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キラメクユメ  作者: 大月
1/1

第一話 星華高校入学

誤字・脱字等ありましたら、ぜひ感想でご指摘ください!



 「……ん」


 煌大はアラームの音で目が覚めた。


 春休み中、運悪くインフルエンザによって内部進学者限定の練習体験に行くことが出来ず、それはもう怠惰な生活を送っていた。


 早起きが苦手である煌大は、何とかアラームの音で起きることが出来た。


「……あれ?スヌーズ……」


 ふと、スマホの画面の上部にある時刻を見る。


 アラームは七時に設定していたが、現在の時刻は八時。


 煌大は入学初日、見事に寝坊した。


「やっべぇぇぇぇ!」


「母さんも寝坊した!ごめん煌大!」


 ドタドタと、朝から家中を奔走する慌ただしい音が響く。


 煌大の家は一軒家であるため近隣の住民に迷惑がかかることは……ある。マンションやアパートではないが、親子共々寝坊癖がついているため、高確率で慌ただしい朝を迎える。


 もうそれが日常茶飯事であるため、近隣住民はもはや何も言わなくなってしまったが。


 煌大は急いでパジャマを脱ぎ、制服に袖を通す。


「はい!パン!」


「食べながら行くわ!行ってひまふ!」


 食パンを咥えて、煌大は家を飛び出した。


 新調したカバンには新品の教材がパンパンに詰まって重いため、煌大はヨロヨロとしながら学校へと走る。


 家から学校までは歩いて十五分、走れば五分と少し。


 現在の時刻は八時二十三分。全力で走ればギリギリ間に合う時間だ。


 まだ四月の頭なのに気温が高く、その上病み上がりであるため、煌大の額からはじんわりと汗が流れる。


 『遅刻したらどうしよう』という焦りからの脂汗も混じっているが。


「はぁっ……!はぁっ……!死ぬっ……!」


 一ヶ月近くあった春休みをインフルエンザで棒に振った煌大にとって、この五分はあまりにもしんどい。


 高校野球に向けて体を作ろうと意気込んでいた矢先に発熱して倒れた煌大は、この一ヶ月まともに体を動かしていない。



「野球部……舐めんな……!」


 野球部であることに謎のプライドを感じた煌大は、一気に加速した。


「間に合え……間に合え……!」


 学校が見えてきた。あと少し。


「う……うおおおおおお……」


 雄叫びを上げようとしたが思っていたよりも声が出ず、なんともダサい雄叫びになってしまった。


 しかしーーー、


「ーーー間に合ったぁ……!」


 午前八時二十八分。


 花村煌大は、残り二分というギリギリのタイムで、校門へゴールインした。




 ーーー




「……ぷはぁっ!生き返る!」


 到着後、煌大は波乱の二分を過ごした。


 まず、自分のクラスとその場所が分からないことに気がついた煌大は、玄関へと走った。


 七クラスある中から自分の名前を一分で見つけ出し、階段を駆け上がった。


 一年生の教室は絶対に最上階にあると踏んだ煌大は見事にその賭けに勝ち、チャイムが鳴り終わる瞬間2教室にヘッドスライディング。


 判定はセーフであった。


「お前……本当によく間に合ったな」


「もっと褒めてくれてもいいんだけどな?」


「まず朝ちゃんと起きろ」


「すんません」


 九時から始まる入学式を控えた一年七組の生徒たちは、友人たちと談笑を楽しんでいる。


 『もう高校生かー』だとか、『部活何入るの?』だとか、そんな他愛ない会話が聞こえてくる。


 そんな中、煌大は小学生以来の親友、花園優(はなぞのゆう)と言葉を交わしている。


「それで、インフルエンザは治ったのか?」


「おかげさまで。なかなか熱が下がんなくてさー。


 練習見学、どうだった?」


「見学ってより、体験みたいな感じだった。


 僕も何人かの球を受けたし」


「俺よりいい球投げる奴いた?」


「一ヶ月近く投げてない煌大よりは、いい球だったかもな」


「万全の俺ならどう?」


「分かんね」


 優は煌大の親友であり、永遠のパートナーだ。


 煌大はピッチャーで、優はキャッチャー。互いにその道一本で、野球を貫いてきた。


「そこは『お前の球が一番いいに決まってる』って言ってくれよ」


「オマエノタマガイチバンイイニキマッテル」


「棒読みすぎるだろ!」


「ーーーなーんの話してーんの!」


 煌大と優が仲睦まじそうに会話をしているのを見て、薄いピンク髪の女子生徒、七瀬萌(ななせめぐ)がスキップで飛んできた。


「……どうしたんだよ」


「ん?なんか楽しそうに話してたから」


「……そっか」


 どこか気まずそうに顔を逸らす煌大。萌もそれを見て、下を向く。


 この状況で一番気まずいのは間違いなく優であろう。


「俺、トイレ行ってくるわ」


 煌大はそう言って、その場から席を外した。


 優と萌のみが残されて、二人の間に沈黙が流れる。


