わがまま
本編完結済み
今は甘めのおまけ話を投稿中です
墓参り後、その場で解散することとなったため、カイは帰宅するアメリアを自宅まで送ることにした。
街灯に照らされる道は真っ暗であり、転んでは危ないため繋いだ手をカイのポケットに入れるという行為はやめにしたが、代わりに恋人つなぎは継続してホクホクと心を温めた。
「食事会、楽しかったね」
「うん、そうだね。今日は墓参りまで付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとうね」
優しく微笑んだアメリアが不意に、ふふっと柔らかく吹き出す。
「どうしたの? アメリアちゃん」
「ううん。ただ、カイ君って兄弟と一緒だと雰囲気変わるんだなって、思い出したら面白くなっただけ。喧嘩とかするんだなって」
クスクスと笑うアメリアにカイの顔が赤くなる。
「いや、まあ。だってケイ、生意気だし。弟って想像するほど可愛い存在ではないよ」
「そっか。でも、やっぱり私はカイ君がお兄ちゃんって感じの振る舞いをしているのを見るの、好きだけれどね」
アメリアに頬をつつかれるとケイは口をモゴモゴとさせてから押し黙って、ふいっと目を逸らした。
照れて歩調を早めるカイに対し、アメリアも早歩きになる。
普段お喋りをしながらのんびりと道を歩いているのに比べると、今回、アメリアのマンションに着くまでの時間は極端に短くなった。
「送ってくれてありがとうね、カイ君。もう暗いから、気をつけて帰ってね」
玄関前でアメリアが明るく笑う。
しかし、「うん」と頷いたはずのカイは浮かない顔をしている上にマゴマゴとしていて、なかなか帰宅しようとしない。
「どうしたの? カイ君」
「いや、あのさ、付き合って一週間で家に上がり込もうとするのって、やっぱり駄目かな?」
カイは男性があざとく恋人の女性に甘えることを恥ずべき行為だと思っている。
支えられるよりも支えるように。
弱音を吐かないように。
頼りない、駄目な男性になってしまわないように。
極力、気を付けてアメリアに接しているカイは甘えるのがあまり得意ではない。
そのため、カイは断られるのを前提とした軽い甘えとは対極的な罪悪感タップリの暗い表情で問いかけた。
「確かに、一週間で家に上がり込もうとする人は軽く見えちゃうかもね」
微笑んだアメリアの表情が、悪感情を仕舞い込んだ愛想笑いに見える。
「そっか、そうだよな。変なこと聞いてごめん。俺、帰るよ。アメリアちゃんも風邪をひかないようにね」
あっさり諦めたカイが切なく笑って帰路につこうと踵を返す。
早足になって素早く立ち去ろうとするカイの腕をアメリアがガシッと掴んだ。
「カイ君、早とちりしないの。ほら、おいで」
キュッとカイの腕を掴んだままのアメリアが片手で器用に玄関のドアを開ける。
導かれるままに室内に入るとカイはアメリアの用意したクッションの上に腰を下ろした。
部屋にはどことなく柔らかい芳香剤の匂いが漂っていてソワソワとさせられたが、同時に強い安心を覚えて落ち着いた。
アメリアは台所でお茶を沸かしている。
「はい、熱いから気をつけてね」
コトンとテーブルの上にマグカップを置くアメリアに、カイが「ありがとう」と嬉しそうに礼を言った。
一口お茶をすすれば夜風にさらされた冷えかけの体が内側からポカポカと温まる。
「寒いから、お茶が染みるね」
「うん、おいしい」
アメリアの言葉に頷いて、二人で何となく手を繋ぐ。
「急に無理言ってごめんね、アメリアちゃん。なんか、一人で帰るの嫌になっちゃってさ、わがまま言っちゃった。せめて、遅くならないうちに帰るから」
言いながら、本当は家に帰りたくなくてカイは俯いた。
寒い中で帰路に着き、嫌な思い出の眠る冷え切った自宅に戻ったら心に溜め込んだ温かさが全部抜けるような気がしていた。
寂しそうなカイに対し、
「あれ? カイ君、家に帰る予定だったの? まあ、着替えとかないもんね。てっきり明日は休みだから泊っていくんだと思ってたよ」
