緊張のスイ
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遅れることもありますが、原則翌日の午前6時までには更新されておりますので、見捨てずに見守っていただけると嬉しいです!
よろしければ、明日以降も読みに来てください!
新緑にガラス玉のような朝露が輝く早朝。
スイは窓から差し込む朝日で目を覚ますと、ゆっくりと瞳を開け、ムクリと起き上がった。
吐いた息も白くなるほど室内の空気は冷えているが、これが自身の寝惚けた脳をクリアにしてくれるようで心地が良いらしく、スイは彼は気持ちが良さそうに目を細め、背伸びをした。
スイがベッドから降りてほんの少し床を軋ませると、足元で眠っていた二匹の大型犬が目を覚まし、ワフワフと彼にじゃれついた。
スイの太ももに体を押し付け、甘えてくる銀色毛並みのハスキーが「ハス」であり、興奮しすぎて彼そっちのけで飛び跳ね、はしゃいでいるのが黒ハスキーの「キイ」である。
ハスキーと言えば、いわゆるアホ可愛いとされる犬種で、実際、二匹とも常に元気いっぱい、遊ぶことが大好きな非常に陽気な性格をしている。
二匹がかりでじゃれつき、大柄なスイを押し倒すこともしょっちゅうだ。
適切に飼育することができれば生涯のパートナーとなってくれるが、一歩間違えば飼い主やそれ以外の人間を噛み殺す恐ろしい猛獣になりかねないのが犬という生き物だ。
小型犬、中型犬でも十分、狂犬となるリスクはあるが、体が大きいために力も強く、脳が大きいために賢く、知恵も回る大型犬では、そのリスクも跳ね上がる。
それに、大型犬は必要な運動量も多いし、食事だってたくさん与えなければいけない。
必然的に飼育場所は広くしなければならなくなるし、散歩などに不便ではない環境だって必要だ。
大型犬を飼うためには、本人の資質や体力の他に経済的な余裕や飼育に適した環境などが求められるようになるのだ。
このように、とにかく飼育が大変な大型犬であるのにハスとキイは甘えん坊でヤンチャな幼児の様な性格をしている。
そのため、飼う際の苦労も一塩である。
しかし、捨て犬だったハスたちを自宅付近で拾ったスイは、それ以降、二匹を根気強く世話し続けた。
おかげで二匹はスクスクと育ち、キチンと躾された、決して他人へ害を与えたりしないような立派な成犬となった。
相変わらずヤンチャな性格はしているが、物を壊すなど度を越したイタズラも滅多にしないので可愛い範囲内である。
スイは自身に付き従って歩く二匹に、
「おはよう」
と、声をかけると、まずはハスの頭をワシワシと撫で、次にキイの頭も撫でてやった。
大きく振られる尻尾が可愛くて、スイがほんの少しだけ口の端を綻ばせる。
それからスイは数枚のトーストと一杯のコーヒーで雑に腹を満たすと二匹に餌を与え、他に飼育している動物たちにも餌をやりに庭へ出た。
鶏や羊、そして自宅付近に住み着いている野鳥に餌を与え、ついでに彼らの体調も確認する。
その後はハスとキイの散歩に出かけ、帰宅してからも遊びたがりな二匹に付き合って庭でタップリとボールを投げてやった。
そうしていると冷えていた朝の空気も日光で段々に温まり始め、早朝から朝へと切り替わっていく。
スイの体も運動と気温の影響でジットリと汗をかくようになった。
ハスたちとシッカリ遊んでからは汗を流しにシャワーへ行き、その後は大部分の時間を仕事に、多少の余白を再び動物たちに使ってしまう。
そして、夜が来たらあまり遅くなる前にベッドに入る。
これが、基本的なスイの休日の使い方だった。
動物の世話をするという趣味は理解できるが、仕事が趣味で私生活にまで過度に業務を持ち込んでしまうという状態は、同じ兄弟であるカイとケイにも理解ができない。
特にカイがスイの休日にドン引きしていて、
「兄貴、それ、本当に楽しい? せっかくの休日が仕事で死んでんじゃん」
と、かなり失礼な感想を溢しながら彼を心配することもあった。
だが、スイが言うには正確には仕事は趣味ではなく、
「どう使えばいいのか分からない空虚な時間をそれなりに有益に埋めてくれる、さほど苦痛ではない作業」
なのだという。
これを聞いたカイとケイが更に心配を深めたのは言うまでもない。