 ほんの少し時間が経ったところで、優が口を開いた。


「萌。気まずくないのか?」


「……何がよ」


「あんなことがあったのに、どうしてそんなに平然としていられるんだ?」


「……平然を保とうとするには、こうやって明るく振る舞ってないとダメなの。


 でなきゃ、今にも泣きそうだもの」


 萌の声が徐々に震えてくるのを、優は感じ取った。

 萌と煌大の共通の幼馴染である優は、度々萌の相談に乗っていた。

 結論から言えば、萌は煌大のことが好きなのだ。


 その約十年越しの想いを卒業式の日に煌大に伝えた。


 しかし、返ってきた答えは、


「萌のことは、親友としてしか見れない」


 という、残酷なものであった。


 優は昔から、萌の煌大に対する好意に気づいていた。


 しかし、鈍感な煌大はその気持ちに気づくことが出来ず、初めてその好意を知ったのが、その卒業式の日であった。


「私、煌大とどう接していいのか分からないの」


「どう接するかは萌次第だけど、僕なら距離を置く」


「それは辛いよ……だって、まだ好きだもん」


「諦めないってことか?」


「当たり前でしょ。もっと可愛くなって、振り向かせてやるんだからっ」


 どうやら萌は立ち直ったようだ。


 このように、優は萌の扱いには慣れているため、落ち込んでいても立ち直らせるのが非常に上手い。

 萌が自分で言った通り、彼女はまだ諦めていない。


 煌大を振り向かせるために始めたダンスは、高校でもまだ続けるつもりでいるし、勉強だって頑張るつもりだ。


「普通に考えてよ。昔からずっと一緒にいる相手に好きって言われて、意識しないはずがなくない?」


「少なくとも、意識してなかったらあんなに気まずそうにしないだろうな」


「でしょっ!でしょっ!まだワンチャンあるよね!?」


「上手くいくといいな」


「うんっ!」


 ちなみに、優は萌に対して全く恋愛感情を抱いていない。


 もっと言えば、生まれてこの方、一度も人を好きになったことがない。


 恋愛のことについては疎いが、聞き上手なのもあって萌の相談相手になっているというわけだ。


「……ただいま」


「おかえり」


「……」


「ーーー新入生諸君!!入学式が始まるぞー!」


 煌大がトイレから戻ってくると同時に、教員らしき人物が入学式に向けての移動を指示した。


 もちろん、入学式は大切な式典。出席番号順に並び、綺麗に整列する。

 一組から順番に移動するため、煌大達の所属する七組は一番最後だ。

 他のクラスは静かに待機しているため、周りもそれを悟ってか、誰も一言も発さない。


 煌大にとっては運悪く、萌にとっては運良く、二人は隣に並んでいる。


「ね、煌大」


「なに?」


「私、諦めないからね」


「何を?」


「ーーー煌大のこと」


「ふぇっ!?」


 いきなりのお気持ち表明に、煌大は思わず声を上げる。


 静かな廊下に、煌大のよく通る声が響いた。


「何で今それを言うかね……」


「さっきは煌大が気まずそうにしてたから言えなくて」


「俺なんかよりももっといい人がいるって」


 煌大がそう言って前を向く。ぞろぞろと列が進み出した。


「……居ないよ」


 段々と増えていく足音に紛れて、萌はポツリとそう言いこぼした。



 ーーー




「はぁ……こういう式典、疲れるんだよな」


「ああいう静かな場所にいると、おしっこ行きたくなるんだけど分かんね?」


「分かるわー!膀胱がムズムズする!」


 高校生特有の汚い話を聞きながら、煌大は机に突っ伏している。


 (俺、どうしたらいいんだよ)


 煌大は正直、かなり戸惑っている。


 他に好きな人がいるわけでもなく、萌が嫌いなわけでもないが、萌のことを恋愛対象として見るのは違うと、心の中の自分がそう言っている。


 萌とはずっと友達でいたいと、そう思う自分がいるのだ。


 萌はダンスにおいて、県内ならばトップレベルの実力であり、中学の頃はそれはもうモテていた。


 月一ペースで校舎裏に呼び出されていた覚えもあるくらい、萌は学年を問わず人気があった。


 それに対して、煌大は。


 県大会ではエースとしてチームを牽引して準優勝、その後も割といい成績は残していた。


 が、恋愛面はからっきしである。


 告白されたことなんてないし、バレンタインチョコだって萌と母以外からは貰ったことがない。

 クラス内では目立つキャラではあったが、それが逆にブレーキとなったのかもしれない。


 そんな自分が、萌なんかと釣り合うはずがない、と。


 萌が自分なんかを好きになるのは、勿体なさすぎる、と。


 そう思ったから、萌からの告白を断ったのだ。


 萌のことは大切だし、これからも大切にしたい。


 でも、萌と付き合うとなれば、自分の方が色々と足を引っ張ってしまう。


 それで、大切な萌に嫌な思いをさせるのは、嫌だった。


「煌大。部活、行くぞ」


「あれ?今日もう終わりか?」


「配られたプリント見てないのか?

