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プロローグ


 夜のような闇の静寂に、影がひとつ、路地を駆け抜けた。

 頭から足元まで覆う紺色の外套が走り去る風になびく。

 深くかぶったフードより溢れるしなやかな金色の髪は、渇いた空気に揺れている。

 灰色レンガの街並みは、街外れの荒野まで続いていた。

 背後を気にしながら道を逸れる少女は、裏路地に積まれた木箱を避け、再び路地を曲がって。

 細い道の陰に隠れるようにゆっくりと速度を落とせば、口元からは「はぁ、はぁ、」と、吐息が零れ落ちた。

 フードの下に覗くぱちりとした蒼い瞳は、不安の色に染まっている。


「探せ、まだ、そう遠くへはいっていないはずだ!」

「おう! わかってる!」


 姿の見えない男たちの怒号が後方より響き渡って、肩がびくりと震えた。


――まだ、追われている。


 少女は乱れた呼吸を整えるよう、胸元を押さえ路地の壁へ手をつくと、フードを少し上げて先を見上げた。

 都市の中心部からはもう遠ざかった。目的とする建物は目前で、しかし、黒レンガ造りの高い塀が行く手を塞いでいた。


「相手は小娘に見えるだろうが魔王の娘、最強と謳われた魔王候補生、あの『滅尽めつじんの魔王候補生』だ」

「どうしてそんなやつが裏切り者だって……」

「考えるのは後だ! 逃がしたら、俺たちの立場だってない!」


 背後には追手が迫っている。

 その目的だって、わかっていた。


――裏切り者って……まあ、そうなるよね……。


 この世界の在り方は二百年前に大きく変わってしまった。

 人と魔族の大きな対立――打倒魔王を掲げる人類の手によって。

 それまであった世界は歪んでしまったのだと、そう思えた。

 だからこそ、果たさなければならない想いがある。


――『勇者を探してほしい』


 たったひと言、託された言葉からはじまった少女の旅は、未だはじまってなどいなかったから。


「……こんなところで、立ち止まってはいられないよね」


 少女は両手を前へと伸ばし、手の先へと想いを向ける。

 願うは、障害物の破壊。道を切り開くこと。

 体内から溢れる黒い粒子――魔法の源となる元素、魔素マナが、その想いへこたえるよう手のうちへ集まりはじめた。

 瞬く光が収縮したかと思えば、瞬時に膨張し、爆発を引き起こす。

 激しく轟く爆音に大地は揺れ、土煙が巻き上がる。立ち昇る黒き炎はゆらゆらと透き通り、きれいな宝石のよう輝いた。

 ガラガラと崩れる壁の先、目的地までの道はできただろう。


「今の音は!」

「あっちだ!」


 後方より再び上がった声に、フードを深くかぶりなおす少女は振り向きもせず、ただ走る。

 要塞のように構えられる堅牢な建造物は、ここに古来より存在する『あるモノ』を安置するための場所だ。

 本来であれば人の出入りも厳しく管理される場所だが、いくら頑丈な壁であろうと、そう壊してしまえば関係ない。

 少女は塀と壁に開けた穴から建物内部へ侵入を果たし、黒い壁で囲われる回廊を抜けて大広間まで出た。


「今の騒ぎは?」

「侵入者をゲートへ近づけさせるな!」

「今、あれを使用させてはならない!」


 ろうそくの灯りが揺れる薄暗い建物内に、追手となる者たちが集まりはじめた。

 時間もなければ、迷っている暇もない。

 少女は不安に揺れていた瞳を鋭く細め、行く手に聳える高さ四メートルはある巨大な門を見上げた。

 駆ける足は止めずに手の先へ、先ほどと同じように魔素マナを集める。


――『お父様』から聞いた座標に合わせて……お願い、開いて!


 しかし、そう願っても、大きな門がこたえることはなかった。

『転移の門』を開くカギは、膨大な量の魔素マナ。本来であれば大人が数十人集まってようやく開くことのできる代物だ。

『魔界と人界の行き来』には、それほどの魔素マナを要する。

 そんなことは少女だって知っていた。


――ありったけを、くれてやる!


 念じた右手の先、少女はくうを掴むように力を込め、体内より発した黒き光を一点へと集めた。

 空いた左手で胸元を抑え、門へ突進するかのよう駆け続ける。

 背後より迫る追手の怒号などに耳を貸さず、想いを一点に突き抜けた。


――わたしの旅は、ここからはじまる。


 勇者を探すため。

 この歪んでしまった世界を真に救うため。

 それが、『魔王』に託された想いだったから。


――ひらけ!


 少女は夢中だった。

 体内よりありったけの魔素マナを放出したからだろう。朦朧とする意識の中、それだけを想ってそこへ飛び込んだ。

 わずかな光を発した門の隙間へ、その先へ続く旅路を信じて。


――「いってきます」


 誰にこたえたわけでもなかったけれど。

 白き光に手を伸ばし、意識を手放した。


 静かに閉まる巨大な門の前、後に残ったのは、呆然と足を止めた追手となる魔族たちだけだった。



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