物思いと列車
現在、毎日投稿企画を実施中です。
本作品は午後6時ごろを目安に毎日更新されます。
遅れることもありますが、原則翌日の午前6時までには更新されておりますので、見捨てずに見守っていただけると嬉しいです!
よろしければ、明日以降も読みに来てください!
帰り道も二人は列車を利用して移動していた。
行きと同じようにボックス席で並んで座っている二人だが、その距離は最初よりもはるかに近い。
ペタリと密着するように身を寄せ合って、少し肌寒くなった空気に対抗している。
窓側の席に座るアメリアはボーッとしながら、ぼやけた夜景と窓に映りこむ自分自身を眺めた。
互いに疲れているからか弾んだ会話も無くなり、代わりに静けさが目立つようになったが、アメリアは隣から感じる柔らかな体温と微かな吐息に安心感や心地良さを覚えた。
不意にカイの姿が見たくなってチラリと彼の方を確認する。
すると、カイは右側の肘置きに体をもたれさせて、うたた寝をしていた。
どうやらカイ、アメリアの方にコテンと倒れて彼女に迷惑をかけるわけにはいかないと思ったらしい。
通路に頭や腕をはみ出させること無く、かといって足をアメリアの方へ大きく伸ばすわけでもない寝姿は非常に窮屈そうだ。
「カイ君、カイ君」
アメリアは小さくカイの名前を呼んで、優しく彼の肩を揺すった。
「ん? アメリアちゃん?」
眠りの浅いカイがすぐに体を起こし、重たい瞼を半分だけこじ開ける。
「起こしちゃってごめんね、カイ君。ただ、なんだか寝ずらそうだったから。良かったら、私の肩や太股を使って良いよ」
「え? アメリアちゃんの膝枕? それは、なんか申し訳ない」
「気にしなくていいよ、おいで。どうせ私たちの駅は終点だから乗り過ごすこともないし、それに、私は眠れそうにないからさ、起きてるよ」
「ん、うん。申し訳ない。ありがとう」
カイはムニャムニャと眠たそうに唇を動かすとモゾモゾと体を動かし、アメリアの太ももの上に頭を乗せた。
二人の座る席はボックス席だが、その割にはゆったりとした造りになっていて一人一人に与えられる範囲も広い。
アメリアに膝枕をしてもらうカイは足の置き場に困って相変わらず窮屈そうではあるものの眠るのに支障のない範囲で体勢を崩すことができており、すぐにスヤスヤと幸せそうな寝息を立て始めた。
『カイ君、お疲れ様』
アメリアが優しくカイの頬にかかった髪を退ける。
デート中はアメリアをリードできるように気を使い続け、プレゼントを渡すタイミングを計算し、更には告白までしようと考えていたカイだ。
常に考え事をし、気を張っていた彼の脳と体は相当に疲弊していることだろう。
アメリアだって好きな人の手前、気は遣っていたし緊張もしていたので疲れていたが、それでも「誕生日デート」を成功させようとアレコレ計画し、動いていたカイとは比べるべくもないだろう。
アメリアはグッタリと自分に身を預けるカイに愛しさを覚えると、優しく肩を撫でた。
『あと二ヶ月もしたらカイ君に誕生日が来るわけだけれどさ、その時のプレゼントはどうしようね。カイ君、好きなブランドとかあったっけ。でも、アクセサリーとかは自分で選んで身に着けたい派の人もいるし、要検討かな。文房具もいいな。カイ君、質のいい文房具で仕事をさばいていくカイ君、格好良いだろうな。カイ君、何か欲しいものないのかな?』
実はカイ、あまり物欲が強くない。
自身の身だしなみが顧客や取引先との信用にかかわり、ひいては家業に響くからという理由で身だしなみには気を使っており、ある程度ファッションにも明るいカイだが、彼自身は別にブランド好きではないしお洒落に命を懸けているわけでもない。
そのため、仕事中に身に着ける衣服や小物はアピールも兼ねて自社製の物ばかりであるし、私服に関しては好みの形、組み合わせはあるがメーカーに対する強い思い入れも無いので様々な店の服を好きなように組み合わせて着るといった感じだ。
気に入れば多少、値が張っても買うことはあるがファッションのために無茶はしないし、物持ちもいいので気に入った衣服やアクセサリーは手入れをしながら長く使っている。
初任給で買ったというカイお気に入りの腕時計も、一番の自慢ポイントはデザインの格好良さで、二番目のポイントは何十年も使用し続けられる機能性である。
大切に手入れされ、時に修理されながらカイの腕で黙々と働く腕時計はすっかり彼に馴染んで、いつでも柔らかい輝きを放っていた。
ともかく、このようなわけでカイはプレゼントで欲しいと主張するほどの何かを持たない。
『食べ物以外の物質を欲しがっているカイ君が思い浮かばない。いっそ、美味しいものをあげてもいいんだけれど、でも、できれば形の残る物を上げたいな。まあ、カイ君が食べ物のほうがいいっていえば、それでもいいんだけれど。カイ君は、何か欲しい物ってあるのかなぁ?』
カイのことを考えるのが楽しくてアメリアの顔がほころぶ。
『カイ君は一見すると自己主張が強く見えるし、実際、シッカリしていて人の前に立つことができる性格なんだけれど、でも、それはあくまでも仕事上での話なんだよな。実は個人的な人間関係では一歩下がることの方が多いんだ。たくさん話しているようで、けっこう人の話を聞いたりしている。気遣いが上手なんだけれど、でも、そう評するには遠慮し過ぎちゃうところがある。それに、異常なほど我慢強くて責任感も強い。そういうところ部下としては助かるし、好きだけど、でも、カイ君が窮屈な思いをするのは嫌だな。自分を責めるカイ君のことも、あんまり見たくないし。それに、知らぬ間に負担を押し付けちゃいそうで怖い。もっと、我儘を言ってくれるようになったらいいんだけれど。今度、何でもお願いして良いよ! って、言ってみようかな。カイ君は、何をお願いするんだろうな』
カタンコトンと車体ごとアメリアたちの体が小さく揺れる。
どこからか響く走行音が心地良くて、太ももに乗っかる重さが妙に愛おしくて、アメリアは窓の外を眺めながら穏やかに物思いにふけり続けた。
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