 入学式が終わったあとは、もう外部入学の人達の部活動見学が始まる。

 僕たち内部進学者は、もういきなり部員として練習に参加するんだ。

 ちゃんと準備は持ってきてるだろうな?」


「あったりまえよ。バッグの中にちゃんと入れてきたし」


「そのバッグってどこにあるんだ?」


「……あれ?」


 煌大はここで、重要なことに気が付いた。


 朝、慌てて家を出た時、昨晩に散々確認した野球道具の入ったバッグを持ってきていなかった。


「お前ってやつは……」


「忘れたあぁぁぁぁぁぁあ!」


 花村煌大、十五歳。


 星華高校入学初日に寝坊をし、星華高校野球部入部初日に野球道具を丸ごと家に忘れるという二冠を達成。



 ーーー




 翌日。今日は昨日の反省を生かし、今日は授業を受ける体勢も野球をする体勢も万全である。

 とはいえ、体力的にはまだ万全ではなく、このままでは練習についていけるか不安であるため、早朝から外を走りに行くことにした。


 日中は気温が上がって夏日のような暑さになるが、六時前後となるとまだ少し肌寒い。

 薄手のジャージを着て、家を出る。


「寒っ……」


 息が白くなるほどの寒さでは無いものの、半袖短パンで出るには寒すぎるほどだ。ただ、ランニングをすれば体温も上がり汗もかくため、このくらいの気温が丁度いい。


 他の内部進学者達よりも一ヶ月分のブランクがある煌大は、危機感を覚えている。


 中学の頃は二年生にして不動のエース、優と共に県内最優秀バッテリーに選ばれたほどであった煌大は、もちろん高校でもその立ち位置を狙っている。


 そして、父と同じ『甲子園』という大舞台に立ち、父がなし得なかった『甲子園制覇』という夢を叶えるのだ。


 しかし、見事にスタートでズッコケた。


 練習体験もそうだが、特に昨日だ。練習道具を忘れるなんて、野球人、いや、スポーツ人としてあるまじき行為。


 とはいっても、昔から忘れっぽい煌大は、中学の時から何度か練習道具を忘れたことはあったが。

 でも、バッグごと忘れるのは人生で初めてだ。


 そのブランクを少しでも埋め合わせるため、まずは体力をゆっくりと戻すことから始めることにした。


「はっ、ふっ」


 父から教わった、呼吸法。


 出産の時によく聞く『ラマーズ法』のように、『一、二、三』と足をつけるタイミングで吸う、吐くを繰り返す。

 これで息は長く持つと、中学の頃にそう教えられた。

 実際、本当にこれで距離は持つのだ。


 ただ、あまり無理しすぎるのはかえって逆効果であるため、住宅街を軽く一周するくらいに留めておく。


 十分ほど走って、煌大は家へ帰ってきた。


「おかえり、煌大。

 萌ちゃん来てるわよ」


「ただいま……萌!?何で居るんだよ」


「ダンス部はもう朝練が始まるから」


「答えになってない……」


「煌大と一緒に学校行きたいなーって」


 萌はナチュラルにダイニングで朝食を食べている。

 固まる煌大を見て小悪魔的な笑みを浮かべる萌はちょうど朝食を食べ終わり、二階へ上がっていった。


「何で上がってるんだよ。まだ行かないのか?」


「ダンス部は朝練なかったんだったー」


「わざとだろ!」


「えっへへー」


 どうやらさきほどの萌の言い訳は嘘だったらしい。


 煌大は階段を上がっていく萌を見送るだけで何もせず、深くため息をついた。


「なんでそんな酷いこと言うのよ、煌大。

 萌ちゃんは、煌大と一緒に行きたいって言ってるじゃないの?」


「それは……

 ああ、もう」


 煌大も二階へ上がり、自分の部屋へと向かった。


「おい、萌……何してんの?」


「ベッドにうつ伏せになってる」


「俺のベッドなんだけど……」


「幼馴染である私にとって、これは私のベッドも同然!

 お泊まりした時に何回も一緒に寝たもんねー」


「……学校行くぞ。準備しろ」


「一緒に!?」


「……うん」




 目を輝かせる萌に、少々煌大は頬が緩む。

 一度煌大に告白してから露骨に好意をむき出しにしている萌に戸惑いはありつつも、身支度を始める。


 教科書類は早速置き勉してきたためほとんどバッグは空。持っていくのは練習着とグローブ、スパイク、バッテ(バッティンググローブ、バットを振る時に滑らないようにする手袋)等々の野球道具くらいだ。