と、アメリアが目を丸くした。
「いいの?」
問いかけるカイも驚いて目を丸くしている。
これに対し、アメリアはあっさりと頷いた。
「いいよ。だって、これから家に帰るのは大変でしょう? この後に夕食を食べて、ちょっとのんびりしたら、あっという間に夜中になっちゃうよ。別にいいよ、泊まるくらい。だって、もう恋人だし」
確かに、ロクに互いを知らない内に交際を始めて一週間程度で家に上がり込もうとされれば誰だって身構えて拒否をするかもしれない。
だが、自分たちは既に付き合う前から互いの家を行き来していたくらいなのだから、今さら軽いも重いもない。
先ほどのアメリアは、そのように言ってカイを自宅に招こうとしていたのだが、言葉を出しきる前に会話を切られてしまったため、少し困惑したらしい。
困っちゃうね、とアメリアが笑うと、勘違いを知ったカイが恥ずかしがってほんのりと頬を赤くした。
「いや、だって、恋人として家にお邪魔するのは、また特別な事だと思ったから」
「そんなこと無いと思うけど、そうなの?」
「そうだよ、だって……」
赤面したカイがチラリとアメリアの艶やかな口元や胸元を見て鼓動を早める。
不意にアメリアが繋いだ手をキュッと握ると、カイは心臓まで握りつぶされたような錯覚を覚えて肩を跳ね上げた。
「カイ君、大丈夫?」
「大丈夫じゃないかもしれない。俺、やっぱり遅くならないうちに帰ろうかな」
正確には「理性の利くうちに帰ろう」が正しい。
カイがソワソワ、モゾモゾとしているとアメリアが不服そうに口角を下げた。
「そうなの? 私はもうちょっとカイ君と一緒にいたかったのに、残念。やっぱり、お着替えとお客さん用の寝具がないのが駄目だったか。マンションだからさ、客間とか用意してないんだよね」
非常に軽い調子でアメリアがとんでもないことを言い放った。
「え!? じゃあ、アメリアちゃんはどこで俺を寝かせるつもりだったんだ? この家、ソファとかないから、もしかして床? というか、これまで来客はどうしてたんだ?」
「来客も何も、マンションに引っ越してから家に呼んだのはカイ君以外には両親か祖父母だけだし、皆、泊まらずに帰ったから特に問題はなかったよ。カイ君は、そうだな……カイ君さえ嫌がらなければ、一緒のベッドで寝ようと思ってたよ」
「え!?」
アメリアの発言に驚き過ぎて思わず彼女から距離をとったカイだが、手を繋いだままにしていたせいで、あまり彼女からは離れられなかった。
今のカイは、鎖に繋がれた犬が必死に脱走を試みている姿にも似ている。
口をパクパクとさせて固まるカイを見て、アメリアがキョトンと首を傾げた。
「ねえ、なんか様子が変だよ。どうしたの?」
「どうしたって、どうかしてるのはアメリアちゃんだろ!」
思わず真っ赤な顔で吠えれば、アメリアは困惑した様子で首を傾げた。
キョトンとカイの顔を見つめるアメリアを見て、遠回しに言っていては埒が明かないと感じた彼が覚悟を決める。
「あのねアメリアちゃん、男性は女性ほど理性強くないの。いや、強い人もいるのかもしれないけど俺は強くないの。そりゃ、俺だってあんまり軽い行動はとりたくないよ。アメリアちゃんに真剣にお付き合いしてないって思われるの嫌だし。だから、多少は我慢をするよ。でも、流石に同じベッドに入ったら耐えきる保証はできないから! アメリアちゃんの想像の五倍は飢えてるからね、俺!!」
キスもしたいしスケベもしたいが、怖がられたくないし嫌われたくないから大人しくしているが、自分の忍耐力はせいぜい脆いガラス細工であり、環境がぶち壊れれば崩壊しかねないことなど、キッとアメリアを睨みつけるカイが己の理性の無さを熱弁する。
話しながら興奮し、段々に声量をぶち上げていくカイとは対照的にアメリアはどんどんと静かになっていった。
無口になった姿を反省と受け取るのか、あるいはカイへのドン引きと受け取るのか。