二人とも、何とかスイの休日や人生を充実させようと適当に彼に向きそうな趣味を見繕って、いくつか勧めてみたのだが、結局、何も定着しなかった。
だが、仕事ばかりの平坦な休日を重ねるスイにも予定が入ることくらいある。
それがケイの配偶者であるセレーネとの挨拶だ。
『ケイの奥さん、セレーネさん、どんな人なんだろうか』
泣き虫で甘えがちだったケイの幼少期を思い出す。
弟の恋愛やその相手にケチをつける気はさらさらないが、それでも、ケイの配偶者はできるだけ優しくて素敵な人だと良いと思った。
『まあ、ケイは意外とかなり気も強いし、疑り深いから、変な女性には引っ掛からないだろう。むしろ、セレーネさんの方が大変な思いをするくらいかもしれない。だから、ケイは多分、父さんの二の舞にはならない。そういう意味で本当に心配なのはカイだ。内面が一番父さんに似ているのは、おそらくカイだろうから』
優しかったが脆かった父と、格好つけで見栄っ張りだが優しくて繊細なカイの姿を重ねる。
スイから見て二人の精神構造はかなり似ていたし、カイは既に何度か恋愛に失敗していたので、余計にスイは彼のことが心配で仕方がなかった。
『アメリアさん、カイの秘書さん、やっぱり俺は詳しくない』
アメリアと付き合った翌日からカイは兄弟に彼女の存在を打ち明けていたので、スイもケイも彼に恋人ができたことは知っている。
それではなぜ、このタイミングでスイがカイたちのことまで気にするのかと言えば、今日の挨拶でアメリアも「カイの彼女」としてスイやケイに挨拶をするからである。
『急な挨拶に、よく応じたものだ。アメリアさんも、セレーネさんも』
元々の予定ではケイたちの家を訪ねるのはスイとカイのみであり、それぞれに料理を持ち寄って軽い食事会を開くこととなっていた。
いくら親代わりと言ってもスイたちはケイの兄であり、本当に親なわけではない。
セレーネに対し、大切に育ててきたケイを譲るのがどうとか、嫁に来た以上、家のしきたりに従って云々とか、そんな話をするつもりはさらさらなかった。
ただ、戸籍上で親族となった女性と一応は顔を合わせ、大切な兄弟の宝物となった彼女に、
「ケイをよろしくね」
とだけ伝えるつもりだった。
そのくらいの、いわば軽めの目的で開かれる挨拶を必要以上に形式ばらせ、堅苦しくしても仕方がない。
全員が無駄に疲弊して終わるだけだ。
そのため、今回の挨拶は身内の食事会というかなり軽いガワを被っていた。
各々、週末に向けて着々と準備を行っていたのだが、挨拶から五日ほど前に唐突にカイが、
「真剣にお付き合いをしている女性がいるから、可能であれば自分の身内として恋人を連れてきて、みんなに紹介したい」
と、言い出した。
カイのお願いに対し、初めは、
「料理とか準備の関係だってあるんだし、急に言われても困るよ。それに、今回はセレーネさんの挨拶なんだよ。大体、アメリアさんだって困るんじゃない? 付き合って一週間も経ってないでしょ。俺が言うのもなんだけど、重いなんてもんじゃないよ。付き合ってすぐにそんな全力で圧をかけてたら、振られちゃうよ」
と渋っていたケイだが、あんまりにも彼が頼み込んでくるので仕方がなく、セレーネにも話を回した。
すると、セレーネはカイからのお願いの詳細を聞くまでもなく、あっさりとアメリアの参加を許可した。
なにせ、小心者で家族的なイベントに疎く、挨拶を怖がっていたセレーネだ。
真面目で固い性格だというスイに、
「お前のような元貧乏人で性奴隷上がりの女にケイはやらん!」
と、怒鳴られたらと思うと恐ろしくて眠れなかった。
泣きながら、
「でも、もう私のですから!!」
と、吠えるくらいしか対抗策が思い付かない。
そんな被害妄想的な想像はさておいても、セレーネは自分だけが注目される場へ引きずり出されるというのが少し怖かったので、彼女は自分の存在感を薄めてくれるかもしれないアメリアを歓迎していた。
しかし、そうするとスイには挨拶をしなければならない重要人物が増えてしまったことになる。
今から緊張してしまったスイはカチコチと体の動きを固くしていた。
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