 硬式野球部に入るにあたり、道具も一気に新調。ピカピカの道具に心が躍る。


「ーーー萌!?」


 ニヤニヤとしている煌大が、突然叫びを上げた。


 煌大が袋からグローブを出して見つめていたその時、背後から衣擦れの音が聞こえたのだ。


 とっさに振り返ろうとしたが、振り返ったらまずいことになりそうだったため、すんでのところで踏みとどまった。


「お前……何して……」


「えっち!」


「見てないわ!何で俺が部屋を出てから着替えないんだよ!」


「男の子って、こういうの興奮するって聞いて、やってみたの。

 そしたら、煌大も少しは私に揺れてくれるかなって……」


「なっ……とっ、とにかく、着替え終わったら教えて!」


 煌大は顔と耳を真っ赤にしながら、部屋を勢いよく飛び出した。

 昔から一緒にいる煌大は、萌の裸なんて幾度となく見ている。

 でも、高校生となった幼馴染の半裸を見るとなるの、抵抗がありまくりだ。


「もうっ……!何なんだよマジで……!」


 煌大は手のひらで顔を掴むように覆う。


 萌はというと、


「煌大の顔……真っ赤だった……」


 こっちもこっちで、両手で顔を覆っていた。

 煌大はあれだが、萌はそういう手の話に疎い。


 どうやって子供ができるのかを初めて知ったのは中学一年生の冬であったくらいだ。


 そんな萌が勉強(何でしたのかは秘密)して、煌大に仕掛けた。


 煌大も萌がまさかそんなことをしてくるとは思っておらず、流石に心臓の鼓動が速くなっている。


「……はい、終わったよ」


「本当に?」


「本当よ!」


 こんなことがあった後だから、煌大が疑うのも無理はないだろう。


 煌大は半目で恐る恐る扉を開けると、そこには制服を着た萌が立っていた。


 ほっと、安堵の息を漏らした煌大も、制服に着替え始める。


「絶対入ってくるなよ」


「それ、フリ?」


「フリじゃねえから!」


「……ふふっ」


 ドア越しに、萌は満足そうに笑った。



 ---



 時は流れ、放課後。


「やっと!部活に行けるっ!」


「良かったな」


 煌大は、拳を握って喜びを露わにする。

 約一ヶ月ぶりの部活に、煌大はワクワクが止まらない。

 煌大や優のような内部進学者はそもそも進学先が決まっているため、受験勉強をする必要が無い。


 そのため、最後の夏の大会が終わった後も、練習に参加することが出来たのだ。


 「ちゃんと道具は持ってきたのか」という優の問いかけに、親指を立てる煌大は、優と共に部室へと向かった。


「こんにちは」


「おっ、花園。右の奴は?」


「ちわっす!花村煌大です!野球部入部志望です!これからよろしくお願いします!」


「あー!お前が花園の片割れか!」


「なんすかそれ……」


 多分、最優秀バッテリーのピッチャーの方だといいたいのだろう。

 そんな、『じゃない方芸人』みたいな言い方しなくても、と煌大は苦笑いする。


 それと同時に、部員の多さに驚いた。


 優に聞いたところ、三年生三十人、二年生三十六人、そして新入部員は四十二人。


 煌大を除く総勢百七人の野球部員が、煌大のライバルになるというわけだ。


「花村。言っておくが、中学までとはわけが違うぞ」


「はい」


「ちょっとチヤホヤされたからって、あまり図に乗るなよぉ?」 


「はい」 


 先輩からの挑発に、煌大は乗りも、屈しもしない。


 ただ真っ直ぐな目で、挑発する上級生を見つめる。


「よぉーし!気に入ったァ!

 今日からよろしく頼むぜ、煌大!」


「……はい!よろしくお願いします!」


 部室は、一気に歓迎ムードに包まれて行った。




 ーーー




 星華高校のグラウンドは、それはもうとんでもなく広い。


 全国常連レベルの強豪であるサッカー部は別のグラウンドを持っているが、野球部、陸上部が使ってもまだ余るくらいの広さを誇る。


 野球部も、弱小というわけではない。中堅程度、と言ったあたりか。

 甲子園出場経験はなく、県大会準優勝が最高成績である星華高校は、直近の大会ではあまり成績がふるわない。

 そのため下馬評ではかなり評価が低く、結果的に下馬評通りの結果になることが多い。


 そんな中で、煌大と優の存在は星華高校野球部からは注目されており、密かに期待を寄せる者も少なくない。


 中学では県内指折りの好投手であった煌大と、同じく好捕手であった優。この二人に期待するのは自然であろう。


「……おい、監督が来たぞ。挨拶だ」


 上はジャージに下は野球ズボンの格好をした大人の男性が、ゆっくりと歩いてきた。


「正対!礼!」


「「「ちは!」」」


 野球部独特の、『こんに』の部分を発音しない挨拶が、広いグラウンドに響き渡る。


 内部進学者たちはその動きについていけるが、外部進学の部員たちはまだ慣れていないため、ワンテンポ遅れての挨拶となった。


 もちろん、煌大は後者の方だ。


「一年生。集合」


 監督の一声で、一年生たちがゾロゾロと監督の元へと駆けて行く。


 煌大と優もそれに続いた。


「まず、この高校の野球部に入部しようと思ってくれたこと、感謝する。

 オレは顧問の音無秀人(おとなしひでと)だ。これから、三年間、よろしく」


 音無秀人と名乗った監督は帽子をとって律儀にお辞儀をした。


 煌大たち一年生も軽くお辞儀をした後、音無は続ける。


「まだこの高校の野球部は、残念ながら甲子園に出場したことがない。

 オレは、オレの在任期間中に、甲子園へ出場することを目標としている。そして、きっと君たちも、甲子園に出ること、そして優勝することを志して、この野球部に入部してくれたと思っている」


