で。


「うわぁ!」と興奮したよう声を上げたアグルエに、エリンスも息を呑む。

 森の中は深く暗い。

 だけど、草木の上、真っ黒なキャンパスを色とりどりに煌めく星の輝きが埋め尽くす。

 澄んだ空気には、白い吐息が昇っていく。そんな寒さも感じさせないほどに、広がる夜空は今にも落ちてきそうだ。

 キラキラと輝く星々に、アグルエの蒼い瞳の中でも星が散るようで。

 エリンスはそんな彼女の横顔をちらりとのぞけば、どこまでも無限に広がるような星の海を見渡した。


「今日は、一年でも星がよく見える日。そして――」


 レミィが説明する間もなく、満天を彩った星々が流れるように軌跡を描いた。

 幾重にも描かれる軌跡はあっという間に消えてしまって。

 驚くようにしてから笑顔を咲かせたアグルエに、エリンスも自然と笑い返して、ふたりはともに再び空を見上げた。


「すごい!」

「あぁ!」


 興奮冷めないアグルエの声に、エリンスは古来より残る言い伝えを思い出す。


――流れ星が消える前に願い事をすると、その願いが叶う。


 迷信であるとは思いつつ、だけど、エリンスはふいに口にした。

 そんなエリンスにつられるようにして、アグルエもまた呟いた。


「俺は旅をする、旅を続ける。きみの勇者に、なれるように」

「わたしはエリンスと旅がしたい。世界をもっと知りたいから」


 温もりを探したように、自然とふたりは手を取り合っていて。

 願いは、星降る夜空へ昇っていく。

 その日、星空は、そのようなふたりを見守るようにいつまでも輝き続けた。





『落ちこぼれ勇者候補生と最強の魔王候補生 ~出会い、旅立ち編Re,birth~』をここまで読んでいただきありがとうございました。

『出会い、旅立ち編』はここで完結となりますが、ふたりの旅は終わりません。

 こちらは、『Re,birth』と銘打った通り、アニセカ小説大賞へ応募するために書き下ろした、リメイク作品となっております。


 細かい部分で設定や名称(港町ルースフェル→港町ルスプンテル、など)が変わっていますが、続きはこちらから↓↓第三章『炎上の港町編』へと続きます。

『勇者と魔王の歪んだ世界~落ちこぼれ勇者候補生が救ったはらぺこは最強の魔王候補生!?二人はリバースワールドの果てに真実を探究する~』

https://ncode.syosetu.com/n2411hn/


 数々登場した勇者候補生たちの活躍だったり、アグルエを狙う魔王候補生たちの登場だったり。冒頭に出てきただけのシスターマリーさんの活躍や、この世界に残された謎も、本編完結済みでエリンスとアグルエ、ふたりの旅の終着点までを書き切っております。

 長い物語となりますが、続きが気になる方がいましたら、ぜひ。楽しんでいただけたら嬉しいです!

 続きもいつかリメイクしたいなと思いつつ。

 ブクマ、評価なども入れていただけたら嬉しい限りです。

 あとがきまで読んでいただきありがとうございました。


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