判断が難しい所だ。
あらかた話が済んだタイミングでカイは非常に大人しくなっているアメリアに気がつき、酷い焦りを感じた。
しかし、カイが背中に冷や汗を流す中、アメリアの放った第一声は、
「そっか、カイ君はいろんなことを考えて、気を使ってくれてるんだね。ありがとう」
だった。
動揺するカイにアメリアが優しく微笑む。
「私はカイ君のことが好きで離れるつもりがないからさ、避妊さえちゃんとしてくれるなら、今日、そういう関係になるのも、一か月後になるのも、半年後になるのも、全部一緒だと思ったんだよね。だから、別にあんまりそういうタイミングには頓着してなかったんだ。付き合う前に一緒に家で遊んだりしたけど、その時もカイ君はそういう雰囲気とか一切みせないで遅くなる前に帰ってたから、なおさら。女性を弄んだりしないだろうなって思ったから、後はカイ君次第でいつでもそうなっていいなって思ってた。でも、確かにそういうわけにもいかないよね。ごめんね、適当にしちゃって」
真剣な様子で謝ってくるアメリアにカイは完全に勢いを削がれて、「うん」とだけ言って頷いた。
「私はやっぱりカイ君に泊まっていってほしいけど、やっぱりそれで問題が生じるようなら引き留めないよ。それと、その、私は結構いつでもカイ君と、その、そういうイチャイチャはしてみたいなって思っているから、申し訳ないんだけれどタイミングはカイ君に決めてもらってもいいかな?」
眉を下げて申し訳なさそうにするアメリアはカイを信頼しており、彼の言葉を重く受け止めたからこそ、自身の考えも開示し返して彼に意見を問うた。
真面目を返してくるアメリアに、カイは「うん」としか言えなかった。
了承するカイにアメリアはパッと表情を明るくする。
「良かった! それで、カイ君、今日は結局、お泊りどうする?」
「泊ってくけど俺は床に寝るよ」
「それは駄目。今は寒いんだよ。いくら毛布を掛けても体を壊しちゃう。申し訳ないんだけどさ、泊まるならベッドで寝てほしい」
「……うん、分かった」
「良かった! ふふ、カイ君が家にいてくれるの、嬉しい! わがまま言ってごめんね」
「ううん。俺も、アメリアちゃんと一緒にいられるのは嬉しいよ……」
ニコリと笑うカイは少し浮かない表情をしている。
今更、
「さっきはああ言ったけど、アメリアちゃんさえよければやっぱりスケベしましょう!あ、俺? 嫌だな、軽くなんかないですよ。へへ……」
とへらへら笑ってアメリアを襲うことはできない。
カイはアメリアに対し、
「最低でも一週間は強引なキスをしてこないか見た方がいいし、そこからどんなに少なく見積もっても一ヶ月は手を出してこないか見た方がいい。それすら守れないのは脳みそが下半身で出来ている軽薄カス野郎だ! 完全に体目当てだ!」
と、過激な意見を言ったことを深く後悔していた。
『今日はキスだけでも……いや、駄目だ! 今したら我慢できなくなって襲って、俺は理屈と行動を共にできないカス野郎に成り下がる! 明日、明日どっかでキスをして、ちゃんと家に帰ろう。そして、明日から一ヶ月、あ、でも……一ヶ月半待った方がいいかもしれない。うん。明日から一か月後にね、そういうことは考えるようにしよう。いいんだ、元々めちゃめちゃ時間をかけて体を許してもらうつもりだったから。だから、別に辛くない。いや、本当に』
せめて心の中で負け惜しみを言っておかなくては、やっていられない。
一度言ってしまったものは取り返せないことや、アメリアの意向が分からない間は半年だろうが一年だろうが彼女の潔癖を守ろう決めていたことを思い出したカイは、未練タラタラなまま有言実行の決意を固めた。
そして結局、カイは悶々とした深夜を清いまま貫いて、翌日、自分へのご褒美にケーキを買って帰った。
カイに甘い話にしようとしたら、なんかしょっぱくなっちゃった
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