 音無はベンチに腰かけ、腕を組んで一年生の円をぐるっと見回した。


 煌大は厳かな雰囲気の音無を見て、一層気が引き締まった。


「君たちはまだ一年生というわけだが……君たちには、先輩からレギュラーを奪うつもりで頑張ってもらいたい。

 そのくらいの気持ちでやってもらわないと、こちらとしても面白くないし、甲子園なんて遠い夢だ」


 先輩から、レギュラーを奪う。

 この並み居る部員達の中から、たった九つしかないレギュラーの座を奪うというのは、かなり狭き門だ。

 特に三年生は、煌大たちのような一年生とは技量も、経験も違う。

 そんな相手を押し退けてまで、レギュラーまで登り詰める。


 それくらいの意気込みでやれということだろう。


 煌大は決して、そんなことが簡単であるとは思っていない。

 煌大が目指しているのは、このチームの『エース』だ。何人ピッチャーが居るのかは分からないが、その中のトップに立たなければならない。


 『エース』として、甲子園へ行くのだ。


「特に、花村、花園、東雲。お前たちバッテリー三人には、期待している。

 花村と花園については、この県の中学野球出身なら大抵の人間が知っているだろう。

 東雲は、去年の全中の優勝校のエースだ」


 そう音無が告げた途端、一年生がざわつき始める。


 煌大の心の中も、ザワザワとしてきた。

 全中優勝校の、エース。せいぜい県内トップのピッチャーである煌大とはレベルが違う。


 それから、音無はこの部の大体の掟やルール、挨拶の仕方などを簡単にオリエンテーションした。


「君たちにも、夏大メンバーに入る可能性は十分ある。

 存分にアピールしろ」


「「「はい!」」」


 煌大は、さっきよりも気合いが入った。

 優とともに、全力でアピールして、メンバー入りを果たす。


 そして一年生エースとして試合を勝ち進み、甲子園へ出場、優勝!


 ここまでのシナリオ(妄想)は出来上がっているのだから。



 ---


「優。これ、どういう風に練習すればいいんだ?」


「この高校の練習は、『課題克服練習』って呼ばれる練習が主流らしくて、それぞれの課題を克服するために、個々で練習するんだ。


 全体で練習する時間よりも、課題練の方が圧倒的に多い」


「全体でノック、とか、フリーバッティング、とかないの?」


「休日は全体練習の方が多いかな。平日は基本こんな感じ。

 普段野手してる人がブルペンでピッチングしても何も言われないレベルで自由だぞ」


「自由だなぁ……」


 煌大と優が所属していた星華中学の野球部は、全体で揃って走り込みや、紅白戦、シートノック(それぞれポジションについて受けるノック)やケースノック(試合中に有り得るケースで受けるシートノック)をすることが多かった。

 中学までがそうだった分、高校野球部がこんな感じであることに驚きを隠しきれない。が、煌大にとってはかなり新鮮だ。


「どうする?ペア組んでなんかやるか?」


「久々に投げたいな」


「じゃ、ブルペン行こう。場所、分かる?」


「陸上部の方だよな?」


 こくりと頷いてボールを取りに行く優と反対側に走り出し、ブルペンへ向かった。

 グラウンドが広いため、端から端まで移動するとなるとかなり体力を持っていかれる。

 ブルペンは、何故か陸上部のトラックの近くにある。


 どうして野球部の方に設置しないのか甚だ疑問ではあるが、そんなことは言ってられない。


 この広いグラウンド内を走って移動するのもいいリハビリだと捉えて、煌大は走る。


「ここがブルペンか……結構綺麗だな」


 土は黒く、雨風を凌げる屋根もついているため、雨の中でもブルペンで投げ込むことが出来る。

 中学の時のブルペンは屋根がなかったから、ピッチング練習をする時は最悪雨ざらしになりながらということもあったが、その心配は無さそうだ。


 ふと、陸上部の方を見る。

 足の速かった煌大は、中学の時、リレーでアンカーを務め、陸上部と一騎打ちになったことがあった。


 なんと、そこで陸上部を負かした経験がある。武勇伝にも何にもならないが。


「ーーー」


 何も考えず、無心で陸上部を見つめていると、一人の部員に目が止まった。

 スラッと背が高くて、栗色の短いボブヘアーの女子部員。


 ポカーンと口を開けて、だらしない顔をしていることに気が付かない煌大を、現実に引き戻しのは優だった。


「おーい。煌大。ボール」


「お、おい、そこから投げるのか?」


 優と煌大の距離は七十メートルほど。

 優はブルペンから少しでてきた煌大に向かって、そのボールを投げた。

 キャッチャーである優は、もちろん強肩であり、それでいてコントロールも申し分ない。


「あ」


「おぉぉぉおい!すっぽ抜けてんじゃねぇか!」


 優が煌大に向けて投げたボールは案の定すっぽ抜け、煌大のはるか頭上を飛んで行った。

 その先には、陸上部。ノーバウンドで陸上部のところに到達することは無いだろうが、突然ボールが飛んできたら驚くだろう。


 煌大は急いで、陸上部の方へ走った。


「すいませーん!ボール入りまぁーす!」


 煌大は手を挙げて、大きな声で呼びかける。


「優のやつ……百七十キロぐらい投げてやる……!」


 この恥ずかしさは、後のピッチングの時に優で発散させてもらうことにした。

 転々と転がり続けるボールは、一人の部員の足にコツンと当たって、止まった。


「す……すみません……!」


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます……


 ーーーはっ」


 ボールを拾ってくれた人物は、煌大が目を奪われた、女子部員であった。


 (近くで見るとやばい……!どこをとっても完璧すぎる……!)


 煌大はボールを受け取り、「し、ししし失礼しまぁーす!」と言いながら慌ててブルペンへ駆け戻った。

 既に優は、ブルペン内のホームベースのところで待っていた。


「すまん。ありがとーーー」


「いいや、こちらこそありがとう!」


「?」


 首を傾げる優を見て、煌大は再度、陸上部の方を見た。

 さっきボールを拾ってくれた部員の人は、もう一瞬で見つけられるくらいになった。


「あー、華山先輩か。あの人、人気だよな」


「やっぱ人気なのかー」


「そりゃ、あんなに美人な転入生がいれば、男はみんな惚れるだろ。

 僕はそんなことないけど」


「転入生……先輩?」


「二年生だな」


 あの女子部員は、華山先輩。

 煌大は、忘れないように脳内で何回も復唱した。


「さ、立ち投げから始めよう」


「おう」


 煌大は優に背を向けて、華山先輩を目で追いかけながら、マウンドへ向かった。


「おわっ」


「ぶふっ」


 よそ見をしながら歩いていたため地面の出っ張りに気づかず、情けない声と共に転げた。

 優は我慢できずに吹き出した。


「笑うな!」


「いや、今のは笑うだろ。

 全学年のアイドル、華山先輩に目を奪われるがあまり……」


「俺の全力の真っ直ぐでお前のその顔を割ってやる」


「全身防具つけるから痛くないな」


「きーっ!」


 優はこうして、たまに煌大とおちょくり合うことがある。

 これは、優なりの親しみの表現である。


 煌大も悪い気はしないし、お互いに笑い合える。


 世界で一番、仲のいいバッテリーであろう。



 ---



 「座っていいぞ」


 煌大は肩慣らしが終わり、優はマスクをつけて屈んだ。

 煌大は基本的に肩が温まるのが早いため、せいぜい二十球くらい軽く投げれば問題ない。


「監督いないし、今チャンスだぞ」


「見に行こうぜ」


 そんな声が、ブルペンの外から聞こえる。

 違和感を感じた煌大は、ブルペンから顔を覗かせる。


 すると、ブルペンの周りには、野球部たちの観衆が出来上がっていた。


 県内最優秀バッテリーの実力は如何に、と言わんばかりに、次々に集まってくる。


「そ、そんな見せ物じゃないんですけど」


「マネージャー!スピードガン持ってきたか?」


「持ってきたよ!」


「どうなってんだこれ……」


 流石に百人を越える観衆に見守られながらのピッチング練習は、体験したことがない。

 が、この程度で緊張していては、甲子園の舞台に立つなんて無理だ。


 平常心を保とうと、深く深呼吸をする。


 マウンドプレートに足をかけ、優の股の部分に出されるサインを見つめる。

 一本指が下に向かっているのを視認した煌大は、ストレートの握りでセット。


 軸足に体重を乗せ、軸足で思い切りプレートを蹴って、力強く踏み込み、ボールをリリース。

 ボールは、ミットに吸い込まれて行った。


「球速は?」


「百三十九キロ!」


 マネージャーから球速が告げられた瞬間、どよめきが起こった。

 普通、高校一年生の球速というものは、速いものでも百三十キロと少しくらい。

 百四十キロ近く投げる投手は、そうそう居ない。


「ーーーボク、投げていいですか」


 煌大が気持ちよくなっているところに、一人の部員が名乗りを上げた。

 藍色の髪をした、足の長い部員。


 白い練習着の胸の部分には、『東雲』と書かれていた。


 (この人が、東雲……)


 音無がさきほど期待を寄せていると言っていた人間の一人である東雲太陽(しののめたいよう)が、煌大の隣のマウンドへ入った。


「誰か受けてやれ」


「あ、僕受けますよ」


 煌大の対角にいる優が手を挙げ、隣のホームベースへ移動した。


「花村くん。打席、入れる?」


「う、うん」


 太陽から打席に入るように言われ、煌大は右打席に入る。


 (身をもって体感しろってことかよ……!)


 煌大はそう思いながらも、バットを持っているかのように構えて、東雲が投げるのを待つ。

 どうやら、肩慣らしは済んでいるらしい。


 静まり返ったブルペン。太陽は足を高く上げた。


 (二段モーション……)


 今どきの高校生では珍しい二段モーションから、太陽は腕を力強く振り抜いた。


 ボールが空を切って進む、スーッという音が、これまで経験してきたストレートの中で一番はっきりと聞こえた。

 そして、太陽が投げたボールは、煌大のインコースを抉った。


 ホームベースのラインを、ビタビタに突いてきたその球に、煌大は度肝を抜かれた。


 (これが……全国レベル……!)


 煌大が目を見開いて驚いているところを追撃するように、マネージャーが球速を告げた。


「ーーー百四十五キロ」


「百四十五!?」


「おいおい、本当に一年生かよ、こいつ!」


「西山の何倍?」


「俺そんな遅くねえし!」


 煌大のストレートが百三十九キロであるのに対し、太陽のストレートは百四十五キロ。

 この六キロの球速差というのは、かなり大きい。


「花村くん。今、ボクがインコースを抉ったのは、宣戦布告って意味だよ」


「宣戦布告?」


「ーーー君に、エースは渡さない」


「ーーー」


 東雲太陽は、煌大に指をさしてそう言った。


「……お前」


「ん?」


「……人に指さすのはどうかと思うぞ」


「……ごめん」


 太陽は指をしまい、脱帽して謝った。


 


 ーーー




 その後も打席に入ってピッチングを体感したが、変化球のどれもにキレがあり、簡単には打てそうになかった。

 彼の持ち球は、ストレート、スライダー、カットボール、カーブ、チェンジアップ。高校生にしては、かなり多彩な変化球を操る。

 煌大の持ち球は、ストレート、スライダー、カットボール、スローカーブ、フォーク。煌大も、持ち球としては悪くない。


「煌大との決定的な違い、なんだと思う?」


「球速差かな」


 煌大が即答するも、優は首を横に振った。


「ズバリ、キレだ」


「キレ……」


「病み上がりだから本調子じゃないのは、今までずっとお前の球を受けてきた僕には分かる。

 それにしても、東雲の球はよくキレる。

 なんて言えばいいのかな……こう、煌大の真っ直ぐ《ストレート》はノビがあるけど、東雲の真っ直ぐはノビに加えて、打者の手前でもう一回グイッと伸びてくるんだ。

 間違いなく、今まで受けてきた中で頭一つ抜けてるよ、あいつは」


 煌大は、長年のパートナーである優にそう言われ、ほんの少しショックを受ける。

 だが、優の言いたいことは分かる。打席に入って太陽の球を見た時、優が今言った通りのことを感じた。

 打者の手前で鋭く曲がる。曲がる幅なんかはあまりそこまで大きくないものの、緩急とキレがあるのだ。


 まさに、煌大の憧れるピッチャーそのものである。


「まあ、そんなに気を落とさずに頑張ろう」


「……おう」


「じゃ、僕は先に帰るよ」


「お疲れ。また明日な」


 優は驚くべきスピードで着替えを済ませ、「失礼します」と言って、部室を後にした。


 煌大は、早くもライバル視する相手ができた。

 東雲太陽。全中優勝校のエースピッチャー。

 煌大も、全く太刀打ちできないほど、というわけではない。


 これから練習を積み重ね、人一倍、二倍の努力を重ねていけば、きっと太陽に追いつき、追い越せると煌大は信じている。


「花村くん」


「……ぬぁにぃ?」


「その……野球部ではライバルでいいから、それ以外では仲良くしてね……」


「………………うん」


 東雲太陽は、案外良い奴なのかもしれない。


 煌大はそう頭で呟きながら、せっせと着替えを進めた。




 --- 



 着替えを済ませ、部室を出た煌大は、重い足取りで家へ帰る。

 自分では敵わない相手では無い。


 そう分かっていても、やはり優のあの発言はへこむ。


『間違いなく、今まで受けてきた中で頭一つ抜けてるよ、あいつは』


 まだ入部初日であり(煌大のみの話だが)、これから引退までかなりの時間が残されているとはいえ、こんなことまで言われたら悔しい。

 もちろん、努力次第で結果は変わる。

 でも、太陽だってこれから努力をするだろうから、煌大よりももっと上へ進んでいってしまい、置いていかれるかもしれない。


 レベルの違う相手を目の当たりにしたのは、初めての経験だった。

 煌大が県大会で優勝できなかったのは、自らのエラーのせいだった。

 そういう大事な場面で致命的なミスをしてしまうそのメンタルも、煌大の課題の一つである。


 最優秀バッテリーに選ばれたのは自分としても誇らしいが、満足はしていない。


 常に、上へ。行けるところまで上を目指すのが、花村煌大なのだから。


「……にしても」


 と呟く煌大の脳内には、華山先輩の姿が浮かぶ。

 遠目から見ても分かる、一際目立つあの美貌。

 近づいてみるとなお際立つ、アイドル性の高さ。


 ボールを受け取った時、ふわっと香ったあのいい香りが、煌大の鼻腔の中に……

 ちょっとこれ以上は気持ち悪いからやめておこう。


 だが、煌大の脳内にあの姿が焼き付いたのは事実だ。


 そう、これは、このように言えるーーー。


「……俺、一目惚れしたかもしれないな」


 煌大は、目を閉じて手で顔を覆った。


 思えば、二日目にしてみんな言っていた。


『二年生の華山先輩、めっちゃ可愛かったわー』


『あんな人と付き合えたら人生薔薇色なんだろうな』


『友達になれるだけでも奇跡だろ、あんな人』


 という感じで、既にほとんどの一年生からも人気を醸していた。

 そんな人と、あれだけでも言葉を交わせただけで、煌大は幸せ者だと自負している。

 これから一生関わることの無いような先輩だが、煌大は残念なことに一目惚れしてしまった。


 (でも、接点がないことにはなぁ……)


 いきなり話しかけて、『お友達になりたいです』なんて言ったらキモがられるに決まっているし、でも何もアクションを起こさなければ何も起こらない。


 野球部の先輩に、仲良くなりたい旨を伝えて貰うというのも悪くない案だが……それはそれで他力本願な感じがある。


「うーん……」


「ーーー何してるの?」


 立ち止まって考え込む煌大の背後から、声が聞こえた。


「深ーい考え事を……へっ!?」


 煌大が後ろを振り向いた瞬間だった。

 目の前に立っていたのは、今の今まで脳内に存在していた人物。


 煌大が一目惚れを決めてしまった華山先輩が、そこにいた。


「考え事かー。わたしもよく悩むことあるからわかるなー」


「こ、こんなところで何を!?」


「立ち止まって唸り声あげてた君に言われるのは心外だな。

 何してるのって、わたしも家に帰ってるんだよ」


 それはそうか、と煌大は我に返る。


 「そうですか……」と一言零し、振り返って走り出した。


「えっ、なんで逃げるのっ」


「さようならー!」


 煌大はバッグを抱え直して、全力で走る。

 徐々に落ちていく日の中、ツインターボがついているのかというぐらいのスピードで家へと走る。


「ーーー待ちなさーい!」


「何で追ってくるんですかー!?」


「そりゃ目の前で逃げられたらいい気はしないでしょー!」


「はっ。確かに」


 何の言葉もなしに逃げ出すことは失礼だと考えを改めた煌大は、その場で急ブレーキ。

 華山先輩はすぐ背後に居たため、急ブレーキをかけた煌大に反応できず追突した。


 煌大は持ち前の体幹を生かし、何とか倒れずに済んだ。


「せっかく帰り道おんなじなんだし、一緒に帰ろうよ」


「そ、そんな……悪いですって」


「いいじゃん」


「……」


 煌大は渋々、華山先輩の隣を歩くことにした。

 実際のところは、『渋々』なんて表現は間違っている。

 嬉々として、隣を歩くことにした、が正しい。


「わたし、華山夢花(はなやまゆめか)と申します。以後、お見知しりおひっ」


「……舌かみました?」


「噛んら」


 煌大は「ふはは」と笑うと同時に、華山先輩の下の名前が夢花であるという機密情報を手に入れた。

 「なんで笑うの」と可愛く怒る夢花に、「自己紹介で噛まれたらそりゃ笑いますよ」と返す煌大。


 (うわ、なんか友達っぽい会話……!)


 会話すらできない他の生徒たちに対して優越感すら覚える今の状況。ずっと家に着かなければいいのにとさえ思う。


「君は?なんて言うの?」


「花村煌大です。野球部です」


「わたし部活言ってなかったね。陸上部です」


 煌大の後に続いて、夢花は所属している部活の名前を口にした。

 そんなこと知ってますよ、と言いたいところを我慢して、煌大は必死に次の話題を探そうとする。


 だが、恋愛ほぼ未経験である煌大は、異性と二人きりで会話をする時のデッキがあまりにも少なすぎる。

 手札はもうゼロ枚である。


「わたし、今年から星華高校に転入してきたんだ。

 だから、学年的には上だけど、星華高校生徒としては、煌大くんと同じ一年生だね」


「そうですね。

 でも、何で俺が一年生って?」


「見た目がそうっぽいから!」


「三年生だったらどうしますか?」


「……どうしよう!ごめんなさい!!」


「一年生ですけどね」


「……なーんだ」


 煌大は夢花の一挙一動を見ている。

 全てにおいて可愛らしい、と煌大は心の中で叫ぶ。

 心臓の鼓動は速く、多分体も熱い。


 惚れた相手と一緒に下校するなんて、高校生活二日目にして何たる青春を送っているのだ。


「あれ?煌大くんもこっち?」


「はい。先輩も?」


「うん。割と近所だったりするのかもね」


 にこっと笑う夢花に、脳の中で叫び散らかす煌大。可愛いが止まらない。


「ここ、どっち?」


「こっちです」


「わっ、同じだ」


 (嘘だろ!?)


 曲がり道が来る度に、同じ方へ曲がる煌大と夢花。

 その間、煌大の会話デッキは相変わらずゼロである。

 夢花の方から話題を提示してくれて、『いつから野球をしているのか』や、『好きな食べ物は何か』について話したりと、小学生のような会話はしているが。


「あの……まさか、こっちだったりしますか?」


「その……まさかです」


 煌大の家までの、最後の曲がり道まで一緒になってしまった。

 流石に偶然がすぎると感じたのか、夢花も一言も発さなくなってしまった。


 煌大の心臓の音が、どんどん大きく、速くなっていく。心拍数は百二十くらいだろう。


「……着きました」


 煌大は足を止めて家の方へ体を向ける。

 すると、夢花は「えっ」と声を漏らす。


 煌大はその漏れた声を聞き取り、夢花の方を見る。


 夢花は驚いた表情のままーーー、


「ーーーわたし、ここ」


 煌大の向かい側の家を指差して、そう言った。

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